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第73話

4.

「とりあえず車体の大きさ単位で分裂することはわかりましたから、車体が2つ分の区画を仕切ってみました。もっと多く分割しても恐らく、内容的には変わらないでしょうからね。パーテーションは床に固定しておらず、各辺ごとに移動可能ですから、万一4分裂以上に広がってしまっても壁に激突ということにはなりません。


 ただ単に押し広がっていくだけでしょう。それから夢分君を起こしても、間に合うと思います。」


 実験室中央に高さ2mのパーテーションで囲った、10畳ほどの空間が出来上がった。


「3分裂とかにはならないの?まあ、この広さでは車体も大きいから、ぎりぎり入るかなあとは思うけど……」

 美愛が白衣の研究員のところへ寄って行き、パーテーションで区切られた広さと、車体の大きさを何度も見比べながら問いかける。


「分裂ですからね、細胞分裂と同じく2の累乗にしかならない筈です。つまり……1つが2つに分裂して次が4つ。さらにそれぞれが分裂して8つ、16,32,64,128……と増えていくと考えております。」

 白衣の研究員がパーテーションの壁に水性ペンで直接、ホワイトボードのように書いて説明する。


「でも、どうして同じ大きさで分裂するのでしょうか?僕は2分裂したときは半分の大きさ……縦横高さ共に半分ではなく容積的に……というか重さ的に。


 だから各辺8割をちょっと切るくらいで、4分裂したときはさらにその8割程度といった具合に、つまりどれだけ分裂してもトータルの容積が変わらないと考えていたのですけどね……もちろん、高さ方向に縮まる分だけ、水平方向の面積的には増えていくはずですけど……。」


 幸平も不思議そうに問いかける。先ほどの分裂の仕方に疑問を持っている様子だ。


「質量保存の法則……ですね。私もその可能性はあると考えていたのですが、そもそも人が眠っているときに、その周辺の人や物まで巻き込んで分裂していくわけですからね、まさに超常現象で、通常の物理法則は適用外であると考えてよろしいでしょう。


 なにより分裂することにより大きさが縮んでいってしまえば、巨大円盤へ侵入することは何とか可能かもしれませんが、誘拐された人々を救出するのは困難になりますし、脱出の際に床を爆破することもできなくなってしまう可能性すらあります。爆薬自体も分裂することにより量が減り、破壊力が減少してしまいますからね。


 更に前回から強化された、円盤内の保安システムに対抗するのも難しくなってしまうでしょうし、それではこの能力が生きてきませんからね。そうはならなくても当然なのです。」


「ええっ……というと……今度はこの能力が必要な事態になってしまうということ?」


「恐らくそうでしょう……この能力者が出現したということは……分裂しなければ対応できないくらいに大量の円盤が一度に襲来するということを、暗示していると言えます。」

 驚く美愛に対し、白衣の研究員は、きっぱりと言い放った。


「ふあー……寝付いたところをたたき起こされて、わややねん。ええ加減寝てもよろしいでっか?」


 急いて振り返ると、車体後部に固定されたカプセル状のベッドに、上半身だけ起き上がらせている夢分が、あくびしながら眠そうな目をこする。すぐ隣には美見がいて、兄が勝手に寝てしまわないよう押さえつけて邪魔しているようだ。


「お待たせして申し訳ありません。すぐに支度をいたしますから、もう少しだけお待ち願います。さっ、美愛さん達もプローブを装着してください。」


 パーテーションで仕切った端で美愛たちと話していた白衣の研究員は、すぐに駆け足で車体の方へと寄って行った。


「じゃあ、あたしたちも急ぎましょう。」

「そうだね。」


 パーテーションでの間仕切りを手伝っていた美愛たちが、急いで車体へ乗り込んでプローブを腰のベルトへ装着し、準備完了となった。


「では夢分君……お待たせいたしました、もう一度寝てみてください。」


 白衣の研究員が、夢分に指示を出す。パーテーションの内側には、夢分たちが乗る車体以外は、何もない。神大寺たちは、パーテーションの各辺に取り付けたカメラの映像を、パーテーションの外からモニターで確認しているだけだ。


「おおっ!」


 パーテーションの外側から、感嘆の声が上がる。ふと見ると美愛たちの右側に、美愛たちと同じ車体が出現していた。先ほど同様、分裂の瞬間の感覚はなく、いつの間にか分裂したものが出現している様子だ。


