第57話
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「ソナー担当の権藤です。
敵円盤の推進力の原理は解明されておりませんが、その駆動音も非常に小さな音です。しかも透明保護膜を通すとほとんど認識できない程度の音でしかありません。その為、現場では感知できませんでした。申し訳ありません。」
ソナー担当の自衛官が、深々と頭を下げる。
「それでも美愛さんが小型円盤を攻撃した時に推力を上げようととしたため、小型円盤の駆動音が直接拾えましたので、その音を参考に今回の作戦中の録音を再生してみました。
大半がドローンの爆発音と飛行音でしたが、それらをスクリーニングしたところ、ホバリングを開始して7分ほど経過した時点で、3機の小型円盤の推進音を捕えることができました。
巨大円盤の各所でドローンによる攻撃が始まった少し後ですね……透明保護膜を作動させたまま3方向へ散って行ったようです。つまり、その時点まで小型円盤は車体のすぐ間近に居たという事です。
その後5分ほどして3台が近くまで戻ってきて……この間にドローンを飛行中に破壊しつくしたという事ですね……すぐに2台の駆動音が消失し、1台だけ上昇して車体を攻撃して来たようです。この時の車体カメラの映像を見ますと、小型円盤発着口から大きくずれておりました。」
ソナー担当の自衛官が、当時の詳細状況を説明した。
「そうよそうよ……発着口すぐ脇で浮いていたはずが、なぜか一瞬で位置がずれていたのよ。すぐに攻撃されてしまい、言えなかったけど……。」
美愛が、ソナー担当官からの報告に同意する。
「それはどういう事ですか?小型円盤は我々が来るまで、円盤発着口近くで透明保護膜を張ったまま停船していて、ドローンの爆発音を感知して飛びたった。しかもあの狭い保護膜内をマッハどころか光速に近い速度で飛び回って、ドローンを短時間で破壊しつくした。その時に車体も何らかの影響を受けた、と言う事でしょうか?
そもそも我々よりも身軽なA国の超能力者たち……飛行能力がありますからね。彼らにも気づかれずに小型円盤発着口を開くことは難しいと考えます。やはりステルスモードで、円盤表面に待機させていた可能性が高いですかね?」
すぐに幸平が立ち上がって質問する。
「そうですね……小型円盤の発着口を開かずに小型円盤が巨大円盤から出てきたことを説明するだけなら、その推測で良いでしょう。ですが巨大円盤の隅々にまで散ったドローンを、一瞬で撃破したことを説明するのは無理があります。なにせ美愛さんが攻撃した時に、小型円盤は推力を制限していましたからね。
あの狭い空間では、光速どころかマッハも出せないでしょう。そんな小型円盤に一瞬でドローンを破壊しつくす妙技などできるはずもありません。巨大円盤表面上の異物を排除できるようなシステムを有していた……普通ならそう考えるでしょう。
ですが前回ドローンを放出した時に、そのようなシステムは使用されておりませんし、最初の対決時に戦闘機が保護膜内に突入した時も、バリアーを張った後の対応は小型円盤だけで行われておりました。
2回目の襲来時には透明膜を使用するなど、バージョンアップされておりましたので、新たなシステムの出現も考えられなくはないのですが、透明機能の有無などは最初の円盤にもあったのだが、そこまでの脅威を感じていなかったから使用していなかっただけと考えるのが普通です。各円盤機能に差はないのだと。
母船に対する脅威に対して、その様なシステムがあるのであれば最初から使用されているはずなので、恐らくは保護膜内の異物に関して、小型円盤以外の対応システムはないと考えるべきでしょう。保護膜内に入りこまれることは巨大円盤設計時には想定外であったのだろうと推測できます。
あまりに強力な兵器を使用して保護膜に当たると、保護膜のシステムに何らかの影響を与えるとか、あるいは反射して巨大円盤自体を破壊してしまうとか、そんなことも考えられますね。その為最初の襲来のときは、巨大円盤表面のレーザー砲の外に強力な火器も使用されましたが、全てバリアーを切った状態で使用されておりました。
