第78話
9.
「では夢分君は、すぐに寝ていただきます。栄養補給のビタミン液とブドウ糖の点滴も、適時行いますから安心してください。」
「了解でっせ……実は車ん中でも眠いのんを我慢しとりましたさかいね、眠うてかなわんのですわ。」
急いで朝食を済ませ、パジャマに着替えた夢分が夢双用カプセルの中に入って横になると、白衣を来た男性職員が、夢分の顔に透明プラスチック製の酸素マスクを装着。さらに左手と右手には点滴の針を打ってテープで固定し、おでこと手首と足首に計測用のプローブを取り付けた。
「夢分君……まだ寝ないでくださいね。皆さん急いで席について、プローブを各自のベルトに装着してくださいね。夢幻君……改造した結果、カプセルが少し高くなってしまいましたが、気を付けて梯子を使って登ってください。食事に関しては、輸送機に乗っている最中に十分時間はあるはずですからね。
では皆さん、お願いいたします。」
全員がそれぞれのカプセルと座席について、腰のベルトにプローブを装着した。
「では夢分君……眠っていただきます。気を楽にしてくださいね、自然と眠りにつくはずです。」
白衣の研究員の言葉が終わるか終わらないかで、すぐに周囲が雑然とし始めた。ドローンに側面をふさがれているので、フロントガラス越しにしか確認できないが、自分たちがいた車体の周り中が、全く同じ車体に囲まれているようだ。しかもずっと奥の方まで何重にも連なっているように見える。
「ようし……ではナンバープレートを、配布してくれ。」
神大寺がフロントパネルから突き出たマイクを使って呼びかけると、ベンチから出てきた数人の研究員たちが、パウチされたカードを配り始めた。
「はい、この車体が親番のNo.1になります。全部で128台ありました。これから高性能爆弾を積み込みますから、もう少々お待ちください。」
しばらくして一人の研究員が、No.1と書かれたカードを手にやって来た。美愛はカードを受け取ると、それをダッシュボードの上に外から見えるよう置いた。
「爆弾って……分裂前に置いていたら、分裂してくれるから楽だったのに……忘れていたの?いちいちすべての車体に配布していたら、ずいぶん時間がかかってしまうわよ。」
美愛があきれ顔で、後席へ振り返る。
「仕方がないのですよ、ドローンは分裂している間に消費してしまいますが、高性能爆弾は万一の時のために、各円盤内にセットして置くためのものですからね。我々の分裂が終了してからも、それぞれの円盤内に存在している必要性があります。だから、このナンバリングカードと同様に、分裂後配布する必要性があるわけです。
そのために必要数のカウントをしなければならないため、最初にカードを配布しました。外の駐車場に止めてある軍用トラックから、高性能爆弾を必要数だけグラウンド内へ持ち運びます。今回の爆弾は小型ですから一人で持てる程度の重さですが、かなり強力なものです。起動しないで済めば……いいのですけどね。」
白衣の研究員が少し伸びあがって、周囲の様子を探りながら答える。
「ふうん……結構色々と考えているのね……。」
「高性能爆弾、積み終わりました。こちらは作戦指示書です。」
”ガチャンッ”車体の後方、夢幻たちが横たわるカプセルのさらに奥でがさこそ音がしていたが、声がかかると同時に後方からA4用紙が手渡され、しばらくして扉が閉まる音が聞こえてた。
「では、No.11から128までは透明化するように、各車体の夢双君と夢幻君に眠るよう指示を出してくれ。グラウンドで確認しているものは、全ての車体が透明化したら合図を送るように。合図を聞いたら128番から降順に、30秒隔で出発して行ってくれ。No.10以下は透明化せずに一旦待機。」
神大寺がマイクに向かって指示を出すと、少し離れた位置の車体が順不同で消えて行った。夢双が寝て透明化して行っているのだ。
『No.11から128迄透明化を確認しました。これより30秒間隔で電子音を鳴らします。10回ごとに長めに鳴らしますから、カウントを間違えないよう願います。』
スピーカーから呼びかける声が聞こえてくる。
「どうして10台残したの?」
「分裂能力は2の累乗だから、100台で十分でもこれだけの数に分裂してしまう。ここへ到着時点に確認したところでは、世界中の110ヶ所から救助要請があった。遠くヨーロッパや南米・アフリカなどの国からの要請には、友好国……主に在日米軍やお隣の中国軍にロシア軍等が肩代わりして輸送機を飛ばしてきている。
