第87話
18.
作戦開始当初からずっと寝ていた夢分は、今が作戦中のどのタイミングで、どのような経緯で自分が起こされたのかすら分かっていなかった。ましてや自分以外の誰もが苦しそうにもがいている理由など、分かるはずもない。車体内を見回しても誰もかれもが苦しんでいる様子で、背筋が凍り付いたような感じがした。
急いでカプセルから出て真っ暗な車体から外へ出ようとしたが、出ようとしても柔らかい膜のようなものに阻まれて、車体の外へ出ることもできなかった。
「美見!美見!大丈夫か?死ぬようなことあらへんか?なんでこんなことになったんや?」
夢分は急いでカプセルのところへ戻ると、倒れている妹を抱き上げて何度も呼び掛けた。それでも妹は、頭を抱えながら苦しそうにうごめくだけで、夢分の質問に答えられる状態ではなさそうだ。
「いったぁー……頭が割れるように痛い……どうしちゃったっていうの?」
暫くして美愛が気が付いて、座席から立ち上がって周りを見回す。未だに頭痛は続いているのだろう、顔をゆがめて手を頭の上に置きながら、息も荒い状態だ。
「分裂を解消するために夢分を起こした途端だから、恐らく分裂した僕たちの分身がNo.1のこの体に集まってきて、同時にそれまでに経験した事柄が記憶として流れ込んできたんだと思う。最初に実験室で分裂したときにも、同じようなことが起きたからね。
あの時は2分割だったし短い時間だったから記憶の量も大したことなかったけど、今回は128分裂で2日間分だからね。それがいっぺんに流れ込んできて、脳がパニックに陥ったのだろうね。下手したら脳に傷がついて、障害が残る可能性もあったんじゃあないかな。
分裂していた時間にもよるだろうけど、安全に解消できる分裂数というのを設定しておく必要性が出て来たね。」
幸平も頭に手を当てながら、ひどい頭痛の原因を解説した。
「どうやらそのようですね……すいません……ある程度は予想していたのですが、ここまでとは……考慮が足りませんでした。分裂解消後の弊害は実験結果から簡単に予想できたはずなのに、本当に本当に……申し訳ありませんでした。」
白衣の研究員も苦しそうに顔をゆがめながら、平謝りに謝る。
「まあ仕方がないさ。襲来した円盤の数だけ分裂する必要性があったわけだからね。128でこれだとこの倍になったなら、それこそ記憶障害など発生しかねなかったはずだから、ちょっとの頭痛くらいは我慢しよう。」
神大寺も頭に手を当てて、顔をゆがめながら告げる。
「ちょっとの頭痛程度やおまへんで……皆さん3日も寝とったんでっせ?最初はあまりの苦しみように、毒でやられたんか思いましたわ。ずっと寝とっただけやから事情も全く分からんし、更に外へも出られへんし、困り果てていたら、ようやく1日たって夢幻が目覚めたんですわ。
作戦は大成功やったってきいて、よかった思ったんですが、皆さんが寝とる理由はやっぱりわからんけど、分裂を解消した途端だったちゅうこって……だから毒ではない言うから、ようやくピロシキやら弁当やら食べられましたわ。
それから少し経って今度は夢双が目覚めて……それでも原因はやっぱりわからんままで……まあでも話し相手もおったし、将棋して過ごしとりましたわ。俺は2日も寝すぎたせいかちっとも眠くならんもんで、起きとりました。
それでも夢三が目覚めると……時が動き出して、俺たちの姿が見えてまういうから……ここはロシアのモスクワらしいですな……夢双と夢幻が交代で眠って、夢三が目覚めてもすぐに見つからんようしてましたわ。今は夢双が寝とりますから、透明化しとります。」
すぐに後方のカプセルから、夢分がまくしたてるように大声で声をかけてきた。みんなの会話が聞こえたのだろう。
「夢三が寝ていたから周りの時間はほとんど経過してはいないだろうけど、俺の腕時計の時間から行くと、分裂を解消してから既に73時間と10分……夢三が目覚めてからは4時間と40分経過している。」
さらに夢幻も大声で声をかけてきた。
「はあー……そうですか……3日間も……恐らく、作戦の最中によく寝ていた夢幻君と夢双君は、起きていた時間が短いからその分流れてくる情報量も少なく、回復が早かったのでしょう。
夢三君は、1回の寝ている時間は短かったですからね。それでもずっと起きて何らかの活動をしていた我々とは、4時間以上も目覚めるタイミングが異なりましたか……我々が到着してから、5時間近くもの間寝ていたことになってしまうわけですね。
