34話 大賢者である私は企む
早朝。
私は認識阻害魔法を使ってまでして用心深くビフテの町を歩く。
目的地は孤児院だ。
そこで武芸の師でもある「いんちょー」に会うつもりなのだ。
孤児院に着いた私は、迷わず中に入っていった。
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さて、ミリーが孤児院に入っていくところを見ている者が居た。
リリエナスタ王女だ。
ミリーは孤児院の入る前に安心して、それまで自身にかけていた上位認識阻害魔法を解除した。
その瞬間に丁度王女が通りがかったのだ。
ミリーの油断が招いた結果である。
リリエナスタ王女ことリリー王女がここを通ったのは、必然でもあり偶然でもあった。
ミリーが高級宿を出た報は当然ながら直ぐにリリー王女の耳に入った。
どこの宿屋に泊まったのかまではつかめていないが、王都にいたリリー王女は急遽ビフテにやってきたのだ。
ギルドが開く前にセバから情報を聞く為である。
セバからの報告も上がっておらず、知らない可能性も高いが昨日のミリーの行動を知れば、ミリーが何をしようとしているのか判るかもしれない。
リリーは、魔導通信でセバに聞くこともできたが自分の目で確かめたい気持ちもあった。
聖紋の聖女であるミリーの動向は最重要事項だった。
アレク王太子より、リリー王女達『青薔薇の戦乙女』はG様対策を正式に命じられている。
ミリーに正しく聖女の道を進ませる事がリリー王女達の今のミッションである。
ミリーが活発に動き回るなら、今後はビフテより動かないほうが良さそうだとリリー王女は考えた。
<こんな早朝の孤児院にミリーが?コンゴーはミリーの師だし不思議ではないけど。でも何か企んでいる気がする。グータラを装っているけどやはり油断も隙きも無い娘ね>
リリー王女は勘が鋭いようだ。
運にも恵まれていた。
実はリリー王女は昨日の夕方、今後の方針を相談する為、ビフテより王都に戻ったばかりだった。
しかし夜、高級宿に滞在させてるスペシャルガードよりミリーが宿に戻って来ないとの報を魔導通信で受け、直ぐにとんぼ返りするはめになったのだ。
先程ビフテに着き、王族専用通路から町に入りギルドへ直行する途中、孤児院の入るミリーを目撃したのだ。
兎も角、今後はビフテに留まり、王宮の兄への連絡は通信か、仲間に頼むことになるだろう。
ここは重要な局面であると自身の勘は告げている。
当面自分はここに留まるべきだ。
とリリー王女は考えた。
今はセバへの接触を急ぐことにするリリー王女だった。
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「お!ミリーだ!」
「ほんとうだ!ミリー帰ってきたのか?」
孤児院の子供たちに囲まれてしまった。
皆は鍛錬中で孤児院の広場にいたから直ぐに発見されてしまった。
そう言えば、この時間は鍛錬の時間だったね。
忘れてたよ。
魔法解除するの早すぎたかな。
それにしてもどこに行っても人気者の私。
今は魅力的過ぎる私が恨めしい。
「ミリーG様になったんだって?」
「うっさいわ!」
からかって来た子にツッコミを入れる。
「わー!ミリーが怒った!」
子供たちは蜘蛛の子を散らしたかのように逃げていった。
「ミリーじゃないか」
背後から私に話しかける人物がいた。
お!この禿頭の一見好々爺に見える人は、この孤児院の主、コンゴーこと『いんちょー』だ。
外見はとても弱々しい感じなのだがそれはフェイクだ。
実は鬼である。
鍛錬や稽古時は無く子も黙る無敵ジジイと化す。
今でもAランクパーティーくらいなら壊滅できるんじゃ
なかろうか?
