第74話
5.
「車体Bも戻りましたね、実験はこれで終了ですから、夢幻君も起こしていいです。夢分君は、ちょっと待っていてくださいね。車体B側も夢幻君が起きて車体が完全に停止してから、夢分君を起こす順となります。」
白衣の研究員が夢幻を起こすよう指示を出す。どうやら今後は厳粛に起こす順が決められそうだ。
「お兄ちゃん、起きて!お兄ちゃんってば!」
美愛が急いで車体奥のカプセルに駆け寄っていき、マイクを使って大声で呼びかける。
「ふあ?どうだ?」
カプセル内で、夢幻が寝ぼけ眼をこする。
「うん、実験はとりあえず終了。早く起きて!」
「ふあーあ……昨晩はそれなりに寝たつもりだったけど、朝もう一度寝てみると、なんか寝たりないね。」
フードが開けられたカプセル内で、夢幻は上半身を起こし大きく伸びをした。
「では、車体Bの夢幻君も起きたようですから、夢分君を起こしましょう。車体B側の夢分君を起こそうとしているようですから、こちらの夢分君も起こしてみましょう。
美見ちゃん……大丈夫ですか?美見ちゃん!」
白衣の研究員が、夢分を起こすよう指示を出した。
「はっ……ははは……はい……ににに……兄やん……えらいこっちゃ……。」
驚愕の様子を目の当たりにして意識が飛んでいた美見が、白衣の研究員の呼びかけでようやく正気に戻り、兄が眠る後方のカプセルへと駆け寄って行った。
「兄やん……はよ起きいや……兄やん……そっ、そうや……寝坊助は罰金やで!」
「はっ……ばば罰金?まずい!」
夢分は美見の呼びかけに跳ね起きると同時に、車体Bが車体A側に引き寄せられるように接近してきて消滅した。同時に、先ほどとは別の視点で分離した車体が実験室内を浮遊する模様が、瞬時に頭の中に飛び込んできた。
「す……すごかったですね……兄やんの様子もたまげとりましたけど……ほかの方々の……何より浮いてましたやねえ……しかも自由自在に……あっちへもこっちへも……飛んどりましたわ……すごい能力ですな……。」
全員が揃って会議室での打ち合わせで、美見は未だに夢見心地の様子だ。
「なんや……ほかの人たちも……そんなすごいんか。そらそうやろなあ……こんな施設で、能力の解析をしとるんでっからなあ……ちょっとえげつないはなしになりまっけど……一体いくらもろうとりはるんでっか?月に……百万すか?2百万すか?」
うっとりとしたように目を細める美見の様子を見て、夢幻たちへと視線を移しながら、夢分は夢幻たちの処遇を聞いて来た。
「えっいくらって……お給料のこと?そりゃあ確かに今は、NJでインターン制を使って働かせてもらっているけど、でも学生だから税込みで月に8万円ほどよ。平日はお兄ちゃんの手伝いで賄いの仕事が朝あるだけで、土日も勉強優先で4時間ずつしか働けないし、それでも事務仕事で自給1250円は破格と思っているわ。」
必死な表情の夢分に対し、美愛が小首をかしげながら答える。
「俺は事務仕事ではなく、食事などの賄の仕事がメインだけど、それでも美愛たちと時給は同じだよ。俺の場合は平日でも朝晩の賄と昼食の弁当を担当しているから、手取りは一番多いけどね。休憩も長めだし、ここの待遇は満足している。夢分君は料理に自信はあるのかい?」
「僕はこの施設内ネットワークのセキュリティを担当している。時給はみんな同じだね……でも平日もそれなりに仕事があるから……手取りは美愛ちゃんより少しだけ多い。
それとも夢分君は、パソコンのハードやソフトに強みがあるのかな?」
「兄やんは料理も掃除も洗濯も……家のことはなあんにもできまへん。パソコンどころかスマホも、ろくに扱えんですわ……せいぜい割り勘の勘定が、すっとできるくらいですかね。こんなもん役に立ちます?」
夢幻と幸平の問いかけに、美見は小さく首を振りながら答える。
「おま……なにいうとるんや……料理?パソコンって……俺は、皆さんの素晴らしい能力に対して、月にいくらもろうとるか知りたかっただけやでえ?」
あきれ顔の美見を睨みつけながら、夢分は夢幻たちの睡眠時能力の報酬を問いかける。
「ああ……お兄ちゃんたちの能力……ねえ……これまでに3度も地球の危機を救ったというのに、感謝状が1枚と、後はレトルトのカレー……これが3年分って段ボール箱9箱も来たわ。最初のうちはよかったけど、2回目以降は置き場所にも困るようになって、前回の分はここに置きっぱなしよ。
報酬と言えるものは……それだけだったわね。今貰っているのは、あくまでもNJで事務仕事をしていることに対する報酬であって、お兄ちゃんたちの能力を使って地球を救った報酬は……ほぼないと言っていいわね。表彰されるどころか、なかったことにされてしまうのよ。
これまでの円盤報道を見ていても、分かるでしょ?」
