第9話
第9話
「かなりうまくできてはいるが……、妹の美愛ちゃんのコメントがまずい……、何だよ……お兄ちゃんの病状ですって……、いかにも現実に起きているような感じ……。
ふつうはイリュージョンって言うのは、何の解説も付けずにただ仰天映像を流すわけだ……
それを本当と受け取るかどうかは、その映像を見た本人次第といったわけでな……。
うちの親父も言っていたが、種も仕掛けもありませんなんて言うのは、はるか昔の手品師の言葉で、今では通用しないようだぞ……。
かなりうまい仕掛けのようだが、この情報化社会だから、いずれはその仕掛けを暴かれて、ネット上で叩かれるに決まっている。
早いところ謝っちまった方がいいと思うぞ……、せめて現実という主張を、あいまいにした方がいい……。
しかし、おまえんちって、家族総出でこんな投稿画像作って……そんな芸能一家だった?
どうせ出すなら、妹の美愛ちゃんの画像の方が、すぐに何万アクセスって取れるぞ。
何も、こんな特撮に手間をかける必要性なんてないって……。」
クラスメイトには、あっさりと否定されて、更にありがたいコメントまで頂いてしまった。
その上、妹の方がよほど値打ちがあるような、昨日のメールと同じようなことまで付け加えられてしまう。
奴も美愛の事が気にかかるのであろうか、しきりに話しかけてきたが、これ以上の事はなく、グループごと帰って行った。
やはり一度でも夢幻たちと対立しようとした手前、美愛の事を紹介してくれとは頼みにくいのかも知れない。
それにしても、こんな突飛な映像は一般には受け入れられないのであろうか。
夢幻という事がばれた以外に、学校で話題に上がることはなかった。
ところが、意気消沈して肩を落としながら帰宅した先では、状況がいつもと異なっていた。
家の前には人だかりができていて、アンテナを屋根の上に備えたワゴン車も数台、路肩に駐車している。
更に玄関前には、マイクを携えた人や大きな撮影用カメラを抱えている人たちが何人もいる。
どうやらテレビ局の報道記者が多数押しかけてきている様子だ……この光景に驚いて、夢幻たち兄妹の足が止まった。
「どうやら、今話題の兄妹が帰宅したみたいです……済みません、この家の方でしょうか?」
玄関前に陣取っていたアナウンサーらしいスレンダーな体に、ぴっちりとした明るいクリーム色のスーツを着込んだ若い女性が、立ち止って様子を見ている夢幻たち兄妹を見つけてマイクを向けてきた。
「は、はい。」
夢幻が答えると、一斉にカメラのフラッシュがたかれる。
あまりのまぶしさに、夢幻も美愛も右手でひさしを作って、その光が直接目に入らないように避けたほどだ。
「あの、寝ている時に体が浮かび上がる映像を投稿された、ご兄妹という事でよろしいでしょうか?……というと、あの浮かび上がっていたのは、こちらのお兄さんで間違いがないでしょうね?」
どうやら、あのパジャマ姿の人物が夢幻であると気付いたクラスメイトの誰かが、夢幻の住所をリークしたのだろう。
個人情報保護もヘッタクレもない状況に、夢幻はがっかりしていた。
「は、はいそうです。あの画像はトリックではありません……本当の事です。
お兄ちゃんの病状を心配して、対処方法の情報を求めています。どなたか、詳しい方、ご教授願います。」
美愛が代わって答えて頭を下げる。
「そうですね、当初はCGや特撮と考えていたのですが、画像処理のプロの方にお願いしても、加工の跡は確認できませんでした。
ましてや、糸やピアノ線などで吊り上げた形跡も全くありません。
その為、がぜん真実味を帯びてきたのですが……今度我が局の特番に出演なさいませんか?