「じゃあ、ちょっとそのまま待っていてくれ。今パーテーションをどかすから。」

 神大寺がスピーカーを使って、中の美愛たちに待機を命じた。夢分はカプセルのフードを閉めているため、多少の騒音は聞こえないはずだ。


 すぐにパーテーションが取り払われ広い風洞実験室に戻ったが、車体は2分裂したままだ。


「やはりそうですね、夢分君が寝るときに視認できるスペース分だけ分裂して、寝付いた後は広い空間になったとしても分裂はしないようですね。えーとでは……所長、車体の認識をお願いいたします。」


「おお分った……ちょっと待っていてくれ。」

 白衣の研究員の言葉で、パーテーションを実験室端の壁に立てかけていた神大寺が、バタバタと足音を立てながら駆け寄って来た。


「えーと……2台だけだから、2枚でいいな。こっちがA号で、こっちがB号だ。まずは車体Aから始める。」

 神大寺がやってきて車体前方のフロントウインドウの助手席側に、小さな紙を貼り付けた。両面印刷してあり”A”と書かれているから、もう一方には”B”と書かれているのだろう。


「では車体の区分も終わりましたから、今度は夢幻君たちの能力との相性を検証しましょう。夢双君はいませんから後日確認ということで、本日は付帯設備と夢幻君と夢三君との相性確認となります。

 取り敢えず、まずはドローンの確認をいたしましょう。」


 白衣の研究員がそういうと、小さなドローンが1機……いや車体B側からも1機飛び立ち、上空を1周した後、それぞれ何かを落としてから戻って来た。


「では夢幻君、申し訳ありませんが寝てみてください。」

「はい、わかりました……朝飯食ったばかりだから、すぐに眠れますよ。」


 引き続き、既にパジャマに着替えて夢幻用のカプセル内で待機していた夢幻がカプセル内で横になると、すぐに車体が浮かび上がった。


「じゃあ車体Aの方の美愛君、ゆっくりと操作して実験室内を飛び回ってくれ。申し訳ないが車体Bの方は、そのまま待機していてくれ。」

 神大寺の指示がスピーカーから流れてくる。


「じゃあ、行きます。」


 車体A側の美愛が慎重にレバーを操作すると、車体Aがゆっくりと浮かび上がり始めた。天井のない車体B側の美愛たちが下から見上げるようにして、車体Aの動きに見入っているのが不思議に感じられた。見ると車体B側では、夢幻は寝ておらず上半身を起き上がらせたままだ。


「では、実験室内をゆっくりと一周してください。それから、先ほどの位置に戻ってくださいね。」

 車体Aはビルの4,5階をぶち抜いて作られた風洞実験室内を、ゆっくりと周回したのち、先ほどとほぼ同じ位置まで戻って来た。


「では夢幻君は寝たままで、美愛さんこのままホバリングを続けてください。今度は夢三君……すいませんがシートのリクライニングを倒して寝てください。大丈夫ですか?」


 白衣の研究員は、手に持つA4のコピー紙の内容に目を通しながら指示を出していく。どうやら実験内容はすでに吟味されていて、その手順通りに進めていくようだ。


「大丈夫だべさ……俺はどこででも寝れるべ。」

 夢三は前回作戦同様、最後尾の座席を倒して目をつぶった。車体には夢幻の可動式のカプセルの左右に設置したカプセルがあり数は足りているのだが、恐らくそちらは無双用なのだろう。


 夢三は相変わらず、美樹の隣の座席が寝場所のようだ。

 すぐに周囲が薄暗くなっていく。


「ど……どないしたんでっか?さっきは突然浮かび上がったかと思ったら、今度は暗くなってきて……なんややばい気がするんですけど……。」

 初めて参加する美見が、後部座席で不安そうな声を上げる。


「大丈夫ですよ……これが、うちのあんちゃんの能力だべさ。周り見てみるといいべ……ほかの人たち動いてないべさ。あんちゃんが、時を止めているんだべさ。」


 隣に座る美樹が、夢三の能力を簡単に説明する。美見が見回すと、先ほどまで忙しく動き回っていたひと際体が大きな男……神大寺がストップモーションのように止まっているではないか。加えて、周りの研究員たちも動かない。中には駆け出したところで、両足が宙に浮いたまま止まっているものまでいるようだ。


