第67話
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「えっ……もういいの?」
美愛は半信半疑だったが、そのまま車体を床に押し付ける。
“ドゴッ”すると車体下部から鈍い音がして、床が砕け散ったのが分る……美愛はそのまま車体を下降させた。
“バシュッ”車体を下降させていくと神大寺は既に階下に到着していて、真っ黒い筒を床に向けてレバーを引くと、蜘蛛の巣状の導火線が投網のように大きく開いてそのまま床面に広がった。
「へえ……便利な装置を開発したもんだね……。」
身を乗り出してフロントウインドウから下を眺めながら、幸平が感心したように呟く……どうやら床面爆破用の新兵器のようだ。
「このまま車体を下に押し付けてくれ。」
神大寺に指示され、そのまま車体を床に押し付ける。
“ゴンッ”鈍い音がして床が砕け散り、車体を降ろしていく。
「ふあーあ……眠くなった……。」
“カチャッ”すると突然、夢三が大きく欠伸をしたかと思うと、背もたれを倒して目をつぶってしまった。
瞬間的に周囲がうす暗くぼやけてくる。
「ありゃりゃ……夢三君……また眠ってしまったか……神大寺さんも止まってしまったから、爆薬のセット時間短縮には寄与できないな……仕方がない……目が覚めて時が動くのを待つしか無いようだね。」
幸平が腰を上げて後部席を確認し、あきらめたように美愛に告げる。
「あっ……あれ……。」
すると突然、操縦席の美愛が前方を指さす。
「あっ……あれです……あの玉みたいのが、さっきの部屋に入って来やーしたんです。」
腰を浮かせて前方を見やった美由が叫ぶ……前方にはビーチボール大の真っ黒な球体が浮いていた。
美樹が言っていた通り球体の側面にはアームのような突起が付いていて、その先にカマのような刃物が付いているようだ。
「まずいわね……こっちは刃物位なら平気だけど、神大寺さんが危険よ……すぐにやっつけなくちゃ。」
真っ黒な球体の一つは、ロープを伝って降りている最中の、神大寺のすぐそばに浮いていた。
“コツッ”“コツッ”“コツッ”美愛が車体を慎重に操作し、球体に接触させていく。
時を止めている場合は、ほんの少し接触するだけでも大きな力が働く可能性があると、白衣の研究員が言っていたので、速度はあげずゆっくりと小突く程度に当てておいた。
「ふあーあ……なんだかちょっとだけウトウトしたな……。」
“ドーンッ”“ガッガァーンッ”“ドッゴォーンッ”夢三が起きあがろうとすると同時に、各所で爆炎が上がる。
「うん?どした……?」
何も知らない夢三が、美樹の顔を眺める。
「うん……なんかおっきな玉が飛んできて危なかったけどさー……でも美愛さんがすぐに片づけてくれたから、大じょぶだべさ……。」
美樹が笑顔で答える。
「そうか……なら、よかったべー……。」
夢三も笑顔を見せる。
「ふうむ……夢三君にはなにか……。」
その様子を見て幸平がひとり言を呟いた。
“バシュッ”“ゴンッ”その後も神大寺が爆薬をセットし、床面を破壊しながら円盤の最下部まで到達した。
「じゃあ、お兄ちゃんを起こすわね……。」
美愛が車体後部へ急ぎ足で向かう……ぐずぐずしていて、また保安システムの球体が飛んできたら困るのだ。
「お兄ちゃん起きて……お兄ちゃん……神大寺さんを回収するわ……。」
「うん?終わったのか?」
すぐに夢幻は目をさまし、カプセルで横になったまま伸びをする。
「ううん……でもあと少しよ……頑張ってね……神大寺さんを回収したら、すぐに寝なければならないから、準備していてね。夢双さんも……円盤の外に出たらすぐに寝てもらうことになるので、準備をお願いしますね。」
美愛が夢双にも声をかける。
「ようし……爆薬のセットは終わったぞ。美愛君……2mほど右側に起爆のスイッチを置いておいたから、その上にのって床に押し付けてくれ。」
「はい、分りました……じゃあ……お兄ちゃん……起きたばかりで申し訳ないけど、また寝てね。」
車体に乗り込んできた神大寺と一緒に、前方の操縦席へと向かう。
「はいはい分りました……寝ますよ……すぐに……。」
夢幻はカプセルのフードを戻して目をつぶった。
「それと……さっきの爆発はなんだったんだ……?」
神大寺が助手席に付きながら美愛に尋ねる。
「ああ、あれは……夢三さんが突然眠ってしまって時が止まって、その時によく見たら保安システムの球体が飛んできていたもので……神大寺さんが襲われると大変なので、すぐに車体を接触させて破壊しました。
でも……不思議なのは……球体を破壊したら、すぐに夢三さんは目を覚ましたんですよね。」
美愛も訳が分からないといった様子で、首をひねった。
「夢三の第二の能力なんじゃないかと、僕は思っていますけどね。」
後部席から、幸平が声をかけてくる。
「第二の能力……?」
