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第71話

2.

「…………………………………………」


 少し照明を落とされたスタジオ、ベッドの上では度々寝づらそうに寝返りを打つ姿が見受けられるが、何も起こらない。すでに15分経過しようとしていた。画像処理をしていないことの証明のために、ベッドを中心としたスタジオ内の俯瞰映像を継続していますというテロップが、30秒ごとに画面上や下に流れていく。


「えー……一体どうしたのでしょうか?すぐに寝入ることが出来て、そうしてとんでもないことが起きると聞いていたのですが?どうなっていますか?第3スタジオ!どうなっていますか?A君の様子を、一寸確認してみてください!」


 先ほどまでは声のトーンを落として、囁くように会話していたアナウンサーも、さすがに焦れて今度は声を大きくして呼びかけるように変わって来た。


「こちら第3スタジオです。どうなんでしょう自信満々でしたが……確認のために、近づいてみましょう。

 A君!いかがしましたか?スタジオ内では緊張して、寝付けませんか?」

 グレーのスーツを来た細身のアナウンサーが、小走り君でベッドへ近づいていく。


「うん?ふあーあ……もぅちょっとで眠れるっちゅうとこで、起こさんでもらいたぃなあ……。」


 アナウンサーが近づくにつれて薄暗くしていた照明が明るくなると同時にベッドから起き上がり、大きく伸びをしながら少しろれつが回らないような言葉遣いをするA。恐らくわざとらしく目をこすっているのだろうが、モザイク処理をしているので画面上には映っていない。


「ありゃりゃ……起こしてしまいましたか……申し訳ありません、随分と寝づらそうに何度も寝がえりを打たれていたものですから……。」

 アナウンサーは平身低頭と言った感じで、ベッドの上のAに深々と頭を下げた。


「ああ……まあ……テレビカメラで映されとって……しかも生中継っちゅうことで、ちょっと緊張はしとるわな……だから確かに速攻っちゅう訳にはいかんかったけど……もうちょっとやったんよ。

 あと5分静かにしといてくれたら……寝とったでー……ほんまに……どないしてくれるっちゅうねん。」


「そうだったのですか……大変申し訳ありませんでした……それでその……もう一度寝ていただくことは、可能ですよね?もうすぐ眠れそうだったわけですから、今度はすぐに寝入ることが出来ますよね?」

 半ばキレ気味のAの言葉に、アナウンサーが何度も深く腰を折って詫びている。そうして再度の挑戦を促す。


「ああ……どうやろなあ……今のんで、目が冴えてもうたわ。こっからもういっぺん……寝なおすくらいの雰囲気やでー……ほんまにもう……さっきそのまんまにしといてくれたらなあ……。


 まあええわ……やるだけやってみるわ……そやけど、眠れんかっても俺のせいやないで、眠ろうとした瞬間に横やり入れられた身いの……どんだけ辛い事か……わかっとるやろ?」

 なおもAは眠れそうにないことを、途中で起こされたせいにしようと責任転嫁を図っているようだ。


「はあその……取り敢えず寝ていただけますでしょうか?そうしなければ、何も始まらないようですから。」


 仕方なくアナウンサーはAをその場に置いたまま、カメラの枠外へと逃げるように小走りで去って行った。

 一人残されたAは、起き上がらせた上半身を倒れるように勢いよくベッドへあおむけになると、モザイク部分が必死で追いかけていく……同時に、スタジオの照明が薄暗くなっていった。


「……………………………………………………」

 5分経過……10分経過……するが、スタジオの定点カメラの映像は、何の変化もない。さらに今回は、Aが寝返りも打たずにあおむけの状態から少しも動かないため、全くの静止画像となっている。


「えー……公開実験のためにカメラを止めずに連続で放送しておりましたが、どうにも動きがなさそうです。

 ここで一旦コマーシャル。」


 画面テロップには、CM後も引き続き仰天映像中継のテロップが流れていき、そこからコマーシャルに切り替わった。


「一体どうなっているの?何にも起こらないじゃない。まさか……今回こそ、ただの捏造?」


 ここまでの約30分間、NJ内の応接でも、誰も言葉を発することなく静かにテレビ画面を見守っていたのだが、美愛が焦れたように切り出した。


「いや……捏造ではないはずだ……と言っても、俺も分裂したときの様子を確認してはいないからね。


 ネットに挙げた映像も寝入る前の姿を映してから、そのまま机の上かどこかに固定しておいた携帯で撮影した動画だったのだが、寝入った瞬間に厚紙に手書きしたテロップを差し込まれて、ここで兄が分裂していますというコメントだけだ。実際に分裂している映像は、実をいうと確認できていない。


