第63話
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「以上が、今回作戦の行動計画です。美愛さんからご提案があり、それが大変な妙案ということで、当初の案より若干変更いたしました。夢三君の能力により、より安全に巨大円盤への潜入が可能になるものと考えております。」
輸送機の会議室内で、白衣の研究員がホワイトボードとプロジェクターを駆使して、作戦内容を説明し終えた。
「ごっ……ご提案だなんて……そんなに大したことでも……。」
褒められた美愛は頬を赤らめながら、もじもじと照れくさそうに体を揺らす。
作戦計画が承認され、すぐさま決行と相成り、夢幻と夢双が目覚めるのを待って、航空自衛隊基地から輸送機で太平洋上の巨大円盤目指して飛び立ったのだ。
いつもなら潜入作戦の行動計画などはなく、行き当たりばったりのはずなのだが、今回ばかりは潜入時の細かな手順(小型円盤が発艦した時の夢幻の眠るタイミングと夢三が眠るタイミング)が説明された。
それだけ美愛の提案した作戦が、評価されているといえるだろう。
日本を含めアジアやヨーロッパなど、小型円盤にさらわれていく被害者が急増しており、待ったなしの状況なのだ。前回の失敗から米軍も艦隊や爆撃機を出撃させるのを躊躇う中、夢幻たち以外に事態を収拾できる術は現時点では見いだせていないという事のようだ。
「すいません、質問です。前回、作戦に参加した自衛隊員の姿が見えませんが、どこかで待ち合わせですか?
作戦が決まって急遽出発となって、間に合わなくて後から合流でしょうか?」
幸平が礼儀正しく手を挙げて質問をする。確かに、いつものように迷彩服を着込んだ軍人の姿が見えない。
「ああ……彼は今回の任務には参加いたしません。」
白衣の研究員がすぐさま答える。
「えーっ???だったら、誰がソナーを使って、巨大円盤との位置関係を測定するのですか?
やっぱり急遽決行となって、間に合わなかったという事ですか?」
幸平が不安そうに、目を細めながら尋ねる。
「彼の代わりは……神大寺さんにお願いするということになっております。そのような指令が来ております。
と、申しますのも、急遽決行となった事もあり、車体の改善が全く進んでおりません。つまり、夢幻君たちが眠るためのカプセルは、2つしかついていないわけです。夢幻君と夢双君の2人分あれば、当初は問題なく作戦実施できましたからね。
ところが夢三君の参加が急きょ決まりましたため、3つ分カプセルが必要となることとなりました。交代でカプセルを使うということも考えましたが、ドローンを放出して小型円盤の発艦を待って発着口から潜入する際、どうしても3人同時に横になる必要性があります。
交代では賄えないのです。更に、夢三君と美樹さんの座席も必要となります。ドローン放出前までは、車体内の居住スペースは、カプセル以外では6人分しかありません、座席は6つだけです。
その為、夢三君の代わりにソナー担当者が削られることになりました。更に美樹さんの代わりに私が……大変遺憾ながら、作戦参加ができなくなってしまいました。」
白衣の研究員が、悔しそうに下唇をかむ。
「だから……夢幻君と夢双君二人だけの能力で作戦を……おっと、恨み言は止めておきましょうね。少しでも成功確率の高い作戦を選定するのは、当然の事ですからね。
神大寺さんがソナー担当者の代わりを行うということで、作戦は実施可能ということになっております。」
白衣の研究員は興奮気味の感情を抑えるように、何度も深呼吸をしながら答えた。
「へえー……神大寺さん……元は潜水艦乗りだったのですか?」
すぐに夢幻が神大寺の方を向く。
「いや……俺は航空自……あっ……いやいやいや……むかしの事なんだが、通信教育でね。何かの役に立つだろうということで、色々な資格を取りまくった時代があった。その中の一つさ。」
神大寺は少し恥ずかしそうに、苦笑いをしながら答える。
「そうですね……空自……いやいやいや……昔の職場きっての資格の保有者と、仲間内では評判でしたからね。そんなことしなくても能力を高く評価されていたと聞いておりますが、その様な状況に甘えずひたすら勉学に励んでいたようですね。」