さて、どうしますか?分裂も解消しましたからプローブも外せますし、車体から出て観光だってできますよ。
3日も寝ていたせいか、おなかもすいていますしね。」
白衣の研究員が、皆の顔を見て回る。
「さっきは観光したいって言っていたけど……悪いけど、あたしはいいわ……頭が痛いし……早く帰って家で寝たい……。」
「僕も……観光にはあまり興味がないし……。」
「あたしも、どっか行く言うんは苦手やし……。」
皆、当初とは異なり、あまり観光には乗り気でない様子だ。
「だったら、帰るとするか。」
「そうね、お兄ちゃん寝られる?」
「ああ……2時間くらい前に起きたばかりだけど……まだまだ十分に眠れるぞ。」
「じゃあ……帰るとするか……これで30分もしないうちに、上空へ輸送機がやってくるはずだ。」
”ピーピーピピピ”神大寺がフロントパネルのボタンを押して、合図の電子音を鳴らした。
「やっぱり、日本がいいわね。帰って来たーっていう気がするわ。」
モスクワ上空で輸送機に拾われ、そこから1日かけてNJビルへ戻ってきたのだった。
「予想通り、日本チームも円盤の床材の破片を持ち帰ったようですね。一部NJ管轄の研究所へも供給されるようですから、私も今から解析するのが楽しみです。」
白衣の研究員が嬉しそうに、笑顔を見せる。
「それで……今回は本当の意味で地球の危機を救った言うことになりましたわなあ。我々の活躍に対する報奨金はいくらくらいになるのか、見積もりは進んでおりまっか?」
夢分がソファーに座ったまま、白衣の研究員を見上げる。
「兄やんはまあた銭の話か。ベッドの周りを板で囲めば寝とっても分裂せんで済むようなるって、分かっただけでもありがたいと思わなかんで。あのまんまじゃ、将来結婚もできへんかったんやでね。
ちゃんと検査して処置してもらえただけでも、有難い思わなかんで!宿泊費も治療費もなんも請求されとらんのやかんな……そんで帳消しや思いい!」
美見がそんな夢分を、たしなめる。
「まあ……まだ原因や治療方法が分かっているわけではないので、あくまでも対症療法ですけどね。
そういった意味では、夢三君の時を止める能力や夢双君の透明化が早急な治療が必要な症状と言えます。なにせ、もう円盤が襲来することはないはずですからね。」
「そういえば……私たちが帰ってから、もう3日経つのよね……巨大円盤は確保できたのかしら?何か連絡は入っていないの?」
美愛が白衣の研究員を見上げる。
「何の連絡も入っておりませんね。仮に、乗り込んだ人たちの頭脳が勝って円盤を確保できたとしても、まだ巨大円盤で宇宙人が我々を収穫にやってきていたなんて、全世界に明らかにすることはないでしょうから、極秘扱いとなるでしょう。こちらには、連絡など来ませんよ。」
「えっ……だって、もう円盤の脅威はないはずでしょ?だったら、打ち明けてもいいんじゃない?」
「そうはいきませんよ。言ったらいったで、そんな重大なことを半年以上もどうして秘密にしていたのかだの、知っていた各国の要人だけ地下シェルターに避難して、庶民は小型円盤にさらわれる危険にさらしていたのかだのと、猛烈なパッシングを食らいかねませんからね。
なにせ巨大円盤が来ていた期間中は国会中継も何もなくなっていて、政府要人は避難していましたから。まあそれは、日本だけではなくどの国でも同じだったはずですけどね。
恐らく、このことを打ち明けられるのは……何十年も先になるのではないですかね?しかも……世界中の国々が了解しなければいけないので、うーん……もしかすると明らかにされることはないかもしれません。」
白衣の研究員が、巨大円盤の正体を明らかにすることはないかもしれないと告げる。
「万が一、巨大円盤を確保できるとなったらなったで、今度はどこへ下すかでもめるだろうね。世界共有財産とするのは当たり前だろうけど、やはり下した国へのメリットが大きいだろうから……一番多くの科学者を送り込めるだろうからね。だから……決まらないんじゃないかな?」
仮に巨大円盤を確保できるとなったにしても、問題があることを幸平が告げる。
「そうですね……恐らく決まるとしたら南極あたりでしょうかね?あそこならどこの国の領地でもなく、共有の土地という認識ですからね。さらに人目に触れる危険性はまずありませんから……地中深く穴を掘って隠すとかいう面倒もありません。