「やっほー。いんちょー久しぶりー。私が孤児院を出た日、いなかったから改めて挨拶に来たよー!」
私は高級宿での一件のことがあるからカマをかけてみる。
「何をいっとる!宿屋で会っとるだろうが!」
やっぱり覚えていたか。
当初の予定では夢でも見たんじゃ無い?と、誤魔化すつもりだったが事情が変わった。
その件から事情を話す必要があるのだ。
「そうだっけ?」
適当に返事をしておく。
「ところでミリーよ、大活躍だったそうだな」
「実はさー。それを含めて話があるんだ」
「ふむ、この老いぼれにできることは少ないが話はきこうか」
「じゃ、いんちょー室で」
「それを決めるのは儂!」
「いいから、堅いこと言わないの!可愛い弟子なんだからさ」
「やれやれ、相変わらずだな」
こうして私達は院長室に向かった。
応接テーブルに向かい合って座る。
「お茶も出せずにすまんな」
「うん、ダイジョーブ。経営苦しいもんね」
「うむ、皆にもっと肉がつくものを食わせてやりたいが」
「経営の事も含めてさー、ちょっと話を聞いてよ」
私は、自身が特別な奇跡をいろいろ授かっていること(嘘)、王子の呪いを解いた事、王家に伝承に伝わる聖女と思われている事などを話す。
「ミリーが『聖紋の聖女』?なかなか笑えるな」
「そこ笑いどころじゃない!ま、こっちはいい迷惑なんだけどね」
「いや!スマン」
「で、ここからが本題」
「わかった。真面目に聞こう」
「実は最近神のお告げがあってね。昨今のヒーラー不足を嘆いていらっしゃるのよ」
「確かにヒーラー不足はどの国も深刻な状況だな。資質がある者が年々生まれなくなっておる」
「でね。神様が仰るにはヒーラーに変わる回復手段を与えてくれるって」
「なんと!」
「で、これを見て」
私は2つの袋を取り出す。
袋にはそれぞれ ①と②と書いてある。
「この2つの袋に入っているのは薬草の粉末だよ。」
「ということはポーションか?」
「そうなんだけど、これが普通のポーションじゃないんだ」
「ほう!どの様に違うのだ?」
「まずこっちの①の袋にはポーション10本分の薬草粉末が入っているんだけど、これでポーションを作ると回復量が通常の3〜5倍になるんだ」
「それが本当なら凄いことだ!」
「で、3〜5倍の効果のポーションを売るんじゃなくて、通常の3分の1の量にして通常の半額で売る。それでも通常のポーションと同じか、1.6倍くらいの効果のポーションができるよ」
「何故3分の1に分けるのだ?」
「神様のお知恵だよ。使う側、特に冒険者なら通常よりいっぱい数を持てる事になるし、一回に飲む量が少ないのは魅力的だよね」
「うむ、そうだな」
「これだったらヒーラーが居なくても大丈夫!売る側も通常のポーションの3分の1の量ならキュア系ポーションの容器でいいし、半額で売っても利益は大きいよ。なんていっても、この売り方なら①の袋は30本分になるんだよ?」
「確かにそのとおりだな。それでそちらの②の袋は?」
いんちょーは身を乗り出してきている、いい感じだ。
「こっちの②はねー、やっぱり通常ポーション10本分の薬草粉末が入っているんだけど、こっちで作ると必ず効果が通常の5倍なの。3分の1なら必ず1.6倍ね」
「必ずか!」
「うん必ずだよ!それでまず、教会で②のポーションだけを売ってほしいんだ。絶対人気になる。人気が出たところで①の方のレシピを公開するの。これで教会の名声はより上がるよね。①のポーションは世界に広まりヒーラー不足問題が解消される。」
「うん、それで」
「でも②のポーションの方が質が良い。だから教会製ポーションの方が絶対人気になる。結果、孤児院も助かるって寸法」
「ミリー!凄い話だな!」
「うん。神様のお知恵だからね。今言った通りだから②のレシピは絶対秘密厳守ね」
「うむ了解した」
「それで、レシピだけど」
そう言って私は懐から薬草A、薬草B、毒草Zを取り出す。
「薬草とこっちの草はよく森に生えているやつか。あと毒草だな」
「うん、この薬草をA、こっちの草をB、毒草をZと呼ぶね。それぞれのレシピは重量比なんだけど、
①のレシピはA:Bを1:1で
②のレシピはA:B:Zを1:1:0.1で」
「②のレシピは中々難しいんじゃないか?」
「一度の調合量を増やせば大丈夫。10倍なら10:10:1になるよ。ちなみに調合した粉末でポーションを作る時の使用する量は通常のポーションと同じだからね。」
「なるほど毒草はキュアポイズンの製作に必要だから仕入れで怪しまれることは無いな」
「そーゆーこと。取り敢えずこの②でポーション作って教会に来た人にサンプル提供してみてよ」
「わかった。それでミリーお主の取り分は?」
「ん?要らないよ。むしろこの件に私が関わっていると知られたくないんだ。神様的には私をまだ自由に動かしたいみたいよ。王家に聖女に祭り上げられちゃうと自由に身動き取れなくなっちゃうよ」
「それが神のご意思ならその様にしよう。ミリーよ、儂にはお主が女神に見えるよ」
「爺さんの女神になってもね」
「年寄扱いするな!」
「怒らない怒らない!じゃポーションの件、任せたよー」
こうして私は神の一手を打ったのだった。
500年前のポーションのレシピは①の方だ。
②のレシピは500年前の私が、『ポーション仙人』と呼ばれた伝説の薬師より教えて貰った秘伝のレシピである。
(私の魔導研究成果を交換条件に教えた)
私は教えてもらったレシピの数々を『仙人のレシピ』という本にまとめてあるのだ。
ぬふふふ。
リリー先輩の困惑する表情が目に浮かぶ。
リリー、ひいては王家では、聖女の存在意義を回復の奇跡の凄さにあると、考えている風に感じられた。
であれば、回復の奇跡以外の強力な回復手段が普及したらどうなるか?
今のポーションは宜しく無い。
500年前のポーションは爆発的に売れるだろう。
私の目的は、いないよりは、いた方がいいよね。
というレベルまでヒーラーの価値を下げることだ。
それは即ち、聖女の価値も下げる事に繋がり私の自由につながるのだ。
ポーションの利権など自由に比べれば安いものだ。
なんてたって私はポーション類だけでも秘蔵のレシピをまだまだ持っているのだ。
その気になれば、いっぱい稼ぐことができるのさ。
もう勝負は時間の問題だろう。
リリーとの頭脳戦に決着がついたら、当面はのんびり『ビフテの星』でまったり活動しよーっと。
彼等、イケメン教育も楽しそうだ。
私の未来もいよいよ明るくなってきた。
さて、そうそう上手くいきますかな?




