第69話
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「ふあー食った食った……中華料理を堪能させていただいたよ……。」
夢幻たちが上機嫌で、ホールを後にした。
「旺盛な食欲は中国では大歓迎ですよ……皆さんがおいしそうにたくさん食べていただけたと、コックも艦長も大喜びでした。こちらが、皆様にお泊り頂くお部屋です。
4人部屋となりますので、男性が2部屋と女性が1部屋でお使いください……シャワールームとトイレはこちらになります。」
黄が宿泊用の部屋割りと、シャワー室の案内をしてくれる。
「どうも、ご馳走様でした……大変おいしかったです、艦長にもよろしくお伝えください。
それで……我々は一晩厄介になった後……勝手に帰らせていただきますが……。」
神大寺が、黄にお礼と別れを告げる。
「はい……我々の警戒センサーにもかからずに、いつの間にかあなたたちは着艦しておりました……しかも大勢の人たちを連れたままで……それがどのように行われたのか、国家機密とお聞きしております。
あの車体に秘密があるのでしょうが、中国が今回の作戦に参加させていただく上の条件として、日本のエージェントたちの持つ装置の秘密に関わらないことを約束させられております。
いずれ中国が協力して作戦を行う事により、信頼関係が深まれば教えていただけるのだからと、それまでは我慢するよう指示が出ております。
大変お疲れでしょうから、とりあえずお体をお休め頂いて、好きな時間に退去してください。
本日はお世話になりました……誘拐された人たちはこちらで丁重に治療いたしますので、ご安心ください。」
黄はそう言うと、笑顔で敬礼した。
「ありがとうございます。」
対する神大寺も、かかとをそろえて敬礼した……これで頼りになる味方が増えたのだ。
「流石に黙って消えてしまうと後々厄介だから断っておいたのだが、根回しは出来ていたようだね。
じゃあ……折角用意してくれたんだし、少し休憩してから出発とするか……女性陣はシャワーを浴びたいだろうしね。では……2時間後に出発でいいかね?
それで……夢幻君と夢双君はすぐに寝られるよう呼吸を整えておいてくれ。」
「大じょぶですよ……腹もいっぱいで、すぐに寝つけますよ……。」
「俺も師匠同様……ねれまっせ……。」
夢幻も夢双も自信満々で答える。
「じゃあ、夢三君は……作戦中は余り寝ていなかったから……ここで寝て行くかい?輸送機の中ではちょっと危険だから眠れないけれど……海の上なら……大丈夫だろう。
パジャマを車体まで行ってとってこようか?」
神大寺が作戦中短い時間ずつしか寝られなかった夢三を気づかう。
「大じょぶです……パジャマは持ってきてるべ……。」
夢三が手に持つ小さな布製のバッグを見せる。
「じゃあ……ゆっくり休んでくれ。」
「ようし……じゃあ、そろそろお暇しよう……夢三君……大丈夫かい?」
全員シャワーを浴びて部屋の中でくつろいだ後、約束通りに2時間後に部屋の前の廊下に集合した。
「はい……十分寝たので……頭はすっきりだべさ。」
夢三は時間を止めて寝ていたようだ。
「じゃあ……静かにね……。」
なるべく足音を忍ばせて、通路を伝って甲板まで到達した。
車体はカバーをかけたまま、艦橋脇に停車していた。
「じゃあ、カバーを外して乗車しよう……プローブを点けるのを忘れないようにね。」
皆で協力してカバーを外し、車体に乗り込む。
「じゃあ……まずは方角を確認して……ジャイロをセット……夢双君……寝てくれるかい?」
「はーい……寝りゃーすよ……。」
すぐに周囲が真っ暗闇と化す。
「じゃあ、続いて夢幻君……寝てくれるかい?」
「はいはい……。」
すぐに車体が浮かび始めた。
「じゃあ……美愛君……北西へ向けて飛んでくれ。到着時点で報告がてら無線で輸送機を頼んである。
