第85話
16.
「お兄ちゃん起きましたけど……夢双さんはまだ起こさないのですか?」
「ああ……取り敢えず、我々はここでは下りないからね。メンバーが顔を出すわけにもいかないから、透明化したままで、みんなは申し訳ないがもう暫くここに残っていてくれ。弁当を食べておくのもいいかもしれないな。まずは俺だけ外に出て、話をしてくる。」
美愛の問いかけに対し神大寺はそういうと、ヘルメットのフードを下ろしプローバーを付けたまま車体後方から降りて行った。
「じゃあ……言われてみれば、円盤に乗り込んでから何も食べていなかったのを思い出したわ。まだ持ち込んだお弁当はクーラーボックスの中にたくさんあるから、食べましょ。ここでも非接触の電源とか使えないかしらね。」
美愛がフロントパネル下のクーラーボックスから、次々に冷えた弁当を取り出していく。
「クーラーボックスのランプが点灯していますから、電源は供給されているようですよ。電子レンジも使えそうですね。私はコーヒーメーカーをセットしましょう。」
すぐに手分けして弁当を温めたりコーヒーの準備をしたり、湯を沸かしてカップみそ汁を作ったりして食事休憩となった。
「おおいい匂いがするな……食事は済んだかな?じゃあ、透明化したままで誘拐された人々を開放するから、ちょっと手伝ってくれ。俺が周囲を回ってプローブを外して回るから、みんなは車体の中から人々を支えていて、プローブが外れたら順にゆっくりと押し出していってくれ。
意識がないから、そのまま各自前へただ歩いていくだろう。広げた車体は戻さなくてもいいからな。
なんと……巨大円盤に入って操作すると志願した人は、200人もいるようだ。これでもあまりに多いので希望国ごとに2名に絞っての結果らしい。つまり……百か国が円盤の確保に名乗りを上げたということだ。
もちろん……残念だが日本人もいる……俺が直接話して無理だと説得したのだが、分かっていても行かないという選択肢はないと答えた。未知の文明に触れ合える機会なんて、一生に一度どころの確率ではないからな。だから、プローブも出したままでいい。」
神大寺が、わずかに隙間がある車体後方から声をかけてきた。
一同、座席に座りながら誘拐された人々を支え、プローブが外れてぐらついた人達から強く押して、人々を透明膜の外へと押し出していった。
「ついでに、回収してきた円盤の床材を下ろしてしまいましょう。」
「えっ……ここはロシアだけど……ロシアだけに供給しちゃうの?分配するにしても、日本へ持ち帰って均等分けしたほうが、他の国から文句が出なくていいんじゃない?」
周りの人々をようやく押し出して一息ついた後の白衣の研究員の言葉に、美愛が驚いたように問いかける。
「いえ……恐らく他のチームも同じように考えて、円盤の床材を持ち帰っているはずです。同じ我々ですからね。そのような瓦礫を持ったままで分裂をやめるとどうなるか……分裂前には存在しない瓦礫は集まってくることはないでしょう。移動中であればその場に落ちてしまうだけです。
今ここで引き渡しておけば、我々が巨大円盤に乗り込んで持ち帰った円盤の床材と、その来歴がはっきりとした研究資料となります。今後の科学の発展のためにもこれが一番いいはずです。
心配しなくても日本では東京と大阪の2ヶ所に巨大円盤が止まっていましたから、恐らく2回分の瓦礫が持ち込まれているはずです。」
白衣の研究員が、笑顔で引き渡し理由を答えた。
「そうか……持っていても仕方がないものなら、引き渡したほうがいいわよね。じゃあ、みんなで手伝って、車体の外側へ出しましょう。」
美由達も手伝って透明膜の内側から外側へ、巨大円盤の床材の破片を押し出していった。
「じゃあいいか、今度は乗りこむ人たちを連れて来る。皆の姿を見せないために、みんな目隠しをして更に耳栓をしているから、車体の内側から支えてやってくれ。全員で囲んだら、俺がプローバーを外周に回すまで待っていてくれ。
それと……これが送っていく人達のための食料だ。缶詰にレトルト食材。中には宇宙食もあるようだが、段ボールで30箱もある。まずは車体周りに積むから、倒れないように中から支えていてくれ。」