「ああっ……な……なんで……?」

 美見は信じられない光景に息をのんで、声も出なくなった。


「では行きますよ。」

「はい……美愛さんくれぐれも慎重にね。特に隣の車体には絶対に当てないでくださいね。」

「わかってます。では出発します。」


 美愛がゆっくりとレバーを倒すと、車体Aがまたゆっくりと浮上し始めた。そうして実験室内をゆっくりと周回したのちに、先ほどの位置へ戻って来た。


「では今度は車体Bですね。美樹さん、すいませんが夢三君を起こしてください。夢幻君は寝たままで、美愛さん、こちらはこのままホバリングして待機してください。いいですか?」


「わかりました……あんちゃん……起きるべ……あんちゃん……。」

 車体Aは夢幻を眠らせたままで、夢三だけ起こし時を動かした。


「所長、車体Aは第1段階の実験終了しました。引き続き今度は車体Bの実験に移ってください。」

 白衣の研究員が車体フロントパネルのマイクに向かって、神大寺に呼び掛ける。


「分った……じゃあ、車体Bの実験に移ってくれ。」


 神大寺の呼びかけに続き、今度は車体B側に動きがあった。車体Aがホバリングしたままで、車体Bがゆっくりと浮かび上がっていく。車体Bは風洞実験室内を1周してから、元の位置へ戻って来た。


 すぐにスピーカーから声が聞こえてきた。

「所長、車体Bは第1段階の実験終了いたしました。」


「おおそうか、では実験を第2段階へ移そう。くれぐれも慎重に頼むよ。まずは、車体Aを動かしてくれ。」


「了解いたしました。では美愛さん、もう一度実験室内を周回してください。」

 神大寺の呼びかけに呼応し、車体Aの白衣の研究員が美愛に指示を出す。


「了解しました。」

 美愛が操作レバーを引くと、車体がゆっくりと浮かび始めた。


「続いて車体Bだ。上空旋回は、パターンを変えてやってくれ。」

 車体Aに続いて、車体Bが浮かび上がった。ところがAとは違う方向へと曲がって行ってしまった。


「同じ軌道は通らないよう動きますから、落ち着いてくれぐれも気を付けて、車体同士接触しないよう操作願います。」

 白衣の研究員が、美愛に慎重に操作するよう促す。


「わかってます。でも……車体も随分と大きくなって……広い風洞実験室内も2台いると辛いですね。」

 美愛は車体同士ぶつからないよう距離を保ちながら、ゆっくりと実験室内を周回していく。


「さて……次が肝心ですよ……ええと……ちょっと待ってくださいね……夢三君、寝てくださいといえばすぐに眠れますか?」


「そりゃあ……俺は横になって目をつぶれば……瞬間的に眠っているべさ……。」

 左腕を掲げて腕時計を見ながら問いかける白衣の研究員に対し、夢三は自信満々で答える。


「ふうむ……ちょっとやってみますか。ではすみません夢三君シートを倒していただけますか?でもまだ寝ないでくださいね、寝る準備だけですよ……。」


「はあ……わかりました……。」

 夢三は白衣の研究員に言われた通りに、座席のリクライニングを倒したが目はあけたままだ。


「では秒読みを開始いたします。じゅう、きゅう、はち……さん、にい、いち、はい寝てください。」

 腕不時計を凝視しながら秒読みする白衣の研究員。はいの言葉と同時に目を閉じた夢三……果たして秒で寝付くことが出来たのか……?


 すぐに周囲が薄暗くなり始めた。


「ありゃりゃ……やはりうまくいきませんでしたね。そりゃあそうですよ……いくら同じ人であっても、寝入るタイミングがコンマ台までドンピシャ……なんてありえませんからね。


 時を止める能力に関して、どれくらいの幅であれば同期がとれるかは今後の研究課題として、まずはこの状態で実験室内を周回してから、あちら側の隅の位置へ降りていただけますか?くれぐれも車体Bと接触させないようにお願いいたしますよ。向こうは止まっているので、ゆっくりと操作すれば問題はないはずです。」


 白衣の研究員が、このまま周回してから降下するよう指示を出した。実験室内の中空には車体Bが空中で停止したまま周回をして、指定位置までやって来た。


「では、夢三君を起こしてください。」

「あんちゃん……起きるべ……あんちゃん……。」

 白衣の研究員の指示で、美樹が夢三を起こす。


「ふあ?ああ……終わったか?」

「ああ……終わったようだべさ。」

 夢三が起きた次の瞬間、車体Aの隣に車体Bが出現した。


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