その16 勇者登場
あ、二年三組だったのね
「これやばいだろ?」
宇賀神の言葉に、来賀と桜田もうなずいた。
もともとこの二年三組は個性派ぞろいで、ちょっとしたことで衝突しやすい。そんなクラスメイトの緩衝材となり潤滑油となっているのが高橋由紀である。その高橋由紀が不在で、重石たる議長の来賀も席を外した。そうなると個性派ぞろいゆえに、一度衝突するとトコトン行ってしまうのである。
「木葉と荻野は?」
来賀の問いに桜田が指差した先に、クラスメイトと熱く語り合う木葉と荻野がいた。
「あいつら、何先頭切って議論してるんだ」
「ま、アツイ二人だからな」
だからこそクラスのリーダーなのである。しかしその積極性とカリスマ性が、ここでは裏目に出た。
「とにかく、この場を落ち着かせなきゃならんが……そんなことできるのは高橋だけだ」
「確かに」
ここに高橋がいれば「はいはーい、みんな、落ち着こうねー」とほんわかした優しいお姉ちゃん風になだめてくれるはずである。しかしその高橋がいないからこそこの議論ができているのだ、彼女に頼ることはできない。
「我々は、高橋抜きでこの場を収める必要がある」
「どうやってさ」
「落ち着かないのであれば、違う方向へ突き抜けさせるだけだ」
「は?」
「来賀、桜田。ここはまず俺が犠牲になろう。耳を貸せ」
ごにょごにょごにょ――ひそひそひそ――ごくり。
「お、おい、いいのか宇賀神。それお前……」
「いいんだ。なあに、勝算がないわけじゃない。うまくいけば、俺にも幸せが転がり込むってもんだ」
宇賀神は親指を立て、ニヤリと笑った。
「く、くそう、宇賀神、お前男だぜ。お前こそ勇者だ」
「無様に散ったときは、骨は拾ってくれよ」
「ああ、そのときは俺も道連れだ」
「いやお前らはいいけど、後の三人はどうすんだ?」
半分呆れた顔で来賀が突っ込んだ。その顔には「二人で何盛り上がってんの」という色がありありと見えた。
「そこはあれだ、尊い犠牲?」
「犠牲ってな……」
「なーに大丈夫、上手くいくって」
「無責任な」
そう言いはしたものの、来賀にも別の案があるわけではない。そうこうしている間にもクラス内の雰囲気は悪くなる一方、ぐずぐずしていては取り返しのつかないことになりそうだった。
「わかった、やろう」
「よし、スタンバイ」
三人はうなずきあい、それぞれの場所へと散った。
来賀、教室前方教卓前。前田、宇賀神は自席へ。
来賀は前田と宇賀神が自席に戻り座ったのを見て、ふう、と息を吐き、ハンマーを手に取った。
ガンッ、ガンッ、ガンッ。
「静粛に」
わいわい、がやがや、ぎゃーぎゃー、おらおら!
「静粛に!」
けんけん、がくがく、だんだん、どんどん!
「やかましいっ、てめえらまとめてシバくぞ!」
ガベルをしのぐ来賀の怒声に、しん、とクラスが静まり返った。しかし、すぐにまた言い合いが始まりそうな、煮えたぎった雰囲気がそこかしこに満ちていた。
「議長」
「桜田」
すぐに桜田が挙手して立ち上がり、クラスの一同を見回す。
さあ、スタートだ。
「四の五の言うまい」
桜田は精一杯胸を張り、震える手をメガネに当て、クイッとあげた。
「今の様子を見る限り、議論は崩壊した。しかし結論は出さねばならない」
「どうやってさ」
「加賀。我々はここまで言葉のみで語り合ってきた。だから失敗した」
震えるな俺の足、燃えろ山吹色のコスモ。桜田は心の中で己を叱咤し、言葉を続けた。
「いや、失敗しようとしている。だが、ここで議論を崩壊するままにさせるわけにはいかん」
そこで、と桜田は机をバンと叩いた。
「言葉ではなく実例で。男からの告白を、女からの告白を、この目で見て判断することを提案する!」
「……どういうこと?」
「恋愛とは主観の世界にしてリアルの世界。精神よりも肉体が優先される生臭い世界。そう、考えたって結論は出ない。今、ここで、目の前で本気の告白を見て、男からか、女からか、いずれが破壊力があるかを決めるのだ!」
「のった!」
すぐさま手を挙げたのは宇賀神だ。
そう、ここで皆に議論させてはいけない。考える隙を、作ってはならない。
「はーい、輝かしい青春を送る若人たち、用意はいいか、パーソナリティ・登の時間が始まるぜ!」
スマホの音量を最大にして、軽快な音楽が教室に響いた。その音楽に合わせて宇賀神がしゃべり出すと、教室内の雰囲気が一気に変わる。
これは毎日お昼に流れる放送部による昼番組の音楽と始まりの挨拶。
そこから続く登の爆笑トークはまさに神。今クラスメイトは、パブロフの犬のように、条件反射で楽しい時間へと引きずり込まれたのだ。
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