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第8話

 第8話

 帰りの車の中で、父は無言で運転を続けていた。


「大丈夫だって……俺はいたって健康だよ、変な病気の訳がないじゃない。」

 そんな父親に対して、夢幻はいつものように明るく振る舞う。


「お前は、寝ていたから状況が見えていないのだ。

 あれを仮に病気と言うのであれば、充分に変な病気だ……奇病ともいえる。

 なにせ、寝ている時に体が浮くのだからな……常識では考えられんことだ。


 父さんの言葉に、あの医者が初めから疑ってかかっていたのも、頷けないことではない。」

 父は、前を見つめたまま無表情に答える。

 いつも明るく子供思いの父が、あまりにもぶっきらぼうに答えるので、夢幻もたじろいでしまった。


「そうは言っても、病院って……超常現象ならもっと別の所じゃないの?超能力研究所とか。」


「そんな胡散臭いところに行けるか。

 もったいぶって色々と調べるふりをして、終いに見世物にされるのが落ちだぞ……ちゃんとした研究機関でないと。」


「じゃあ、理化学研究所とかはどう?そう言った科学の研究をしている所なんでしょ?

 あそこなら、ちゃんと調べてもらえるのじゃあないのかなあ。」


「今度は逆にそういう所に直接行って、受付で寝ている時に息子の体が浮くんですなんて言って見ろ。

 すぐに救急車を呼ばれて、親子そろって精神病院行きだ。


 そうはなりたくないから、先に病院へ行って診察を受けてきたことにしたかったんだ。

 これは美愛の提案だが、的を射ていると思い賛成したわけだ。」


「うーん、でも、浮いているところを見せたけど、信用されなかった訳でしょ?だったら、仕方がないじゃない。

 大丈夫だよ、今日から俺は寝ている時に体が浮かないよう、両手両足に鉄アレイを括りつけて寝るから。


 ベッドに縛り付けられるのはごめんだからね……寝返りが全く打てないから体が痛くなるよ。」

 夢幻の方は至って平静に振る舞っている。

 自分の事でありながら、寝ているためにその異常さのイメージが湧いてこないのだろうと、父もそれ以上言うのを止めた。


 車が家に着いたのは、辺りが暗くなってからであった。

 既に帰宅していた美愛が待ちかねたように、玄関を入った所で待機していた。


「おかえり、どうだった?お兄ちゃんの症状、やっぱり病気?それとも原因不明の超常現象?」

 美愛は極めて明るく振る舞っている。

 夢幻を不安にさせないための気づかいなのであろうが、その言葉に、父も夢幻も力なく小さく手を振って答えた。


「えーっ、どういう事?」


「どうもこうも、超能力者として売り出そうとして、病院での検査を受けて種も仕掛けもないという証明にしようと考えている輩に間違えられて、こういった手合いの相手はしておりませんと、検査を拒否されてしまったよ。


 こんなことなら夢幻に仮病を使わせて、MRIやCTスキャンの検査だけ受けさせれば良かった。

 そうすれば、体に異常がないか分ったのに。」

 父は、徒労に終わった病院行きを反省していた。


「そんな……健康診断じゃないのに、異常ありませんなんて体中全てを調べてはくれないわよ。

 ちゃんと症状を言って、それに対して調べてもらわなくちゃ。


 大体、頭が痛いなんて言ったって、簡単にはMRIなんかに掛けてくれないって聞いたわよ。

 それなりの症状をいわなくっちゃ……手足がしびれるなんてね。

 でも、お医者さんにそう言った嘘を言っても、問診や触診ですぐにばれるから、簡単にはいかないらしいわ。」


「一見して種が分るものじゃないから、売り出したいならその状況を撮影して、動画サイトにでも投稿した方が良いとまで言われたよ。」

 父は、残念そうに首を振った。


「そう……ならば、言われた通りにしましょう。」

『えっ?』

 決心したような美愛の言葉に、父も夢幻も驚いて聞き返した。



 夕食を終え就寝時間になったころ、夢幻の部屋は撮影所と化した。

 夢幻と美愛と父のそれぞれで所有しているスマートフォンとデジタルカメラを、4方向からセットして夢幻の寝ている姿に焦点を当てている。


 1台目のスマホは夢幻が寝ている姿を直接狙うよう椅子に立てかけていて、もう一台は背の低い衣装箪笥の上に斜めに立てかけ、これは夢幻が浮いた姿を捉え様と、ベッドの上の天井を狙っている。

