77話 大賢者である私と聖騎士の約束
私がダンジョン方面の外壁門に着いた時、ミウリやワトルーは立ち止まり、ある一点を見つめていた。
2人だけではない。避難していた多くの人々が野次馬に出てきてしまっていた。
皆、言葉も無く、かつて外壁だった瓦礫を見つめていた。
うーむ、ドラゴンの体当たりでも受けたのかしらん。
「ご覧の有様ですが、とりあえずは皆無事です」
私に気づいたセバっちゃんがこちらに来るなり、説明してくれた。
どうやら都市長さんや、サファたん、ヒーラーの人達、負傷者達は無事のようだね。
しかし、私の作った回復陣と強化陣は瓦礫に埋もれたようだった。
リリーに首を刎ねられたにも関わらず、ドラゴンは外壁門に体当たりを仕掛けて来たのだという。
防陣も無理に食い止めずにドラゴンの突進を避けて防陣を開け、ドラゴンを通した為に人的損害は無し。
都市長さんやサファたん達はセバっちゃんが避難の指示したので事なきを得た。
また、サファたんの防壁の奇跡の活躍もあり、飛び散った瓦礫による被害者が出なかったようだ。
現在は、残敵の殲滅戦に移り、変態ブレイドっちも討って出たらしい。
「なるほど、ね」
私は危機的状況であることをミウリとワトルーの前では言うのを避けた。
「何か、手はございますか?」
セバっちゃんもこちらが置かれている状況を判っているようだ。
「さっきリリーがドラゴンの首を刎ねたと言ったよね」
私の強化兼防御魔法『戦う女性は蒼く輝く!ついでにコスプレ付』が発動して強化されたとは言え、ドラゴンの首を刎ねた、ね。
「はい、それは間違い在りません」
リリーの覚悟が技を冴えさせたのかな?
であればあるいは……
それに私はリリーに関し、気になっていることがある。
リリーが持っていたあの剣、あれは恐らく……
「そっか。フフーン!まあ手はあるよ」
私は不敵に笑う。
まだ賭けに勝った訳じゃないけどね。
<でも大丈夫。この掛けに私は勝てる!>
これは私の勘だ。
もっとも私は絶対勘の持ち主じゃないから絶対はないけどね。
そんな私の言葉にセバっちゃんも黙って頷いた。
私は回復陣が壊れてしまったのでサファたん達を手伝いに行く事にした。
ミウリとワトルーには孤児院に戻るように言ったのだけど、私から離れようとしない。
彼女の勘がそうさせているのかもね。
「サファたん無事で何より」
「ミリー様!」
サファたんが私に気づき回復の手を休めた。
回復班は瓦礫を乗り越え、防陣の近くに移動していた。
だから、私達も瓦礫を乗り越えて来たのだ。
ミウリとワトルーは瓦礫をものともぜず私に付いてきた。
セバっちゃんついては説明も不要だね。
「とりあえずは何とかなったね」
「はい。残敵の掃討も終わりです」
サファたんの言葉通りモンスターは居なくなっていて、その声は明るい。
「ミリー!」
声の主はリリーだった。
「リリー先輩。すっかり蒼くなってまぁ」
「貴女のお陰でね」
リリー先輩は苦笑した。
リリー達は生命力エリクサーの効果で無事に戻ってこれたようだ。
しかし、見ればリリーの剣は折れていた。
「あ、剣が」
「ええ、ドラゴンの首を斬った際に折れてしまったの」
「そうなんだ」
そっか、折れちゃったのか。
ま、仕方がないね。
その時、勝利を告げる鬨の声が上がった。
その光景を私は冷静に見ていた。
そろそろの筈だ。
「オトプレちゃん。そろそろ出番が近いからね」
あえて声に出した私の呼びかけにオトプレちゃんが光の精霊姿で現れた。
夕日に負けずオトプレちゃんは光り輝いている。
その時、禍々しい気配を感じた。
本命が始まったね。
今度は今までの雑魚モンスターではなさそうだ。
全てが悪意に染まっている、そんな感じすら受ける悪意の量だ。
正直、流石の私も吐き気がしてくる。
ここまで強烈だと皆も感じ取っただろう。
実際、鬨の声は止んでしまった。
まるで怯える子供のように声も出せず、皆立ち竦んでいる。
さぁ、ここからは私も覚悟を決めよう。
私は静かに目を閉じる。
私の瞼の裏に浮かんでいるのはアヤメの顔だった。
アヤメはゆっくりと私に頷いた。
そうか…いいんだねアヤメ。
目を開けた時、私にもう迷いはなかった。
不思議だね、決意の表情というよりは穏やかな表情をきっと私は浮かべている。
「リリー、いえ、アラバスタル王国王女リリエナスタ」
「ミリー?」
リリーのみならず青薔薇の戦乙女の面々やセバっちゃんも驚いているようだ。(セバっちゃんの眉がぴくぴくと動いたのを見逃す私ではないのさ)
まぁ私も驚いてるよ。
この状況下に、こんなに穏やかな口調になるなんてね。
「これから起こる災悪に臆せず立ち向かえる?」
「……ええ!」
「一度手を出してしまえば戻る事は出来ない。それでも剣を取る?」
私の意図をリリーは判っているだろう。
答えは間髪入れずにとは行かないものの、直ぐに帰ってきた。
「私は……あの存在を許さない。それを支配する者も……だから剣を取るわ!」
<リリー、貴女はきっとそう言うと思った>
リリーの誓いの言葉はかつてアヤメがした誓いと一言一句違えず同じだった。
