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第76話

7.

「美見君、もういい……もうやめてくれ。夢分君の参加を強制しなくても大丈夫だ。

 でも……申し訳ないが夢分君、基地までは一緒に行っていただけないか?無理に一緒に連れていくことは絶対にしないと約束する。念書も……すでに作ってある。これを渡しておくからお願いだ。


 報道されている様子を見ても、もう待ったなしの状況なんだ。ちょっとだけ協力してほしい。」

 これ以上の説得は無理と判断したのか、神大寺が基地までは同行するよう願い出た。


 テレビでは当初野球場や野外コンサート会場などに集う人々が、光の束を照射されて次々と浮かび上がって攫われていく映像が映し出されたが、やがて大都市圏から地方へ逃げ出そうとする人々に対し、新幹線ホームの屋根を吹き飛ばして、乗り込もうとしている人々をさらっていく映像に変わって来た。


 高速道路が逃げようとする人々の車で渋滞していると、何十台も車ごとつり上げて人々だけを取り込むのか、暫くして車が雨のように空から降ってくる映像も流され続けた。


 政府は外出禁止令を発動し、人々に外へ出ないよう呼びかけた。テレビでは車や列車での移動も決して安全ではないと繰り返し、外出をしないよう呼びかけている。


「おお……作戦参加の強要は絶対にしない。NJ所長神大寺剛三……とありますね。いいでしょう、基地とやらには個人的な興味ありますからね……ご一緒させていただきますよ。」

 夢分は手渡された用紙を満足そうに眺めると頷いた。


「ありがとう、すぐに支度してくれ。もうじき日が暮れるから、それから移動を開始する。昼間の移動は小型円盤の標的になりやすいのでね。」

 神大寺が皆に、日が暮れてから移動することを告げた。



「どうするの?分裂できないんじゃあ、本当に1機ずつ潜入していくの?


 一体どれだけ時間がかかると思っているのよ。もしかすると夢三さんの時を止める能力に期待しているのかもしれないけど、近場の東京位ならいいけど、大阪へだって時を止めたままでは行けないわよ。お兄ちゃんの飛行能力では、何十時間もかかってしまうのよ!」


 移動する車中で、美愛が険しい表情で助手席に座る神大寺を問い詰める。夢分や夢三たちは別の車に分乗していて、この車には神大寺と運転手のほかは美愛と夢幻と幸平だけだ。美見は残っても構わなかったが、自分だけでも同行を望んだので、3台で出発することになった。


 東京上空に浮かんでいる巨大円盤から出て行った小型円盤が、巨大円盤へ戻って行ったタイミングで出発する様安全に配慮しての移動だ。これまでの巨大円盤襲来時では一旦小型円盤が戻ると、攫って行った人々を受け渡す時間があるのか、次の出発までに数時間の空き時間があることを、NJでは掴んでいたからだ。


 それでも念のためにと、街灯やビルからの明かりに照らされた道を、なんと無灯火で走っていく。少しでも小型円盤に見つかって攫われていくリスクを少なくするためだ。夢幻たちが攫われるということは、もはや巨大円盤に対抗する術を失ってしまうということを意味しているので、慎重に行動しなければならないわけだ。


「いや……夢分君の様子から、こんな事態も十分予測して対策は検討されていた。」

 神大寺が、ぽつりと告げる。


「なによ……どんな作戦があるっていうのよ!」

 美愛の問いかけに、神大寺は何も答えなかった。


 逃げ惑う人々でごった返しているかと思われたが、路上には通行人どころか車が1台も走っていない。各メディアを通じて、円盤出現の際には建物内に避難して外出をしないよう繰り返し警告しているからだ。


