第64話
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「あれ?夢三君……準備はまだなのかい?」
革つなぎに身を包んだ神大寺が、夢三の様子を見て確認する……格納庫へ学生服のままで入って来たのだ。
「は……はい……俺はこのままで……。」
夢三が小さな声で答える。
「駄目ですよ……夢三君……パジャマに着替えないと、眠れないじゃないですか……。」
すぐに白衣の研究員も駆け寄って来た。
「でも……パジャマのままで車に乗るなんて事……。」
夢三がボソッと呟く。
「いえいえいえ……これは車体であって自動車ではないのですよ。夢幻君の能力を使って、これから空を飛んでいく訳ですからね。
地上の道路を走る訳ではありませんから、誰の目にも止まりませんよ。夢幻君だって夢双君だってパジャマに着替えていますよ。だから着替えてから乗ってください。」
白衣の研究員が、すぐに着替えるよう指示する。
「彼らは昨日の晩からずっとあの恰好じゃないですか……他に服なんか持ってきてないべ?
俺は、寝る間際に着替えるからいいですよ。」
夢三は、手に持つ小さなバッグをポンとたたいた。
「ですが……あの狭い車体の中で、パジャマに着替えるのは大変ですよ。緊急時など、突然眠る必要性もありますからね。パジャマに着替えて乗っていただけませんか?」
白衣の研究員は、何とか夢三の説得を試みる。
「そんなこと……できませんよ……起きているのにパジャマだなんて……寝る時に使うもんだべさ……。」
ところが夢三はかたくなに拒否する。
「すいません……あんちゃんは神経質なところがあるもんですから……寝る時にあたしが必ず着替えさせますから……このままでお願いします……。」
夢三の様子に気づいた美樹がやってきて、頭を下げた。
「そうもいかないのですよ……緊急時のためのパラシュートは、常に背負っていて頂く必要性があるのです。
その為、途中でいちいち着替えるなんて事、出来ません。なんとか着替えてください。」
白衣の研究員が、祈るように両手を合わせて頼み込む。
「どうする……あんちゃん……着替える?それとも……作戦に参加するの止めるべか?」
美樹が厳しい表情で夢三に問いかける。
「はんかくさい……俺が参加しないと……困るべさ……。」
夢三が呟くようにボソッと答える。
「だったら着替えんと……ねっ?パジャマに着替えて、いつでも眠れるようにしないといけないべさ!」
美樹に強く促され、渋々夢三が会議室へ戻って行った。
「では……ついでに夢三君と美樹ちゃんの座席について説明いたします。こっちへ来てください。」
白衣の研究員が、ようやく着替えた夢三と美樹と連れだって車体脇へとやって来た。
「今は側面パネルを広げてドローンを配置していますので、車体後部からしか乗りこめませんが、実際には後部側面にもドアがあり、ドローン放出後車体を組み立てると、後部ドアからも乗り込めるようになります。
一番後ろの席が夢三君と美樹ちゃんの席ですが、左側の席はこのレバーを持ち上げると、シートの背もたれが倒れるようになっております。いわゆるリクライニングシートですね。
負傷者が出た場合のベッド代わりの仕様となっております。
夢三君は……車体の改造が間に合わず、眠るためのカプセルがありませんので申し訳ありませんが、シートを倒して寝ていただくようお願いいたします。背もたれについている両肩を保持するベルト……これを装着していただきますと、緊急時にはパラシュートがシートから分離します。
美樹ちゃんは、このバッグを背負ってください……プローブは直接ベルトに装着してくださいね。」
白衣の研究員が美樹用のパラシュートと、プローブを持って頭を下げる。
元々夢三達兄妹は作戦に参加しない予定であったのが、昨日美愛の提案で急遽参加となったため、美樹のスーツもそうだが、夢三のための睡眠カプセルをとり付けることも出来なかったのだ。
「あんちゃん……大丈夫そう?」
美樹が心配そうに夢三に尋ねる。
