第68話
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「巨大円盤の対応は今でこそ君たちの力に依存しているのだが、今後もずっとという訳にはいかないのは君たちだってわかっているはずだ……一般の中高校生である君たちをこれ以上危険にさらすわけにはいかないし、第一複数の円盤が飛来した場合は当然ながら対応が限定されてしまう訳だ。
だからこそ、この星中の人々が力を合わせて戦わなければならない……その為には中国は絶対的に必要で頼りになる戦力なのだ。
これから作戦行動に参加するための足掛かりとして、救出作戦に参加していただくことを日本政府が決めた。
その為今回は中国の艦隊に降りて、攫われた人々の救出に一役買ってもらうことになったのだが、そうは言っても夢幻君や夢双君の能力を見せるわけにはいかない。
今は夕刻だが日が落ちてから空母の甲板に着艦するつもりだ……勿論、空母の甲板は我々が到着するまで1人も出ていないようにお願いはしている。
しかし恐らく甲板の至る所にセンサー付きのカメラを仕掛けてあると思うし……そのまま夢幻君の飛行能力で着艦するのはまずい。
夢双君の能力で透明化したまま着艦したかったのだが……ソナー担当者はいないし……俺の技術では正確な空母との距離を瞬時に計算するのは無理だ……空母に衝突して甲板に穴をあける訳にもいかないからね……だからとりあえず日のあるうちは車体の姿を見えなくしておいて、後は夜の闇に乗じて……。」
神大寺が申し訳なさそうに頭を掻く。
「分りました……先ほど既に日が暮れかけていたから、念のためにこの辺を周回して30分も待てば、完全に日も落ちているはずでしょ。それから夢双さんを起こして中国の船団位置を確認して、今度は夢三さんに寝てもらって時を止めてから着艦すればいいのよ。
そうすればセンサーにも引っかからずに着艦できるし、出発する時は夢双さんに寝てもらって姿を消してからお兄ちゃんを眠らせれば、気づかれずに出発できますよ。
攫われてきた人たちを預けてしまえば輸送機にも乗りこめるでしょうから……船から輸送機に迎えに来てもらうよう無線連絡して飛び立てばいいんじゃないですか?」
美愛が頷きながら提案する……一時期は夢三を連れてくるよう提案したことが間違っていたと悔やんでいたのだが、保安システムへの対処と言い活躍の場がやはりあったのだと、ほっとしはじめていた。
「おおそうか……夢三君に時を止めてもらえばいいわけだったな……その方向で行ってみるか……。」
神大寺も笑みを見せた。
「じゃあ、美由ちゃん……夢双さんを起こしてもらえる?」
30分間ほどぐるぐると周回した後、夢双を起こしてもらうよう美由にお願いする。
「ええですよ……今なら寝ついたばかりだから……必殺のエルボーで……。」
美由が含み笑いを浮かべながら、車体後部へ移って行く。
「おにぃ……起きぃやぁ……おきぃひんと……。」
「はっ!」
“ゴンッ”またもや夢双が跳ね起きてカプセルのフードに頭をぶつける……ここまで必死に飛び起きる様は、誰の目にも『気の毒』……の一言であった。
「ありゃりゃ……起きゃーしたか……なんやぁー……。」
そんな気持ちは露知らず、美由は肩を落としながら席へ戻ってきた。
「あそこに中国の船団が見えるぞ。」
神大寺が中腰になり、車体左側の窓から人々の頭越しに遥か彼方を透かしながら指さした。
美愛が方向転換すると、中国の船団は今度は灯台のように回転するサーチライトを上空に向けて、自分たちの位置を知らせている様子だ……ライトが上空の雲に反射して黄色く光っている。
「じゃあ、ライトに照らされて見つかってしまわない様……夢三さん寝てください。」
「ああ……いいよ……すぐに……寝られるべ……。」
夢三はシートの背もたれを倒すと、すぐに目を閉じた。
すると先ほどまで回転するように円を描いていたライトの雲の反射が止まり、辺りが一層暗くなる……時間が止まったのだ。
「ようし……夢三君は寝ついたばかりだから、まあゆっくりでいいから着艦させよう。
目標は、船団の真ん中にいる巨大な甲板を持つ空母だ。」
神大寺がゆっくりと降下する様指示をだし、美愛がレバーを操作して船団に向け、徐々に高度を下げて行く。
「じゃあ……あそこに艦橋……だだっ広い甲板上に突き出たビルのような建物……だな……があるだろう?