8時間後にランデブーと聞いていたが、艦隊は北西方向に向けてUターンしてくれたし、こちらの速度の方が夢幻君の飛行速度よりも少しは早いはずだ。
人々の引き渡しと祝宴で3時間、その後2時間休憩したから、2時間も飛べば輸送機が見えてくるはずだから、そこで夢双君を起こせばいい。」
神大寺が美愛に指示を出し、美愛は高度計を確認した後ジャイロの指針を見ながら方向修正する。
「ご苦労様でした……また今回の円盤内にも、敵宇宙人の姿は見られなかったという事ですか……本当に絶滅してしまった種族なのかもしれませんね。そのシステムだけが動いているとなると……何とか後続円盤の設定変更ができないか、検討したいところですね。
それと……保安システムですか……時を止めて小型円盤の発艦をするだけではなく、巨大円盤内部も侵入者に対する警戒を強めた様ですね。
本来ならば巨大円盤内部の警戒は、生存しているはずの宇宙人自体が行なうべき役割であり、その宇宙人たちが退化してしまっている状態ではさほどの脅威ではないと考察しておりましたが、プログラムによる攻撃マシン相手となりますと、今後は対策検討が必須となりますね。
夢三君が都度、時を止めてくれたおかげという事のようですが、本当にありがとうございました……いえ、夢幻君や夢双君始め、美愛さんや幸平君、美由ちゃんに美樹ちゃん……皆様方もそれぞれ活躍されたと、報告はされておりますが……想定以上に……と言う事ですね。
緊急時に時を止めて対処する隙を作るというのは、未知なる文明と戦ううえで必須な能力と言えるのかもしれませんね。
我々の潜入作戦に、夢三君の能力が関与する余地はないと申し上げていた事、深くお詫び申し上げるとともに、訂正させていただきます。」
神大寺の報告レポートを確認しながら、白衣の研究員が深々と頭を下げる。
車体で飛行している最中に、神大寺が必死で入力していたレポートだ……迎えの輸送機の会議室の中で、今回作戦の報告会が行われているのだ。
輸送機は航空自衛隊基地で燃料を満タンにして、いつでも離陸可能な状態で待機していたという事だった。
「えっ……いやあ……俺なんかが……お役に立てたなんて……うっ……うれしいべさ……。」
口数は少ないが、夢三が満面の笑顔を見せる。
「それで今回は中央操作室での活動時間を制限され、敵宇宙人に対する新たな情報検索は出来なかったという事ですか……まあ仕方がないですね……でも、作戦は成功ですからね……収穫目標0に設定し直して巨大円盤を追い返したわけですから……とりあえずの作戦は成功と言えますね……ご苦労様でした。」
白衣の研究員が皆の行動をねぎらう。
「後は……夢三君の能力に関してなのだが……。」
神大寺が突然白衣の研究員に寄って行き耳打ちする。
「ほうそうですか……それで活躍できた可能性が高いと……戻って調べてみる必要がありますね。了解しました。
ではみなさん、本当にご苦労様でした。食事にスナック、飲み物なども用意しておりますので、おくつろぎください。」
会議室の片隅にはサンドイッチにおにぎりなどの軽食の外、スナック菓子とジュースにコーラのペットボトルが並べられていた。
「ようし……じゃあ……またチーム戦と行きますか……。」
夢双が張り切って会議室のテーブルに紙の将棋盤を置き、駒を並べ始めた。
<えー……今回も又、透明化した状態の未確認飛行物体に、多くの人たちがさらわれていくという異常事態が発生したのですが、大規模な救出作戦が行なわれ、一部の人々が無事解放されたと外電が入っております。>
<ほう……そうですか……今回は透明円盤に日本を含めた多くの国の人々がさらわれて行った模様ですが、その方たちが救出されたということでよろしいのでしょうか?」
白衣の研究員がNJビル応接のテレビをつけると、丁度報道番組で取り上げられたところだった。