そうなると……一体どのように対応したのか……推測が困難となります。
ところが睡眠時に時を止める症状を持った青年が発生しております。その事から察するに、敵円盤は時を止めることができる。それは保護膜のように機能するのではなく、巨大円盤と小型円盤それぞれにその能力を持っていると考えれば、今回の作戦失敗の説明が簡単にできます。
透明保護膜内にいた我々やドローンは時を止められておりますからね。効果範囲は限定されると考察した方が良いでしょう。小型円盤に攻撃された時、車体位置が異なっていた理由も理解できますし、巨大円盤は常にゆっくりと移動していましたからね。更に効果範囲の限定ということから、以前までの襲来時には、その機能を使用しなかったことも説明できます。
その機能を使用するための準備のようなものが必要ではないのかと想定しておりますが……なんにしろ、今回は敵円盤は時を止める機能を使用していた。
すなわち我々が敵巨大円盤の透明保護膜内に潜入してドローンを放出し、小型円盤の放出を待っていた。
ところが小型円盤放出時に我々に巨大円盤内に潜入されると気付いた敵は、小型円盤放出時は時を止めて放出。
透明保護膜を張った小型円盤は、そのままではドローン位置を把握できないため、発着口上空で一旦時を動かし、爆発音を聞いてドローン位置を把握。ある程度接近後再び時を止めてドローンに体当たりを行い、時を動かした時点で爆発するようにした。その為、一気に連続して大きな爆発音が鳴り響いたものと考えます。
その後発着口へ戻って来たが、この時は小型円盤のみが時を止めていましたから、時を動かして巨大円盤の発着口近くで一旦待機しております。
その後、巨大円盤側が時を止めて発着口から小型円盤を収納するはずでしたが、恐らく透明膜を張ったままでは接触の恐れもあるため、一旦透明保護膜を解いたのでしょう。その時に発着口脇に浮いていた車体を見つけ、1機の小型円盤のみ残って、保護膜を解除し透明膜のみで攻撃を仕掛けてきたと推察されます。
ドローンのように透明保護膜を張ったまま体当たりしても、車体は夢幻君のバリアーで守られておりましたからね。火器で攻撃する必要性があった訳です。
そうしてその小型円盤は、美愛さんが撃破……まあ何らかの損傷を与えたものと推測しております。」
白衣の研究員が、ホワイトボードに箇条書きに時系列を記載して行く。
「そ……そんなあ。時を止める能力だなんて……しかもその推測に至った理由が、睡眠時に時を止めている人の動画投稿があったからって、いくらなんでも無茶苦茶じゃない?
大体……どうして円盤の新機能と、動画投稿の睡眠時症候群が関連するというの?
いくらなんでも……こんな偶然が続くなんて、考えられないわ。」
美愛が立ち上がって反論する。
「おっしゃることはごもっともなのですが……前回の睡眠時透明化症候群と、円盤のステルス機能の合致……この解析も、夢双君たちの症例があったからこそ、早急に行うことができました。
そもそも最初の作戦時に、夢幻君の睡眠時浮遊症候群の保護膜機能が円盤潜入時に有効と推察して、それが実現していますからね。どうやら円盤の特性と、突然出現する能力者はリンクしていると考えても良いでしょう。
睡眠時の症候群だけとは限らないと想定しておりますがね……。
では、どうしてそのようなことが起こりうるのか……私もかなりの時間を割いて考察いたしましたが……たどり着いた結論は……神が与えてくれた能力……と考えるのが一番です。
有史以前より、地球上の生物を絶滅寸前まで刈取りを行っていた宇宙生命体……今では絶滅してしまったのかもしれませんが、少なくともそのシステムだけは健在で、今でも宇宙を暗躍していて、今度は地球をターゲットにしております。
