第88話
19.
『何とか円盤を止めなければいけないと考え、戻ることはできないことを承知の上で有志を募ったようだが奇特なものは現れず、犯罪者などを送り込む案も検討されたが、逆に円盤を操作して乗り込まれることを危惧して、祖先は長きにわたりただ手をこまねいているだけだった。
その間も銀河中を無人の宇宙船団が、各星の生物たちを絶滅に瀕するまで収穫し続けていたのは本当に痛ましい。ようやく私たちが名乗りを上げて決死隊を組み、無人の円盤を追いかけてこの銀河へやってきて、数機の円盤の動きを止めたのだが、我々の円盤の細菌も変異してしまい、これ以上の活動が出来なくなった。
汚染された細菌を持ち込む危険性が高い為母星へ帰ることもできず、私たちはこの星でわずかに残っていた高等生物の生き残りに託すことに決めた。言語も持たず集団生活もまだ小規模でしかなかった原始人類に、都市づくりや開墾と農業を教え、言語とともに我々の文明の一部を授けた。
そうして再度円盤が襲来したときのために遺伝子を操作して、円盤に対抗できる能力を持った者が出現するよう準備しておいた。この円盤が君たちの目に触れるようになったということは、円盤による脅威が消えたことを意味する。よくやってくれた、君たちの勇敢な行動に感謝する。
私たちが託した能力には2種類あり、いつでも使うことが出来て他の人間にはない見えざる力があることを、はっきりと認識させるための能力と、実際に円盤に乗り込むために不可欠な能力に分かれる。
超常能力の存在を知らしめるための能力に関しては、さほどの脅威がない為いつでも使用可能としたが、円盤に乗り込むための能力に関しては、自由に使えると社会に悪影響を及ぼす恐れがある為、自分一人では扱えないようにしておいた。
更にどちらの能力も、大勢の人々の前でその力を披露しようとすると、すぐにその力が消滅してしまうよう細工をしておいた。
超常能力というのは持たざる者にとっては脅威であり、その力をひけらかそうとするものが社会的に孤立しないようにするための配慮だ。』
巨大円盤は、なんと夢幻たちの超常能力が作られたものであることを告げた。
「はあー……お兄ちゃんたちの力は、宇宙人に与えられた力ということなのね?巨大円盤に侵入して処置をするためとして……だから円盤がセキュリティを強化するたびに、対抗する能力者が現れたということよね。
神様じゃなかったんだ……わかってみると……至極当然のように感じるわね……。」
美愛が大きくうなずく。
『どちらの力も、目的を果たした暁には消滅する。そうして、この円盤が出現したということは、近いうちに我々が残しておいた我々の文明の遺産を、直接扱える能力を持ったものが出現するはずだ。
その遺産を使って、自分たちの過ちを正そうともせずにのうのうと生き延びてきた、我々の母星を如何様にしてもらってもいい。我々種族を脅かす手段を、すでに君たちは取得しているはずだ。これは我々の償いの証ともいえる……これが、我々の母星の宇宙座標だ。』
テレビに映される円盤下部に、丸と三角と四角に直線が絡む幾何学図形が複数個30秒ほど表示されあとで、忽然と巨大円盤は消え去った。
「ありゃりゃ……いなくなってしまったね。ビデオ録画を忘れていたけど……テレビ放送だからこの後のニュースで何度もビデオ映像は出るだろうから大丈夫か……。
それよりも人類史上始まって以来、ようやく宇宙人が生息する星の座標を掴んだわけだね。しかも、過去に宇宙人の子孫が残してくれた遺産……恐らく巨大円盤でしょうね。それを扱えるものが出てくる。
いよいよ人類も宇宙へ飛び出して行って、他の星の宇宙人と交流する時代に入るということだ。」
幸平が、目を輝かして嬉しそうに話す。
「何も決死隊を募って円盤を確保しようとしなくても、私たちはとっくに巨大円盤を手に入れていたということよね?でも……宇宙人と交流するなんてことにはならないんじゃあない?
