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柳瀬千紗都のプロデュース  作者: 青山竜祐
第一話 田舎じゃない!
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田舎じゃない! 3/5

前回の関西問題ですが、あれは私が現地にいた頃の感覚と大阪人の考え方であり、個人的憎しみによるものではないことをこの場を借りてお伝えさせていただきます。

 八千代から万代はかなり近い。数字からして二千も違うが、二千メートルも離れていないのだ。

というか、同じ街と言える。

商業施設が多く集まっている万代の中心地は通称「万代シティ」と呼ばれている。「都市」という愛称で親しまれるこの地の外れは八千代に差しかかっている。

万代シティは万代にありながら、万代とは異なる街なのだ。

むしろ逆で、万代であろうとも、商業施設外は万代であっても万代とわざわざ呼ばない。

なんとも不憫なことだが、万代に住んでいるクラスメートは自宅の場所を説明するとき、万代シティのあたり、なんて言う。

万代に向かっているとき、千紗都は語りたい思いと驚いてもらいたい思いからか口を開けばすぐに閉じ、閉じればすぐに開くということを繰り返していた。仁菜ちゃんは困り顔だったが、別段遊びに行くこと自体は嫌に思わないようで安心していた。

だからこそ、仁菜ちゃんが街並みの変化に気づき、顔を上げ続けて建物を眺めている様は心地よかった。

「わあ」

 仁菜ちゃんは俺たちから一歩先を進んでは右を眺め、一歩先を進んでは左を眺める。

「どうよニーナ。万代は凄いでしょ!」

「はい……」

 ひとまずどこの店にも入らず、万代シティを歩く。

 静かな進行を続けると、ある場所で仁菜ちゃんは立ち止まった。

 バスセンター、シルバーホテル、商業施設ラブラとラブラ2の交差点だ。

 俺は初めてここに来たとき、たいして感動しなかった。商業施設が多く集まった場所に興味がなかったか、東京と比べてしまったせいかはわからない。それを千紗都に話したとき、彼女は俺の手を引いて――というか、無理やり引っ張った。

 千紗都は馬鹿でデリカシーもセンスもない。それなのに俺はあいつに教養というものが身についている気がしてならない。

 ラブラ2の正面をガルベストン通りと呼ぶ。友好都市アメリカテキサス州のガルベストンに由来するそうだが、この道を西洋風に感じるにはあいつから言葉で教えてもらうまでは無理だった。

 知識が景観を補填するとは思いもよらなかった。

「ニーナ、どう? 凄いでしょ」

「はい。建物の配置とかが面白いです。横にずらって並んでる商店街をイメージしていました」

 うわ、俺とは違う。仁菜ちゃんはちゃんと街並みの感想を言っている。

「ここは映画のロケ地になったり、アイドルのミュージックビデオにも使われていたりする場所なのよ」

「なあなあ、そんなんいいから、はよどっか入らん?」

 千紗都が語りたい衝動に駆られているときに、安寿香は我関せずと茶々を入れる。

「おなか減ったねん。あと喉も乾いたわ」

「あんたなんて喫茶店でシュガースティックをくわえてればいいのよ!」

「なに怒ってんねん」

 今回の目的は仁菜ちゃんを楽しませること。どうせ何度も来ることになるだろうから、千紗都の「ありがたい」話はまたの機会でいいだろう。

「太刀川さんはどこか行きたいお店はある?」

 亘希さんが尋ねると仁菜ちゃんは上を見つめる。

「あの上に行ってみたいです」

 万代は平地を歩くこともあるが、商業施設同士を行き来する際は二階部分につながる連絡通路を利用するのが主だった。バスセンター一階にあるスタバの側の階段を進むと、目の前に飛び込んでくる青空に、仁菜ちゃんだけでなく俺たちまでワクワクしてしまう。

 連絡通路自体はそこまで広くないが、通路の中心であるバスセンターの二階は開けた作りになっており、広場となっている。休日はおろか、平日でもイベントを行うことが多い。ここにいれば新潟でなにが流行しているのか、全国からどんな最先端が流れ込んでいるのかがわかる。

「いろんな人がいますね……」

「中心地だからね。みんなここでなにかを買って家に帰るんだよ」

 俺たちが感慨にふけっていると安寿香は一人先を歩く。

「なあなあ、あそこに入らへん?」

 花より団子の安寿香はバスセンター二階の喫茶店を指さす。入り口前の看板に書かれたケーキの文字に目が釘づけだ。

 小腹が空いたのは俺も同じ。誰も反対意見はない。

「決まりやな」

 安寿香を先頭に店の中に入っていく。今どきのシャレた空間に居心地のよさを覚える。ビターチョコレートみたいな彩りに、ほんのり灯された明かり。

 全員が注文を済ますと千紗都が前に乗り出す。

「どうよニーナ。これが新潟一の商業地よ」

 千紗都は気分よさそうに言った。先ほどの仁菜ちゃんの反応から、悪い意見がこないとわかって言っているのだろう。こいつもこずるいところがあるものの、俺自身、慣れ親しんだ街を褒められるのは嬉しいものだ。