夢分の問いかけに対し、美愛が日ごろのうっ憤を漏らす。
「へっ?皆さんの能力……ここで研究されていて、その礼金をもろおとるんではないのに、あの……巨大円盤が来た時に……立ち向かっていたいうことでっか?しかも……表彰もなんもされずに……なんや信じられへんな……。」
夢分は美愛の態度に、怪訝そうに首をかしげる。
「そういや、なんや前回の円盤の時に、中国のえらいさんが日本の神童って言ってましたな。それが、ここに居る皆さん方でしたんか?こりゃまた……御見それいたしました。」
美見がふと思いついたように立ち上がって、皆を羨望のまなざしで見回した。
「ほうか……あんときに言われとった……神童っちゅうのは、皆さんらのことやったんか……地球の危機を救って……レトルトカレーもろうたって……何をやっとるんや……あほか。
俺は嫌やで……ただで働くなんて、もってのほかや!」
夢分が今ここにいる意味を察したのか、無償で働くことを、おもいきり拒否した。
「まあまあ……そうですね……夢分君たちには別室で、まずはこの地球に迫る危機というのを、ご説明しましょうか。」
「そうだな……順番が逆になってしまったが……恐らく襲撃は近いことが予想されるから、先に作戦の手順だけでも確認しておきたかったが仕方がない、やはり正規の手順を踏むとするか。
夢分君と美見ちゃんは、一緒にこっちへ来てくれ。」
白衣の研究員と神大寺が立ち上がり、夢分と美見の2人を連れて会議室を出て行った。恐らく隣の部屋で、これまで地球が搾取されていたことを説明するのであろう。
「やれやれ……美愛ちゃんの男版が現れたようだね。報酬なしでは、作戦に参加しないとは……困ったね。」
残された会議室で、幸平がため息を漏らす。
「何言ってるのよ……あたしはお金の話なんて一度もしたことないじゃない。お金じゃないの、あたしたちが命がけで円盤内に潜入して多くの人たちを救い出した上に、円盤を追い返しているんだから、そのことをきちんと世の中に知らせて欲しいって言っているの!何度も言うけど、お金じゃないわ。」
幸平に指摘され、美愛がおもいきりほほを膨らませて反論する。
「だから、いつも言っているだろう?見る人が見ればわかるんだよ……どれだけ正体を隠していたって、ヒーローには常に美女が寄り添っているだろ?いくら政府が俺たちの能力を隠そうとしても、いずれここへとびっきりの美少女がやってきて、夢幻さん、お慕いしております……なんて言って……参ったなあ……」
思いっきり恥ずかしい絵空事を平気で口にしながら、夢幻が顔を赤くして照れまくる。
「お兄ちゃん……だから……隠しているんだから、お兄ちゃんのこと誰も知らないわけでしょ?」
美愛があきれ顔で、兄の顔を覗き込む。
「いや……ありえないことではないよ。そもそも夢幻たちの能力は、それこそ超常現象とも言っていいものなんだから、一般的に言うテレパシー能力?とかだって当たり前にあっても不思議ではないさ。
まあ、その人が美女でしかも夢幻のことを慕うかどうかは別にして、僕たちの存在をその能力を使って知っている人が、この世のどこかにいても不思議ではない。だけど……その人だって自分の能力を明らかにしてしまうと、人から気味悪がられてしまうからね。
なんせ、人の考えていることが丸わかりなわけだろ?隠し事ができないばかりか、普段考えている恥ずかしいことまで全て分ってしまうわけだ。僕だったらそんな人のそばに寄ろうとは決してしないね。
だから能力者なんてそんなものさ、自分の能力を決して明かさずに、じっと黙っているわけだね。」
幸平が夢幻たちの能力を明らかにできない理由を、再度口にする。
「そんなことわかっているわよ……あなたの頭の中は、どうせ裸の女の人のことばかりでしょうから、テレパシー能力がある人の方から、あなたの近くへ寄ろうとはしないわよ。
そうじゃなくって……誘拐された人たちをアメリカや中国の海軍や日本の自衛隊が救出した……ではなくて、日本の特殊な部隊が救出して彼らに託したんだけど、その正体は明かせないってくらいにしてもいいんじゃないの?そうして、その正体不明の人たちに全世界上げて感謝しましょうって……それだけでいいのよ。
そうすれば少しは報われた気持ちになるんじゃない?毎回毎回、円盤の中ではすっごく怖い思いを、するんですからね。人々から感謝されているっている気になりたいじゃない……。
それに……段々と円盤側の警戒レベルも上がってきて、前回なんか一つ間違ったら犠牲者が出ていてもおかしくなかったと思うのよ。そうなったとき、あたしたちはどうなるの?巨大円盤での救出作戦がなかったことにされちゃうんだったら、死んだこともなかったことにされちゃうの?