今の話によると無人の宇宙船が各星を回って、その星の生物を刈り取っていたのに、見て見ぬふり……いえいえ……各星に高等生物が出現し始めたと分かったにもかかわらず、それでも科学力の差を持ってその星の高等生物を刈り取り続けるのを見て見ぬふり……。
まあ、銀河中を渡り歩くくらいの科学力なんだから、太陽系どころか他の惑星へ有人で行くこともできていない地球人なんて、高度文明社会とは思っていないのかもしれないけど……あの人たちは何ら罪悪感を感じていなかったということよね。
だからなんじゃないの?その星へ行って復讐して来いと言っていたのよね……恐らく変異した細菌の株をばらまけということなんでしょ?自分たちは命を懸けて、他の星々の人たちのために活動したけど、母星に残ってのうのうと生き延びている人たちは許せないということよね?
もしかしたら、この宇宙中で最初に進化した種族なのかもしれないけど、どうにも考え方がやばいわよね。
そんな種族と……友好的なお付き合いができると思う?」
喜ぶ幸平に対して、美愛は否定的だ。
「それにしても……超常能力の存在を知らしめるための能力って言うのは、恐らくお兄ちゃんの最初の屋外での実験で出会った、A国とかの能力者たちのことでしょ?あの人たちの力が脅威ではないだって。
あの時に能力者たちから攻撃を受けてお兄ちゃんの保護膜機能の存在が分かったけど、それがなければあたしたちは大怪我をしていたか下手をしたら死んでいたわ。十分脅威だって思うけど?
一人じゃ使えないようにしたってことは、家族や親しい人と一緒でなければ……しかもお気に入りのパジャマなしでは寝られない体……さらに寝ないと能力が使えない……という制限を付けたということは分かるのよ。
でも、どうして向こうは起きているときに使えるの?しかも人に危害を加えようとしたのよ!……あんな力を街中で披露されたら、それこそ大パニックと思うんだけど……?」
さらに美愛が、能力者の不公平さを指摘する。
「そうですね……能力者たちの存在によってA国は、超能力を使った未知なる文明からの侵略に対抗するする様々な作戦を、提出していましたからね。
それらの作戦書を読んで、確固たる超常能力者が存在するのだということが認識されて日本でもNJが作られ、夢幻君が出現したときにも、その能力を疑うことなく作戦に組み込むことが出来ました。超常能力の存在を知らしめるという役割を果たしましたね。
更にその能力を使って……初回の巨大円盤襲来時に彼らが中心になって攻撃をして、巨大円盤のバリアーともいえる保護膜を外して攻撃に転じさせ、戦闘機を数機保護膜内に入らせて円盤を直接攻撃させることにより、小型円盤を発射させた隙に車体を円盤内部に潜入させることが出来たわけです。
間接的ではありますが、巨大円盤攻略に十分寄与したと言えると考えます。
ですが……そんな力だって現代兵器であれば、十分代用できると思いますよ。例えば重機関銃とかロケット砲……ですよね。手軽さということであれば、段ボール紙の筒を使う簡易的なバズーカ砲もあるようですけど……加えて火炎放射器……これらを使えば、彼らには容易になり替わることが可能でしょう。
実際……2回目以降の巨大円盤襲来時には、爆薬を搭載したドローンがその役割を担ったわけです。
ですが……夢幻君たちの能力は、現代の科学力では代用が効きません。そのどれもが巨大円盤が所有する機能ですから、生物が持つ超常能力ではなく科学的に作り出せるものとは想定できますが、現在の地球科学では、その原理すら想像もつかないものなのです。
さらに夢幻君たちの能力を悪いことに使おうとした場合……それらは社会に大きな打撃を与えるほどの能力なのです。」
白衣の研究員が、A国の能力者たちと夢幻たちの能力の違いを説明し始めた。
