第86話
17.
「ようし……巨大円盤の真下のはずです。透明保護膜迄5百mほど。このまま垂直に上昇してください。」
「はい……上昇させます。」
美愛がレバーを操作すると、少したって天板から順に青白い光の帯が下りて行く、透明保護膜を越えたのだ。
「じゃあ、夢双君に起きてもらってください。先程あけた穴の位置を見つけないといけませんからね。
美愛さん……この高さを維持してホバリングしていてください。美由ちゃん、夢双君を起こしていただけますか?」
「まっかしてちょうよー……おにい……おきいやあー……。」
美由が張り切って車体後部へ走っていく。
「おにい起きいやあ……起きいひんと……。」
「はっ……。」
”ゴンッ”夢双が跳ね起きて、フードにおでこをぶつけた。
「まあたきゃー……毎度毎度……フード開けてから起こしゃーよー……。」
「おにいがすぐ起きゃーすから……エルボ食らわせられにゃーでね……フード開きゃーせんねん。」
過激に兄を起こすのが当然と考えている美由が、平然と答える。
「どの辺りかなあ……。」
延々と頭上を覆いつくす巨大円盤を見上げながら、先ほど開けたはずの大穴を美愛たちがフロントウインドや、後方の隙間などから探し始めた。何せ真っ暗な透明保護膜内で、車体からの明かりの反射だけが頼りなのだ。皆必死で、意識を巨大円盤底に集中させた。
「あっ……あった。」
美愛が声を上げながら、斜め前方から漏れる明かりを指さす。
「じゃあ、あの穴から入って行きましょう。」
「はい。」
美愛が上を見上げながら操作レバーを動かして分厚い底板を越え、各階の床板を越えて広い空間をも通過して中央操作室へ入っていき、少し脇へと車体を動かした。
「入り口側は床が抜けているから、落ちないように気をつけてもらわないといけないわね。」
「そうだね。まずはプローブを外す前に、一人ずつ耳栓を外していこう。何人かは一緒に外へ出てくれ。穴に落ちないように、注意しなければならないからね。内側と外側両方から、ヘッドホンだけ外してあげよう。
そうすれば声だけは聞こえるだろう。我々の正体を知られるわけにはいかないから、まだアイマスクは外せないからね。」
神大寺がプローバーを付けたまま、外へ出て行こうとする。
「いいんじゃない?アイマスクを外しても……乗り込んですぐに外したら、折角準備した人たちに悪いから黙っていたけど、言っちゃ悪いけど、どうせこの円盤を確保することはできないわよ。だから、あたしたちの姿を見られても、問題ないんじゃない?それよりも目隠ししたままで動かして、穴から落ちたら大変よ。」
美愛がアイマスクも外すことを提案する。
「それに……もし円盤を地上へ下すことが出来たとしたならば、彼らのほうが僕らよりも上のランクの国家機密となるでしょう。まさか巨大円盤を確保したなんて、国民にすぐに打ち明ける国はないでしょうからね。
だから……僕らの姿を見られたとしても問題ありませんよ。」
幸平が彼らの任務が成功したとしても、平気な理由を付け加えた。
「それもそうだな……じゃあ……車体の内側の奴からヘッドホンとアイマスクを外してやって、あとは順に自分たちで次々外させるとしよう。そのほうが楽だし早いし安全だ。
窓側に座っている人は手が届く範囲でいいから、ヘッドホンとアイマスクを外してやって行ってくれ。」
神大寺の指示に従い車体内からヘッドホンとアイマスクを外してあげ、自分の隣の人も順に外してあげるよう身振り手振りで伝えていく。
「じゃあ外周のプローブを外していくから、落ちないように足場を伝って、車体のこちら側の部屋の奥へ順に回って行ってくれ。」
神大寺がプローブをまわしながら、志願者たちを中央制御室奥へと導いていった。
「じゃあ、あたしたちはプローブをまとめて、それから車体を畳みましょう。穴に落ちないように、十分気を付けてね。」
美愛は美由たちとともに長く伸ばした何本ものプローブをまとめ、更に車体の底板を折りたたんで側板を組み上げていった。
「これが制御テーブルです。手をかざした人の思考を読み取って、3Dホログラムで結果が表示されます。現在位置を示せ。」