葬儀の時に遺体がないし、更にいつどこでどうして死んだのかもわからない。そんな葬儀で送られるなんて、悲しすぎるわ。」
「あっ……そうか……。」
美愛が、切実な現状を告げる。これには一同、納得して頷いた。
「救出作戦に、日本が参加しているのだという表明に関してですね?前回の救出作戦で中国の国家主席からの祝辞に上げられたからということでもないようですが、これまでの巨大円盤に対する救出作戦に、日本が中心となって参加しているということは、いい加減公表すべきというのが、政府筋でも大方の意見ですね。
何せ米国軍からは毎回、多額の軍事協力費を要求されておりますし、中国の反発も大きくなってきていて、間に入った日本が汲々としている状況です。
日本側の作戦経費で大きな出費と言えばドローンと爆薬だけで、毎回毎回何個師団もの軍を出撃させて大がかりな爆撃を行う米軍とは、比較にもならない金額ではありますが、あくまでも主はこちら側で、周りのサポートは陽動作戦でしかありません。
それも最近はドローンのコントロールが確立してまいりましたから、大掛かりな爆撃はほぼ不要となりつつあります。それでも米軍は、来るべき時のために軍備増強を主張しておりまして、その為の協力費を要求して来ています。
さらに大規模な爆撃も何もなくて、ただ終了したという報告に対して、どのような対処をしたのか、前回作戦から国連も対応に苦慮している次第です。
実際は何もしていないが円盤の脅威が静まったので、やらせの演者を集めて、あたかも誘拐されていた人々を救出したかのように装っているだけだとか、そういった憶測が中国主席がおっしゃった日本の神童の正体を追求する動きと並行して、未だに全世界を飛び回っているのです。
人々の不安な気持ちを払しょくするように、少しは作戦内容を明らかにして、夢幻君たちのような特殊能力者によって世界は救われたのだということを、公にしようという動きがあります。
そうして……美愛ちゃんが心配しているようなことが起こらないよう、作戦の安全性には十分な吟味はされているのですが、我々は未知の文明と戦っているわけです。現代文明レベルでは推し量れない、トラブルも懸念されます。いつまでも極秘の作戦行動とするわけにはいかないという意見も、勿論噴出しております。
とは言いましても……能力に関してどこまで明らかにするべきかどうかという点に関しまして、有識者を募って吟味しているところです。」
するといつの間にか、開け放たれていたドアの所に白衣の研究員が戻ってきていた。途中から美愛たちの話を聞いていたのだろう。
「ふうん……ならよかったけど……これでお兄ちゃんも……あたしたちだって、少しは報われるわね。」
美愛もほっと胸をなでおろした。
「ちっともいいことあらへんで……無償でっか?ただで……あんなおっそろしい宇宙人とやらと、戦えいうんでっか?俺は嫌ですわー……。」
すぐに夢分がやってきて、白衣の研究員の胸ぐらをつかんで抗議する。
「兄やん、やめやー……こっぱずかしい……。すうぐ銭銭言いよってから……すんまへんなあ、お見苦しいところをお見せして……あたしらかて前回の円盤襲来の時に下手したら攫われてもうて、宇宙人の胃袋?とかいう窯ん中で溶かされていたかしれへんのやで?それをここにいる方たちに、救われた訳や。
見たやろ?あの凄まじい映像……加工はされとったけど、人が窯ん中で骨になっていくんやで?そうならんで済んだこと、有難い思わなあかん。
感謝せなあかんでー……そうして、今度は兄やんの番や。お国のために頑張らな。ほれ、ぐずぐず立っとらんと、あっちへ行って座りい。」
すぐに美見がやってきて掴みかかる夢分をたしなめ、会議室の中へ入るよう促した。
「美見はそういうけどなあ……ゼゼこは大事やで……親父たちの遺産かて、後継人とかいう親戚連中にすっきなようされてもうて、俺たちは貧乏どん底の生活や。訴えよう思うても、弁護士費用がないから訴えることもできず、わずかにくれる銭では足りずに奨学金が出る新聞配達のバイトしとるんやで?
お前かて朝刊の配達と、ファーストフードのバイトやっとるやんけ。それもこれもみいんな……銭がないからや、銭さえあれば……。だから、俺はただでは絶対に働かんでね。」
夢分は鋭い目つきで、会議室内を見回した。