検査なども、うちの方で手配しますけど?」
「いや、ぜひ、うちの局で!」
「いや、うちで!」
周りを取り囲んでいる人たちから、次々と美愛に向けて名刺が差し出された。
美愛はその一つ一つを丁寧に受け取った。
「うちは今度超能力特集を企画しています。
ロシアの超能力アカデミーなど、世界の超能力者たちにスポットを当てるつもりです。
お兄さんも、ぜひその時に日本代表として出演お願いいたします。」
別のアナウンサーらしきマイクを持った女性が、突然脇からマイクを向けてきた。
「いえ、私たちは兄の能力をひけらかしたりするような気は全くありません。
ただ、このような異常な症状を解消できる方法はないかと探しているだけです。
その様な情報の役に立つのなら、テレビ出演でも何でもしますが、興味本位の見世物になるつもりは全くありません……どうか、お引き取りください。」
美愛は強い口調で断り、厳しい視線を周りに注いだ。
これには先ほどから我を我をと前に出ようと詰めていた、テレビ関係者たちもたじろいだ。
「いや、でも……テレビ出演されれば有名になって、この病状に対処できるような情報も集まるのでは?」
最初に夢幻たちに声を掛けたアナウンサーが、一瞬怯みかけたがもう一度マイクを向けてきた。
「どこの研究所で、どのような検査をしていただけますか?」
美愛は真っ直ぐな眼差しで、目の前の若い女性を見つめた。
すると、アナウンサーは渋々一歩下がった。
「いえ、まずはご出演頂いて、その浮かび上がる病状がどのようなものかスタジオで再現していただいて……。
その反響を待って、徐々に調査や検査をして行こうかと……。」
「だから、そのような見世物になるつもりはありません。
これ以上の会話は無用です……大体、ご近所にも迷惑です。
これ以上ここに居座ろうとするなら、警察を呼びますよ。」
美愛はポケットからスマホを取り出して、ダイヤルする格好をする。
道幅の狭い通学路は取材陣の車で通行が妨げられ、大渋滞を起こしているのであった。
これにはさすがのテレビ関係者たちも、慌てて荷物を片付け始めた。
そうして、ワゴン車が引き上げるのを確認してから、美愛たちはようやく家に入ることが出来た。
「まったく馬鹿にして……テレビに出してやると言えば、誰でもホイホイとついてくると思っているのよ。」
玄関を入るなり、美愛が不機嫌そうに口を開いた。
「でも、テレビ出演だぞ。
テレビ局へ行けば、有名人なんかも来ているかもしれないし……うまく行けば憧れのアイドルとも……。」
意外とミーハーな夢幻は、妄想を膨らませて顔を緩めた。
「ばっかねえ、そんな見世物みたいなことになって、アイドルとお近づきになれるわけないじゃない。
皆表面上はどうあれ、気味悪がって、近づいてこないわよ。
それにしても、どうしてあの画像の主がお兄ちゃんだって分ったのかしら……顔なんて絶対に判別できないように、ぼかしを入れてあったのに。」
美愛は不思議そうに首をかしげる。
「いやあ、どうやら俺のクラスメイトから漏れたようだよ。
なにせ今朝登校した時点で、あの画像が俺のだってクラス中みんなが知っていたから。」
夢幻は何事でもないと言った口調で答える。
「えーっ?でも、どうして判ったの?」
「クラスメイトの何人かは俺の部屋に入ったこともあるから、画像に写り込んでいた本棚の様子とかで分かったみたい。
決定的なのは俺のパジャマで……俺がいつもあのパジャマで寝ていることをクラス中周知の事実だから。
なにせ去年の修学旅行にあのパジャマを持参して寝ていたから、クラスの話題になっていたことをすっかり忘れていたよ。」
夢幻は、後頭部を掻きながら恥ずかしそうに笑って答えた。
「そうだったの……パジャマで分るなんて……だったらパジャマ部分もぼかしを入れておけばよかったわねえ。
確かに高校生にもなって、熊さんのプリントが入ったパジャマを使っている男の人なんて、そうはいないだろうし……。」
「いや、でも、そんなことをしたら、画像を加工した形跡がないなんて判別できなかったはずだよ。
それでは、どこからもまともな反応は得られないだろう。
まあ、ばれてしまったことは仕方がない……別に悪い事をしている訳ではないのだから、堂々としていればいいのさ……俺だって分れば、もっと親身になって答えてくれる人も現れるかもしれないしね。」
意外にも夢幻は身元がばれてしまったことを、それほど気にしてはいない様子である。
「ふーん。お兄ちゃんが気にしないのであれば、私はどうでもいいけど。
まあ、確かに身元が明らかな方が、真実を伝えているって感じになるわね。」
美愛はそういうと、自分の部屋へと階段を上がって行った。
もしかすると真面目に答えたメールも入ってきているかもしれない……そういう期待から、パソコンのスイッチを入れる。