「俺だったらどんなところでも眠れるから、何だったら変わろうか?」
車体後部のカプセルに乗り込もうとしていた夢幻が、声をかけてきた。
「師匠はだめやろ……そのカプセルじゃないと車体を動かせないから……俺が変わってやってもええよ。」
すぐに夢双が声をかけてくる。
「いえ……夢幻君は勿論ですが、作戦上から夢双君の方がはるかに長い時間寝ていて頂く必要性があります。
でも……そうですね……夢双君となら共用でカプセルを使って頂くことも可能ですかね。パジャマを着替えるのは大変でも、席を替わるぐらいなら一瞬ですからね。」
白衣の研究員が、申し訳なさそうに夢三と夢双の顔を見回す。
「ああええですよ……じゃあ、交代で使う事にしようや。」
夢双が笑顔で答える……夢双のカプセルを交代で使うことになったようだ。
「いっ……いや……ここで良い……ここで寝るからいいべさ……。」
ところが夢三は座席のままでいいと断る。遠慮しているのだろうか。
「すいません……気を使わせてしまって……。」
「まあ……そのまんまでええなら。無理には勧めんけどな……。」
夢三に代わって美樹が頭を下げる。夢双も少しがっかりした様子を見せたが、最終的に笑顔をみせた。
「では、席割も決まったところで……私は隣の部屋から指示を出させていただきます。」
白衣の研究員は美愛たちとすれ違いながら、あわただしく格納庫から出て行った。
<指定空域に入りました、車体の留め具を外して夢幻君は寝てください。>
格納庫内のスピーカーから、白衣の研究員の指示が流れてきた。
“ガシャン”美愛が車体操作レバー脇のフックを引くと車体の留め具が外れ、やがて車体が宙に浮きはじめる…… 夢幻が眠ったのだ。
<では後部ハッチを開けますから、速やかに出てください。>
格納庫後部の床面がゆっくりと下がって行き、まばゆいばかりの光が差し込んでくる。美愛はレバーを操作して、光の中へ車体をすべり込ませていく。
「ようし……では夢双君……寝てくれるかい……美愛君……180度反転だ……。」
「了解……すぐに眠れまっせ……。」
すぐに神大寺が指示をだすと周囲が突然真っ暗闇と化すが、美愛は落ち着いてジャイロを確認しながら車体を180度反転させる。
“ドーンッ”やがて1時間ほどしてから、前方から爆発音が聞こえてきた……ドローンにより透明化した巨大円盤の位置確認をしているのだろう……。
「ようし……あの爆音に向けて進んでくれ。ランデブーポイントに近づいたはずだから、ドローンによる爆発はあと数回で止まるはずだ、前回同様、円盤までの距離を測定……。」
「………………………………えーと……爆発音の強度から計算して、円盤までの距離が……3100mだな……方角は……うーん……最新の爆音はほぼ正面からだな……。」
3回ほど爆発音が鳴り響いた後、換算表を何度も見返していた神大寺が呟く。
「最初の爆音から5分は経過していますから……今はもっと近いですよね……2000m位かな……2000にセットっと……これで残り1200になったら、知らせるんですよね?」
美愛が神大寺の方を見ながら確認する。
「おっ……おお……悪いな……なにせソナーの資格をとったのは、もう20年近く前の事でね……。」
神大寺が恥ずかしそうに頭を掻いた。
「残り、1200mを切りました……敵円盤はすぐそこですよね?」
すぐに美愛が距離計を読み上げる……前回の経験から、もう敵円盤との距離は、100mもないはずだ。
予想通り1分もしないうちに、青白い光の帯が車体前方から後方へと流れて行った。
「じゃあ、夢双君を起こしてもらえるかい?」
神大寺が美由に指示を出す。
「はーい……ただいま……。」
美由が席を立ち、夢双を起こしにカプセルへ詰め寄る。
「おにぃ……おきぃやあー……起きへんと……。」
「わわっ……。」
“ゴツンッ”すぐに夢双が跳ね起きて、カプセルのフードに頭をぶつけた。
「じゃあ、美愛君……ヘッドライトを点けてくれ。あまり意味がないかもしれないが、念のためヘッドライトは赤外線ライトに変更した。