ニアミスを避けるためにも、輸送機が来た順に次々乗り込んで、目的地へ向かう必要性がある。だが……数が数だけに、30秒間隔で飛ばしても、これだけで1時間近くかかってしまう訳だ。
これで足りれば、No.10以下は出撃しない。ここで待機する。足りずにさらに輸送機がやってきたら、都度1台ずつ出撃していくことになる。出来れば、このNo1は残したいところだ。
万一、この車体の夢分君に何かがあれば、全てに影響するはずだからね。」
神大寺が、恐ろしいことを口にする。
「えっどういうこと?このNo.1が作戦失敗したなら、全ての車体が失敗するということなの?」
美愛が動揺して立ち上がった。
「この周りにある車体……No.1から8までは、最初に3回分裂するまでの、非常に初期のもののはずです。つまり……後のものはすべてここから派生しています。その親がどうかなってしまった場合の影響を懸念しているのです。これは夢分君が分裂するという能力を知って、急遽吟味され想定された懸念事項なのです。
恐らくNo.2以降は作戦成功後に夢分君を起こせば……というか、No.1の夢分君が目覚めない限り、どの夢分君も目覚めないと想定されており、No.1以外の全ての夢分君を起こそうと操作し、最後にNo.1の夢分君が目覚めた時点で全ての分岐が車体ごと消えてなくなり、No.1に集結すると考察しております。
そのため救助者の保護以外は、車体やチームの回収は考慮しておりません。No.1のみ出撃した場合は、戻ってくることになっております。」
白衣の研究員がゆっくりと解説する。
「そそそ……そうなの……なんだかよくは分からないけど……じゃあ、あたしたちはこの場で待機ってことなの?2日間も?」
「出撃がなければ、そうなりますね。夢分君が参加してくれたことにより、救助者を連れた状態で一旦透明化を解いて、救助者を着艦した船に引き渡すことが可能となりましたから、当初の計画では分裂が解ける迄透明化を貫いて船の甲板で救助された人たちと待機予定でしたが、身軽になって飛び立つことは可能となりました。
都度救出成功の連絡が飛び込んできますから、ここで待っていれば夢分君を起こすタイミングも明確になります。順調に行けば、48時間もかからないはずです。」
白衣の研究員はなおも解説を続ける。
説明の間も、ピピピという電子音が、長く鳴ったり短く鳴ったりして続いていく。
『118台出撃終了しましたが、残り10台分は特別な救助要請が来ております。』
スピーカーから、まだ足りないと呼びかけが聞こえてきた。
「ちいっ結局全部出撃しなければならなかったか……仕方がない……あー……No.1から10まで透明化してくれ。そうしてNo.10から降順で、30秒間隔で出発……いや、まてよ……ちょっと待機だ。」
出撃しないで済むことを期待していた神大寺が、がっかりしたように肩を落としながらマイクに向かって指示を出そうとして、何かに気づいたのかすぐに引っ込めた。
「どうしたの?」
「これから遥か遠くの地域……地球上の反対側の地域へ向けて出発するのかと考えていたのだが……いくら友軍に参加してもらうとはいえ、遠くの地域ほど手配含めて時間がかかるからね。だがすでにブラジルなど南米向けは出発済みのようだ。
残りの10台はアメリカ、ロシア、中国、韓国、タイとインド……遠いところではドイツとフランスとイギリスにオーストラリア……これらへ向かって救出作戦を行う事になっている。」
神大寺が先ほど渡された指示書のページをめくって、行き先を読み上げる。
「どういうこと?韓国なんてお隣じゃない……そりゃあ韓国・中国とかだったら、確かに近いから移動は楽だけど……遠い地域へ向かうのではないの?作戦終了時間が遅くなるから目覚めるタイミングを考慮して、特にNo.1のあたしたちは最後に終わるであろう地域へ向かうのでしょ?」
神大寺の言葉に、美愛が首をひねる。
「そのつもりでいたのだが……どうやら違うようだ。これらの国々は、巨大円盤の確保を要求してきている。これまでの巨大円盤襲来時の救出作戦はすべて日本が行い、巨大円盤を追い返したことになっているが、実はどこかに隠しているのだろうと疑われているらしい。
日本だけが異星文明の新技術の恩恵に、あやかるのは許せんと言うことのようだ。だから日本が救出に来るのは構わないが、円盤はこちら側に引き渡せと主張している。これまでは大西洋や太平洋のど真ん中で公海上であったから各国とも主張してこなかったが、今回は自国上に浮いているのだから引き渡せと言っている。