ビフテの町のギルドにて会議した時、私はリリーとアヤメが重なって見えた事があった。
その時から私は貴女に期待したのだと思う。
リリー、貴女はアヤメと同じ志を持っている。
<アヤメ!私は賭けに勝ったよ>
気づけば私は一筋の涙を流していた。
きっとこれはリリーの覚悟への感謝の涙であり、私が救われた事への安堵の涙だ。
「ミリー?」
私は涙を拭いながら、片手を上げ、リリーの足元に魔法陣を出現させる。
「これは?」
「リリー、貴女の覚悟に応え、これを……」
『授けます』と言いたかったけど、声にならなかった。
私の言葉と共にリリーの体が光る。
光が収まった時、リリーの体には白く輝く鎧が装着されていた。
「これは!」
「その鎧は勇者が身につけていた鎧だよ」
「勇者の鎧!」
「そう、勇者アヤメの鎧。勇者はその鎧を着て魔王を討った」
「勇者アヤメ…そう勇者はアヤメと言うのね」
初めて聞いた名前だろうね。
私も驚いたが、500年後のこの世界には勇者について記録が全く残って居なかったのだ。
勇者が魔王を討ったというだけが伝わっているだけで、名前すら伝えられてなかった。
他のメンバーはしっかり伝えられているというのに。
私は頷き、『エルオスの無限バッグ』から剣を取り出す。
空間にできたスリットに私が手を突っ込み、中から剣を取りだしたのはバッチリ皆に見られたがもう隠すのは辞めたのだ。
「これは!」
「リリーは驚いてばかりだね。コレは勇者アヤメが残した剣。まぁ驚くのも無理ないけど」
「え、ええ…」
そうだろう、アヤメの剣はリリーの持っていた剣とそっくりだったから。
「リリーの持っていた剣はアヤメの剣と揃いの剣だよ。ただしこの剣はアヤメが鍛えに鍛えて最強と呼ぶにふさわしい剣だけどね」
アヤメと私で作ったふた振りの剣。
その内の一本はサンムーン聖王国の神殿に奉納したはずなんだけどね。
500年の間にどういう経緯をたどったか判らないけどリリーの元に落ち着いてたとは。
これも縁だねきっと。
「最強の剣……」
「リリー、この剣を取れば、貴女の今の日常は終わり、私と共に新たな戦いを始めなければならない」
リリーは私の言葉の終わりを待たずに剣を掴んだ。
「よろしくね。勇者リリー。貴女が今世の勇者だよ」
「ミリー貴女は」
「うん、それが私の役目」
「そう、だったのね」
実際の所は判らないけど、今はそう思えた。
私はリリーを鍛え、共に魔王を討伐しなければならない。
アヤメが救った世界が無かった事にならないように。
「勇者アヤメは聖騎士だった。そんなところもリリーと同じだね」
剣を抜くリリー。
剣の輝きは、今まで彼女が持っていた剣の比ではない。
「凄い!」
そうでしょうとも。その剣は敢えて属性付与をしていない。
その剣は私の魔法との連携で更に強くなる。
私がリリーに剣を授けている内に日が落ち、モンスターの達の目が赤く光る。
都市の全周囲が赤い光で覆い尽くされていて、とんでもない数である事がわかる。
もうじき此処に来るだろう。
モンスターの質も魔族化され今までは比較にならないだろう。
4つのダンジョンの同時スタンピード。
こちらが本命の攻撃で、魔族に指揮されたこれらのモンスターは最早、魔王軍と言ってもいいだろう。
漂う悪意がそうであると私に告げているのだ。
きっとヤツラは今頃高笑いをしているに違いない。
勝った気でいる所に大軍をけしかけて絶望に叩き落としたつもりでいる。
くくく、ヤツラに目にもの見せてくれる。
私の元に勇者が帰って来た。
もうこの勝負貰ったも同然だね!
「リリーは少し休んでいて、今から雑魚の清掃するから」
「ええ、何か手立てがあるの?」
「ま、みんな見てて」
皆不安そうだ。
「オトプレちゃん、そろそろ始めるよー」
私の言葉にオトプレちゃんは光の精霊の姿から人形に姿を変えていく。
オトプレちゃんは私、ミリーシアタと同じ形になった。ただし光っているから人間には見えないだろうけど。
「「天使様!」」
そんな声を上げていたのはサファたんとミルファたんだ。
まあ、魔導書の間違いなんだけど、指摘はしないでおこう。
跪き、祈りを捧げ出した2人や他のヒーラーさん達の思いを無下にするのもなんだしね。
「もうダメだ」
「結局みんな死ぬんだ!」
そんな諦めの声が聞こえてきた。
こっちのフォローもしないとならないようだね。
仕方がないなぁ。
音声伝達魔法『届けこの想い』をボリュームMAXで発動
「みんなー! みんなが頑張って時間を作ってくれたから私の祈りが天に届いたよ!だからこれから敵を殲滅するね!」
私の声に皆が私に注目した。
私は飛行魔法を再び発動。
私の背中に光の羽が生える。
「おお! 聖女様!」
だれがそう叫んだのかわからない。だけど皆が祈るように
手を合わせ、私に助けを請うていた。
魔道士に祈りは似合わない。
でもまぁいいか。
「じゃ!いくよー!」
そう言って私は上空に飛び立ったのだった。
ミリーは飛び立ったと言うより、打ち上がったのだった!
まるでロケットの様に。




