その6 受理
テンプレ:型どおりでつまらないこと。紋切り型であること。(デジタル大辞泉より)
恋愛相談を受けるけど、まだ誰とも付き合ったことがなかった。
初めて好きになった男の子は、目立たなくて冴えないけど、本当はすごい人だった。
打ち明けたい恋心、だけど好きな人の邪魔にはなりたくない。
「いい、それいい! いいネタもらったわー、ありがとう、桜田!」
「お、おう……お役に立てて光栄だ」
海老澤の勢いに押され、どもりがちに返事をする桜田。ああなるほどね、と木葉が肩をすくめる。
「テンプレって気もするけど」
「何言ってるの、木葉。テンプレってみんなが大好きだからテンプレなのよ!」
すでに暴走モードの海老澤に何を言っても無駄と思ったか、それ以上は誰も突っ込まなかった。「きたきたきたー!」と叫びながらノートを開き、猛スピードでペンを走らせる海老澤を見て、副委員長の荻野が言った。
「海老澤は放っておこう」
了解、とクラスメイト全員がうなずいた。
「まあ、なんだな」
それまで沈黙を守っていた、片岡勇希が口を開き、話を元に戻す。
「だからと言って、積極的に応援する理由にはならないな。卒業まであと一年以上あるんだ。チャンスはいくらでもあるだろ」
「そーそー。焦ってつついたらこじれるかもよ」
片岡の隣にいた陶山美代が片岡に同意する。ちなみに片岡は生徒会の書記、陶山は副会長。密かに付き合っていることがみんなに知られている、リア充の代表選手のような二人だ。
「それはどうかな」
片岡の意見に、三浦が首を振る。
「芸術家に学歴は関係ない。特に職人を目指すなら、修行は早く始めるに限る。フランスの人形作家が弟子にするからすぐ来い、と言って来たら、和井田は迷わず高校を中退してフランスへ行くだろう」
その一言で、女子の雰囲気が変わった。
「なに? 迷わず行く?」
高橋由紀の親友を自認する平山がつぶやき、ゆらりと立ち上がった。
「ちょいまて、あんなに慕ってる由紀ちゃんを捨てて、フランスへ行ってしまう、てか?」
「……和井田にとって高橋はただのクラスメイト。捨てるも何もそういう関係ではない。将来を賭けた選択の際に、考慮する相手ではないだろう」
三浦の言葉に女子がいきり立った。
確かに今のままなら、高橋由紀が和井田健の人生に口出しする権利はない。だが、考慮する相手ではない、という三浦の突き放した言い方に、女子の多くがモヤっとしたものを感じた。
「いやいや待てや」「あんだけ仲いいんだよ?」「高橋さん置いてフランス行っちゃう?」「そりゃ人生賭けた選択だけど」「フランスは気軽には行けぬです」「おおっとおねーさん、ちょっと納得できないぞ?」
そんな女子を見て、武久が静かに口を開いた。
「高橋さんてさ、いっつも私たちの頼み、嫌な顔一つせず受けてくれるよね?」
武久のそんな言葉に、クラスメイトの全員がうなずいた。そう、高橋由紀はこのクラスの「優しいお姉ちゃん」。困ったときはいつも助けてくれて、悲しいときは慰めてくれて、それなのに自分のことはいつも後回し。
それでいて誰よりも楽しそうに笑っているから、それを当たり前のように思っていた。
「おせっかいかもしれないけど……私、ここらで一つぐらい恩返ししてもバチは当たらないかなぁ、て思うんだ」
「「「異議なし!」」」
武久の言葉に、女子一同が即座に答えた。その勢いに男子はたじろいだ。
「な、なんかいきなり空気変わってね?」
豹変としか言いようのない女子の様子に、新聞部・桜田は戸惑いを隠せず、武久を見た。
すると武久が、クククッ、と笑った。
「計画通り」
「をい……」
「桜田もクラス乗せるならこれぐらいしなきゃ」
ね、と武久が三浦に笑いかけ、三浦が静かにうなずく。どうやらこの二人、共謀のようである。
「お前、俺の計画知って乗っ取ったな? 話盛ったろ?」
「さあて、おもしろくなってきたなー」
「聞けよコラ」
新聞部・桜田と武久がコソコソと話す中、だん、と飛び上がるように立ち上がった平山が「委員長」と声を上げた。
「ほい、平山」
「新聞部提案の議題、クラスで議論すべきと思いまぁすっ!」
平山の言葉に、いきり立っていた女子がうんうんとうなずいた。女子の勢いに押され、男子もつられてうなずく。木葉はコホンと咳払いをし、一応確認をした。
「他の人も同じね?」
「「「イェス・マム!」」」
「……マムはやめてよ、マムは」
はぁっ、とため息をついた木葉だが、頭を振って気持ちを切り替えると、パンパン、と手を叩いた。
「おっけー。では、新聞部提案の議題を受理、議論を開始します!」
イェーッ! とクラス全員の歓声が上がった。
そういえば最初から「なんかおもしろそー」て言ってましたね