その17 実例・男の告白
窒素の沸点は-195.8 ℃
「へい、木葉!」
「あいよ!」
「田島くん!」
「ほいさぁ!」
「サックラダちゃーん!」
「はいなりよー!」
下手なステップを踏みつつ、ノリの良いクラスメイトを選んでハイタッチをしながらホワイトボード前へと向かう宇賀神。絶妙な間合いの取り方、ぽかんとしているクラスメイトを盛り上げる話術、しかめっ面を笑顔にするボケとツッコミ。爆発寸前だったクラスの雰囲気ががらりと変わり、一体感すら生まれ始めていた。
さすがは宇賀神、液体窒素で凍った空気すら沸騰させると言われる男の本領発揮である。
「さあ行ってみよう! 男から女への、愛の告白ターイム!」
「「「イェーッ!」」」
クラスが一気に盛り上がった。これで先ほどまでのギスギスとした感じは消えた。
だが、宇賀神の本当の勝負はここからだった。
「さっ、さっ、さっ、さっ、佐藤ちゃーん!」
「うえ、私!?」
「スタンダァーップ!」
「ええっ、あ、はいっ!」
突然の指名に驚きつつも立ち上がったのは佐藤久美。個性派ぞろいのクラスにあってごく普通の女子高生であり、それゆえにこのクラスでは際立つ個性となっていた。
その佐藤が立ち上がったのを見て、宇賀神が「ぱんっ」と両手を叩く。
「二年三組佐藤久美。彼女は今、とある男の子からの呼び出しを受け、ドキドキしながら待っていた」
音楽が変わり、宇賀神の口調がガラリと変わる。「えっ、ええっ、なに、これなに?」と一人戸惑う佐藤を置いてけぼりに、何が起こるのかとクラスのみんなが固唾を飲んだ。
「誰もいない放課後の教室……一人呼び出した彼を待つ佐藤ちゃん」
「いやいや、みんないるし。ねえ、なんで私? ねえってば」
「いったい何の用だろう、なんでわざわざ放課後に? これってまさか……」
宇賀神は情感のこもった口調で語り続けた。いつしかそこは宇賀神劇場となり、誰もいない教室となり、クラス後方の自席付近で緊張して待つ佐藤だけがいる世界となった。
「……あれこれと考え、緊張する佐藤ちゃん。そんな彼女の前に、同じクラスの男子がやってくる」
宇賀神の手が静かに空を切り、クラスメイトの誰もが息をひそめた。その雰囲気に飲まれて佐藤もまた息をひそめ、そしてそんな彼女に向けて、呼吸を整えた宇賀神が一言告げる。
「ここから先は、マジだぜ」
「へ?」
宇賀神は歩き出した。その顔は真剣そのもの、クラス全員が胸を高鳴らせ、佐藤へと近づいていく宇賀神を見守った。
そんな宇賀神に歩み寄られて、佐藤は思わず後ずさりする。しかし彼女の席は窓際の最後尾、数歩歩けばそこは掃除道具入れであり、佐藤は逃げ場を失った。
「佐藤、放課後に呼び出してすまない」
「えっ、あっ、あの、宇賀神くん?」
壁ドォン。
「え、ええっ!?」
顎、クィッ。
「う、う、うがじん……くん?」
「好きだ、俺の彼女になってくれ」
しん、とクラスが静まり返った。
マジだ、マジだった。
宇賀神は今、放課後に呼び出した佐藤に対し、ガチでマジの告白をしていた。
男子告白派の加賀、海老澤を中心として女子のほとんどが口を押さえて目を見開き、男子もまたごくりと息を呑んで告白の行方を見守る。
「去年の体育祭で作ってくれたおにぎり、最高にうまかった。あれを……今度は彼氏として、食べさせてほしい」
ひゃぁ、と女子の何名かが小さく声を上げた。だがそれ以上に、突然の事態に戸惑っていた佐藤が目を見開き、何やら感動するような表情となって口を押さえた。
「な、なんで私の差し入れって……」
「わかるさ。俺はお前を、ずっと見ていたんだからな」
ここでゲーマー・加賀と漫画部部長・海老澤が悶え死んだ。フランス人・桜田、バイト命・宇田を始め、十名近い女子ももはや瀕死である。
「宇賀神くん……うそ、気づいてくれてたなんて……私なんて目立たない普通の子なのに」
「バカ言うな。俺の目には、君だけが輝いて見えるんだ」
「うれしい……」
佐藤が感極まった声をあげ、嬉しそうな顔になった。
なんというクサイセリフ。それを堂々と言ってのける宇賀神に多くの男が賞賛を送り、フォレスター三人衆を始め、男子にも倒れる者が出始めた。
「好きだ、佐藤。マジなんだ。俺の彼女になってくれ」
「……はい」
佐藤が呆然とした表情ながらうなずき、そして笑顔を浮かべた。その晴れやかで幸せそうな笑顔に、女子全員が倒れ、男子もほぼ全員が瀕死の状態となった。
なんという破壊力。これが、男から女への、マジの告白なのか。
かくしてここに、クラスメイト全員を瀕死に追い込む、新たなるカップルが爆誕したのである。
You're Only My Shining Star