巨大円盤の床材をバケツリレーのようにして膜の外側へ押し出していき、ようやく一息ついたところで膜の外側から神大寺の声が聞こえてきて、座席のすぐ横に段ボール箱が1.2mほどの高さに1列に積まれ、更にその向こう側に次々と並ばせられていく人たちを、美愛たちは中から倒れてこないよう支え始めた。
「ふう……ようやく終わった。俺にも弁当を温めてくれるかい?これは我々用の追加の弁当だ。彼らの携帯食の一部を割り当てられた。和食も入っていると言っていた。」
神大寺は大きな段ボール箱を、円盤の瓦礫を運び出して開いた座席の下へと押し込んだ。
「はい……ちょっと待ってください。」
神大寺が戻ってきたのは、それから20分ほど経ってからだった。
「はい、どうぞ。」
美愛が温めた弁当と、熱々のカップみそ汁を手渡す。
「ふう……やっぱり意識がある方が面倒だな。そのまま立っていろと言ったところで全員アイマスクと耳栓しているから見えないし聞こえないし、ふらふらして少しずつ動くものだから、なかなかプローブを巻き付けることが出来なかった。意識のない誘拐された人たちだと、どれだけ楽だったか……。」
神宮寺が、弁当をほおばりながらこぼす。
「もう出発できるのでしょうか?夢分君はどうします?起こして分裂を解除しますか?」
白衣の研究員が、これからなすことに関して質問をする。
「ああ……現時点までに終了報告が上がってきているのが、うちも含めて84ヶ所だ。まだ44ヶ所が終了していない。内訳は、行き先が南米とかの遠い地域が終わっていないようだね。
だからまだ分裂は解消できそうもないから夢分君を起こすのは、円盤確保のために尽力する有志たちを連れて行ってからになりそうだ。美愛君、出発できそうかい?」
神大寺が美愛の方へ向き直る。
「お兄ちゃんもお弁当を食べたから、大丈夫でしょ……じゃあ行ってきます。」
美愛が車体後方へ歩いて行った。
「お兄ちゃん、すぐに眠れる?」
「もちろんさ。」
夢幻が笑顔で答えながら噛んでいた歯磨きがわりのガムを紙に取り出してごみ箱へ捨てると、カプセルに横たわってフードを閉じた。
「じゃあ、出発しますよ……でもそういえば……巨大円盤へはどうやって戻るの?」
「ああ……入った時と同じように、ドローンの爆破音を頼りに位置を推定して乗り込む。今でも同一円周上を位置を変えて動いているようだからね。ただし……今度は下から行くので位置をつかみにくいと思うから、6千m位まで上昇したら一旦上昇をやめて、円盤位置を確認しながら動くとしよう。」
「はい……分かりました。それはそうと……あたしの目がおかしいのかしら?その……巨大円盤に連れて行く人達って……服を身に着けていないわよね?あれって……地球上の雑菌を持ち込まないためとか……そんな理由があるの?」
高度計に注視して車体を上昇させながら、美愛が自信なさそうに神大寺に問いかける。夢双の透明膜があるので真っ暗な中にフロントパネルのバックライトの明かりのみで薄暗いのだが、皆アイマスクとヘッドフォン型の耳栓をしていて、服装は下着のみ……全員シャツとパンツに靴下と運動靴を履いているだけに見える。
「そっそうっすよねえ……あたしも変だなあっておもっちょったんですけど……笑われる思って、言えりゃーせんでしたわぁ……。」
美愛の言葉にほっとしたように美由も続けた。確かに車体周りを取り囲む人々の格好は異様だ。全員同じ印象を受けたのだろうが、神大寺があまりに真面目な表情で皆を連れてきたため、言い出せなかったようだ。
「いや……そんな大業な理由ではない。彼らはパソコンも携帯も電卓等も持ち込めない。ノートと鉛筆ですら禁止となった。支給された下着と靴下と靴以外は身に着けることは許されていない。」
神大寺が、彼らがシャツとパンツだけの理由を説明する。
「だから……それは雑菌を持ち込まないとかの為なんでしょ?」
「いや……そうじゃない。武器を持ち込ませないためだ。誰かが武器を持ち込んで、他の人達を殺害していって円盤を自国だけで所有しようとしたならどうなる?まあ、円盤を自由に操作できるようになるとは俺は思っていないが、それこそ誰かが言っていたように、敵対国へ向けて収穫場所を設定されては大変だ。
