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第84話

15.

「美愛君、失敗だ。床が抜けていない。車体を上昇させてくれ。」

 車体を降下させようとしても一向に動かない状況に戸惑う美愛に、神大寺が外から大声で指示を出す。どうやら床が抜けていない様子だ。こんなことは初めてなので、美愛は首をひねりながら車体を上昇させた。


 美愛が1mほど車体を浮かせてみると床が少し砕けただけで、どこにも抜けた個所は見られない。床の厚さの計算を誤ったのか?神大寺が瓦礫を手で避けながら、床の状態を確認する。


「これまでの床は、厚さが50センチほどの金属板の下に配管用の空間があり、その先は10センチほどの断熱材と天井板だった。だから1回の爆破で床が吹き飛んでいたが、50センチだった金属板がもっと厚くなっているようだ。


 すでにかなりの深さまで砕けているが、下まで貫通していないからね。爆薬は予備があるからもう一度爆破してみるから、ちょっと待っていてくれ。」

 すぐに神大寺は車体下部の床に向けて、筒状の装置を使って爆薬を蜘蛛の巣状に配置した。


「じゃあ美愛君……もう一度車体を床に押し付けてくれ。」


「はい、わかりました。」

 すぐに美愛がレバーを操作して車体を床に押し付けると、下から鈍い爆発音がしたが、先ほどとほとんど変わらない音だった。


「ううむ……まだ駄目だね。床が抜けていない。もう一度上昇してもらえるかい?」

 美愛がまた1mほど車体を上昇させる。


「うーん……既に1m位は床材が砕けているように見られるのだが……床が抜けていない……。

 もしかすると床を強化しているのかもしれないな。爆薬も、それほど余分は持ってきていないし、他の部屋の床で試してみるか?」

 神大寺が、別の部屋へ向かうよう指示を出した。


「わかりました。じゃあ、一旦この部屋を出ましょう。」

 神大寺の指示通りに、美愛がゆっくりとドアから通路へと出ようとして停止する。


「無理ですね……車体を広げて誘拐された人たちを周りに立たせていますから、この大きさではドアを抜けられません。いくら何でも大きすぎます。」

 美愛がすぐさま、無理だとフロントパネルのマイクに向かって呼びかけた。


「そういえば……さっき制御テーブルで、円盤の断面図を表示させた時、この階までしか攻撃用球体が配置されていなくて以下の階はべた塗りされていたけど、あれはもしかすると、ここから下の階は全て床材で埋めて補強してあるのかもしれない……。」


 幸平はふと呟く。


「なんだって?うーむ……参ったなあ……。」

 神大寺は腕を組んでうなってしまった。


「でも……普通の床でも床材ってそんなに厚いんですか?だったら、この巨大円盤は相当な重量ですよね?下手したらこの円盤だけで重力が発生するくらい……。」

 幸平がぽつんとつぶやく。


「いえ……円盤の床材などは保有してはいませんから正確には把握できておりませんが、これまで何度も床を爆破して脱出した時の映像から推察して、床材は恐らく発泡材と考えています。」


「発泡材?」

 白衣の研究員の回答に、美愛が首をかしげる。


「はい……製法は分かりませんが、金属内に無数の空間を作るのです。梱包材の発泡スチロールという白くて頑丈なのがあるじゃないですか……あれはスチロールという樹脂に空気の泡を入れて、無数の空間を作ったものです。空間と言いながら、一つ一つの粒の中にもスチロール樹脂が枝葉のように含まれているのです。


 内部を密にしないで空気を入れることにより、重さは軽くなりますが強度はある程度保たれるのです。鳥や恐竜などの骨の構造も、そのようになっていますね。人間だと骨粗しょう症と診断されてしまいますが……。

