第89話
20.
「ああっ……そうだべさ……寝とって普通に時間が経ってるべ……時間止まってないべさ……。」
夢三が応接の掛け時計を見て驚いている。
「ああ……そう言えば……一緒に起きてくるの初めてだよね。いつもは早起きなのに……。」
夢幻が、今更ながら夢三の顔をしげしげと眺める。
「何のんきなことを言っているのよ、お兄ちゃんも……浮かないで済んでいたのかもしれないのよ。昨日はどうだった?」
のんびりしている夢幻に、美愛が立ち上がる。
「どうだった?って聞かれても……なんせ負荷もかけずに一人で寝ていただけだからなあ……。」
夢幻はただ首をかしげるだけだ。
「おにいも……寝とった時に透明にならんで済んどったんじゃにゃあかあ?」
「うーん……分からん。」
「そうですね……夢双君と夢三君は別々のテントで寝てもらっていて、夢幻君はテントなしで風洞実験室で寝ていますからね。本人たちにはわかりずらいでしょうから、ちょっともう一度寝て見てもらって、確認しましょうか。」
妹たちが2人ずつ部屋を割り当てられ、他に寝られる部屋がNJビルにはないため、夢幻たちは風洞実験室内で寝ているのだ。仕方なさそうに、白衣の研究員が立ち上がった。
「まあ待ってくれ……朝飯食ってからだなあ……。」
夢幻はそういうと、調理場へ入って行った。
「そうそう……めしめし……。」
夢双たちが後に続く。結局、夢幻たちの遅い朝食が終わってから、睡眠実験をすることになった。
「ではまず、一番簡単な夢幻君から実験を開始しましょう。運び入れたベッドで寝てください。」
夢幻たちの朝食後、風洞実験室内で睡眠実験を始めた。
「丁度食べ終わったところだから、少し眠気がさしてきてちょうどいい……。」
夢幻は上機嫌でベッドに横になって目をつぶった……ところがそれから1分経ち2分経っても、何も起こらない。
「お兄ちゃん、寝ているの?それとも……眠れない?」
美愛が小声で声をかけてみる。
「ふあ?ああ……ちょっと寝付きそうではあったけど……まだだな。変だなあ……いつもなら速攻で眠れるのに……今日はみんなの注目を浴びているから、寝付きにくいのかなあ……。」
仰向けになって目を閉じていた夢幻が、美愛の呼びかけに反応して眠そうな目をこすりながら返事をして、くるりと回転してうつぶせになった。照明を落としているとはいえ、オレンジ色の補助灯は安全上消せないので、人の顔位は認識できる。それでもこれまでの実験では、煌々とLED照明を照らして行っていたのだ。
「そうですね、みんなが見ていると……特に今はずいぶんと人が増えてしまいましたからね……。」
白衣の研究員が、夢幻が横たわるベッドの周りを取り囲むようにして注目している高校生や中学生たちを見回す。以前はせいぜい4、5人だったのが、今は能力者兄妹だけで7人に加えて白衣の研究員含め2名の研究員と幸平で、合計10人と倍になっているのだ。
巨大円盤が出現して出発するときは、車体後方のカプセルに収まっているため、最近は人が見ている前で眠るということは、まずない事なのだ。
「うーん……ちょっとダメなようですね。眠気が訪れるまで、他の人に変わってもらいましょうか。」
夢幻が10分以上もベッドの上で寝付きにくそうに何度も寝がえりを打つのを見て、白衣の研究員が交代するよう告げる。普通の人ならば、10分程度寝付けないことは当たり前でも、夢幻たち……特に夢幻に関しては寝付きにくいところなど、一度もお目にかかったことはなかったのだ。
「ふあーあ……もう少しで眠れそうなんだけどなあ……。」
夢幻が不機嫌そうにベッドから起き上がった。
「尊敬する師匠でも寝付けんかったに、俺が眠れるか自信がにゃーでかんわ……。」
夢幻と入れ替わりに、夢双がベッドに横たわった。
「だ……ダメだあ……ちょっと緊張してもうて……。」
10分間ほど何度も寝がえりを打った後、苦しそうに夢双が上半身を起こした。
「夢双君もダメですか……。」
神経質な夢双に関しては、寝つきが悪いことは作戦中にでもあったので、それほど珍しい事でもなかった。
「おにい……しょうがないなあ……あたしが子守唄……聞かせてあげるでね……。」