まあ収穫作業であれば、我々がもう一度潜入して処理するだけではあるけどね、高性能爆薬でも持ち込んで、敵対国上空で爆発されては大事だ。だから、一切の持ち込み荷物を禁止したようだ。
巨大円盤獲得のために必須なアクセスアイテムだと主張する国もあったようだが、最初の円盤潜入時に幸平君が円盤のコンピューター信号が電位差がなくて捉えられないとレポートしていたから、地球の機器を持ち込んでも徒労に終わり、かえって武器を仕込まれる危険性が高いということで却下された。
これは各国で話し合った結果であり、それだけ地球上では常に他国とけん制し合っているということだ。我ながら情けなく思うよ……こんなふうに地球人全体に対して侵略行為とも思える巨大円盤が何度も襲来しているにもかかわらず、未だにこんなことをやっているのだからな。
送っていく人たちは、各国のコンピューター技師や数学者に言語学者や人工知能の研究者に生物学者など多様だが、中に殺し屋が含まれていないとは限らない。身体検査は複数の国の複数の担当者が厳密に、複数回にわたって行われ、勿論X線なども用いて体内部まで徹底的に調べられたようだ。
その上で腕時計やペン一つとっても武器かどうかの判別は難しいというわけだな。ちなみに日本の代表者は、自衛隊員で格闘技の達人であると同時に、それぞれ代数学と物理学の博士号を持っているようだ。代表者選考も、全国的に公開して……というわけにはいかないからだな。他の国も多かれ少なかれ軍関係の学者だろう。」
神大寺がしみじみと話す。
「はあ……スパイ映画の世界ですね。ペン型拳銃や、腕時計型のレーザー光線銃とかですか?パソコンやタブレット程度の大きさがあれば、相当な武器が隠せそうですからね。いちいち検査するより持ち込ませないということですか、まあ、そのほうが面倒がないですよね。
どのみちパソコン持ち込んでも接続できませんでしたしね。だからか……女性が一人もいないのは変だなあと思っていたんですよ。」
幸平も納得の表情を見せて頷く。
「ああ……下着姿でも構わないと主張する女性研究者も多数いたようだが、さすがに男性研究者の目もあるし、男女平等の意識はあるが、この場合は特例として我慢して頂いたようだ。下着姿でなければ、志願しても行くことが出来なかったなどと万一漏れると、セクハラ騒ぎにもなりかねないからね。」
神大寺が大きく息を吐いた。
「でもそんなに多くの志願者がいたなんて……だって……帰ってこられるかどうかも分からないのよ?それなのにどうして?」
美愛が不思議そうに首をかしげる。
「まあ……それだけ自信があるということだろうね。自分であれば、未知なる文明の制御システムだって、使いこなせると思っているんだろう。」
「それと……出来なくても未知の文明に触れたいという興味ですよね。所長が説得しようとした日本人研究者のように、円盤を確保できようができまいが、地球以外の文明に触れたいという知識欲ですかね?そちらの方が危険を恐れる気持ちに勝っているのでしょうね……。」
幸平の意見に白衣の研究員が付け足した。
「高度6千mに達しました。」
高度計を確認してから、美愛は高度を保つようホバリングに入った。
「とりあえず180度回転してから、前進してください。まずは円盤から出た地点を目指します。」
ソナー担当者の指示通り、ジャイロメーターを見ながら車体向きを変え前進させた。
「先ほどは5キロほど進んでから降下したから、5キロ進んだら停車させてください。」
「了解。」
美愛がジャイロメーターを見ながら、距離計をカウントしていく。
「5キロ進みました。」
15分程で、美愛が車体をホバリングさせる。
「ようし……ちょっと待っていてください。」
ソナー担当者は、ヘッドホンを付けながら神経を集中させる。
「音が聞こえないな……右90度方向を変えて直進してください。ただしゆっくりとね。」
「わかりました、右方向へ向きを変えて直進します。」
美愛が車体向きを変えて直進させると、やがてはるか遠くの方から爆発音が断続的に聞こえてきた。
「左へ3度修正して直進。更に500m上昇してください。」
「はい、修正します。」
美愛が方向を修正しながら進んでいく。