その上、人里離れているから万一の事故の際も被害が最小限と条件が揃っています。まあでも……巨大円盤確保に一番尽力したはずの我々にも知らされることはなく、極秘中の極秘で進められるでしょうね。」
白衣の研究員が、確保できた場合の置き場所を推察する。
「へ?せやったら……やっぱり、俺たちへの報奨金は……絶望的でっか?」
「報奨金はいいから……せめて活躍に対して……あたしたち日本人の活躍で助かったんだって位は、明らかにしてほしいわよー……。」
「まあまあ……今回巨大円盤の破片を持ち帰っただろ?あれの解析が進んで、新材料なんかできて飛躍的に技術が向上すれば……何せ今よりも何倍も軽くて丈夫な材料が出来る訳だから……巨大円盤だって作るのが夢ではなくなるかもしれない。そうなれば……いずれは明らかになるよ。」
嘆く美愛たちを幸平がなだめる。
「それは一体いつ頃になるの?あたしたちが生きている間に……実現する?」
「いや……それは……何とも……。」
美愛に詰め寄られて、幸平もたじたじだ。
<臨時ニュースを申し上げます。本日午前8時ころ、東京上空に巨大円盤が……>
「ええっ……噂をすれば……ではないけど本当に?だって……もう仲間の円盤はないはずじゃあ……。」
応接のソファの前のテレビから、東京上空に出現した巨大円盤の様子が映し出された。
「いや……でも……今までとちょっと違うね。よく見てよ……円盤下部の中央に白い布が……巨大円盤の大きさから言っても、すごく大きなダブルベッドのシーツくらいはあるんじゃないかな……あれは恐らく白旗のつもりだと思うよ。敵意はないっていう表現じゃあないかな。」
目ざとい幸平が、円盤は白旗を掲げていると指摘する。
「どういうこと?」
「うーん……分からないけど……僕たちが送って行った科学者たちが、巨大円盤を操作可能となって姿を現したのかもと思ったけど、開けた穴が開いてないから違う円盤だよね……。」
美愛に問われた幸平も、腕を組んでうなる。
『我々は、この星の生物を定期的に収穫して食料としていた種族の子孫だ。
君たちの時間で何億年もの間、銀河間を渡り歩いて食料を刈り取っていた。当初は、どの星も形成したばかりで単細胞生物や、せいぜい数十程度の細胞を持つ原生生物ばかりだったが、そのうちに高等生物も進出し始め、文明を持つ星も現れ始めた。
その時点で意見が対立し、そのまま星々を回って収穫を続けたグループと、生物の存在しない不毛の星を一から開拓し、そこで定住を始めたグループに分かれ、我々は星に定住したグループの末裔だ。』
テレビのスピーカーから聞こえるのではなく、頭の中に言葉が直接響いて来た。
「なあに?テレパシー?」
「そうだね……そうしてあの巨大円盤の種族だ。星へ定住したグループもいたのか……意見の違いで完全に分化して円盤で狩猟民族として生き続けることを決めたグループだったから、前に円盤内で母星や定住している星を聞いたが、ないと答えたのだろうね。そうして他には仲間の円盤はないとも答えた……。」
幸平が何度も頷いた。
『勿論我々の先祖は定住後も、星々の侵略行為ともいえる収穫をやめて、我々の星へ移住するよう呼びかけてはいたのだが、完全自動で何もしないで生活できる環境を脱するつもりはないと、定住生活を拒み続けた。
そのうちに生きるために必要な栄養分を供給するための細菌が突然変異し、栄養供給されずに全滅してしまったにもかかわらず、自動プログラムにより無人の円盤が、星々を回り収穫を続けていることを知った。
すぐに無人の円盤を停止させるべく行動を起こしたかったのだが、円盤内に入り込んで操作することは、どれだけ注意深く行ったとしても変異した細菌を持ち帰る可能性が高く、円盤を爆破することも細菌をばらまくことにつながる為、ためらわれた。』
「ううむ……やっぱりあまりに楽な生活で退化してしまい、細菌のコントロールに失敗しても何もできなかったんだ。星に定住した側は、それなりに苦労もあったから、細菌の反乱も受けずに生き延びたのだろうが、それでも命を脅かしそうな変異した細菌株に近づくことは躊躇われたということか。
おかげで無人の円盤が、延々と長きにわたって飛び続けていたというわけだ。死滅してまでもなお、この宇宙中に迷惑をかけ続けてきたんだから……本当にとんでもない種族と言えるね。」
まさに自分たちの推理通りの破滅を遂げた巨大円盤を操っていた宇宙人たちの末路を、幸平は苦々しく感じていた。




