その8 論点整理
この回、来賀無双。
「では、論点を確認する」
議長・来賀の宣言により、海老澤を除く全員が改めてホワイトボードを見た。
『和井田健 と 高橋由紀 を恋人同士にする方法を考えよう』
「さて、この議題に関して、議論すべきことは三つと考える」
ひとつ、「恋人同士にする」とは何をもって達成とするか。
ふたつ、「方法」は。
みっつ、「考えよう」とあるが、考えるだけか、実行するのか。
明快にして明晰にして明確な論点整理に、クラス全員がうなった。さすがは議長・来賀。もはや彼女以外に議長を務まる者などいはすまい。お前なぜ生徒会長に立候補しなかったんだと数名の者が思ったが、些細なことである。
「意見のある者は?」
教室内がややざわめいたが、すぐに収った。どうやら異論はないらしい。
「では、一つずつ行こうか」
「一つ目は議論するまでもないと思う」
図書委員、山岡輔が発言した。それに対し来賀が注意を促す。
「すまないが、発言は挙手の後、指名を受けてからにしてもらいたい」
「失礼した。では議長」
山岡が挙手をし、来賀が指名した後に立ち上がる。
「恋人同士にする。これはすなわち、お互いが相手の思いを伝えあい、認め合い、特別な関係になることを了承し合う、ということではないだろうか」
「……なんか長ったらしい」
「岸本、注意」
来賀の注意に、ギャル・岸本が「うへぇ」という顔をした。
「あー、来賀、そこまで厳しくなくていいだろ」
「……すまん、気をつけよう」
荻野のやんわりとした忠告に、来賀は素直に謝罪した。厳格でありながら思考は柔軟、これだからこそ来賀は隠れファンが多いのである。ちなみに荻野が来賀に恋をしているという噂が立ったこともあるが、真偽は不明である。
「山岡、岸本の言う通り、少々くどいと思われるが?」
「うむ、では言いかえよう」
山岡は数秒の沈黙ののち、答えた。
「お互いに告らせて恋人と認め合う、だな」
「うん、はるかにわかりやすいね」
オッケー、と岸本が親指を立て、山岡も親指を立てて応えた。他に異論も出ず、一つ目はそれでよしとなった。
「さて二つ目だが……」
「二つ目は後回しだろ。多分こいつが今日の本題だぜ」
「挙手をしろ、藤原」
「おう、すまねえ」
来賀に注意され、山岡の隣にいた藤原樹が肩をすくめながら挙手した。応援団所属のバリバリのヤンキースタイル少年だが、ケンカは弱い。お前弱いんだからヤンキーやめろよ、と誰もが思っている男子だった。
「恋人同士になる『方法』ってのは、一つ目の『お互いに告らせて恋人と認め合う』ための方法だろ? こいつは一つに見えて、いくつも論点があるぜ。気を付けないと議論が拡散するんじゃねえの?」
「確かに。本件の本丸とも言える論点だな」
来賀は数秒間考え、決断する。
「藤原の意見を採用し、二つ目の論点は後回しにしたいと思う。異議のある者は?」
誰も挙手しなかった。
「では二つ目は後回しで。さて、そうなると三つ目だが……」
はい、と廊下側の一番前にいた女子が手を挙げた。
その女子を見て、おお、とクラスの全員が驚く。
挙手したのは吹奏楽部部員橘さおり。担当はフルート。大人しく引っ込み思案な彼女が、自ら手を挙げるとは誰も想像しておらず、思わず驚きの声を上げてしまったのだ。
なお、引っ込み思案なのは性格だけで、母性の象徴たる胸部はわがままなほど自己主張が強い。
「橘、どうぞ」
「はい」
うんしょ、と可愛らしいかけ声とともに橘が立ち上がる。その際、橘の胸部が「たゆん」と自己アピールをし、数名の男子が「うっく……」と苦しそうに悶えて視線を逸らした。
「その、三つ目の『考えよう』ですけど、その、これは、その、さっきの話からして、その、やっぱり、考えるだけじゃなくて、その、ちゃんと、二人に告白させてこそ、だと思います」
クラスメイトの視線を浴びて真っ赤になりながらも必死に主張する橘。「あーなんか可愛いなー、癒されるなー」と全員が頬を緩め、教室内はほんわかとした空気で満たされた。
「なので、二人が実現できる方法を、その、考えて、実行してもらうべきだと思います。以上です」
発言を終え、ホッとした表情で座る橘に対し自然と拍手が起こった。「え、その、あの、どうもです」と顔を赤くしてモジモジする様子がまた可愛らしく、拍手はしばらく続いた。
「コホン……静粛に」
最初に我に返った来賀が咳払いをすると、皆も我に返った。
「あー、そうすると我々は、和井田健と高橋由紀に『お互いに告らせて恋人と認め合う』ことを『実行させる』のが最終目標となる。意義はないな?」
来賀の言葉に、うむ、と(海老澤を除く)全員がうなずいた。
うっく……E




