72話 大賢者である私ではなく、さて今回はダーレだ?
私は、聖騎士リリエナスタ。
アラバスタル王国の王女でもあるけど、この戦いの中でそれは意味がない肩書きだから、今の私は聖騎士だ。
聖騎士であることに、自身の実力に、誇りがある、いえ、あった。
でも今、モンスターの群れから都市を守る負けられない戦いの中にあって、私は自身の不甲斐なさに苛立っている。
剣を振るいながらも先の見えない戦いに疲弊していく自分、諦めの思いが湧いてくる自分、そんな弱い自分に怒りがこみ上げてくる。
そんなに半端な覚悟だったのリリー!
皆を守るのでは無かったの?
リザードマンを斬り伏せ、次の敵に視線を移す。
ここで私達が諦めてしまったら、この都市はどうなるの?
王都に至るまでの村や街は?
戦いに望むまで私は、自信はさておき、皆を守るという強い決意があったし、私の力は微力でも皆と一緒なら出来るという甘い思いもあった。
しかし、その決意を嘲笑うかのような敵の数に私の決意が揺らいでいる。
その事が腹立たしくて仕方がない。
<また、ヤツラの思惑に踊らされるの?>
あの時の悪魔の顔、絶望する私達を楽しげに見る、歪んだ笑みを思いだし、更に怒りが増した。
私、いえ私達はダンジョン中で悪魔と対峙した時、圧倒的な悪意というものを直に味わされた。
人の努力を嘲笑い、力で絶望のどん底に突き落とすのを心から楽しむ姿に戦慄した。
今都市を襲っているモンスター達の向こうにそんな悪意の塊のようなヤツラがいる。
負けたくない!
そんなヤツラの思惑通りに事が進むなんて許せない!
私は戦い中に身を置く者だから戦いの是非を問う資格はないけど、相容れない存在は確かにいるのだ、と悪魔と対峙した時に確信した。
ヤツラはこの世から滅ぼすべき存在だ。
しかし、思いとは裏腹に私の体は疲労し、悪意に屈しようとしている。
体だけじゃない、心も諦めが支配しようとしている。
どんなに心を奮い立たせようとしても、どうしよもない。
そんな自身に腹が立つ。
結局あんなヤツラに屈してしまう自分に。
プレゼに『考えちゃダメよ!』と言っておきながら、情けない事ね。
「リリー!」
ミルファの声にハッとした。
Dゴブレッドが飛びかかってくるのが見えた。
躱して、反撃を!
くっ!体が動かない。
敵の剣が私の腕を裂く!
え!
斬られたと思ったのに見ればなんともなってない。
一瞬、痛もあったのに。
「おらー!」
プレゼが私を斬ったDゴブレッドの頭を叩き潰す。
Dゴブレッドにすら遅れととってしまうとは。
その時、Aランクパーティー『神槌』より援護があり、彼らの申し出を素直に受けることにした。
まずは、少しでも疲労を取らないと。
防陣の中に戻ってきた私は先ずミルファに感謝した。
「ミルファ有難う。でも驚いたわ」
私の腕を回復してくれたのはミルファに違いないと思ったからだ。
まるで弟を傷を瞬時に消したのミリーのようだった。
「どういたしまして。ミリーから回復の極意を教わりましたから」
「ミリーが……」
その瞬間、ミリーが、不敵に笑うその顔をが思い浮かんだ。
そうだ!何故思い出さなかったの?私達には聖紋の大聖女様がいる!
というか、あの子毎日遊んでいた訳じゃなかったのね。
自然と苦笑し、同時に不思議と元気が出てきた。
我ながら現金だと思う、でもミリーはあの悪意の塊にですら軽口を叩き、手玉にとった。
うん、私はまだ戦える!ミリーがついているのだもの。
決意を新たにした時、私達の頭上に光の精霊がいることにミルファが気づいた。
光の精霊はクーンの元におりてきた。
「私はミリーの使いよ、魔道士クーンに渡したい物があるわ」
光の精霊が喋った!
喋れたのね、初めて知ったわ。
クーンが手を出すと光の精霊はクーンの手のひらに乗り、そしてまた飛び立った。
クーンの手には1本のポーションが乗っていた。
光の精霊はクーンの耳元にで止まり何かを呟いた様だった。
「え、本当に!」
クーンが興奮した様につぶやき、そのポーションをポーチにしまったけど、その手は振るえていた。
とても貴重な物を扱うような感じだった。
きっとなにか重要な事をクーンに伝えたのね。
その様子を見届けたの光の精霊は都市の中に戻っていった。
ミリーの元に戻ったのね。
兎も角ミリーが動き出している事が判った。
となれば、私も負けてはいられないわ。
しかし、防陣の方はあまり状況が良くないようだった。
私達はミルファは防陣の中に残すことにした。
防陣が崩れたら今までの死闘の意味が無くなってしまう。
ミルファの力を発揮するには防陣に残した方が良いだろう。
「きっとミリーが援護してくれるわ、必ず守りきりましょう!」
仲間の頼もしい返事と共に私達は再び防陣の外に出ていくのだった。
10層のボス『牛男ブラザーズ』が突如出現し、それをセバとブレイドが討った。
しかし敵の数はまだ多く、ダンジョンにまだ先があったということが証明された。
敵は格段に強くなっている。リビングアーマーや動く魔像など、剣や槍では分が悪いモンスターが混ざりだし、私も一撃では屠れ無くなってきていた。
防陣も下がり出している。
クーンや宰相が大魔法を惜しむこと無く使っているけど、あまりに敵の数が多い。
どうにか戦意を保てているけど、このままでは……
<ミリー!!>
私は無意識に心の中で叫んだ、のだと思う。
正に私が心の中で叫んだ直後、その叫びに応えるかの様に防陣の雰囲気が変わったと感じた。
防陣の後退が止まった?