 三台目のスマホは夢幻が寝ている所から浮き始めて天井へ達するまでを連続して撮影するため、美愛がカメラを構えている。

 4台目となるデジカメは、3脚に固定して部屋の入り口から全体の俯瞰撮影用だ。


「さっ、準備は万全よ……お兄ちゃんは寝て。」

 美愛は固定したデジカメを動画モードに切り替えて、撮影を開始しようとした。

 スチール撮影用のカメラとはいえ、メモリーを増設しているので、動画モードで一時間は連続撮影が可能だ。


「寝ろと言ったって……。」

 重々しい雰囲気の中で、更にこうこうと明かりが灯り撮影までしている。

 さすがの夢幻も、寝付きにくそうにしていた。


「大丈夫、ちゃんとお兄ちゃんの顔は隠して投稿するから……誰もお兄ちゃんが熊さんのパジャマで寝ているなんて、気づかないようにしておくから安心して。」

 美愛は兄を落ち着かせようと、明るく言葉を掛ける。


「ふん……お前だって何とかっていう猫のキャラクター入りのパジャマでなければ寝られないじゃないか。」


「へーんだ。女の子はいいんですよーだ……こういったかわいらしいパジャマで寝てても……。


 それに、あたしはキャンプとかまでは持っていかないもの。

 寝ようと思えば、このパジャマがなくても、なんとか寝られるし……。」

 美愛は着ているプリントパジャマの襟をつまんで、自慢げに見せつけた。


 そうこうしているうちに、夢幻の瞼が段々と重くなってきた……もともと、寝つきは非常に良い方なのだ。

 お気に入りのパジャマと枕さえあれば、床に就いたとたんに寝息を立てる位の速さで寝付いてしまうのだ。

 今日は学校を休んで病院でも少し寝たはずなのに、普段と変わることなくすぐにぐっすりと寝入ってしまった。


 翌日の朝、朝食をとりながら、夢幻は自分が寝ている姿を映した映像を見て驚いた。

 本当に自分の体が宙に浮いているのだ。

 美愛がハンディで撮影したビデオ動画では、寝入った夢幻の姿がゆっくりと浮き上がって行く姿が、はっきりと映し出されている。


「目の前の人は、私のお兄ちゃんです。

 なぜかわかりませんが、ある時からお兄ちゃんが寝ている時に、体が浮かび上がるようになりました。

 大学病院へも行ったのですが、ふざけていると勘違いされて検査もしてもらえませんでした。


 どなたか、こういった病状に心当たりがある方はいませんか?

 今は、ベッドに縛り付けて寝ていますが、そのうちにベッドごと浮かび上がりそうで怖いです。

 連絡先は、下記のメールアドレスまでお願いいたします。」


 美愛がビデオ映像用のコメントを読み上げていく。

 そうして映像の最後に、アドレスが表示されるようセットされた。


 その映像は、飛び跳ねている訳でもなく、あるいは下から押し上げられているのでもなく、数十秒かけて天井にまで達するような、ゆっくりとした速さで浮かび上がって行くのだ。

 そうして天井に達してから、天井を押し上げるようなミシミシと音がするだけで、それ以上体が動くことはなかった。


 しかし、画像にははっきりと夢幻のパジャマ姿の背中が映っていて、何かで押し上げている訳でも、吊り上げているわけでもないことが判る。

 浮かび上がり出してからの画像に編集しているので、ビデオは五分ほどの長さに収まっている。


 もう一本の画像は固定カメラとスマホで撮影した映像を、ベッド分と天井分を繋げたものだ。

 こちらの場合は画面が切り替わっているので、編集をしたと取られても仕方がないのだが、それでも固定カメラで撮影した俯瞰映像と、ズームアップした映像の見やすい組み合わせに仕上がっている。


 勿論、そのどちらも夢幻の顔部分にはぼかしを入れてある……美愛が昨晩ほとんど寝ないで仕上げたものだ。


「さあ、この画像を動画サイトにアップするわよ。

 お兄ちゃんもいいわね?顔にはぼかしを入れて誰かわからないように加工してあるし。」

 美愛は画像を見終わったばかりの夢幻に確認した。


「あ、ああ……しかし、こんなにうまいこと浮かび上がっているとわね。

 俺のイメージでは、ぴょんぴょんエビぞりしながら跳ねているようなことを想像していたのだけど、それにしては天井にまで達するのだから、大した跳躍力だと考えていたのだが、跳躍力どころか浮遊だよな……これ。」

