第61話
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「ああ……そうだな……猛スピードで走っているとか飛んでいるとかいうのではなく、自分たちの周りだけ時間の流れが速いという事象のようだ。その中の人や物が動いていてもいなくても関係はない……つまり次元が異なるのだとレポートには書いてあるね。
異なった次元が、同じ空間に存在することになるらしい。
次元間の相対的な時間の流れ方が異なり、一方が止まっているような状況となる……と言う事だな。
例えて言うならDVDなどの映像を2台のモニターで同期して流していて、一方のモニターではそのまま流し続け、もう一方のモニターでは静止画にしたような状況だね。通常は同じ速度で映像を流しているので同期して2つの映像が進むが、能力を使った時だけ片方だけが先へ進んでしまうという事だ。」
神大寺がレポートを読みながら説明してくれる。
「ほぉー……そんな能力なんだ……すごいね……。」
夢幻が感心したように大きく頷く。
「それで……だね……ここからがちょっと言いにくい事になる訳だが、時を止めているというよりもその間自分だけ時間が早く流れている訳だから、余計に時間を過ごしているということになる。
一日の睡眠時間を8時間と考えると、人より1/3だけ早く歳をとってしまうことになってしまう訳だ。
但し……一瞬で8時間分時が経ってしまう訳ではなく、本人は8時間分の時間を経験しているので、睡眠時間は傍から見るとゼロなのだが十分な睡眠はとれているということになる。
つまり、その間多めに人生を進めている訳だから、早く歳をとるとは言えない……という考え方も出来る。
と言った説明でいいかね?」
神大寺が美愛と幸平の顔を見回す。
「はっ……はい……えーとですね……。」
美愛と幸平が時を止める能力は、それほど危険な能力ではないことを説明してあげる。
「はぁー……周りの時間が流れていないだけで、あんちゃんはちゃんと寝ていた。昨日聞いた時は、分ったつもりでいたけど、ほとんど理解できていませんでしたが……ようやく呑み込めてきました。
その能力を使うと、人より早く歳をとってしまう……とはいえ、あんちゃんが過ごした時間通りに経過するんだから、実質的には損はしない……と言う事ですね?」
美樹が大きな声で周りの出席者たちの顔を見回しながら、改めて確認をすると……皆それぞれ大きく頷いた。
「うーん……この病気……治すべきかどうか……悩んでしまうべさ。でっ……でも、その……時間を止める能力さえあれば、敵円盤を追い返せるという事ですかね?」
すると今度は、夢三が聞こえるか聞こえないかの小さな声で再確認する。
「ああ……その為の作戦を、いま検討中だ……協力をお願いできるかい?」
その言葉を逃さずに、神大寺が改めて頭を下げる。
「はあー……まあ……いいですよー……俺なんかが、お役に立てるのであれば……。」
夢三は少し戸惑い気味だが、それでも了解してくれた。
「あっ……あんちゃん……そんな宇宙人の円盤さ追い返すなんて……命がけの作戦だべさー……。
どうしてそんな事を、簡単に引き受けてしまうのさー無謀だべさー。
すいませんが……お断りします。兄は眠れない病気の治療に、ここへ来たのではなかったのですか?」
妹の美樹が神大寺に向き直って、厳しい表情で告げる。
「美樹よー……仕方ないべさー。ここにいる人たちの顔さ見れー……みんな俺達と変わらん学生さね。
そんなみんなががんばって、これまで来た円盤さ追い返していたんだべさ……。
今度はあんちゃんの役割だって言われたら、断れないべ?」
そんな美樹を夢三がたしなめる……なぜか夢三は美樹に対してだけは、普通に声を張って話せるようだ。
「したっけー……あんちゃん……。」
美樹が今度は夢三に向き直って、悲しい表情を見せる。
「大丈夫さー……無事に帰ってこれるっしょー……偉い人が作戦立ててくれるんだから。
お前はここで、あんちゃん帰ってくるところを待ってればいいっしょー……。」
そんな美樹を夢三が笑顔で励ます。
「いんや……だったらあたしも一緒に行く。知らない人たちばっかりだと、あんちゃん一人じゃ眠れんべさ。環境が変わると、あたしが一緒にいないとパジャマ着替えても無理っしょ?」
すると美樹が決心したように頷いた。
「そっ……それはまずいべさ。美樹まで危ない目に合わせたら、父ちゃん達に大目玉食らってしまうべさ。」
今度は夢三が困った表情を見せる。
「いんや……あたしも行く。」
