その19 実例・女の告白
ホップ、ステップ
ぱん、ぱん――
それは陸上競技の、幅跳びの選手が観客に求めるような拍手だった。宇賀神に合わせて一人、また一人と手を叩き始め、やがて全員が手を叩き始めると、次第にそのリズムが速くなっていった。
その拍手が最高潮に達したとき、宇賀神が大きく息を吸い、天を指差して叫んだ。
「さあ行ってみよう! 女から男への、愛の告白ターイム!」
「「「イェーッ!」」」
「あっ、あっ、あっ、あっ、あやあや、あやあや……」
宇賀神がそう続けたとき、ぎくりと身をこわばらせた女子生徒が一人いた。そして――。
「綾小路、スタンダーップ!」
「お、俺ぇっ!?」
まさかの呼び出しにどよめきが走った。
「ひがぁ〜し〜、あやのぉこうじ〜、あやのぉこうじ〜」
呼び出し、まさに呼び出しである。
相撲部所属、綾小路京介。百キロを超える巨漢が驚きながら立ち上がり、宇賀神に導かれて教室の中央へと立った。
教室の中央に立ったとき、綾小路は一瞬だけ、ある女子生徒へ視線を向けた。
それは本当に一瞬のことだった。
しかし、それを見逃さなかった女子生徒がその視線を追って目を動かした。それに気づいた男子が同じ方を見た。その男子に気づいた別の男子が見た。そうやって次々と視線が動いていき、やがてただ一人の女子に視線が集中した。
そう、彼女こそが、先ほど身をこわばらせた女子生徒。その名は――。
「にぃ〜しぃ〜、たちばぁ〜なぁ〜、たちばぁ〜なぁ〜」
まじかぁぁぁぁぁぁっ!
宇賀神が吹奏楽部・橘の名を呼んだとき、まさかと思っていたクラスメイトが驚きのあまりのけぞった。
東、百キロを超える筋肉の塊、相撲部・綾小路。
西、クラス一小柄で可愛い癒し系、吹奏楽部・橘。
名前を呼ばれた橘は、顔を真っ赤にして、口をパクパクとさせていた。なんで、どうして知っている、という感じで宇賀神を指差し、ふるふると首を振って後ずさった。
「橘」
あわあわと震えている橘に、宇賀神は静かに歩み寄った。
「さあ、来てくれ」
「で、でも、でも……」
「恋を成就したい。その思いがあるから、お前は高橋にもちゃんと告白させたい、と思ったんだろ?」
考えるだけじゃなくて、ちゃんと二人に告白させる。
それが橘の意見だった。引っ込み思案で自ら発言することなどまずない橘が、あの場で挙手して意見を述べたのはなぜか。
それは、自分自身の恋を叶えるために参考にしたかったから、あるいは、同じように悩んでいる高橋を応援したかったから、に違いない。
「ならその恋を、ここで成就させようじゃないか」
「でも、だって、私じゃ……」
「大丈夫だ、お前の恋は、もうほとんど成就している」
「え?」
「あのバカな、あれだけでかい体して、好きな女に告る度胸もねえんだ」
宇賀神は橘の前の道を開け、立ち尽くしている綾小路を指差した。宇賀神が開けたその道は、教室の中央に立つ綾小路へと続いていた。
「情けねえだろ? 悪いけど、橘からビシッと言ってやってくれ」
「がんばれ、橘さん」と誰かが言った。それをきっかけに、次々と橘を応援する声が上がり、やがて教室は橘コールに包まれた。
真っ赤になって震えていた少女は、橘コールに背中を押されて立ち上がった。
一歩進んだとき、橘コールが熱い声援に変わった。その熱い声援を受けて、橘は綾小路へと続く花道を歩き始めた。
体が震えた。足が震えた。しかし橘はクラスメイトの声援を勇気に変えて、ついに綾小路の前に立った。
緊張と興奮と不安、それらが混じり合った気分で、橘の胸が高鳴る。
だがこれは橘自身が望み、そうしたいと願っていたこと。クラスのみんなが見守る前で――なんてことまでは想像していなかったけど、みんなが応援してくれていると思うと、橘の心の中に勇気が湧いてきた。
ジャーンプ♪