<はいそうです……今回の救出作戦には中国海軍が参加していたようで、多くの人たちを保護したと報じられております。人々が解放されたことの祝賀式典がこれから行われるようです……香港の中国海軍基地から生中継でお送りいたします。>
中継のアナウンサーがコメントし画面が切り替わり、晴れ渡った青空に紙吹雪が舞い、爆竹が鳴らされる祝賀ムードの様子が映し出される。
「あーあ……なんだか、手柄の横取りをされたって感じ……。」
テレビの前のソファーに座りながら、美愛が大きくため息をつく。
「まあそう言うな……あのまま夢幻君の飛行能力で日本まで飛びつづけることは不可能だ。
早急に迎えに来てもらわなければならないわけで、どこかの艦隊に引き渡す必要があったのだが、今回はその役割を中国海軍にお願いしたという事だ。
彼らだって、あの大勢の一般人を治療して、24時間体制で面倒を見る必要があったはずだから、それは苦労だったはずだ。だが……その治療の甲斐あって、救出された人々も元気で式典に参加している様子だ。
本当に喜ばしい。」
神大寺が美愛の隣のソファーに腰かけ慰める……確かに救出されたと思しき一般人たちも、みな笑顔を見せて式典に参加している様子だ。
「そうですね……自衛隊が治療に当たった前回の人々の多くは、意識を取り戻すと誘拐された時の記憶がよみがえるのかパニック症候群と診断され、正気に戻すのに一週間以上治療が必要だったとレポートが出ておりました。
こんなに早く回復できたということは、さすが中国医術……漢方ですかね?」
白衣の研究員も同意して頷く。
「そうは言ったって……最後の最後だけ協力して……それで……。」
美愛はそれでも不満の様で頬を膨らませる。
「まあまあ……あっ……中国主席のコメントが始まるぞ……。」
幸平がソファーの後方に立ち、テレビを見つめる。
<今回の救出作戦に我が中国軍が参加できました事は、本当に光栄至極であります。
ですが我が軍が成しえた事は、救出された人々を保護し治療に当たった程度であり、作戦の中枢を担ったのは日本の神童たちと報告を受けております。
かような地球規模の脅威に対し、身を挺して果敢に立ち向かう日本の神童たちに敬意を表するとともに、今後も我々は彼らに対して無制限のサポートを約束いたしますことを、ここに宣言いたします。>
壇上に立つスーツ姿の恰幅の良い中年男性が、マイクに向かって演説している。
「えっ……えっ……?神童って……あたしたちの事なんじゃ……?」
美愛がテレビ画面を指しながら絶句する。
「どうやらその様だね……君たちの事は国家機密だからと念を押していたはずなんだがね……。」
神大寺が苦笑いを見せる。
<ほおー……日本の神童たち……ですか……それはどのような方たちか、分っているのでしょうか?>
アナウンサーが中継先に問いかける。
<いえ……日本が今回の救出作戦に関わっていたということすらも、先ほどまでには何の情報も入って来ておりませんでした。
香港の領事館からも式典には参加されているようですが、総領事からも何の情報も得てはおりません。
式典が終了次第、中国海軍に対して情報を求めてみたいと考えております……引き続き式典の様子を中継いたしますので、まずは人々が無事救出されたことを祝って、式典を楽しみましょう。>
式典では何本もの棒に支えられた竜の張りぼてが踊りまわったり剣舞が披露されたりと、祝賀ムード一杯の映像が映し出された。
「へえ……どうするんでしょうね……こんなコメントを出されたんじゃあ……日本サイドとしても……その神童に関して何らかのコメントを出さなければならなくなってしまうのではないですかね?」
幸平も少しわくわくしているように、言葉が弾んでいる様子だ。
「うーん……まあ……どうでしょうね……あまり評判にはならない方が、活動はやりやすいのですがね……。」
白衣の研究員が、小さくため息をつく。
「これだったら……今回こそは……ちゃんとした表彰状と……カレー以外の副賞も……。」
美愛が目を輝かせた。
完