美樹は頑として、兄の言う事を聞くつもりはなさそうだ。
「大丈夫よ、あたしたちもお兄ちゃんの付き添いで、いつも作戦に参加するから。美樹ちゃんも一緒にどうぞ。」
美愛が美樹を笑顔で誘う。
「そうと決まれば、早速、夢三君の能力の詳細確認と行こう。
夢双君の透明化との相性も確認が必要だが、作戦によっては飛行中に時を止めることがあり得るかもしれないから、夢幻君との相性確認も必要だね。
悪いが、これから再実験に参加してもらいたい。」
すぐに風洞実験室へ出向いて、夢幻たちとの相性確認作業を開始することになった。
「ではまず、夢双君の透明膜を張ったままでドローンの放出可能かどうかを確認しよう。
放出可能でも、夢双君の体に悪い影響を与えないかどうかの確認の為に、念のために心電計と脳波計をセットしてくれ……夢幻君と夢三君の体にもつけておいた方がいいね。」
神大寺が、まずは夢双1人でカプセル内で寝るよう指示をだし、研究員たちが有線式の心電計と脳波計のセンサーを夢双たちの体にセットし始めた。
「はいはい……分りました……プローブを巻いて……。」
セット後、夢双は浮遊実験装置のカプセル内に入ると、プローブを腹回りに巻き付けカプセルに横たわり、同時に美愛たちもプローブを装着した。
“カチッ”「眠ったようだね。」
すぐに周囲が真っ暗になり、神大寺が照明のスイッチを入れる。
「では、自動制御のドローンを飛ばして見よう……3mほど上昇して水平飛行を行い、すぐに着陸するよう設定されているはずだ。」
“ブーンッ”すぐに低音の回転音を響かせ1機のドローンがゆっくりと上昇し、すぐに透明膜を越えて見えなくなった。
「何もない空間からドローンが突然現れるのを視認いたしました……水平飛行後着陸!」
すぐに外から大声で、ドローンの様子が伝わって来た。
「どうやらうまく行った様子だね……透明化したままでもドローンの放出は可能ということになる。
確かにこれなら、円盤上で見つかりにくくなるね。」
神大寺の口元が緩む。
「では引き続き、夢三君の時を止める能力との相性確認だ……悪いが、こっちのカプセルに寝てくれるかい?」
神大寺は2本のアームで宙づりになっている、流線型のカプセルを指す。
夢幻用のカプセルだ……浮遊実験装置には睡眠用のカプセルが2つしか用意されていないのだ。
「分りました……よっこいしょ。ちょっと狭いですね……長さはいいけど幅がきつい。」
夢三は小さな声で呟きながらステップを昇ってカプセル内に入り込み、プローブを装着して横になった。
「さて……彼が寝たかどうかは……確認が難しいな。」
神大寺が周囲を見回すが、なにせ透明膜の為周りは何も見えないのだ。最初から真っ暗なので、薄暗くなっていく様子も確認できない。
「あたしが確認してみます。」
すぐに美樹がカプセルの所へ駆け寄って行った。
「あんちゃん……ねてるかー?」
ステップを昇った美樹が、カプセルのフード越しに兄に呼びかけているようだ。
「寝てますね……。」
美樹が振り向きながら答える。
「ようし……夢双君の透明化の最中に、夢三君の時を止める能力が加わっても、二人とも心電計や脳波の乱れは現れていない。詳しくは後で記録を確認してもらう必要性があるが、まあ大丈夫だろう。
後は、本当に時が止まっているかの確認だが……ようし、秘密兵器を出すか。」
神大寺は手にしていた黒いバッグからおもむろに、黒く細長いロープ状のものを取り出した。
「ファイバースコープだ。透明膜を物質が通過できるのであればと思って準備してきた。
胃カメラなどに使われるものだが、障害物に阻まれた先を見通す時など、隙間があればそこから覗けるので便利だ。勿論胃カメラと異なりプローバーは伸縮するようになっていて、2mまで伸びる。」
そう言いながら神大寺は、実験装置の端からファイバースコープを操作しながら、手元のモニターを注視する。
「おお見える見える……と言っても、スコープの照明だけだから人影程度にしか確認できない。そうだな……周囲の人に動きはない。確かこちら側に、秒針付きの壁掛け時計を設置してあったはずだ。おお……やはり秒針も動いていない……明らかに時が止まっているな……ううむ、すごいね。」
夢三の能力を初めて経験する神大寺は、感心したように何度も頷いた。
「では引き続き、今度は夢幻君との相性確認だな。悪いが夢三君と夢双君を起こしてくれるかい?」
その後少しの時間待って2人の容体の安定を確認してから、神大寺が美由と美樹に指示を出す。
「カプセルがないのだったら、夢双さんだけを起こせばいいんじゃないのですか?