そのすぐ脇に着艦してくれ。」
船団まで結構距離があったこともあり、30分ほどかけてゆっくりと空母上へと近づき、神大寺が美愛に降りる場所を指示する。
「えっ……甲板の先に止めるのではないのですか……?
車体を目立つ場所に、わざわざ置かなくても……。」
美愛が目を丸くする。
「いや……応対するのは艦橋内か艦橋付近で行わねばならん。あまりに遠くに置いてしまって、他の兵士たちに中を覗かれても困るからな……目の届く範囲においておいた方がいい。
まあ……見られたとしても、操作パネル自体はライトが付くくらいだし……レバーを動かしても後部カプセルが回転するだけで、仕組みなんか分るはずもないがね……それでも一応国家機密扱いだから、仕方がない。」
神大寺が、ため息交じりに説明する。
「では、お兄ちゃんを起こしますね。」
艦橋脇に着艦した後、美愛が後部カプセルへ向かった。
「お兄ちゃん起きて……お兄ちゃん……。」
「ふあ……日本に着いたか?」
「まだよ……今は中国の空母の甲板の上。これから誘拐された人を解放してから、また飛び立たなくちゃいけないから、そのつもりでいてね。」
寝ぼけ眼の夢幻に美愛が告げる。
「いや……人々を解放したら、それなりの歓迎式典など催されるだろうから……飛び立つのは、それらがはけてからだな。流石に皆が甲板に出ている時に、忽然と消え去るという訳にはいかないだろう。
恐らく2,3時間かかるだろうが……我慢してくれ……本場の中国料理がふるまわれるだろうから、うれしいだろ?」
神大寺が、すぐ飛び立つことは出来ないと、後方へ声をかけてきた。
「おおっ……中華か……こりゃ腹いっぱい食べにゃならんな。」
神大寺の言葉を聞いて、夢幻が舌なめずりをしながら跳ね起きた。
「おお……台湾ラーメン……あるとええけどな……。」
夢双も嬉しそうに、カプセルから起き上がる。
「じゃあ……夢三君を起こしてもらえるかな……。」
神大寺が美樹に指示を出す。
「分りました……あんちゃん、起きて……あんちゃん……。」
「うあ?どうだ……うまく行ったか?」
すぐにそれまで薄暗かった車体内部が、艦橋の窓から漏れ出る光で明るくなる。
「とりあえず皆はここで待機していてくれ……まずは俺が挨拶に行ってくる。
出迎えの兵士が来たら、その指示に従ってくれ。」
神大寺はすぐに車体後方から出て行った。
「たーちゃはお……うぉーしー……。」
神大寺が両手をあげたまま大声で叫びながら艦橋へと歩いて行くと、すぐに数人の銃を抱えた兵士が艦橋から勢いよく飛び出してきた。
あわや……と皆肝を冷やしたが、すぐに談笑が始まったようで、美愛たちもほっと息を吐いた。
すると一人の迷彩服の軍人が、車体に近づいてくるのが見えた……すぐに美愛が席を立ち、車体後方から出て行こうとすると……。
「美愛さん危険です……ここはあたしがガードしますから……。」
すぐに美由が美愛の前に立って、車体後方から一緒に下車した。
「こんにちは……わたしは……通訳の黄と申します……神大寺さんからお聞きしました。皆さんどうもお疲れ様でした。ここは中国艦隊の空母です……ようこそ、我が軍へ……そうして感謝いたします。」
やって来たのは、長い髪を後ろにまとめた女性兵士だった。
「にっ……日本語……。」
これには美由も唖然とする。
「あっ……どうも……あたしは美愛と言います……誘拐された人たちを解放しますから、お医者さんに診てもらえますか?」
美愛が、車体周囲を囲んでただ立っている人たちを指さしながら告げる。
「もちろんですよ……この船には10人のドクターがいます。ご指示通りに病室も確保してありますから、ご安心ください。」
女性兵士の黄が笑顔で答える。
「じゃあ、美由ちゃん、美樹ちゃん……みんなのプローブを外すのを手伝ってくれる?」
「はい、もちろんです。」
すぐに美樹と幸平が降りてきて、誘拐された人たちを通訳を介して中国軍に引き渡した。
