65話 大賢者である私がポーションを風呂敷で包んでいた時、何が起こっていたのか
「おらおらおらー!」
棘付きの金棒を振り回し、敵を文字通り粉砕しているプレゼの額に些か焦りの汗が滲んできていた。
休む間もなく戦い続けているが、敵は臆する事も無く只々都市に向かって来る。
彼女達の役目は可能な限り、敵の視界に入る様にし、惹きつけけることだ。
しかし女達がいくら強いと言っても、視界は敵で埋め尽くされて一向に終わりが見えないとなれば、その疲労感は倍増するだろう。
都市の周囲は既にモンスターで囲まれていた。
既に都市内部の人間には逃げ場は無い。
完全に包囲され、唯一空いているダンジョン方面の門にモンスター達が群がってくる状況である。
目の前に入り口の空いた都市が在り、中から人の気配がする以上、あぶれたモンスター達が他所を目指すことは無い。
だから、此処で全てのモンスターを倒す必要があるし、それを成さねば、待っているのはモンスターによる都市蹂躙だけである。
そうなれば、モンスター達は最終的に王都を目指すだろう。
そしてそれは王国崩壊という事だ。
プレゼも戦いの素人ではない。
判っている、焦りは禁物であると。
しかし敵は徐々に下層の敵に変わっていき、より強くなっていく。
しかも終わりの見えない戦いだ。
これこそがスタンピードの恐ろしさなのだ。
怯むことも休む事も無く延々と次々に襲いかかって来る。
いくら一騎当千と言えど、やがて体は疲労するし、動きを悪くしていく。
そして、戦意を徐々に蝕むのだ。
戦意が下がれば、体の動きは更に悪くなる。
「くそ!」
「考えちゃだめよ!」
リリー王女がプレゼを叱咤する。
そう、考えたら、心を飲まれたら負けなのだ。
「戦乙女殿!一旦お下がりを!」
疲労の激しい彼女達に話しかける者がいた。
それは、Aランクチーム『神槌』のリーダー、アンセルデン神官だった。
『神槌』はメンバー6人全員が神官という異色のチームで、教会の依頼を主にこなし、攻めよりも守りに強いパーティーだ。
ただし、3悪属性に対しては抜群の強さを発揮し、おそらく王国一の破壊力を示すだろう。
教会の誇る対魔滅殺隊とも噂されていた。
「頼みます!皆、下がるわよ!」
長期戦に備え、一旦下がるリリー達。
「悪魔の使徒どもを滅殺せよ!」
アンセルデン神官の言葉で殺戮を開始する神官達。
6人全員が完全武装だった。
ミスリルのフルアーマーは守りの奇跡が幾重にもかけられ、顔も確認できない。
メイスには鋭利な棘が付いており、しかもマジックアイテムのようだった。
そんな6人がリリー達の前に出て、モンスターに神罰を下していった。
リリー達は無事下がる事ができたが、先程の彼女達の様な光景は随所で起こっていた。
最初の内は士気も高かったが、休みのない猛攻がかれこれ2時間は続き、疲労はとっくに限界を超えている。
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「怯むな!」
将軍は部下たちを叱咤しながら自身の焦りを必死に抑え込んでいた。
ダンジョンに潜ったことのない将軍は今現在迎え討っているモンスターどもが何層から来たのかは判らない。
しかし、確実に強くなってきた敵。
負傷者が徐々に多くななり、回復ローテーションが追いつかなくなってきていた。
それは即ち戦闘員の減少だ。
将軍の脳裏に、考えたくない未来がちらつきだす。
将軍はリザードマンを槍で突き刺しながらも必死に打開策を考えるのだった。
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「王よ、一旦お下がりくだされ!」
嬉々として拳を振ってきた王様だったが、敵の数がちっとも減らず、流石の王様自慢の筋肉も疲労してきていた。
そんな時に声を掛けられた。
「なんじゃ、お主らもきてたのか、」
Aランクチーム『龍殺』リーダー、ルキメデだった。
相変わらず背中に龍殺の2文字を背負っている。
両手剣の一振りでリザードマン3体を屠って見せた。
他の龍殺メンバーも王を援護するように敵を狩っていく。
「フム、ウォーミングアップにしては熱くなりすぎたかのう。一度筋肉を休ませるか」
周囲のモンスターを龍殺達に倒され、体が空いてしまった王は、ポージングを決めながら呟くと、ルキメデに背を向けて防陣へ歩きだした。
それは王の信頼の証でもあった。
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「きりが無いわい!」
使い慣れない槍を突き出しながら、ボヤくのはこの国では珍しいドワーフのタルビアだ。
ダンジョン探索専門パーティー「トレジャーシーカー」の彼らもこの戦いに参加していた。
Bランクの彼らはリリー達のように防陣の外に出ることは無く、防陣を堅持する側に回っていた。