夢三さんは寝ついたばかりで、気の毒ですよ。ちょっと美樹ちゃん、待ってもらえる?」
すぐに美愛が美樹を呼び止める……確かに夢三が寝ついてから30分ほどしか経過していない。
「いや……時を止めた状態でも、夢幻君の能力で飛行できるかも確認しておきたい。
夢三君は夢幻君のカプセルを使っているから、起こす必要性がある。」
神大寺は無理だと主張する。
「だったら……もう一時間くらい待ってから起きてもらえばいいんじゃないですか?
どうせ、周りの時間は止まっている訳だし……。」
すぐに幸平が提案する。
「ああ……そうだな。じゃあ、少し待つか。ようし、1時間休憩……と言ってもトイレもどこにも行けないぞ。プローブつけて、この実験装置内に留まっているしかない。
プローブを外して影響外へ出ると一体どうなってしまうのか、目覚まし時計は2分程して止まったし、壊れることもなかったが、人体への影響はまだわかっていないからね。」
神大寺が仕方なさそうにため息をついて、とりあえず休憩となったが、夢三の影響下から出ることは出来そうもない。
「美樹ちゃん……どう?」
美愛が美樹の所に寄って行く。
「どうって……あんちゃんは今日もまた寝てますね。やはり時を止めている……すごい速さで動いていた……と言う事ですかね?あんちゃんが睡眠とれていることは安心しました。
でも、昨日あんちゃんが寝た時と、ちょっと周りの状況が違いますね。昨日はもっとうすぼんやりと周囲が見えていたような……。」
美樹が首をひねる。
「そうね……昨日は夢三さんが時を止めていただけだったから……でも、今日は夢双さんが透明化しているの。
あたしたちの姿は、周りから見えない状態になっているのよ。見えないっていうことは、光や電磁波など全てそのまま透過してしまうの。」
美愛が美樹に、ようやく覚えた透明化の原理を分り易く説明してあげる。
「おにぃの能力やでー、めっちゃすごいやろ?」
美由が自慢げに胸を張る。
「へえー本当にあんちゃん以外で、寝ている時に怪現象に見舞われる人がいるのですね。先ほどまでも説明は受けていたのですが、信じられなくて。
作戦の話など聞いていても、チンプンカンプンでした。こんな怪現象で、困ることはないのですか?
あたしは……あんちゃんだけ早く歳を通ってしまって、おじいさんになってしまうのは困ります。」
美樹が頬を膨らませる。先ほどの説明を受けてから、ずっと気にしていたのだろう。夢三はそれほど気にしていない様子だったが、家族である美樹にしてみたら、兄だけ早く老け込んで行く事は耐えられない気持ちかもしれない。
「うーん、実質不利に働くことはない能力と言えるのだけど、確かに家族にとっては重要問題かもしれないね。やはり治療の手立ては考えたほうがいいのだろうね。」
幸平も大きく頷く。
「はあ……確かに……この先何十年も続くのであれば、治療した方がいいと言えるかもしれないわね。
まあ、もうすぐ医療用の解析装置が届くはずだから、今回の作戦が終わったら検査してもらえばいいわよ。」
神から与えられた能力だから、持っていても問題はないはずと主張していた美愛も、美樹の切実な気持ちを理解したようだ。
「夢三君だけではない。夢幻君や夢双君の症状も、巨大円盤の脅威が去れば治療した方が良い病状なのだ。
治療のための研究は、今後も続けて行く予定だ。それまでの期間は、申し訳ないが作戦に協力してもらいたい、人類の存亡がかかっているからね。」
そう言って神大寺が頭を下げる。
「はあ……治療する目途が立つまでであれば、どうせ同じことでしょうから。」
美樹が少し考えながら答える。