神大寺がうなる。
三人で話をしているうちに車体が浮き始めた。
美愛がレバーを操作して、車体位置を変え床面に押し付ける。
“ドゴンッ”鈍い音がして床が砕け散り車体を降下させていくと、出た先は真っ暗な空間だった。
「じゃあ、夢双君に眠るよう言ってもらえるかい?」
“カチッ”美愛がヘッドライトとパネルのライトを点けると同時に、神大寺が後部席に振り返るが、そこには美由の姿はなかった。
「はいはい……待機してまっせ……おにぃ……寝てやって……眠らんと……。」
カプセルの脇に屈んでいる美由が、夢双に対して迫って行く。
「お……おまっ……おそがいこというなや……だからお兄ちゃん……うまく寝れんようなってまうんやで……焦らそうとしやーすな……楽しい事……なんか楽しい事……思い出せ……。」
美由からのプレッシャーにもめげず、呼吸を整えて夢双は呪文のように呟く。
すると暫くしてヘッドライトの明かりの反射も見えなくなった……夢双が眠ったのだ。
“バチッ”神大寺が車内灯を点ける。
「じゃあ、美愛君……そのまま下降して脱出だ……。」
「はいっ……分りました。」
すぐに美愛は操作レバーを前方に大きく倒し降下させる。やがて車体下部から青白い光の帯が、車体上方へと流れて行った。
「ようし……巨大円盤の透明保護膜は越えただろう。じゃあ……寝たばかりで申し訳ないが、夢双君には起きてもらわなければならんね。」
神大寺が後部席を振り向くと、やはり美由はカプセル横で待機したままだった。
「了解しましたー……おにぃ……おきぃやぁー……起きぃひんと……え……」
「はっ……。」
“ゴンッ”すぐに夢双が跳ね起き、カプセル上部に頭をぶつける。
「えー……また起きてもうた……今回は寝てすぐだから……起きひんおもっとったんに……。」
美由はなぜか悔しそうだ……寝起きの悪い兄を起こす事に、快感を得ていたのだろうか……。
「この時間だと、あと2時間もすれば迎えがやってくる手筈だ。とりあえず太陽の位置を見ながら、北西へ向かってくれ……。」
神大寺が腕時計を確認しながら指示をだし、美愛は幸平に確認しながら北西方向へと車体を向けた。
20分ほど飛行していると、太陽の光が遮られたのか、快晴だったにもかかわらず日食のように周囲がうす暗くなった。
「うん?」
幸平が車体上方を見上げると、銀色の金属光沢のある巨大な物体が車体上空に浮いて太陽光を遮っていたが、その姿は1分ほどで掻き消えた。
「爆薬セットの秘密兵器のおかげか、今回は脱出までに結構余裕がありましたね。
やはり余裕をもって設定するのがいいですよね……慌てずに済むから。」
幸平が満足そうに笑みを浮かべる。最初の作戦で神大寺を置き去りにせざるを得なかったことを反省して、2度と繰り返さないと決めているのだろう。
「そうだね……だが、脱出までの時間はなるべくギリギリが望ましいな……我々の行動すべてが後続の円盤宛てに送信されていることが分っている訳だから、巨大円盤出発までにあまりに長い時間があると、後続円盤からの操作で折角設定した値を全て書き戻されてしまう恐れがないとは言えない。
収穫量など重要項目は、リモート操作ではなく直接操作テーブルで入力する必要性があるのだと、そう考えてはいるのだが……なにせ、その円盤に居住する人々の生き死にを決める設定なのだからね、リモートで知らぬ間に書き換えられてしまっては困る訳だ……それでも、まあ万一のための安全策だ。
超空間飛行など、次の目標惑星へ飛行している最中には、安全の為にそう言った基幹システムへのアクセスは制限されているはずと想定しているから、早く飛び立って行ってもらいたかったという訳だ。」
神大寺が、余り余裕を持ちたくはない理由を簡潔に述べる。だからこそ、待機時間を1時間にしたのだと、美愛も幸平も納得した。
「次からは、出発までの待機時間は10分単位で設定しましょうかね……。」
「ああ……それがいいかもしれないね……。」
幸平の提案に神大寺が明るく答える。
“ドーンッ”“ドーンッ”2時間ほど飛行していると、遥か彼方の洋上に爆炎が上がった。
「あれ?また透明化した巨大円盤?」
車体窓から前方を眺めていた美愛が叫ぶ。
「いや……あれは空砲……というか発煙弾……言ってしまえば花火だな。」
神大寺が笑顔で答える。
「花火?」
「ああそうだ……お迎えだな……あの煙の方向へ針路を変更してくれ。」
神大寺に指示され、美愛はやや左方向へと進路変更する。
「おお見えてきたな……悪いが夢双君……寝てくれないか?」
10分ほど経過した頃、夕やみ迫る中、遥か沖合に船団がかすかに見え始めたところで、神大寺が後方席へ声をかける。
「はいはい、ええですよ……おにぃを寝かせますよ……。」
美由は笑顔で車体後方の夢双がいるカプセルに向かう。
「あれ?自衛隊の艦隊でしょ?別に透明化する必要はない訳でしょ?