 なんせ続きを見たい場合は、ネットやテレビなどでどのような取り扱いをしてくれるのか連絡くださいとなっていた。つまり今回の睡眠時症候群の対象者は、症状を解析して治療に結び付けるのではなく、その事象に見合う対価を要求しているようだ。つまり……今ここで見ているようにテレビなどの出演料だね。


 うちではテレビ局などにコネはないし、もしあったとしても、能力者を世間の目にさらし者にするつもりはないから、仕方なくあきらめた。


 だが……関西キー局のこのテレビ局が特集を組むということから、恐らく分裂したときの映像は、すでに確認済みとみて間違いがない。何も確認せずに、こんな大掛かりな特集を組むなんて考えられないからね。」

 神大寺は慎重にAの能力に関して、捏造ではないはずとその根拠を示した。



「おい……どないなっとるんや?その……事前に録画した映像とか、ないんか?」

 さすがにこれ以上続けることはできないとじれたのか、先ほどまで標準語で話していた言葉が突然関西弁に変わり、事前録画の映像でも挟むよう要求する。


「はあその……彼が絶対大丈夫と自信をもって主張するもんですから……本来ならば昨晩に寝ていただいて事前確認を行ってから……ですね……第3スタジオ内ではカメラを回していたのですが、A君がですね……コーヒーをがぶ飲みして、さらにネットゲームに興じておりまして、一睡もしておりません。」


 先ほどから第3スタジオとやらで行ったり来たりしている、アナウンサーがマイクに向かってまたもや腰を折って頭を下げている。なんと……事前確認を行っていなかった様だ。


「おいっ、これは放送事故やで!こんなしょうもない映像をたらたら流して……一体どないするつもりや?

 なんかその……確認したときの映像があったやろ?そいつを流すことはできんのか?」


「はいっ……A君の妹さんが、ネットに挙げた映像のコメントを差し込んでいない、本物の映像ですね?そうですね……スマホで撮った映像になりますが、これから流してみましょうか。今できますか?」


「はい……準備中です。」

 アナウンサー同士のやり取りの後、スタッフから準備中の返事があり、しばしの沈黙後……(この間もテレビ画面は、Aの姿を定点カメラで撮影して流していた)


「えー……ちょっとA君……体調がおもわしくないのでしょうか、恐らくテレビ中継ということでかなり緊張して寝付くことが出来ていないのだと思います。仕方がありませんよねー……全国放送ですから。私もアナウンサーデビューの前日は、遅くまで寝付けずにそのまま夜明けを迎え……あっ、準備できましたか?


 ではA君が自宅で寝ている姿の衝撃映像を、ご覧ください。」


 アナウンサーのコメント後、テレビの画面が上下と左右を黒く加工された、スマホサイズの画像に切り替わった。と言っても、場所こそ変わってはいるが、これまた布団に誰かが寝ている姿を撮影しているだけだ。


「ああっ……本当だ……分裂してるー……。」


「ああ、だけど……どう見てもコピペを行っているとしか見えない画像なんだけど……なにせ寝返りのタイミングまでドンピシャだからね……。」


「こちら第3スタジオです。どうにも……A君の動きがないので確認してみたところ、やはり寝ていない様子です。」


 5分間ほど分裂を捕らえた映像を何度も繰り返し流した後、再び広いスタジオの中にポツンとベッドが置かれている映像へ切り替わる。すでにアナウンサーはベッド脇に来ていて、更にAがベッドの上に置きあがった状態の映像だ。


「だから、眠れへんかもしれんって言うたやろ?寝入りっぱなを起こされて、目が冴えてもうたようやね。」

 依然として顔にモザイクが入ったままのAが、合成音声で答える。


「そうですか……もう眠くはならないということでしょうか?」

「それは分からんな……案外もう少ししたら寝付くっちゅうこともあるかもしれへん。」


「そうですよね?眠れるかもしれませんよね……今はただ、スタジオで……しかもいつもは畳の上に敷いたお布団で寝ている様ですよね?環境があまりに変わってしまったものですから、寝付きにくいというのも仕方がありませんよね。では引き続き、お願いいたします。」


「まあしゃあないな……やっては見るけどなー……。」

 そういって、Aはそのままベッドに横になった。


「寝てしまいさえすれば分裂するはずですので……もうしばらくお待ちください。」

 アナウンサーが囁くような小声でコメントを続ける。


「そうはいっても、こんな地味な画面いつまでも流してはおれません。えー……何か起き次第画面を切り替えることにして、その他のニュースからいきましょうか?」


「はいそうですね、では画面を戻しまして、国内のニュースから……。」

 テレビの映像が薄暗いスタジオから明るく数人の男女が正面に1列に座っているスタジオへ切り替わり、アナウンサーがニュース原稿を読み始めた。


「恐らくこの実験は失敗するだろう。彼が寝付くことはないはずだ。」

 神大寺がしてやったりと、ほくそ笑んだ。


「ふうん……スマホの映像は2分裂よね……この後も増えていったのかしらね。」


「どうだろうね……固定したスマホの映像のようだけど、2分裂以上となると画面からはみ出してしまうから、あのままだと映らないよね。なにより大きさが変わらないから、4分裂以上は部屋の壁に接触どころか越えてしまいかねない。まあ一般家庭の子供部屋だろうからね……6畳程度じゃあ仕方がないか。」


