67話 大賢者である私は謎の武術の後継候補らしい
牛男ブラザーズを先頭に、こじ開けた防陣よりモンスター達がなだれ込む。
目指しているのは開かれた門の先、つまりは都市内だ。
門の中に入ればまず最初に回復班と負傷者達が餌食になるだろう。
回復班が蹂躙されれば、もう戦線を維持することも、立て直す事も不可能だ。
その光景を遠目に見たリリーの剣を握る力が強くなる。
しかし、リリーは知っていた。
モンスター達がそう簡単に門を突破できないことを。
防陣を突破された以上、あとは彼らに任せるしかない。
「立て直せ!これ以上入れるな!」
将軍は冷静に対応していた。
即座に防陣に開いた穴を左右から締め付け、何とか穴を塞いだ。
通常であれば穴をこじ開けられたら、そのまま防陣は決壊してしまうだろう。
しかし、流石は精鋭騎士達、立て直しも早い。
雪崩込もうとするモンスターを即座に押し返していった。
これは牛男ブラザーズの存在をリリーに事前に教えられていた将軍のとっさの采配でもあった。
突破されたのではない。
猛牛を敢えて引き入れたのだ。
当然、闘牛を狩る勇士も用意している。
あとはその二人に賭けるだけだ。
門の前で防陣全体のフォローにまわっていたミルファが
牛男ブラザーズと対峙する。
「ミルファ。下ってろ」
門から出てくる男が二人。
一人は剣士。一人は老紳士だ。
剣士の男の指示に従い、ミルファは二人の後ろに下がった。
「お願いします」
「了解致しました」
牛男ブラザースの他に、雪崩込んだモンスターは20匹程度。
「予定より早いが…ま、やるか!左は任せた」
「任されましょう」
二人の男とは『ソードマスター』ブレイドと冒険者ギルド特別顧問セバだ。
牛男ブラザースがそれぞれ鼻息を荒くし、脚で土を後ろに蹴る仕草をした。
牛男特有の突進前のルーティンだ。
「知ってましたか?あの頭はマスクなんですよ」
「へぇ、初めて知った」
牛男を抜いて、他のモンスターがセバとブレイドに向かって来る。
ブレイドが手を挙げる。
すると矢が飛んできてモンスター達の頭を次々に射抜いていった。
ブレイド達の元にたどり着けたモンスターはいなかった。
残されたのは牛男ブラザースのみとなった。
「優秀は射手ですな」
「知ってるだろ?同志の中にはロードルシュや弓自慢がいるって」
「そうでしたな」
モンスター達を射抜いたのはロードルシュを筆頭にした『G様親衛隊』弓部隊10名だ。
弓の達人10名にしてみれば朝飯前の芸当だった。
G様親衛隊108名は今回4チームに別れている。
ロードルシュを筆頭にした弓部隊10名を防壁上に配置し、
他3隊32名づつがそれぞれ中央、左、右に配置されている。
防陣の外で絶賛活躍中だ。
これで106名、ブレイドが門を守り、もう一人は極秘任務に付いている。
いよいよ興奮MAXになった牛男ブラザースが、それぞれの獲物に突進を開始する。
後ろで見ていたミルファが一瞬怯んだ。
あまりの瞬発力に一瞬巨大化し、自分に襲いかかってくる錯覚に陥った為だ。
<リリー達はいつもこんな思いをしているのね>
そんなミルファを他所に、二人の男は余裕そうだった。
セバが立ち止まったまま、優雅に右手を前に突き出した。
親指と中指の腹が合わせられている。
牛男との距離が5mまで縮まった時、セバが突き出した指をパチンと鳴らした。
それだけ、それだけの事だがセバに迫る牛男が縦に真っ二つになった。
牛男はまるで真っ二つされたことに気づいていないかの様にそのまま突進を続けたが、距離2mの時点で体が光り、距離1mの時点で光の粒になって消えた。
セバの体を突進で起きた風だけが通っていく。
「ふむ、牛男臭いですね」
風の中に牛男特有の体臭が混ざっており、セバは無表情に鼻を摘むのだった。
一方のブレイドの方は、牛男との距離2mとなっても剣を下げたまま構えもとっていない。
ブレイドはそのまま右横にすり抜け突進を躱した。
牛男はブレイド通り過ぎ、脚を止め振り向こうとした所で首が落ちた。
そしてそのまま光の粒となって消えた。
ブレイドはすれ違いざまに牛男の首を皮一枚の残して斬ったのだ。
正に神速の剣技だった。
ボス討伐の報酬として宝箱が出現したが、二人は興味を示さなかった。
「セバさん。それ本当に武術か?反則すぎだろ」
「『パチン道』、れっきとした武術ですよ。それよりもブレイド様も腕を上げられましたな。剣筋を見切れませんでした」
「もう剣の強さなんてどうでもいいさ。ミリー様を守ることができるならそれでいい」
セバはブレイドが剣の呪縛から解き放たれ、新たな境地に至ったと理解する。
どうりで強くなった訳だとも。
「セバさんは幾つも異名があるから謎だったが、そう言えば以前に王がパチンマスターと言ってたな」
「その呼ばれ方は懐かしいですが、私の持つ武術の一つに過ぎませんよ」
指パッチンを極めると鳴らした指から真空刃を放つことが出来る様になる。
それが武術『パチン道』であり、今この武術の真髄を極めるのはセバのみである。
<ミリー様になら、この武術を託しても良いかも知れません>
勝手に後継者候補にされてしまうミリーだった。
兎も角、最強の男達が門を守っているとの安心感が加わり、士気を持ち直した。
ポーションの配布が始まり、防陣のローテーション再開された。
しかし、その意気昂揚も長くは続かなかった。
10層以下、つまり未知のモンスター達が防陣に襲いかかり出したからだ
Aランクの冒険者達でも一撃で屠れず、手を焼くようになってきていた。
リビングアーマー、動く魔像など硬い敵が混ざりだし、槍や剣では部が悪くなって来ているのが原因だった。
徐々にモンスターの圧に押され、防陣がジリジリと後退し始める。
将軍が叱咤激励するも後退を防ぐに至らない。
後退を開始するにはまだ早い。
後退し、防塵の半径を小さくすることで守りを厚くすることはできる。
しかしそれは最後の手段なのだ。
そうなってしまっては、そこからの巻き返しは難しい。
防衛戦において基本的に防陣は小さくなることはあっても大きくなって行くことなど無いのだ。
彼らは知らない。
ダンジョンは全20層であったことを。
今1つ目のダンジョンの半分を迎え撃っただけだと言うことを。
時刻は11時過ぎ、戦いはまだまだ続く。
パチン道、それはあらゆる武術の頂点に立つ、幻の武術!