まあ、輸送機の方がよかったんですが……流石に給油が間に合わなかったのでしょうね。」
幸平が怪訝そうな表情で神大寺に問いかける。
「いや……車体の側板をいっぱいまで広げた状態では、輸送機のハッチから中に入ることは出来ない。
ドローンを積んだ状態でも、ハッチのゲート枠ギリギリだからね……だから誘拐された人たちを連れた状態では船に降りるしかないわけだ。
その為の迎えの船団なのだが、あれは中国の艦隊だ……空母を伴った大艦隊で出向いているはずだ。」
「ちゅ……中国……ですか?
どうしてまた……自衛隊の艦隊は、いっ……忙しくて対応できないとかだったのでしょうかね?」
神大寺の意外な言葉に、幸平が言葉を詰まらせる。
「いや……そんな訳ではないのだが……先日話しただろ?米国が各国からの軍事費の支援を要求しているって。」
「はい……日本が1000億円って話よね……どこにそんな大金があると思っているのかしらね。」
美愛が半ば興奮気味に答えた時、周囲が突然真っ暗闇と化した……月明かりどころか星も見えないため日が落ち切ったのではない、夢双が眠ったのだ。
「中国には5000億円の要求がされている……かなりの大金だ……当初は、中国は自国で国防するから、他国の軍事費の支援は出来ないと断っていたようだ。
ところが巨大円盤は襲来する度にその停船位置を変えている……少しずつ西側に移っているようだね……そうして今回は日本の被害者も出たが、中国でも被害者が出ているようだ。
今までは対岸の火事としてみていた中国側でも対応を迫られた訳だが、今までの円盤襲来時の詳細データを持たない中国では対応が難しいため、仕方なく米国軍が得た巨大円盤の防御力と攻撃力のデータの見返りに、軍事費を拠出することになったという訳だ。
ところが同じ経済大国である日本の拠出金が少なすぎると、今度は金額に対して注文を付けたのだが、日本サイドはこれまでにも巨大円盤の対処に多大な貢献をしているからと回答を受け、日本はどうやって貢献しているのかと外交ルートを通じてしつこく確認して来たらしい。
我々の巨大円盤への潜入作戦に関しては、国籍も所属も全て隠されたまま、更に潜入方法など重要部分は除外した上で各国に送信されているため、日本が主体となって巨大円盤を毎回送り返していると知っている国は非常に少ない。
仕方がないので日本は前回同様、誘拐された人々を救出する作戦に一役買っていますと回答したら、是非ともその作戦に中国も参加させてほしいと、半ばゴリ押し的に要求してきたようだ。」
神大寺が困ったように薄ら笑いを見せる。
「そんなの……断っちゃえばいいじゃないですか。最初の襲来のときだって、米軍やヨーロッパ各国の軍は戦闘機で巨大円盤への攻撃に参加していたし、日本の自衛隊もいましたけど、確か中国は参加していませんでしたよね。
今度は自国民も危険にさらされているので協力するっていうスタンスですが、その実支援金を減額しようとしているのが見え見えですよ。」
幸平が不満をあらわにする。
「いや……あの時は大西洋上に巨大円盤が浮いていたからな……安全保障上の理由で中国には遠慮していただいただけだ……だから自衛隊は国旗を国連旗に書き換えての参加だっただろ?当然ながら中国だって参加を表明していたと聞いている。」
神大寺が幸平をなだめる。