車体のフロントガラスは液晶パネルにして、周囲が明るい時には外の景色がそのまま見えるが、周囲が暗い時にはモニターの役目を持たせ、赤外線カメラの映像を投影する様改善した。」
美愛がヘッドライトを点灯させると、フロントガラスに巨大円盤の姿が映し出される。輝度を上げているのか、暗い透明保護膜内でも、はっきりと映し出されている。
美愛は巨大円盤上を飛行し、サッカーグラウンドほどの広さの平面近くの窪地に車体を着艦させた。
「ここなら発着口のすぐ脇ではないし、発着口から見て大きな突起の影になっているから、簡単には見つからないでしょ。さあ、お兄ちゃんを起こすから、ドローンの放出をお願いします。」
美愛はそう言うと、車体後部へと移動して行った。
「お兄ちゃん、起きて……お兄ちゃん……。」
「うん?どうだ……潜入はうまく行ったか?」
夢幻が眠そうに瞼を擦りながら美愛に尋ねる。
「ううん、まだよ……今は巨大円盤の上にいるわ。これからドローンを飛ばすから。
今のところは順調よ。」
“ブーンッ”“ブーンッ”美愛が言っている傍から、車体を取り囲んでいた枠が上から散って行く。ドローンが飛んで行っているのだ。
「ようし……ドローンを飛ばし終わった。すぐに車体を畳むから夢幻君と夢三君は寝る準備に入ってくれ。」
夢幻の居るカプセルと車体上方のスピーカーから神大寺の指示が流れる。
「はいはい、大丈夫ですよ……。」
すぐに夢幻がカプセル内に横になる。
「まだ寝ちゃ駄目よ……小型円盤が飛んでいくのを確認してからすぐに寝てね……。」
美愛がそう言づけると、操縦の為に車体前方へ戻って行くと、すぐわきでは、神大寺と幸平が大急ぎで車体を畳んでいるのが見えた。
”カチャッ……バタンッ“夢三はリクライニングのシートを倒して仰向けになる。
「あんちゃんも、も少し寝るのは待ってなきゃならんべさ……。」
「ああ……だいじょぶさぁー……。」
夢三はそう言うと、車体上方を見上げて眠るタイミングを待った。
“ドーンッ”“ドーンッ”遠くの方から、爆発音が聞こえてきた……が、3分ほどでドローンの爆発音が全く聞こえなくなった。
「あっ……あれ……」
その瞬間、美由が天を指さす。
「そうね……小型円盤よ……お兄ちゃん、すぐに寝て!」
車体上部から小型円盤の姿を確認して、美愛が夢幻に寝るよう叫ぶ。
すると、すぐさま車体が浮かび始める。
「じゃあ……あんちゃんも寝てな……。」
「ああ……任せとけ……。」
車体が上昇すると小型円盤が3機視認できる位置で、そのまま中空に浮いていた……夢三が時を止めたのだ。
「これから透明保護膜をかけてから時を動かして、ドローン位置を探ろうとする瞬間だったのだろうね。
ドローンの爆発音が聞こえなくなったけど、あれが巨大円盤側が時を止めた合図だったのかもしれないね。
今は、巨大円盤が時を止めた効果範囲内にいた我々が、夢三君の能力で更に時を止めた……凄まじいまでの速さで時間が経過している中で、更にもっとすさじいまでの速さで時が流れているということになる。
ううむ……このことが外の時間の流れに対してどうなっているのか……ちょっと怖くなってくるね。」
幸平が、その様子を見て感心したようにうなる。
「はあー……師匠のこんな重い車体を浮かせる能力もすごい思っとりゃーしたけど、時を止める能力……どえりゃー恐るべしやな……。」
車体の後部カプセル内で上半身を起こして周囲を見回す夢双は、1人感心していた。
「いやいや……君の透明化能力もすごいよ。なにせどんな光さえも素通ししてしまうんだから……それに比べ……何の能力もない俺は……。」
幸平がそう呟きながら、うな垂れる。
「そうね……いやらしいだけで取り柄がほとんど見当たらないものね。」
追い打ちをかけるように美愛が冷たく呟く。
「そうですよね……あの白衣の研究員さんを残して、この人を連れて来た意味が、あたしにはよう分かりゃーせんですわ。」
美由も幸平に対しては、いい印象を持っていない様子だ。