白衣の研究員が、羨望の眼差しで神大寺を見つめる。
「へえ……神大寺さんって、優秀だったんだ。」
作戦行動中の頼りがいは勿論だが、命の危機を神大寺の迅速な指示で助かった経緯もあり、その優秀さを疑うつもりはないのだが、それなのにどうして神大寺がNJのような表だって評価されることがない、どちらかというと左遷されているような環境にいるのか、美愛には不思議でならなかった。
「では……夢幻君と夢三君以外の方は、現場到着までに食事をして仮眠をとってください。
申し訳ありませんが、いつも通り夢幻君は寝ないで起きているようお願いいたします。今回は夢三君も起きている班に加わっていただきます。夢三君の時を止める能力の効果範囲が、どこまで及ぶのか、輸送機全体まで及ぶと、周囲時間が経過していないにもかかわらず、飛行することになります。
小型円盤が時を止めながら飛行していることは分っておりますが、小型円盤の推進力の原理も分かっておりませんし、レシプロの輸送機が飛び続けることができるかどうか、疑問視されております。
夢幻君の飛行能力に関しましては、既に時を止めた状態でも機能することは確認が取れておりますが、こと飛行機となりますと、翼に風を受けることにより揚力が得られるのですが、その効果範囲が限定される場合にどう作用するかわからないのです。確認とりたくても危険すぎて無理でしょうしね。
現地到着までは10時間ほどありますので、その他の方たちは仮眠をとるよう、お願いいたします。」
白衣の研究員が、美愛たちに仮眠をとるよう指示を出す。
「ふあーあ……毎度のことだな、もう慣れたよ。今回は昨日ある程度寝だめで来たから、少しはましかな。」
パジャマ姿のままの夢幻は、眠れないことに不満はない様子で、そのまま会議室隅に設置されたコーヒーサーバーからコーヒーをコップに注ぐと、ゆっくりと味わうように飲んだ。
「俺も師匠を見習って、起きとりゃーすで……また持ってきたでねー。」
そう言いながら、これまたパジャマ姿の夢双は将棋盤を会議室のテーブル上に広げた。
「ああ……寝れんのはいつもの事。違うか……ほんとは寝ていたのが、時を止めていたらしいからな。ううむ、寝れんのは辛そうだな……でも、しゃあなべさ。」
学生服姿の夢三は夢幻の後にコーヒーを注ぐと、部屋の隅の席に座りなおした。
「じゃあ……4人いるから、チーム戦というのはどうだい?
その方が、ずっと対戦していられるから、眠くもならないだろ?
まあ僕は、途中で少し仮眠させてもらわなければならないけどね。」
革つなぎ姿の幸平が、隅に座る夢三を追い立て夢幻たちの方へと連れてきて、チーム戦を提案する。
眠ることができない夢幻たちと、なるべく付き合おうという事のようだ。
「おっ、ええで。チームも変えながらやって行くとたのしいなあ、じゃあまずは俺と師匠でチームやな。」
夢双もうれしそうに答える。
「じゃあ、僕と夢三君のチームと対戦だ。パジャマチームと学生服・つなぎチームの対決だね。将棋はやった事あるよね?」
幸平が、俯き気味の夢三の顔を覗きこむ。
「は……はあ……。」
耳たぶまで真っ赤にして、夢三が小さな声で答えた。ひきこもりで、普段は家族以外とほとんど会話がないため、恥ずかしいのだろうか。
「相変わらず、すごい食欲ねえ。」
翌朝の出発1時間前、鶏のから揚げを取り皿に山盛りにしてがっつく夢幻の様子を見て、美愛がため息をつく。
「おにぃも相変わらずやなぁ。うちへ帰ってからも、いつも大盛りごはんにするもんだから、パパもママもどえりゃあ驚いとったでぇー、前は食が細くて心配されとったでねぇ。夢幻さんに出会えたのは、よかったんやろねぇ。」
夢幻の隣で同じように鳥から揚げをがっつく兄の姿を見て、美由が目を細める。
「あ……あんちゃんが……みんなと一緒に食事をしてるべ。」
更にその隣で、これまた取り皿に大盛りの鳥から揚げを盛り付けて、一気に頬張っている夢三の姿を見て、美樹が唖然として口をぽかんと開けたまま固まってしまった。
「うん?美樹ちゃんちのおにぃも、普段はあんまり食べにゃーのか?
