その15 原点回帰
蟻の一穴
それは、何気ない一言がきっかけだったという。
「男女平等とか言ってるけど、結局告白は男から、てのは変わらねえんだな」
その一言を発したのは坂藤海斗、文化祭でクラスの出し物である「コッペリア」の演出を担当した、演劇部部員である。
「それが当たり前なんです」
坂藤の言葉は独り言に近いものだったが、たまたま近くにいた乙女ゲーマー・加賀が憤然とした口調で突っ込んだ。
「和井田くんに告らせればそれで終わりなんです。だいたいあの二人、どっちかが告ればもう決まりでしょう」
「だったら高橋から告ってもいいんじゃね?」
「ええい、何度言えばわかるんです。恋愛において男女平等はないのです!」
だん、と加賀が机を叩く。
「恋愛は女が主導権持ってるんです。選んで欲しければそれを言葉にするのは男の義務です!」
「お前、ちょっと極端だぞ?」
「そうですよ。高橋さんから告ったっていいじゃないですか。自分の理想を押し付けちゃダメですよ」
「なんですって!?」
「論点はどっちから告白するか、じゃないだろ。どっちから告白したら恋人同士になる確率が高いか、だろ?」
「なればこそ和井田くんからすべきです! 高橋さんの気持ちは決まってます!」
「そうだそうだ、あれだけアピールしてるんだから、和井田が勇気出すべきだ!」
「あそこまでアピールしてるなら、いっそ高橋さんから告白したっていいじゃないか!」
「クラス全員にバレるような感じでいちゃつくなら、どっちでもいいからはっきりしろ、て感じだよな」
「ああもう、結局そこだよね!」
結局のところ、このクラスの全員は和井田と高橋の関係を既に認めていた。
なればこそ、はっきりとさせていないそのじれったい関係を解消しろと思ってしまうのだ。
そう、まさかの原点回帰。
ええいうっとおしい、さっさとくっつけよこのバカップル! 状態なのである。
「恋人でもない人とお弁当食べる?」「いやそれはあるっしょ」「じゃ、一緒に帰るのは」「それもあるだろ」「その両方をやるのは?」「あー、それはもう……だな」「てゆーか、高橋さんは武久さんに話してるんだろ?」「そうよ、なんで私にじゃないのよ、信じらんない!」「和井田も和井田だよな、なぜ気づかない」「いや気づいてはいるだろ」「じゃなんで?」「夢のため?」「高橋さんめっちゃアピールしてるよね? ひどくね?」「ちくしょう、俺たちの高橋さんだぞ!」「あんたたちのじゃないよ、キモイって」「うるせー、俺はずっと好きだったんだー」「俺もだー」
「え……なに、どうなってんの?」
トイレから戻ってきた来賀が見たのは、既に怒鳴り合いの様相を呈しているクラスメイトたちの激論だった。
「ま、なんだな」
教室の隅っこで静かに事態を傍観していた新聞部・桜田が、メガネをクイっと上げた。
「なんのかんの言って、みんな、あの二人のバカップルぶりにモヤモヤしていた、てことだ」
「あのなあ……なんだったんだよこの一時間は」
「ふふふ、結局私が正しかったのだな」
「何勝ち誇ってるんだよ、これどうするんだ」
議論とは、よりよい結果を求めて意見をぶつけ合うものであり、相手を凹ませるためにやるものではない。しかし今教室内で繰り広げられているのは、相手を打ち負かし自分の意見を通そうという、議論ではなくただの言い合いだ。
「議長不在で議論がヒートアップしたんだな。これが若さというやつか」
「お前、ぶっとばすよ?」
「ああっ、すまん。いや、しかし私にももうどうにも……」
こんなの、何も生みやしない。せいぜいクラスに亀裂を残すだけだ。わかってはいるが、桜田ももうどうしようもないのだ。
「おい」
そんな来賀と桜田に一人の男が声をかけた。
宇賀神登、放送部でお昼の放送を担当する校内屈指の人気パーソナリティー(自称)だった。
最後の男子登場