女性アイドルのポスターなどが貼られている夢幻の部屋と異なり、美愛の部屋にはそう言った男性アイドルのポスターなど一切貼られていない。
宇宙や環境などと言った世界的展望に関した内容のポスターなどが貼られている。まさに、夢幻とは正反対の部屋である。
しかし予想は大きく外れ、テレビやラジオなどメディアへの出演依頼のメールと、画像処理に関しての技術的なメールばかりであった。
寝ている時に体が浮くことをはなから疑って、何らかの処理をしていると決めつけているメールか、あの画像に疑いを持てないとして称賛するメール以外に、体が浮くことに関しての症例や記録などの学術的なメールは皆無であった。
ほぼ、興味本位のメールに限られていた。
中には、そういったものとは異なるメールもあるのだが、それらは美愛に対するもので、前日と変わらない内容のものであった。
美愛はがっくりと肩を落として、それでもまた明日に期待しようと前向きに考え、着替えをして夕飯の支度に階段を下りてきた。
「また明日に期待しましょう。
とりあえず今日のテレビ報道で日本国内ではあるけれど、かなり有名になったはずだから。
動画サイトなどに普段はアクセスしない人も、興味を持つ可能性はあるわ。
何日か待てば、きっと同じような病状に出会ったことがある人から、アクセスしてくると思うわ。」
美愛は、既に夕食の支度をはじめていた夢幻を励ました。
今日は夢幻お手製のハンバーグのようだ。
玉ねぎとにんにくのみじん切りを炒めてひき肉と混ぜ、卵とパン粉を加える。
下味は塩と胡椒だけだが、にんにくの香りが食欲を誘う、雫志多家特製ハンバーグだ。
「ああ、こんなに情報が発達した社会だ……ちょっと信じられないことでも、そんな経験をした人が必ずどこかに居るはずだ。
何らかの有益な情報は、いずれ得られるだろうな。」
夢幻は両手の平で交互にハンバーグをパンパンと音がするくらい受け渡しをして、ハンバーグの中の空気を抜きながら形を整えている。
やがて、ジュージューという油が跳ねる音と、肉が焼ける香ばしい香りが部屋中に立ち込めてきた。
夕食後、この日は、さすがの美愛も宿題と予習復習で過ごした。
このところ兄の騒動のおかげで学業がおろそかになって来ていて、少し気を引き締めようと思っていたところである。
不本意ではあるが映像の身元が発覚し、兄の奇妙な病状が報道され全国に知れ渡ることにより、何らかの情報が得られるであろうという期待感が、美愛の気持ちを少し楽にさせていた。
翌日も兄と一緒に登校する。さすがに、昨日追い返されただけに、報道陣は家の周囲には確認されなかった。
閑静な住宅街である為、過激な報道合戦は本当に通報されかねないと遠慮しているのであろう。
美愛は大好きな兄と一緒に通学することが幸せであった。
学業やスポーツなどこれと言ってとりえのない兄だが、美愛にとっては親身になって面倒を見てくれる、やさしい兄である。
なにせ病弱な母親に代わって、小学校の低学年から家事の一切を面倒見てきた、美愛にとってのスーパーマンなのである。
美愛は物事に動じないというか、余り小さなことを気にしない兄の性格が好きであった。
美愛の女友達は、そんな性格をずぼらとか細やかな気遣いが出来ないなどと揶揄するのだが、おおらかでゆったりとした雰囲気は、一緒にいて安心できるのだ。
校門で入口の違う兄と別れた美愛は、低学年用の玄関へと向かう。
この学校では、1,2年生は校門を入ってから左側の校舎の教室を使うため、入口は左側を使用している。
対する3年生は校舎の右側の教室を使うため、入口は右側を使用しているので、ここで分れることになる。
また、帰りも兄と一緒に帰宅しようと、3年生の授業内容はしっかりと把握している美愛なのだ。
妹と一緒に通学することを喜んでいる訳でもなく、かといって嫌がっている訳でもない兄は、美愛が一緒に行こうと言えば、付き合ってくれる。
普通は恥ずかしいからと嫌がる兄妹も多いようだが、夢幻が拒否することはない。
それでも美愛を待って一緒に帰宅しようなどと言ったことはしてくれないので、あくまでも美愛が夢幻の帰宅時間に合わせて、待ち伏せ的に校門のところで待っていることが多いのであった。
高校に入って期待されていた運動部に入部することにより、兄と一緒に帰宅できないことは、美愛にとってショックな事であったのだが、現状の部活動が開店休業状態となっていることは、美愛にとって望んでした事ではないにしても、喜ばしい事なのであった。
ところが、この日は美愛がどれだけ校門のところで待っていても兄の姿が現れない。
既に3年生の終業時間から30分以上経っているのに、一向に兄が現れる気配もないのだ。
心配した美愛が3年生専用の入口へと向かい、兄のクラスメイトに様子を聞こうとしたのだが、美愛の親衛隊の一人が代わって中へ入って行ってくれた。