うちのおにぃもガタイは大きいけどな……あたしよりもちょこっとしか食べりゃーせんかったけど、お師匠さんである夢幻さんと出会ってからは、マネしとるのかすんごく食べるようなって、家族みんなよろこんどりゃーすよ。本当に、ありがとうございます。」
美由はなぜか美愛に向き直って頭を下げる。
「えっ……あたしは、なにもしていないけど……?」
美由の突然の態度に、美愛が恐縮してかたまってしまう。
「そんな事にゃーですよー。美愛さんはおにぃが尊敬してやまない夢幻さんの妹さんでありゃーすし、更に皆の命を預かる車体の操縦者であると同時に、作戦参謀じゃにゃーすか。」
美由が、そのキラキラとした瞳をなんどもまばたきしながら、美愛を上目づかいで見つめる。
「そっ……そんな大それたもんじゃないのよ。今回の夢三さんの作戦だって、あたしが適当に何でも思いつくまま話すもんだから、たまたまそのうちの一つが当たったという程度なのよ。とても参謀なんて役割じゃないわ。
それよりも前回も前々回も夢双さんはお兄ちゃんに負けないくらい、たくさん食べていたじゃない。とても食が細いって感じじゃなかったけど?」
美愛が首をひねる。
「そうっすね。おにぃは一年くらい前までは、今と同じくらい明るくて食欲もどえりゃー凄かったんです。
ところが突然、不登校になりゃーして、一ヶ月位……部屋に閉じこもって食事も一日1回だけっちゅう毎日でした。毎日毎日パパもママもおにぃを気ぃ掛けて、ようやく学校へ通うようなって、ついでにどこから聞いたのか、バイトも始めました。
それからおにぃは元のように明るく優しいおにぃでりゃーしたけど……食欲は細いまんまで、でもその原因は未だに判っとりゃーせんのです……ですが、また戻るのがこわーて、よう聞けんのですぅ。
食欲の件も、うちでは禁句となっとるもんだで。」
美由が周りには聞こえない様、小さな声で説明する。
「ふうん……うちのおにぃちゃんも、高校に入ってからクラスの中で孤立しかけたことがあったようで、でもうちの中ではそんな素振りは全然みせなかった。幸平さんが転校して来てから改善したようで、そうなってからあたしのクラスメイトでお兄ちゃんがいる子から、初めて事情を聞いて驚いたわ。
今では結構クラスの中でもうまくやっているようでほっとしているけど、色々とあるのよ……多分……。」
美愛が励ますように、美由の肩をポンと軽く叩いた。太陽のように明るい美由が、そんな悩みを抱えていたとは、美愛には意外であった。しかも、同じく明るい夢双にそんな事情があったとは……。
上辺だけで人を推し量ることは難しいのだと、改めて認識した。
「うちのあんちゃんは……高校に入ってから3年間ずっと不登校です。父が学校と交渉して、中間と期末の試験を受けて学年平均を上回ることを条件に、高校生を続けています。
友達が訪ねてくることもありません。そんなあんちゃんが、皆さんと明るく話しながら食事をしているなんて、普段は病院など緊急時以外で外出することはありえません。家では大食漢ですが、人前で食事することはしないはずです。あんちゃんが嫌がるので、家族で外食などした事ありませんから。
でも……あたしや家族に対しては、明るく優しいあんちゃんなんですよ……。」
美樹が、夢幻たちと笑顔で談笑しながらモリモリ食べる兄の様子を、涙目で見つめながら呟く。
「ふうん……同じような病気を抱えた、いわば仲間だから気が合うのかな……良かったわね。
さっ、あたしたちも負けずに食べましょ。お腹が減っていては、作戦途中でばててしまうわよ。」
美愛が、美由と美樹を食卓へといざなう。昨日の夕食は、さすがに緊張していたのか、美樹は箸が進まなかった様なので、夜は美由とも示し合わせてガールズトークに華を咲かせた。
「なんか、あんちゃんの様子を見ていたら、食欲がわいてきました……。」
美樹が笑顔で鳥から揚げを頬張る。その様子を見て、美愛も美由もほっとした様子だ。
「さあ……準備はよろしいですか?そろそろ予定空域に到着いたしますから、格納庫へ向かってください。」
食事後支度を終え一息ついたころに、白衣の研究員が出発準備を指示し、全員が移動する。
「はぁ……なんかちょっとだぶだぶ……ですね……。」
革つなぎの胸元がスカスカの美樹が、不満そうに頬を膨らませる。
「すみませんね……美樹ちゃんのスーツを発注している間がなかったもので……とりあえず背格好は美由ちゃんと同じくらいなので、美由ちゃんの予備スーツをお渡ししましたが、サイズが合わなかったでしょうか?」
白衣の研究員が美樹の元に近寄って行く。
「はあ……きつくはないのですが……。」
美樹は胸元の余りをどうしようか、悩んでいる様子だ。
「まあ……着れているんだからOKだよ。それに中1だろ?
いずれ美由ちゃんにも負けないくらい、大きくなるから平気だよ。」
幸平もやってきて、いやらしい目つきで美樹の体を舐め回すように眺める。
「それ……セクハラよ。訴えてやるわ……。」
すぐに美愛が飛んできて、美樹を自分の後ろに隠すようにする。
「おおー怖い怖い……退散するか……。」
幸平は夢幻たちの方へと駆け寄って行った。