 たまにパトロールのパトカーや軍用車両とすれ違うくらいで、高速に乗ってもすれ違う車両にはお目にかからなかった。


「一体どこへ向かうというの?」

 これまでの基地へ向かうルートとは全く逆方向へ車が走っているので、美愛が不安そうに再度問いかける。


「地方球場へ向かう。分裂するので、その分スペースが必要になるからね。かといって都内の球場は危険だ。

 すぐさま小型円盤で攫われかねないから……そのまま飛び立てるように、地方球場を借りてある。」

 神大寺がようやく口を開いた。


「なによう……やっぱり夢分さんの力を必要としているんじゃない。無理やり縛り付けるとかして、参加させるつもり?それも……人としてどうかと思うわよ。」

 美愛が、やっぱりかと深く息を吐いた。


「だから……嫌がる夢分君を無理やりなんてことはしない。夢分君の能力だけを借りる。」

 ところが神大寺は、夢分は連れて行かないと答える。


「えっ?能力だけ借りるって……どういうこと?分裂した後で、それぞれの車体から夢分さんだけを下ろして出動するつもり?そんなこと可能なの?」


「各車体の夢分君を下ろすということは彼の分のプローブを外すということになるし、実験はしていないが、そんな不安定な状態で長時間の救出作戦は決行できないよ。


 そうじゃないさ。人の能力を1時的に吸収できるのがいただろ?彼に任せるわけですね?」

 神大寺に変わって幸平が答える。


「ああ……本当に命がけの作戦だから、無理やり強いることはできない。その点……君たちには本当に感謝している。なのに……日本国政府として……何もできないというのはまさしく心苦しいと、俺も常々感じていた。だが……今すぐにどうこうしろと言われても……体制が整っていないのは事実だ。空約束はできないしね。


 いずれ……劇的に変わるとは思っているが、今しばらくは我慢してもらうしかない。」

 神大寺はそういうと、助手席から体ごと振り向いて頭を下げた。


「いやその……あたしは別に、神大寺さんを責めようと思っている訳じゃあなくて……。」

 美愛がばつが悪そうに俯いた。



 途中からようやく車のライトを点灯し、高速を降りた車はさらに郊外の緑豊かな道路をひた走り、やがて大きな球場の駐車場で停車した頃には夜が明けかかっていた。


「新幹線は危険なので途中からヘリを使用した夢双君たちは、すでに到着しています。」

 停車した車に駆け寄って来た軍服姿の自衛隊員が、神大寺に大声で告げた。


「じゃあ、急いでいこう。まだここまでは小型円盤がやってこないとは思うが、十分空を警戒していてくれ。危ないとなったらすぐに屋根のあるところへ避難するんだ、いいね!」


 駐車場にはすでに大きな幌をかぶせた軍用トラックが何台も止められており、ジープのほかにも黒塗りの乗用車と、ヘリコプターも止まっていた。恐らく夢双たちが乗ってきたのであろう。


 後着の車から降りて来た夢三たちとともに、駆け足で球場の入り口へ向かう。入り口を入ってすぐに右の通路へ行き、関係者入り口というドアを入り階段を降り、その先の通路を歩いて行って数段の階段を上がった先のドアを開けると、そこはロッカールームだった。


「へえ……ここでプロ野球選手とかがユニフォームに着替えて、ベンチから出ていくのか。ブルペンはどこかな?」

 幸平が興味深そうに、空のロッカーなどを順にみていく。


「悪いが時間がないから、すぐにそこのドアからベンチへ出てくれ。」

 神大寺が3段ほどの階段を上がった先のドアを指し、すぐにベンチへ出るよう皆を促す。


「お久しぶり……元気やったすか?」

 ドアの向こうのベンチには、既に夢双と美由が待っていた。


「あら美由ちゃん久しぶり……髪伸びたねえ……。」

「えへへへ……ツインテを強化しよ思ったもんで……。」

 すぐに美愛と美樹が美由のもとへと寄っていく。


「またまた、将棋の団体戦を始めることになりそうだね。」

「負けんでね……。」

 夢幻と幸平たちも、夢双のもとへと集まった。


「紹介しよう、夢分君だ……彼は睡眠時に分裂する。彼は夢双君……こっちは透明化だ。」

 神大寺が初対面の夢双と夢分を紹介する。


「はやや……透明化の御方でっか……えらいうらやましい能力でんなあ……。」


「いやあ……こっちは寝ているから、何の利用価値もないんやけどな……それでも透明円盤乗り込むときに役立つから……まあありがたい能力だわ。分裂するっちゅうんは、どえりゃあ能力やんなあ……。


 おんなじ人が幾つにもなるんやろ?合唱隊作ったり……いや……サッカーチーム作ったりできるわなあ。」

 夢双が自分に比べて小柄な夢分の体を、有難いものでも見るかのように両手を合わせて拝み見る。


「まあ、有名サッカー選手を連れてきて夢分君とプローバーをつなげて分裂すれば、そのサッカー選手だけで1チーム構成できるでしょうね。構成物も含めて一度分裂してしまえば、分裂している間は構成物の範囲から外へ出ても分裂は継続するようですからね……どの程度の時間持続するかは分かっておりませんが……。


 昨日の実験で分裂中に飛ばしたドローンは、自動プログラムで旋回できました。更に、小さな球を落下させたのですが、分裂して2つあった球が、夢分君が目覚めて分裂が終結すると、球は一つだけになりました。範囲外へ出たものでも、夢分君の分裂が収束すれば戻るということは影響範囲は、かなり広いと考えられます。