幸平が志願者たちに、制御テーブルの使い方を説明し始めた。
「取り敢えず、この円盤の収穫を制御しているプログラムの予定数量を、現在まで攫ってきた人々の数量に書き換え、これで地球での収穫は終了したと認識させて置きました。
ついでに今後の収穫に関しては、最大目標値も最小目標値も共にゼロを入れてあります。これから向かうであろう、他の星まで迷惑をかけては申し訳ないですからね。最大値から最大値を引いて、最小値から最小値を引いてゼロを計算させたわけです。
これで今後は人々をさらうことはもうないと考えているのですが……ネットワークを使ってすべての円盤の書き換えも試しましたが、いちいち円盤ごとに設定しなければ書き換えられないことまでわかっています。」
幸平が、とりあえず現在までに設定できた巨大円盤を無効化させる方法を、順に説明していく。
「先ほど我々を攻撃してきた球体のイメージ図を表示させてください。
これが円盤内に侵入したものを排除するための、保安システムです。刃物を持った自動飛行ロボットで、恐らく生身の人間では歯が立たないでしょう。十分に気を付けてください。
では、先ほどの配置図を表示してください。」
幸平とともに制御テーブルの説明をしている白衣の研究員が、保安システムの球体の説明を始めた。
「一応現在稼働中のものはすべて破壊しつくしたはずですが、補修部品などあるでしょうから、これから新たに作られて出現する危険性はあります。
制御テーブルで現在位置や数量なども表示させることが出来ますから、定期的に確認したほうがいいでしょう。対策に関しては……ご検討ください。」
夢幻の保護膜と夢三の時を止める能力がない彼らが、どのような対策を取れるのか……彼らなりに検討していただくしかないのが辛い。
「これが君たちの食料と水だ。3日分ということだが、節約すれば1週間くらいは持つかもしれない。空調が効いているから、下着姿でも寒くはないだろう。寝袋は百人分だ。恐らく交代制で昼夜問わず解析するだろうから……という考えからだろうな……その分食料を多めにしてくれた。寝袋は交代で使ってくれ。
それと……これは我々が緊急脱出する際に使っている発信機だ。万策尽きで円盤を発進せざるを得なくなった場合など……これを穴から投げておけば、円盤が発進する直前に透明保護膜を解いて惑星間航行用のエンジンに切り替える時に落ちて、海上から救助信号を発信できる。
録音機能があって、200人もいると一人当たり一言二言になってしまうだろうが、氏名とお別れの挨拶くらいは吹き込めると思っている。使う時がなければいいのだが……とりあえず段ボール箱に入れておくよ。
じゃあ君たちを間違いなく巨大円盤内へ送り届けたという証拠に、動画撮影をしておくか……下着姿のままで恥ずかしいだろうが、我慢してくれ。それから円盤には待機時間を設定してあって、待機時間は……今からだと残り73時間と12分となる。72時間経過するくらいのタイミングで、君たちを迎えに来ようか?」
神大寺とソナー担当者が持ち込んだ段ボール箱を並べ、別のグループに食料などの説明を始めた。どうやら2班に分けたようだ。ついでに送り届けたことの証拠の為に、スマホで彼らの動画を撮影し始めた。
「じゃあ、出発するぞ。彼らは迎えに来なくてもいいと答えたから、これでお別れだ。」
しばらくして、神大寺たち3人が戻って来た。
「わかりました。お兄ちゃんを眠らせてきます。夢双さんにも眠る準備をしていてもらってね。」
美愛が美由を誘って車体後方へ向かった。
「お兄ちゃん、直ぐに寝られる?」
「ああ……全然問題ないよ。」
夢幻はすぐにカプセル内で横になった。
「夢双さんは、あと5分ほどで眠れる?」
美愛は、未だに弁当をむさぼっている夢双にも声をかけた。
「ああ……ちょ……ちょ待ち……5分あれば……何とか……美由……お茶とって……。」
「はいはい……落ち着きゃーせ……ゆっくり深呼吸やで……。」
美由が車体床から、お茶が入ったコップを手渡してやった。
「では、出発します。」
美愛と美由が席に戻るころには車体は浮き始めていたので、レバーを操作して先ほど破壊した穴から下へ降りていく。