「えー……お兄ちゃんの能力なんて、ただ単に寝ているときにぷかぷか浮かんでいるだけじゃない。そりゃあ負荷を与えて行けば能力が向上していくってわかったけど……社会に打撃なんて与えるはずもないわ。起きているときに使えるとしたなら、役に立つのは宅配便のアルバイトくらいよね。」
「おにいの能力だって、ただ寝とるときに見えなくなりゃーすだけで……おることはおるからフライングエルボーを決めりゃー……いつでも攻撃できるんですよ?ほんまに消えてなくなりゃー別ですけど……。」
「うちのあんちゃんの能力だって……試験勉強に役立つくらいしか……。」
「そうですよ……兄やんの能力なんて、ただ単に分裂するだけですやろ?そりゃあ今回みたいに仰山巨大円盤が一度に現れたから役に立ちましたけど……特に社会的に何できるわけでもないでっしゃろ?それこそ……サッカーチームでも作りまっか?」
美愛も美由も美樹も美見も……兄の能力が社会的脅威になるということには否定的だ。
「ばっ……馬鹿を言うなや美見……兄やんの能力は役に立つで……ようさん分裂して、それぞれでコンビニ強盗を働くとか……うまくいけば戻ってこられるやろ?ダメで捕まっても分裂を解けば……自動的にNo.1に戻るから……No.1だけ家に残っておれば……完璧や!」
夢分がとんでもないことを口にする。
「分裂を解いて一旦は逃げ帰っても捕まった時の映像があれば、あとで警察が逮捕に来ると思うよ。映像がなくても指紋とか残っていれば……全部本人なわけだからね……それよりも夢双の能力があれば……。」
「あなたの考えていることは簡単に分かるけど……透明になって女湯に忍び込むなんて言うことが、社会的な脅威?ただの痴漢行為でしょ!」
鼻の下を伸ばす幸平に対し、美愛がつかみかかる。
「いやあのその……透明になったら外の光は入ってこないから、女湯に入ることが出来たとしても、何も見えないでしょ?……そっそうじゃなくて……。」
対する幸平は、必死に弁解しようとする。
「あっ、そうか。じゃあ……脅威などないじゃない。」
「そうでもありませんよ……透明になって忍び込むことは可能なはずです。セキュリティの厳しい銀行や大企業であってもね。X線や金属探知機が稼働しているセキュリティゲートだって、楽々と越えられますからね。
実際に何か行動するには透明化を解かなければならないでしょうが、周りが見えない状態でも警備システムを潜り抜ける程度なら、事前に通路の状態を見学などして調査しておけば可能でしょう。
美術館に忍び込んで有名作家の絵画や彫刻などを盗み出すことや、宝石などを扱う貴金属店などに忍び込んで宝石などを盗み出すことも、さほど難しいとは思えません。
何せ透明膜の中に一緒に入れてしまえば隠れ潜んでいることは可能ですから、警備が緩やかになるタイミングを狙って透明化を解いて移動すれば、成功確率は相当高いでしょう。万一見つかっても、逃げおおせる可能性も高いですしね……企業の最新技術などをライバル社に売ってしまう、産業スパイなども同様ですね。
時を止める能力があれば、現金輸送車が集金して銀行へ戻ってきたときに時を止めて、集荷した現金を全て奪い取るとか……カジノで大金を賭けてルーレットの出目を変えるなんてことも出来るかも知れませんね。」
そんな幸平を白衣の研究員が弁護してくれた。
「ふうん……確かに透明化とか時を止める力は脅威かもしれないわね。でも……ほかの能力は……。」
「そんなことはありませんよ。夢幻君の能力や夢分君の能力のほうが、私は脅威と考えます。
何せ夢幻君の保護膜機能は、どんな攻撃も通しませんからね。人体に有害なものは通しませんから毒ガスなんかも通さないでしょうし、一定量を超えると放射線も通しません。夢幻君が例えば銀行強盗をしようと考えたなら、恐らく止められないでしょう。