 夢幻は自分の浮かび上がる映像に感動を覚えていた。


「人ってすごい!」

 夢幻は興奮冷めやらぬ感じで、もう一度画像を再生して見始めた。


「さあさあ、いつまでも眺めていたら学校に遅刻しちゃうわよ。

 お兄ちゃん、早く食べて片付けて学校へ行きましょう。」


 美愛は夢幻が抱えているタブレット型PCを横取りすると、自分の背中に回して隠す。

 それを見た兄はあきらめて食器を流し台へ片づけると、他の食器と一緒に洗い始めた。


 その後二人して高校へと向かう。

 美愛が家を出る前に投稿サイトに画像をアップしたので、早ければ今日の帰宅時には何らかの反応があるだろう。

 夢幻も美愛も授業中もうわの空で、下校時間になると一目散に帰宅した。


 メールボックスには数件のメールが入っていた。美愛が急いでその中の一通を開封する。


>こんにちは、投稿サイトの画像拝見しました。なかなか手の込んだ特撮ですね。

 今の所、画像に修正した個所は発見できておりません……すごい技術ですね。


 それよりも、妹さん顔は見えませんが声がかわいらしいですね。

 多分お兄さんの、あんな特撮映像よりも、妹さんが出たほうが話題になりますよ……そちらをお勧め致します。<


「何よ、これ……最初から画像を加工したCGだと決めつけているじゃない。

 それに、なんであたしが有名になりたくて、投稿しているって考えているのよ。失礼しちゃうわ。」


 どうやら、期待していたような体が浮かび上がる事象に対する情報ではなかったようだ。

 他のメールも同じ様な内容だった……中には、特撮で用いられたと想定した、吊糸の太さや強度など細かく指摘しているメールもあり、最初から体が浮かび上がることを信じる内容のものは一つもなかった。


 翌日の朝には、多数のメールが入っていることは判ったが、朝の準備で忙しくて内容をいちいち確認しているような時間はなかったので、帰宅してから確認する事にして、妹と一緒にまずは登校した。


 不思議なこと好きの高校生の事、既に美愛のクラスでも寝ている時に体が浮き上がる不思議画像の話で盛り上がっていた……ところが夢幻のいるクラスでは、その盛り上がり方が少し違っていた。


「雫志多ー……これ、お前だろう?この部屋の隅にある本棚の上のフィギュア、この間お前の家で見たのと同じだし、それにあのパジャマ、去年の修学旅行でお前が持参してきたのと同じ……間違いないな!」


 朝のホームルームが終わった後、クラスメイト達が夢幻の席に近寄ってきて、タブレットパソコンの画像を見せながら、話しかけてきた。

 その画像は、まちがいなく夢幻のもので、寝ている時に浮遊している投稿画像だ。


 顔をぼかして投稿したはずだったが、すぐに身元がばれてしまったのは、部屋の中のものが映りこんでいることにまで注意が及んでいなかったのが原因のようだ。

 それに、夢幻のパジャマは確かに昨年の修学旅行の際に寝つけないと困ると考えて、パジャマと枕を持参したもので、クラスメイトには既にばれてしまっていた内容なのであった。


 しかもタブレットを抱えているのは、運動神経抜群で態度も大きいクラスのリーダー的存在の奴だ。

 夢幻と幸平たちがクラス内でも目立つようになってきた時に、自分の求心力が下がることを恐れ夢幻たちに冷たく当たってきかけたことがあった。


 ところが彼もゲームオタクだったようで、夢幻のゲーム攻略のブログの事を知った途端に、妙にやさしい口調で夢幻の席にやってくるようになったのだ。

 おまけに、もし夢幻がいじめられたり無視されるようなことがあったら、自分に言って来ればそいつに注意してやるとまで申し出てきたのであった。


 夢幻に幸平と言う後ろ盾が出来たからと言うだけではなさそうで、何とも律儀なゲームオタクである。

 勿論、自分にだけは特別な攻略法を内緒で教えろと、付け加えるのは忘れなかったようだが……。



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