 だから仁菜ちゃんの発言を楽しみにした。

「大きな建物がたくさんあって、しかもそれが二階部分でつながっているのは凄いですね。なんでわたしはもっと早く来なかったんだろうって思いました」

「これから何度でも来ればいいのよ」

 満足そうに頷く千紗都。水を一気に飲み干し、さらなる賞賛の言葉を聞こうと準備をするが、彼女の発言が場の空気を一変させる。

「せやけど、大阪の方が凄いで」

 空気にヒビが入った。

 対面に座る千紗都の視線は見たものを凍りつかせるように冷たい。俺は安寿香に耳打ちする。

「お前、なんつうタイミングでなんつうことを言いやがんだよ」

「元々そういう話やったろ?」

 こいつのあだ名を今度から「導火線チャッカマン」にしよう。

「ちげえよ、空気読め子。新潟は都会。そこで終わらせればそれでいいんだよ」

「そうは言っても、ウチからしたら大阪を都会って思われないのは悔しいで。ニーナに新潟の方が都会って思われ続けるのは釈然とせえへんわ」

「いや、お前の気持ちは多少なりともわかるが、相手を選べ。なんで俺を面倒ごとに巻き込むんだよ」

「なに言うてんの。そのための蒼介やろ」

 お前は俺をテトラポッドかなにかと勘違いしていないか?

 これ以上刺激すると暴走した千紗都が俺を巻き込んで信濃川にでも飛び込みそうだった。落ち着かせようにもいい案が浮かばない。そんなところへ注文したケーキやコーヒーが運ばれ事なきを得た。

 フォークを突き立てた千紗都は不機嫌な顔で口に持って行く。するとみるみる内に頬を緩ませる。

「美味しい」

「ほんまこれ美味しいわ」

 女子三人がケーキに舌鼓を打っているところ、亘希さんはミルクも砂糖も入れずにコーヒーを味わっている。俺はなんの恥ずかしげもなく、ミルクと砂糖をドバドバと混ぜ合わせた。

 最後の一口を飲み込んだ安寿香は「せっかくやから買い物しようや」と言った。千紗都はともかく、仁菜ちゃんは初めて訪れた万代の店を見てみたい思いから賛成する。

「蒼介もけえへん?」

 なにも用事はないし一人でいるのもなんだから、ついて行くのもいいのだが。女子三人の買い物についていっても面白くもなんともない。

「亘希さんはどうします?」

 コーヒーカップを置いた亘希さんはナプキンで口を拭く。

「僕は……そうだね、今読んでる本がもう少しで終わりそうだし、本屋に行こうかな」

 本屋なら俺も行きたい。好きな漫画の最新刊も発売されていたはずだ。

「俺もついていっていいですか?」

 亘希さんは口角を伸ばそうとして安寿香を窺う。

「男二人で寂しく行ったらええやないですか」

「じゃあ、そうさせてもらおうかな」

 なんで安寿香が不機嫌に……荷物を持たせようって腹だったか。余計に本屋の方がいいな。

「ちょっと待って」

 千紗都は腕を組んで考え込んだ。

「なんだ、食い足りないのか?」

「違うわよ! 部活動の内容を考えてるの!」

「あ? 部活って今日はもう終わってるようなもの」

「なに言ってるの! あたしたちはいつだって部活動をしているの!」

 NDDの一員である自覚を持ちなさい、と千紗都は付け加える。

 仕方なく俺たちは千紗都の名案を待つ。

「そうだわ、勝負をしましょう!」

「勝負?」

「あたしたち三人と男子二人で、どっちが都会的な写真を撮れるかの勝負よ。判定はニーナね」

 そんな程度だったらまあいいか。信濃川をどっちが早く泳いで渡れるかなんてアホな勝負を言い出すかと思って冷や冷やしたぞ。

「負けた方は帰りにメロンパンをおごるってことで」

 食い足りてねえじゃんか。

「一時間後に広場に集合。そこで決着ってことでいいわね?」

 異論は認めないくせに。

 まあいい。写真を撮るだけだし。負けてもメロンパン程度なら安いもんだ。

 会計を済ませ、店を出ると千紗都はさっそく高らかと言った。

「勝負開始!」

 なんでもいいから、早く終わってくれ。

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