「じゃあ……夢双さん、寝てください。」
円盤最下部の大きな穴から出たタイミングで美愛が声をかけると周囲がさらに真っ暗くなり、円盤内から漏れ出る光すらも見えなくなった。
車体は、そのまま降下し続け、やがて巨大円盤の透明保護膜を越えた。
「ではまた、千m上空まで降下してください。着陸地点を知らせる電子音を一度捉えれば、着陸地点までの運航方法は先ほどの手順で航行システムのAIに記憶させましたから、今度は自動運転で着陸できますよ。」
白衣の研究員に促され、今度は自動操縦で着陸することが出来た。
「ふう……今確認してきたのだが、128チームともにすべて巨大円盤の処理は終了した。どのチームも作戦目的はすべてクリアだ。うちも……世界代表の頭脳を送り届けたという動画を引き渡して、任務終了となった。
中央制御室に仕掛けてくるはずの爆薬は、やはりどのチームも半減したようだが、取り敢えず釜の上にセンサーの照準を合わせてセットしてきたようだ。半分の爆薬でも釜を含めて中央制御室を吹き飛ばすくらいの威力はあるだろう。
ようやく終わったね。これはロシア当局からの、ご褒美のボルシチとピロシキだ。分裂を解消してからでは、他のチームが食事終わっていたりすると食べられなくなるだろうから、寝ている夢分君と夢双君には申し訳ないが温かいうちに食べてしまおう。
彼らの分はカプセルの横に置いておいてあげれば、分裂を解消したらすぐに食べられるだろうからね。」
モスクワ市内の着陸地点に無事着陸し、神宮寺が作戦終了の報告に一人だけ車体を離れていたのだが、30分ほどで大きな紙袋を手に戻って来た。
「へえ……本場のロシア料理か……これはいいね。」
幸平が紙袋に手を伸ばす。
「せっかくロシアまで来たんだから、観光とかして帰ればいいんじゃあない?もう円盤は来ないんでしょ?」
美愛もピロシキに手を伸ばしながら、神宮寺の方へ顔だけ向ける。
「一応万一を考えて、みんなのパスポートは持ってきてある。勿論正規に出国した形にしてあるから、事情を説明して入国手続きさえすれば、観光客として入国することはできなくもない。
ドルと日本円も持ってきているからね。だがまあ……いつもの通り帰りたいというんじゃないかと思って、すでに帰りの輸送機は手配済みなんだが……まだ時間は指定していないがね。」
神大寺が少し困ったように、薄笑いを浮かべた。
「まあ……それよりもいい加減分裂を解消しましょう。もう47時間にもなります。夢分君の麻酔は、脳波計を見ながら覚醒しそうな波長が現れたら麻酔薬を投与するシステムで、基本的には自然の睡眠をさせてはいますが、起こしてあげたほうがいいでしょう。栄養剤よりも直接食事できた方が幸せです。」
「そうだったね。他のチームだって、行った先で待ちくたびれているはずだ。じゃあ、夢分君を起こすとするか。分裂開始と全く同じ場所でなくても、問題は発生しないはずだね?」
神大寺が念のために確認する。
「実験では、分裂した場所と全く反対側に降りて解消しましたが、問題はありませんでした。恐らく場所は影響せずに、分裂前の個体……No.1の元へと収束していくはずです。
では……美見さん……一緒に夢分君を起こしに行きましょう。」
「了解です。ようやくあたしのお役目が、来ましたわあ……。」
美見は嬉しそうに、白衣の研究員と一緒に車体後方へと向かった。
「ああ……よかったですね。ここ3時間以内に麻酔薬の投与は行われていません。現在は自然睡眠に限りなく近い形で眠っている状態です。起こしていただけますか?」
「はい……兄やん……起きいやあ!兄やん……起きへんと……罰金……。」
「ば……きん……まずい……はっ。}
美見がカプセルのフードを上げて声をかけると、夢分は速攻で飛び起きた。
「ふあーあ……終わったのか?」
「うん……皆さんの活躍のおかげやで……あれ?うーん……頭が痛い……。」
「きゃあっ……なんなの?円盤の中……?」
「うわあっ……なんだ?」
夢分が目を覚ますと同時に、夢分以外の誰もが頭を抱えて呻き始めた。カプセルで横になっている夢双でさえもが、苦しそうにカプセル内でもがいているではないか。