「でも……お兄ちゃんの部屋よりは空間があるわよ。ベッドが2つも並ばないもの。」


「そうなんだよな……恐らく6畳間くらいの部屋なんだろうけど、畳に布団を敷いて寝ていて、他には茶箪笥があるくらいで家具と言っていいものは他にはなさそうだね、勉強机もなかった。


 なんだろう、茶の間に布団を敷いて寝ているのかな?ネットに上がった映像の時は画像も暗かったから、周りの様子もあまり気にはならなかったけど、奥がすりガラスの引き戸になっているから、そこが台所かなあ。」


「でも……敷布団ごと分裂しているということよね?お兄ちゃんの場合は、ベッドはそのままで掛布団と一緒に、浮くくらいだけど。」


「夢幻君の場合は、きちんとパジャマを着て寝ているから、接触面積が小さすぎてベッドまでは影響範囲に入らないと考えている。いつ頃からの症状か問い合わせをしたときの回答では、もともときちんとパジャマを着て寝ていたようだが、なぜか夜中に寒くて目覚めるようになった。


 色々試して背中と腹を出して寝るようになってから、夜中に目覚めることはなくなったということのようだが、代わりに分裂するようになったらしい。布団ごと分裂するものだから、妹が同じ部屋に寝ていられず、今では台所で寝ているということだ。


 恐らくパジャマをきちんと来て寝ていると、敷布団も掛布団も影響範囲に入らず彼の体だけが分裂し、そのうちに外で寝ている分が寒くなって目覚めるのではないかと推測している。腹も背中も出して寝ることにより、影響範囲が上下の布団にまで及ぶのだろうね。」

 神大寺が問い合わせ時の回答を説明してくれた。


「ふうん……そうなると睡眠時症候群の可能性はあるわね……影響範囲の状況などから、事実である可能性が……でも……じゃあどうして失敗したの?まさか……パジャマ?」

 美愛が心当たりがある様子で、神大寺へ振り返る。


「ああ……彼は……猫のキャラクターがプリントされたパジャマでなければ、寝付くことはないようだ。

 だが結構袖口なんかよれよれでね……テレビに映るんだからもっときれいなパジャマのほうがいいと囁いてやったら、テレビ局が用意したパジャマに自分から着替えたよ。


 さらに妹さんも付き添う気満々だったんだが、中学生のようだったから学校の部活は大丈夫なのかと問いただしたら、今は秋季大会の練習の真っ最中だと言い出したので、番組のディレクターに中学生が学校の部活動をさぼってテレビ出演していたら、後で問題になるんじゃあないか?とアドバイスしてやった。


 すると焦って妹さんを車で学校まで送り届けたようだ。


 恐らくどれだけ待っても、彼が寝付くことはあり得ない。夢幻君たち同様、お気に入りのパジャマでなければね。しかも環境が変わっているのにたった一人だけでは……パジャマを着たところで、無理だったろうね。」

 神大寺がしたり顔で話す。


「そうね、お兄ちゃんもそうだけど、見栄っ張りだから絶対にお気に入りのパジャマなしでは眠れないっていうこと、認めようとはしないものね。しかも家族がいなくても平気だとか……言い出すし……。


 そこを利用して、実験を失敗させようとしたというわけね。まさしく心理作戦よね。」

 美愛が納得の表情で何度も頷いた。


「でもひどいことしますね……これでAがショックを受けて能力が消えてしまったら困るんじゃないですか?

 人類滅亡の危機だったりして……。」

 幸平が心配そうに、首をかしげる。


「いや……これくらいのことで失われてしまう程度の能力であれば、巨大円盤相手に立ち向かう事はできないさ。なんせ命がけの作戦行動なんだからね……もし円盤内に潜入している最中に、緊張とストレスで能力が消えてしまったなら最悪だ……我々が全滅も、あり得る。


 それに……テレビなどのメディアに取り上げないと解析に協力しないということだったから、仕方がなかったんだ。


 これであきらめて、こっちへ来てくれると思うんだが……妹さんにはすでに了解をもらっていたんだが、兄の方が頑固でね……メディアに登場して出演料を稼ぐの一点張りだったからね。

 研究員を残しておいたから、今日の夜の新幹線でこちらへ来る予定だ。」


「ああそれで……いつもの研究員さんがいないのね?」

 神大寺のコメントで、一人足りないのに美愛たちがようやく気が付いた。


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