白い花
食糧は残りわずかだった。
AIロボットたちには必要ないが、フィオナは自分の分を何とかして賄わなければならなかった。
「フィオナ。果物を採ってきてやろう」
「ありがとう。イオ。助かるわ」
なにかと世話を焼いてくれるAIロボットをコードナンバーの「10」からもじって「イオ」と呼んでいた。
AIロボットたちは空間に微かでも光源があれば半永久的に作動可能だった。彼らを停止させるには、光を完全に遮断するか、頭部を身体から切り離すかしかなかった。
「10:00作戦開始」
「開始五分前」
岩陰に隠れて遠巻きにフィオナと10体のAIロボットたちを包囲していた。
計画はこうだった。フィオナが頭部に被っているインターフェイスの装置から出ている微弱な電磁波を、部隊が運んできた装置で攪乱させる。混乱した瞬間的な間合いでフィオナの頭部から装置を外す。ちょっとでも遅れれば、少女の意識はブラックアウトして再起不能になる可能性があった。
「危険な賭けだ」
ヨウは完治しないまでも、時おり痛みの残る右手をじっと見つめた。
他のやつらはそれぞれ10体に狙いを定めており、フィオナを救える見込みがあるのは自分と、アランという男だけだった。
アランや他のやつらはいざというとき、AIロボットの頭部を吹き飛ばせる威力の武器を装備していた。
だが、AIロボットの捕獲が優先されるため、その武器はよほどのことでもない限り使用が禁止されていた。
AIロボットが光源を失ってから停止するまでに15分。その間強力な電波で身動きをとれなくする。その強力な電波の影響でフィオナも危険にさらされる。
フィオナが毛嫌いしている父親のビフ司令官は私情がからむと任務に支障をきたすから、と部隊には参加しなかった。
「思春期ど真ん中なんだよな」
ヨウはフィオナを想って呟いた。
笑いさざめきながら、フィオナたちが戯れていると、勘の鋭い個体が殺気だった。
「どうしたの?」
「来る!」
フィオナを激しい頭痛が襲った。AIロボットたちが頭を抱え込んで悶え苦しむ。
「フィオナ!」
気づくと、基地で見かけたことのある傭兵の青年がフィオナの頭から装置をむしりとろうとしていた。
「嫌だ!」
ばたぐらってフィオナは抵抗した。頭痛は治まるどころかエスカレートして行く。ヨウが装置を取り上げたとき、フィオナの瞳孔が開いて、口からよだれが流れていた。
ヨウは少女を肩に担いで安全な位置へ移動しようとした。
「ヨウ!身を低くしろ」
アランの声に反射的にヨウはかがみこんだ。
バシュウ!
いつのまにか近づいていた1体の頭部が吹き飛ばされる。
ヨウは戦慄で固まってしまった。至近距離でどう、と頭を失った胴体が倒れる。その手にはなぜかこの場に似つかわしくない白い花が握りしめられていた。
「アラン!なぜ撃った?」
「フィオナとお前に危害を加えるかと思ったんだ」
悪びれず、アランはそう言った。
白い花・・・
ヨウには、それが意味するのは、AIロボットのフィオナに対する親愛の情だと思えた。
白い部屋。静寂と清潔なベッド。消毒薬の香り。
「フィオナ」
窓から射し込む光が逆光で顔がよく見えない。
フィオナは目細め、顔をしかめた。
「気がついて良かったよ」
ヨウは座っているパイプ椅子をたたんで立ち上がった。
「またあなたなのね」
「ヨウ、って名前だ」
「ヨウ、あなたを憎むわ」
「憎むのは勝手だが、早く大人になれよ。今の君は現実を歪めて見てる」
「っ!」
ヨウに向かって、ぎゃんぎゃん噛みつこうとした彼女に、白い花が放られた。
「何?」
「コードナンバー10が君に最期に渡そうとした花だ」
「最期に?」
「そう。10は壊れた」
愕然としてフィオナはその白い花を両手で受けた。
「ビフ司令官。お嬢さんの退院おめでとうございます」
「ああ。君はあれに良くしてくれたらしいな。礼を言う」
「ヨウ。あなたはこれからどうするの?」
フィオナが聞いた。
「流れ者の傭兵稼業だ。どうするか、どうなるか、まだわからない」
「正直、私はあなたをまだ許しちゃいないんだけど、またいつか逢うかしら?」
「たぶん」
「そのときまでに胸のモヤモヤの答えを出しておくわ」
「ああ」
ヨウは微笑んで、フィオナたちと別れた。