 ですので、厚さはありますが軽くて丈夫……といった感じの金属で作られていますね。


 そうですね……ついでですから、破壊した床材の破片でも回収して行きましょうか。円盤を確保できなかったお詫びがわりに、なるかどうかわかりませんがね。」


「えっ?お兄ちゃんを起こすの?それは構わないけど……でも、この部屋を出られない限り脱出できないのよ。床材を拾っている暇なんてないでしょ?」

 意外とのんびりしている白衣の研究員を、美愛が急かせる。


「いえ……まあそうですね。各階の天井までの高さは4mほどありますし、外壁の厚さは1mほどありますから、この下の床の厚さを埋められているのだとしたなら6m分以上の厚さを破壊する必要性があります。


 1mほど迄破壊していると先ほど所長が言っていましたから、それでも残りまだ5m分爆破する必要性があります。予備の爆薬は2回分しか持ち合わせておりませんから、せいぜいあと1.5m分くらいしか手持ちの爆薬では破壊できないでしょう。


 ですが高性能爆薬をひと箱持ってきておりますからね。それを使えば……まあ何とかなるでしょう。

 どうせ、この床を爆破してしまえば円盤から出られるのであれば、所長たちを回収しておかなければなりませんからね。」


 白衣の研究員が、意外とあっさりと答える。見ると先ほどまでいた神大寺もソナー担当者もいないので、置いて来た高性能爆薬を取りに戻ったのだろう。


「分ったわ……じゃあお兄ちゃんを起こすわね。」

 美愛は爆破位置からずらして車体を停め、後席へと移動していった。


「お兄ちゃん、起きて。お兄ちゃん!」

 美愛がカプセルに取り付けられたマイクに向かって呼びかける。


「ふあーあ……終わったか?」

 夢幻がフードを開けながら、上半身を起こす。


「まだよ……最後の床がすごく厚くされているの。これも、あたしたちのこれまでの行動を分析して、脱出できないように対策されているんだと思うわ。ちょっとだけ停まって、また寝なければならないけど大丈夫?」


「うん?ああ……まだまだ寝たりないから大丈夫だ。」

 夢幻が笑顔で答えた。


「車体の周り中に人が立っていますからね。床材を回収するといっても、せいぜい座席の下における程度しか持ち帰れませんね。」


 幸平と白衣の研究員が、白銀色の破片を抱えて戻ってきていた。確かに1m角に近い破片を持っているのに、さほど重そうにしていないのは、想定通り発泡材なのであろう。


「じゃあ、あたしたちも手伝って、早いところ済ませましょう。美由ちゃん美樹ちゃん美見ちゃん手伝って。」


 美愛も妹たちを集めて、床材を収集し始めた。勿論、地球上には存在しない菌による汚染も懸念されるため、厚手の手袋をつけて、床材は不透性の樹脂袋に入れて口元をシールしてから運び入れた。

 そのうちに神大寺たちが大きめの段ボール箱を、2人がかりで腰に結び付けたロープで吊って下ろしてきた。



「じゃあ右1mのところに起爆スイッチを置いておいたから、車体を移動させてから床に押し付けてくれ。」


 ほとんどのがれきを回収し終わったくぼみに新たにワンタッチで蜘蛛の巣状にセットし、幾何学模様に配置された爆薬位置に更に段ボール箱の中の爆薬を足していく。爆薬は粘土のようにちぎって丸めて、形を変えることが出来るようで、神大寺とソナー担当者の2人で瞬く間に作業を終了させた。


 神大寺たちを回収してから夢幻を眠らせ、車体を操作して床に押し付ける。


”ドッゴォーンッ”すぐさま大きな爆発音がしたから突き上げるようにして聞こえ、床面が真っ黒く変わった。


「あれあれ……さすがに爆薬全部では、破壊力が強すぎましたかねえ。いつもの倍以上の範囲で床が吹き飛びましたね。まあ、大は小を兼ねると言いますからね。脱出しましょう。」