「じゃあ……車体を組み立てようか……。」
幸平が先頭となり、車体側板を組み立て始める。
「おお……悪かったね……艦長と話をしてきた……誘拐された人たちは、香港経由で本国へ帰されるそうだ。中国側も気を使ってくれているようだね。
じゃあ……皆に降りてもらって……車体にカバーをかけるのを手伝ってくれるかい?」
神大寺が助手席ドアを開けてシート下部を探っていたかと思ったら、そこから茶色い布の塊を取り出した。
「なんですかこれ……?」
「だから……車体のカバーだよ……こっちを持っていてくれ……。」
神大寺は幸平に布の一端を持たせると、反対側を持ち勢いよく車体上方へと跳ねあげた。
そうして車体向こう側へ回ってシートを広げながら、かぶせて行くので幸平たちも手伝うことになった。
「このチャックを閉めて……錠前をかければ、車体を調べることも出来なくなる……このカバーはX線も通さない加工がされているそうだからね……更に防刃仕様だ。」
神大寺が自慢そうに笑みを浮かべる。
「では……ご準備はよろしいですか?これからささやかですが、晩餐をご用意させていただきました。
どうぞ、こちらへ。」
車体カバーを設置し終えたころ、黄がやってきて艦橋内へと案内してくれるようだ。
「やったあ……中華だ中華だ……山盛り山盛り……。」
「駄目でしょ、お行儀の悪い……。」
夢幻が嬉しそうに一番について行こうとするのを、美愛が手を引いて制した。
「ああ、そうですね……ちょっと待っていてくださいね。」
後ろへ振り返った黄が夢幻たちを眺めた後、足しげくどこかへ行ってしまった。
「ほら……お兄ちゃんがあまりにがっついているものだから……きっと料理が足りなくなるんじゃないかと心配して、追加できるかどうか確認に行ったんじゃないかしら。」
美愛がため息をついてうな垂れる。
「申し訳ございません……お待たせいたしました。どうぞ……これを……。」
暫くして戻ってきた黄が手にしていたのは、2着のジャケットだった。
「事情は分かりませんが……ご病気……とは見えませんので……そのままではかわいそうですから、せめて上だけでも羽織ってください。」
そう断りながらジャケットを夢幻と夢双に手渡す……美愛たちは革のつなぎを着ているのだが、確かに夢幻たちはパジャマのままなのを今更ながら思い出した。二着だけという事を不思議に思って美愛が夢三を見ると、彼だけは既に学生服に着替えていた。
「どうも……お心遣い感謝いたします……。」
美愛が二人に代わって、深く頭を下げる。
「では……こちらへ……。」
黄がすぐ横の両開きのドアを開けると、そこはホールになっていて幾つもの丸テーブルが並んでいた。
黄に案内されて一同席に着く。
「…………………………………………」
「世界規模の脅威に果敢に立ち向かい、今回も多くの人々を救出された、日本のエージェントに感謝を申し上げ、その作戦に参加させていただいたこと、大変な名誉と感じております。
今後は中国も巨大円盤への対処に協力を惜しみません、いつでもご指示頂ければ、いずこへも馳せ参じますので、よろしくお願いいたします。
さて皆様の今回のご活躍をたたえ、ここにささやかながら祝宴を催します。
丁度上海蟹も季節に入ったところですし、中国各地の食材をふんだんに使い、コックが腕を振るいましたので、ご堪能下さいと申しております。」
艦長挨拶を黄が通訳してくれた。
「おお……見たこともないような料理がずらりと……。」
夢幻は遠慮なく目の前の蟹を丸ごと手づかみで、取り皿においた。
「だめでしょ……行儀の悪い……。」
すぐに美愛が兄を睨みつける。
「大丈夫ですよ……最近は蟹用のハサミやフォークを使う場合もありますが上海蟹の食べ方は、基本は手掴みで脚をもいで甲羅の腹を外して……後は歯と舌を使って……。」
黄が上海蟹の食べ方をレクチャーしてくれる。