防陣を組んでの戦いでは振り回す武器は使えない。
前面の盾の隙間に見える敵を剣や槍で突くのだ。
盾役が倒れた時は攻撃で牽制しつつ、近くの攻撃手が盾を拾い、防壁を堅持する。
同時に負傷者を後ろにひきづり前線から下げる者、盾役の変わった攻撃手の代わりに槍を拾い攻撃に加わる者と、ローテーションで役割を変えながら防陣を維持している。
「タルビア!あとで旨い酒を飲みたきゃ踏ん張れ!」
「それは奢ってくれるってことか?」
「ああ、お互い生き残れたらな!」
「意地でも生き残ってやるわい!リーダーもワシに酒を振る舞うまで死ぬなよ!」
タルビアは苦しくなると、仲間に奢って貰う酒を飲む自分、その酒の喉越し、味、高揚感を想像し、何度も奮起するのだった。
ドワーフを奮起させるなら、タダ酒で釣るのが一番ということをリーダーはよく知っていたのだった。
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「いささか疲れましたな」
そうつぶやいたのは宰相だった。
序盤から飛ばしてした宰相は高級マジックポーションを飲み干した。
そしてまた呪文を飛ばしだす。
ショートカットスキルを持つ宰相は同じ魔法なら高速で発動し続ける事が出来る。
今、この場に置いて最も殲滅力が高いのは宰相だったが、それも魔力があればこそ。
宰相のポーションストックは残り半分であと5本だ。
宰相が遠くを見ればまだ敵の終わりが見えない。
<これは、此処が最後の場所になりそうですな>
冷徹に状況を見ていた。
そんな時だった、宰相は頭上に何かがいることに気づく。
それは、それは光の精霊だった。
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「嫌な予感がする!」
突然そう言い出したのはミウリだ。
ミウリとワトルーを含む孤児や、孤児院を任されているユーノ夫妻は教会に避難していた。
ミウリは今朝からずっとソワソワしていた。
「大丈夫!王様や王女様が守ってくれるよ」
ワトルーがミウリを安心させようしたが、そういうことではないらしい。
「そっちは心配してないよ。ミリーがついてるんだもん」
「じゃあ、何が不安なんだ?」
絶対勘の持ち主であるミウリの勘は外すことが無い。
そのミウリが嫌な予感と言うからには、何かが起こるのだ。
そう思った時、ワトルーは思い出した。
<あ! まさか!>
声に出しそうになったが、ミウリに手で口を塞がれた為、周囲に気づかれる事はなかった。
子供たちは怯えているし、ユーノ達は必死に祈っていてミウリとワトルーに気づいていない。
ワトルーは思い出してしまった。
この都市の防壁には抜け道があることを。
子供が通るのがやっとだが、都市外壁の内外をつなぐ地下道が外壁のとある一箇所に存在するのだ。
何時、何のためにそんな抜け道が作られたのか、誰も知らないが、石壁でしっかりと作られた通路を通じてモンスター達が都市内に入って来たら…
せっかく王様達が必死に戦ってくれているのに意味が無くなってしまう。
「どうしよう、ミウリ。もし抜け道が見つかったら」
ワトルーの言葉に、ミウリは自分の嫌な予感の正体に確信を持った。
「冒険者さん達に知らせないと」
最近、ミウリは漠然と不安を感じていた。
勘が何かを告げている気がするがはっきりとしない。
数日前ミリーがふらりと孤児院に顔を出した。
その時から最近の感じていた不安を感じなくなった。
ミリーがこの都市にいるなら何があっても大丈夫、そう思えたからだ。
でも逆にいえば、それはなにかこの都市に起きるということ。
そして昨日、スタンピードの可能性の発表があった。
都市は混乱するとおもいきや、大人たちは割と冷静だった。
王や将軍の到着にゾクゾクと集まる冒険者、他都市の兵士達。
冒険者の中には有名なAランク冒険者達もいた。
だからダンジョンで栄える都市の市民として、言われずとも状況を察していたし、覚悟もあったのだ。
他都市から来た商人達、旅人達は兎も角、誰一人として逃げようとしなかったのは、ウノユ都市市民としての誇りだった。
そして今朝、ミウリは今までに無い、嫌な予感がした。
すべてが台無しになってしまう、そんな予感だ。
その予感の正体が、ワトルーの言葉で判明したのだ。
二人はこっそり教会を抜け出し、抜け道に向かって走った。
途中で信頼できる冒険者に知らせなければならない。
その時、ミウリの勘が何かを告げた。
「ワトルー! こっち!」
抜け道の方に向かっていた二人だが、ミウリは勘に従って急に
道を変えた。
ワトルーもミウリに勘が働いたと理解して素直に従う。
果たして2人が向かった先にいたのは、Dランクパーティー『ビフテの星』のリッキー達だった。
同時刻、ミリーは『ほっかむり』を装備し終わった。