保護膜機能を使って人を壁に押し付けるだけでも、圧迫されて息も出来なくなってしまうでしょうからね……十分武器になりますし、戦車や爆撃機をもってしても止められないし捕まえられないわけです。保護膜自体が最高の防御手段であるとともに最強の武器なのです。
そんな人がさらに空を飛べるわけですからね……すごい脅威ですよ……。私は夢幻君の能力が自由に使うことが出来たなら……そうしてよからぬことを考えたなら……大きな脅威であると考えます。
もちろんいい事にも使えますよ……恐らくマグマの中に入って行っても平気でしょうから噴火の際にマグマの流れを変えたりとか、火災時に取り残された人を救出に向かったりとか、有意義な使い方は山ほどあります。
まさに漫画やアニメのヒーローそのものになれます。
更に夢分君……彼の場合は、もっと簡単に……さらに今のままでも利用価値が高いです。銀行から預金を下ろしてきて、その状態でいくつにも分裂すればいいだけです。お金も一緒に分裂しますから、それだけで何倍にもなります。それらを使って買い物をすれば……No.1だけ家に残っていれば……お金は全く減りません。
もちろん分裂解消後、販売店から支払ったお金は消えてしまいますから大損害となるでしょうが、証拠もないし捕まえられないでしょう。消えた金額と購入者から、特定できたとしても何もできません。
一旦下ろしてから分裂して、お金を集めて預金すると言う手もあります。これだと預金は増え続ける一方で、更に犯人特定もできないでしょうね。悪いことに使う場合、夢分君が一番社会への影響度が高いと言えます。」
白衣の研究員が、社会に影響を与える目的の能力の使い方を披露する。
「みっ……美見……ちょっと……銀行へ……。」
途端にもじもじしだした夢分が、美見を呼び寄せる。
「何考えとるんや、兄やん……あたしは絶対に協力せんからね!」
「そうですね……ですから能力が出現するのは本人が寝ているときだけに限定して、更に一緒でなければ眠ることが難しい存在の妹さんがそれぞれいるのだと、今では考えております。つまり……夢幻君たち能力者と妹さんたちがセットでようやく機能するように、制約がつけられていたのでしょう。」
白衣の研究員が、夢幻たちの能力の制約を説明した。
「そ……そうでっか……まあそうならしゃあないですな。そんなことよりも今ここに巨大円盤が現れて、全てを話してしまいましたやろ?これなら俺たちのことを表彰するなんてことに、なりまへんか?」
気を取り直して夢分が、嬉しそうに立ち上がった。
「うーん……確かにねえ……円盤に対処できる能力者なんてことも伝わってきましたからね。可能性はあると思いますよ。皆さんのことが明らかになれば、日本政府だけではなく世界中から表彰されるでしょう。
まあ……報奨金があるかどうかまでは……私には何とも言えませんけどね。
私としては、名前を出すかどうかも個人で選択できる形に考慮していただけるとありがたいと、思っておりますけどね。まあ、なんにしても動きがあることは、間違いないでしょう。」
白衣の研究員も大きくうなずいた。
「ふあーあ……よく寝たべ。なんだかなあ……明け方になって寝たはずなのに……昼間だったんかい?」
「ふあー……おはよう……。」
「おはようさん……。」
夢三に続いて夢幻と夢双が起きて、下へ降りてきた。
「おや夢三君……ずいぶん寝てましたね。もう昼ですよ……しかも巨大円盤が出現しました。」
「そうそう……寝てても頭の中に言葉が入ってきて……目が覚めてしまったべ……。」
「俺もだよ……まあうるさいこと……もう少し寝たかったのに……。」
「師匠もそうか……俺もや……。」
「あ……あんちゃん……寝とって……時間が経ってるべ……もしかすっと……戻ったんでないかい?そういえば……さっきの円盤が、目的を達成したら能力がなくなるって……言っていたべさ……。」
美樹が多少うろたえ気味に立ち上がる。