そういいながら美由がベッドに乗り、素早い身のこなしで体を起こした夢双の背後の回った。
「あっ……ああ……。」
白衣の研究員は何か言おうとしたが、瞬時に伸ばそうとした手を引っ込めた。それは、ベッドの周りに立っている大半のものが感じたことだが、とりあえずここは見て見ぬふりをした。
「みっみゆ……まさかおみゃあ……。」
事態を察した夢双が体を入れ替えようとしたが、がっちりと両ひざでホールドされ動けない。
「ねむねむ赤ちゃんお休み……」
美由が唄いながら、夢双の首に回した両腕に力を込めていく。
「ぐっ……チョークチョーク……。」
”パンッパンッ……”夢双が苦しそうに何度も右手で美由の肘を叩くが、美由は素知らぬ顔で口ずさんでいる……そのうちに夢双の右手は全く動かなくなった。
「うーん……久しぶりに見たが……なんて羨ましい……。」
スタイル抜群の美少女に裸締めを食らうのを見て、ひとり幸平だけがうらやましそうに頬を緩めていた。
「夢双君は寝て……いえ……意識を失っているようですが、その姿は消えておりません。少なくとも今は、夢双君の能力は失えていると言えるでしょう。美由さん……もういいです。力を抜いてあげてください。」
少しだけ時間をおいて、白衣の研究員が美由に力を抜くように声をかける。
「あっああ……前やったら辺りがもう……真っ暗になりゃーしたや?だからおにいがまだ落ちとりゃーせん思うとりゃーしたが……もう落ちとりゃーしたか。そやったらおにいはもう……普通の体ちゅうこってすきゃ?」
美由が両腕の力を緩め、制服のスカートのすそを直した。
「どうやらそのようですね。宇宙人が全滅してもまだ無人で宇宙中を収穫して回っていた、巨大円盤の船団を無力化して、睡眠時超常能力者の皆さんの役割は終了したということなのでしょう。
説明用の巨大円盤が出現することで、能力が消えてなくなったということのようですね。
まあ、念のために夢三君と夢分君も確認してみましょう。」
白衣の研究員に促され夢分の睡眠実験と、全員プローブを付けて夢三の睡眠実験が行われたが、2人ともにすぐに寝付けない様子で、夢幻同様、本日の夜に再実験することになった。
「お兄ちゃんたちの能力が消えた……あくまでも巨大円盤対策の為だったということが分かれば、お兄ちゃんたちのことも明らかにできるわよね?そうなれば……公の場で表彰されるのも夢じゃなくなるのよね?」
美愛が応接のソファに腰掛ながら、嬉しそうに満面の笑みを見せる。
「どうでしょうかねえ……どこまで真実を明かすのか……我々が巨大円盤内に侵入して、ある程度攫われた人々を救出してきたとはいえ、間に合わずに犠牲になった人たちも相当数いると思います。
ですから各国政府も何らかのコメントは出すのでしょうが、全てを明かすかどうかまでは分かりません。これで全てが終わったと、心から信じられる人たちが、どれだけいるかわかりません。
疑心暗鬼になって遥かに進んだ科学を持った人々に搾取される運命ならばと……暴徒化して略奪行為に走る人たちが、いないとは限りませんからね。」
白衣の研究員は、難しい顔をして首を傾げた。
「とりあえずテレビをつけてみて、世間の反応を見てみようよ。今ならまだワイドショーの時間だから、巨大円盤が残したメッセージで盛り上がっているんじゃあないかな?」
幸平に促され、美愛がテーブルに手を伸ばしてリモコンを持ちテレビをつける。
=巨大円盤の再出現の真意は何?7日前に世界各地の大都市上空に出現した巨大円盤は、多くの人々をさらった後どこへ行ったのか?救出された人たちは、何を語るのか?=
テレビをつけると画面上方に繰り返しテロップが流れ、白旗を掲げた巨大円盤がビデオ映像で流されていた。
<先週世界中に大挙して訪れた巨大円盤と、今回東京とロンドン上空に現れた円盤の違いは?……円盤の下部中央に白い布か何か……が取り付けられていたことですよね。種族の違いがあるのでしょうか?>
<はい、こちら国立天文所の橋本です。こちらの所長さんに、あの巨大円盤は宇宙人のものなのかということを、まずは聞いてみたいと思います。あの円盤はどこから来たものなのでしょうか?>