「ううむ……高性能爆薬だから……量を減らして、持ち込んだ量の半分だけ上に置いて来たのだが、それでも多かったか……ううむ……最近は訓練に参加していないから……。」

 神大寺はばつが悪そうに、頭をかいた。


「わかりました。夢双さん……念のために眠って置いていただけますか?すぐに透明保護膜へ達することになります。」

 大きく開いた空間を美愛がゆっくりと下降させながら、奥の夢双へ眠るよう依頼した。


「まかしてやぁ……ちゃっと寝りゃーすね……。」

 すぐに上方の円盤の部屋の中の明かりも見えなくなり、真っ暗になる。夢双が眠ったのだ。


”カチッ”「慎重にね。」

 神大寺がフロントパネルの照明スイッチを入れ、ゆっくりと降下するよう促す。


”コーン……コーン”甲高い金属音が、車体内に鳴り響いた。


「下方、透明保護膜迄80m……60m……」

 ソナー担当者が、ピンをうちながら膜迄の距離を測定してくれる。


 やがて、足元から青白い光の帯が頭の先へと抜けて行った。円盤の透明保護膜を抜けたのだ。


「今はモスクワ上空のはずだが、夜なのか昼間なのかも分からない。夢三君の能力を使って、時間を何時間か止めたから、時差を考慮して割り出すことも難しいからね。


 どちらにしても我々の姿を公にはできないから、夢双君は寝かせたままで……指定場所まで行かなければならない。とりあえず、地上千mまで降下してくれ。円盤の厚さを考慮すると今は7千m上空のはずだから、あと6千m降下だ。」


 神大寺が透明化したままで降下するよう指示を出す。


「了解。」

 美愛は慎重にジャイロを見ながら車体の向きを確認し、ゆっくりと車体を降下させていった。



「千m上空まで来ました。」

 暫くして、美愛が予定高度到着を告げる。


「目標地点まで案内用の音が、市中の各所で鳴っているはずだ。ここでゆっくりと水平方向に回転しながら、高度を保ってくれ。権藤1尉頼む。」


「はい……お待ちを……。」

 ソナー担当者は、すぐにヘッドホンを耳に当て、神経を集中させた。


「回転を停止して、左へ90度回転。」

 2周くらいさせた後、ソナー担当者が指示を出したので、すぐに回転を止め左方向へ向きを変える。


「向きを2度修正し、直進。」


「はい。」

 美愛はジャイロメーターを見ながら、注意深く車体角度を変え前進させた。


「ううむ……風が吹いているのかな……もう2度向きを修正してください。」

 ソナー担当者の指示を受けながら、美愛は角度を調整しつつも前進させていく。



「よし、ここで停止。目標地点の真上のはずです。ここから垂直に降下してください。」

 ソナー担当者の指示通り、車体を降下させていく。


”ピピピピピピピピ”やがて、下から電子音が誰の耳にも明確に聞こえてきた。着陸地点を示す電子音だ。


「ジャイロを見ながら慎重にね。真下に何かあるかもしれないから、地上10mでいったん止めてくれ。」

 神大寺に指示され、高度計が10mを指した点でホバリングさせる。


「ピンを打ちます。」

”コーンッ……コーンッ”甲高い反響音が鳴り響いた途端に、先ほどからなり続けていた短い間隔の電子音は止まった。


「車体下部には、障害物なし。反射音からして柔らかい土若しくは芝生の模様。高度9.8m。」

 ソナー担当者が、車体下の障害物がないことを確認した。


「ではこのまま、透明のままで降りてくれ。夢双君は起こさずに、夢幻君だけ一旦起こしてくれ。」

「はい、わかりました。」

 美愛は高度計に注意しながら、ゆっくりと車体を着地させた。


「じゃあ、お兄ちゃんを起こしてくる。」

 そういって美愛が、レバーを固定して車体後方へ駆けて行った。


「お兄ちゃん、起きて……お兄ちゃん……。」

「うん?終わったか?」

 夢幻が眠そうに両手で目をこする。


「うん……戻ってこられたけど、これからさらわれた人たちを開放すると同時に、巨大円盤を確保するための操作をする人たちを連れて、もう一度円盤まで戻らなければならないの。だから、またすぐに寝てもらうことになるわ。」


「そうか……まだまだ寝られるな……。」

 美愛の言葉に夢幻は嬉しそうに、横になったまま少し伸びをした。


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