 本体側の分裂が解けてしまうと、元に戻ってしまうようですけど、少なくとも分裂したままでドローンを飛ばせば、十分に各円盤内で機能を果たせるといえるでしょう。」

 白衣の研究員がやってきて、夢分の分裂能力の詳細を解説する。


「ちょ……ちょっと待っとくれやす……俺は、この作戦に参加しないはずじゃあなかったんでっか?」

 夢分が白衣の研究員の話に異議を申し立てる。


「もちろんそうですよ、夢分君は今回の作戦には参加しません。ですがちょっとだけ協力してください。


 ここにいる夢双君の能力は睡眠時透明化ですが、同時に透明化膜のもう一つの能力として、超常能力を吸い取るという別の力があります。夢幻君が睡眠時飛行の能力のほかにバリアーともいえる保護膜を有しているように、複数の能力を持っているのです。


 ちなみに夢三君の能力は、時を止める能力のほかに予知能力……危機を感じ取る力があります。夢分君も恐らく分裂以外の力も持ち合わせているはずなのですが、いかんせん、たった半日程度の解析では、何もわかりませんでした。


 夢双君に夢分君の能力を、1時的に移させてください。そうすれば夢分君は作戦に参加しなくても、目的は果たせます。無理やり参加させることはできませんからね。


 ただ握手するだけでいいのです。力が吸い取られるような感じがして、ちょっとくらっとするようで、夢分君側は1時的に能力が消えます。恐らく今夜一晩は分裂しないで眠ることが出来るでしょう。以前夢幻君と夢双君間で確認済みで、身体的には危険性はありませんから、どうかお願いいたします。


 夢分君と美見ちゃんには球場近くにホテルを予約済みですから、そちらに宿泊していただきます。」

 白衣の研究員が、夢分と夢双が握手するよう願い出る。


「やっぱりか……まあ、この作戦しかないよねえ……。」

 幸平もしたり顔で頷く。


「兄やん……握手するくらいなら、銭は絡まんでもええわな。はよ握手しいや……。」

 先ほどまで事態の成り行きを不安そうに眺めていた美見も、ようやく笑顔を見せた。


「まあそりゃあ……そんでさらに今日は分裂する危険がなくなるんやったら、そら有り難いこっちゃやでな。

 断る理由はあらへんで。まあ、俺抜きでやれるもんならどうぞ……と言ったところやね。」

 夢分も言われて右手を差し出した。


「ちょ……ちょっと待って……夢分さんの能力を夢双さんに移すということは……作戦の最中ずっと透明化でいる訳?だって一度分裂したら、もう夢双さんは目覚めないわけでしょ?目覚めたら、分裂が解消されてしまうから……そうなったら作戦失敗だものね。


 ということは、ここを飛び立つ時からすでに透明化したままで……そのままで敵円盤内へ潜入して、更に円盤のプログラムを書き換えて脱出するっていうこと?どうやって?だって透明化膜の中からじゃあ、なんの操作もできないでしょ?そもそもどうやって世界各地の円盤のところまで行くの?」


 美愛が作戦の重要な欠点を暴露する。


「今回は座席が確保されているから、ソナー担当者も車体内に同席します。ですので透明化していてもソナーを使って、分裂した車体同士ぶつからないよう飛び立つことは可能と考えております。


 さらに、この上空にはすでに各国から輸送機が飛んできて旋回飛行しているはずで、それぞれ固有周波数の音波を発しております。その音波を頼りに輸送機の後部ハッチから乗り込む手はずとなっております。


 自衛隊の輸送機で各地へ飛ばそうとしたのですが、やはり各国の思惑があるようで、自国または友好国の軍の輸送機を使うよう指示が出ております。自衛隊が日本国外へ出ることを嫌っている国が多いということと、軍事協力費の要請を危惧してのことと考えております。


 そのため世界中から輸送機がこの上空へ誘導されてくる手筈になっており、どうせ我々のことは各国軍には明かせませんので、透明化したままでい続けることが一番いいのです。輸送機内に着座できた場合の信号音も取り決めてありますし、こちらが出立するときの信号音や、方向指示音なども細かく設定されております。


 到着時間もある程度予想がつきますし、その間、夢幻君以外は眠ることも起きていることも可能です。勿論食事も出来ますし、今回の車体には夢幻君の回転式カプセルの下に、タンク式の簡易トイレも設置してありますので、夢幻君の能力で飛行中でなければ使用可能です。ちょっと狭いですが、まあ我慢してください。


 夢双君だけは……作戦中はずっと寝ていていただく必要性がありますので、大変申し訳ありませんが医療用の全身麻酔で、眠っていただくことになります。48時間程度を想定しております。」


 白衣の研究員が、数枚のコピー紙を掲げながら説明する。夢分の気持ちを優先して、夢分抜きでの作戦計画に切り替えていたのだろう。


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