無効化した後の円盤の所有権は、こちらにあると主張しているわけだな。」
指示書にざっと目を通しながら、神大寺がため息交じりに告げる。
「ええっ……だって……そりゃあ確かに円盤を確保できるのならば、とっくにやっていますよ。そちらの方が恒星へ突っ込ませたり、今後の収穫量をゼロに設定したりするよりも、遥かに確実で楽ですからね。
でも、どうやってもそんな都合がいいことが出来ないから、だから仕方なく色々と工夫した指示でプログラムを書き換えて、なんとか円盤を追い返していたわけではないですか。だから円盤の床を爆破して脱出しているのですからね。円盤なんて引き渡せませんよ。」
幸平があきれ顔で告げる。
「そうなんだが……最初の円盤は姿を現していたからまだ説明しやすかったが、2回目からは姿を消していたからな。追い返せたのかどうかすら怪しいと疑われているわけだ。だから……ここでただ円盤を追い返すだけでは、すまないだろうね。後で日本が各国からパッシングを浴びることになってしまう。」
神大寺が弱ったとばかりに腕を組む。
「だって……毎回、ただ円盤を追い返していることは報告しているのでしょ?しかもどうしてそうなったのか、プログラム変更ができないわけを説明して……。」
「それはそうなんだが、やり方があるはずだ……というのがこれらの国の主張だね。プログラム言語の違い云々ならまだしも……思考認識型のプログラムと伝えてあるから、方法はあるはずの一点張りのようだね。」
神大寺が困り果てたように、じっと手に持つ用紙を睨みつける。
「だったら……そう主張している国々では、自分たちで潜入でも何でもして、それで円盤を手に入れればいいんじゃあないの?あたしたちが行ってあげる必要性を感じないわ。」
美愛が冷たくあしらう。
「そうは言うけどだな……遅れれば遅れるほど、犠牲者は増え続ける一方なわけだ。」
そんな美愛を神大寺がなんとか嗜めようとする。
「でも、そう返事をするしか方法はないんじゃあありませんか?僕たちの力では、円盤を追い返すのがやっとですよ。今回だって努力はしますけどね……恐らくダメでしょう。セキュリティレベルが上がることはあっても、下がることは考えにくいですからね。やれればとっくに、やっているのですよ!
何でしたら、こうすればいいんだ……みたいなやり方を要求するのもありですよ。そういうのがなければ、行かない方が無難ですよ。後で何を言われるか分からない。下手すれば、それこそ形は民間だから全てNJの責任にされかねませんよ。」
幸平も、美愛と同じ意見のようだ。
「ううむ…………そうか……そうだな……仕方がない。ちょっと無線で話してみよう。
もしもし……こちらNo.1の神大寺……。
うん?おかしいな……混線しているのかな?」
フロントパネルから出ているマイクではなく、ヘッドセットをつけて話し始めた神大寺が首をかしげる。ヘッドセットを一旦取り外して、イヤホンの様子を見たり、コードの先のプラグを一旦外して、再度付けなおしたりを繰り返している。
「恐らく他の車体でも同じように相談して回答するために、無線を使おうとしているのでしょう。初期セットしてある周波数は全ての車体で同じですからね、同時に使おうとすれば混線もしますよ。何せ我々は全く同じ人間が同じ構成でチームを組んでいるわけです。
考えることは同じはずですからね、どの車体でも同じ結論が出て、同じようなアクションとなっている可能性が高いと言えます。連絡周波数は20チャンネルほど割り当てられていましたから、ダイヤルを見ずに適当なチャンネルに切り替えて、試してみてください。ランダムにセットすれば、重複する確率も下がります。」
白衣の研究委員が、神大寺に周波数の切り替えを提案する。
「こちら神大寺……車体No.1の神大寺だ。これまでの巨大円盤襲来時に報告している通り、巨大円盤を確保することは我々では困難だ。確保できると主張している国々独自で救出作戦を展開してくれ。若しくは、確実に円盤を制御できるという手順を、事細かにわかりやすくまとめて示してくれ。
全て丸投げで責任だけを負わせるようなやり方では、我々は出動しない。以上!」
神大寺はきっぱりと断ってから、ヘッドセットを外した。
「まあ、これでおとなしくなってくれるといいのだが……。」
神大寺が自信なさそうにつぶやいた。