その変化は間違いでは無かった。
防陣がモンスター達を押し返しだしていた。
間違いない、ミリーが何かをした!そう思った。
消えそうだった火が激しく燃えだしたようなイメージを防塵から受けたから。
「お待たせしました」
声の主はミルファ。
『神槌』に守られてミルファが合流した。
「防陣はいいのか?」
「ええ、ミリーが回復の指揮を取りだしたからもう大丈夫。
今、回復の待ち時間は1分以内です」
カリスの言葉にミルファがメイスを振るいながら答えてくれた。
「へぇ、それがあの子の実力かい。こりゃこっちも頑張らないとだね」
プレゼはあの子の実力を見てないのだったわね。
「回復だけでなく、疲労の完全回復、能力強化と戦意高揚の奇跡も与えられています」
「あいかわらず、やることがデタラメね」
クーンのその意見には私も賛成。
「さて、宰相様も始めたようだし、私も始めるわよ!」
そういって、クーンは先程、光の精霊から受け取ったポーションを取り出すと、栓を抜き、一気に飲み干した。
目を瞑るクーン。
そしてカッと目を見開いた。
「きた、キタキタキタキタキアタキタァー!」
え? クーンさん? あなたイッチャってない?
そして、クーンは何かを叫んだ。
えっと、オクレニイサン?
そう聞こえたけど、なんて意味だろう?
クーンは何事も無かったかのように大魔法をバンバン唱えだした。
なんか、この件を突っ込んではイケナイ気がする。
そもそも戦いの最中だし。
忘れるのが一番なのかな。
うん、聞かなかった。私は何も聞こえなかった。
「クーン、いくらなんでも魔力切れを起こすわ」
クーンの異様な詠唱ペースが気になった。
「大丈夫、今私が飲んだのは魔力エリクサー。だから今の私には無尽の魔力があるわ。実際使い切れない程の魔力と繋がっているのがわかる」
「魔力エリクサー!」
伝説の神薬!伝承のみの存在となった神薬が実在しているなんて!
しかもそれをミリーから渡された。
恐らく宰相にも渡されたのね。
ミリー!貴女、なんて娘なの!でも……いける!いけるわ!
私達は敵を屠り続ける。
でも先程と違い、苦しくは無い。
敵は強くなっているのにね。
防陣の方から伝わる戦意が私達にも伝わってくる。
その熱気が私達にも力をくれていた。
私はある敵を剣で突き殺した。
そして、その敵の危険性に直ぐに気づいた。
だけど、気づくのが余りに遅かった。
イビルリザード
壁など難なく登っていくモンスター。
「イビルリザードよ!、優先的に倒して!」
気がつけば悲鳴の様に叫んでいた。
しかし、既に遅いようだった。
イビルリザードは知能は高くないけど、狡猾な面があり、強い相手を裂け弱い物を背後から襲う習性がある。
きっと私達や防陣を避け、いきなり都市内を目指したに違いない。
ああ!トカゲ達が都市の外壁を登っていく!
せっかく勝機が見えてきたのに!
都市の中に避難する人々を守れなかったら意味がないのに!
私は、私達は守れなかったの?
次の瞬間、私は奇跡を見た。
そう、間違いなくそれは奇跡だった。
光る外壁の上端。
同時に吹き飛ばされるトカゲ達。
外壁には、光の紋が浮き出ていてそれが光っているように見えたのだと理解する。
「あれは、聖紋!凄い…」
街の外壁をすべて覆う聖紋、その規模の奇跡を起こしたミリー。
ミリー、貴女は一体何者なの?
悪魔を一蹴し、物量にものを言わせたこの侵攻において、窮地から優勢に転じさせた。
更には壁を登ってくる敵を予測して待ち構えていたとしか思えない奇跡の行使。
「あれがミリーの力かい……」
防陣からあがる歓声。
「はい、あの力が彼女の聖紋の力です」
「魔法ではあれは無理ね。正に神の力よ」
「神様が遣わした聖紋の大聖女様だな」
私は声も無く、外壁の上で歓声に答え、手を降っている彼女を見た。
なんと言うか、なんだろう、なんて突っ込めば?
ミリーは緑地に白い蔦?のような模様の入った布だろうか?を
頭に被り、鼻の下で結んでいる。
ただただ怪しい人に見えた。
そして、一気に感動が薄れた。
うん、やっぱミリーだ。
どこか外してくるのがあの娘だからね。
ミリーが遠くを指差した。
私もつられてその方を見た。
私の視線の高さでは判らない。
ミリーがなにかを見つけたのだろう。
でも大丈夫、貴女がこちらの味方についているなら、
ドラゴンでも魔神にでも何にでも立ち向かって見せるわ。
ドラゴンは確定情報、さて魔神は?