<はい……少し前までは、どこかの国で極秘で開発された、新しい兵器であると言われておりましたが、あれだけ大量に……しかもあらゆる国々の大都市の上に出現したわけですからね。一つの国の持ち物という考えには、否定的ですね。
かといって、これまで巨大円盤が出現した前後の期間でも、地球周辺どころか太陽系内部に、飛行物体は観測されておりません。あれだけ巨大な乗り物ですからね、宇宙を飛行してきたとしても、観測できていても不思議ではないのですが、どの天文観測所からも報告は上がってきておりません。
まあそうは言いましても……我々が観測できているのは広大な宇宙の中の、ほんの一握りの範囲でしかないのですから、観測点以外から来ていたとしたなら分かりませんけれども……。
それで本日来た巨大円盤の下部に映った幾何学文字なのですが……あれはもしかすると宇宙の中の星の位置を示す座標ではないかと……>
テレビでは天文所の所長が、巨大円盤に関してのコメントをしているところだった。
「ど……どういうこと?さっきの円盤が、宇宙中を回って各星の生物を収穫していた種族の末裔だって言っていたじゃない……それでもう終わったんだって……なのになぜ、未だに円盤の正体のことを推定しているの?あの後、あの円盤が伝えたメッセージが、実は違うって明らかになる何かが起こったってこと?
また別の巨大円盤がやって来たとか……でもそれならどっちを信じますか?っていうふうになるのでは?」
食い入るようにテレビ画面を見つめていた美愛が首をかしげる。
”ドカドカドカッ”「おーい……さっき巨大円盤が東京上空に現れただろ?あれが実は、東京だけではなくイギリスのロンドンにも出現したらしい。しかもメッセ―ジが聞こえたんだが、どうにも俺と権藤の2人だけで……一体どういうことかわかるか?」
大きな足音を立てて、NJビルへ大きな体をした男たちが急ぎ足で入って来た。
「ああ神大寺さん……一体どういうことですか?東京だけではなくロンドン上空にも巨大円盤が現れた。さらにメッセージ……我々も聞きましたよ……巨大円盤で宇宙中を収穫して回っていた種族の末裔ってやつですよね?それがどうかしましたか?」
青息吐息で駆けこんできた神大寺に対し、白衣の研究員が冷静に応対する。
「あ、ああ……今日は先日の世界中の巨大円盤襲来に対して、我々の作戦結果報告に行って来た。もちろん政府要人限定でね。現地到着が遅れ、多くの犠牲者が出た国も多かったが、何せ東京からしかも軍用輸送機で移動したのだからな……各国ともに感謝の意を伝えてきたようだ。
この結果には日本政府も大満足している。何せ今回日本の我々が主体で救出作戦を行うということは、各国側で手配した輸送機を用いるという特殊な背景から、明確にされた事実だったからな。
日本は世界のどの国に対しても中立であり、協力して平和のために立ち向かうという姿勢をアピールできて、大満足の様子だ。しかも、うまくいったのかどうかは別にして、巨大円盤を確保するための各国の代表者たちを、円盤内へ運び入れたのだからね……日本の貢献度はかなり高いと評価されているはずだ。
そうしてもう無人の巨大円盤はないはずだから終わりだと報告していたら、白旗を掲げた巨大円盤が現れて、巨大円盤の正体とこれでもう脅威は去ったことを告げられた。よかったですねと発言したなら、また新たな巨大円盤が襲来したのに何を馬鹿な事を言っているのだと、すごい剣幕で怒鳴られた。
今聞いたことをいろいろ説明しても、向こうが言うことと何かかみ合わず、すったもんだした挙句にようやく、巨大円盤からのメッセージを聞いたのは、会議の場では俺と権藤だけと判った。
俺たちは会場の窓側に位置していたから、位置の関係で聞き取りにくかったのかもと思って、会議室を出て廊下を歩いている奴に問いかけてみても、誰もメッセージなど聞いてはいなかった。
年齢的なことは言いたくはないが、若いものも同様に聞き取れていなかったから、メッセージが聞こえにくくて伝わっていなかったということではなさそうだ。
とりあえず、さっき現れた円盤が伝えたことをざっとタイプして議事録に残し、こっちではどうだったのか確認するために、急いで戻って来た。俺と権藤の空耳なのか?」
神大寺が荒い息のまま、一気に話し終えた。