その脅威に対抗できるように神が与えてくれた……と考えれば、敵のシステムのバージョンに呼応して、次々と能力者が出現することも頷けます。」
白衣の研究員はなんだか怪しげな、まさに神がかった論理を力説する。
「うーん……言われてみれば……とも思うけど……なんか納得できない……。」
美愛が頬を膨らませる。
「そうか……神様が与えてくれた能力か……ありがたい、ありがたい……。」
夢幻が両手をすり合わせて天を拝む。
「そうか……俺の能力も、神様が与えてくれた……こりゃ大事にせなならんな……。」
夢双も同様に天を拝む。
「なんだか納得しづらいけど……もし、そうであれば……時を止める動画を投稿した人の能力解析が必要となりますね。」
幸平が少し首をかしげながら立ち上がる。未だ半信半疑と言ったところだ。
「そうなのです。円盤の襲来に呼応するように、夢幻君や夢双君のような能力者が出現していることは、まぎれもない事実なのです。その事を真摯に受け止め、かような結論に至った訳です。
更に、2度あることは3度あるとも言いますからね。彼らは既にNJ事務所に到着しているはずですから、我々が帰ったころには能力のある程度の判定は出来ているでしょう。楽しみですね。」
白衣の研究員が笑顔を見せた。
その後輸送機は一路、滑走路を所有する航空自衛隊基地へ向かい、そこからヘリでNJ事務所最寄りの自衛隊基地を経由し、陸路で事務所へ向かった。
“キキッ”真っ黒いセダンが3台、NJ事務所の前に横付けされる。
「ふあー……眠い眠い。速攻で寝させてもらうよー。」
「俺も寝させてもらうでにゃー……。」
パジャマ姿の青年が2人……真っ先に降りてきて、事務所奥のドアを開け階段を上がって行った。
「お兄ちゃんは輸送機の飛行に影響するから寝られないけど、夢双さんは無理して付き合わなくてもよかったのに。」
そんな2人の様子を、美愛が首をひねりながら見送る。ライダースーツのような革つなぎを着ると、そのスタイルの良さが一段と際立つ。
「まあ……男の友情……というか、付き合いだね。
僕だって寝ずに3人で順番に将棋を指していたよ。僕の場合は徹夜は慣れっこということもあるけど、あの2人は作戦前夜から寝ていないから、その分辛かっただろうね。
一晩徹夜して、その後4時間くらいしか眠れなくて、そこからまた一晩起きていたんだものね。よく我慢したよ。」
黒の革つなぎを着た青年が美愛に続いて降りてきた。春巻幸平だ。
「おにぃは、昔っから人づきあいが良かったでりゃーしたからね。特に師匠さんの事は、心から尊敬しとりゃーすから。」
背は低いが革つなぎの胸元がはちきれんばかりの美少女、美由が続く。
「では遠路はるばるお越しいただいた、能力者の様子を見に行きますかね。皆さんはどうされますか?」
白衣の研究員が、幸平たちに尋ねてきた。
「それはもちろん新しい能力を見せていただきたいわ。お邪魔でなければだけど……。」
美愛が即座に返事する。
「では、参りましょうか。」
白衣の研究員を先頭に、NJ事務室奥の階段を昇って行く。
「そう言えば……神大寺さんはどうしたの?途中から顔を見なくなったけど。」
階段を上がって行きながら、美愛が周囲を見回す。確かに神大寺の姿が無いようだ。
「ああ……所長は、今回の作戦失敗報告に向かいました。ソナー担当の自衛官と一緒にね。
時を止める機能がある可能性があることも、一緒に報告予定となっております。まあ、簡単には信じてもらえないでしょうがね。作戦失敗の追及をかわすためのいい訳と受け止められかねません。
その為、時を止める能力者の解析を早急に行って、その事象の可能性を証明する必要性があります。」
何時になく真剣な表情で白衣の研究員が答える。確かに、今回作戦は失敗したのだ。前回と異なり、自分たちの被害は軽微だったため軽く考えていたのだが、大量のドローンを失い、さらに今後も誘拐被害者は増え続けることになるのだと、美愛たちは改めて自分たちの任務の重要性を認識した。
「お待たせいたしました。遠いところ、わざわざお出向きいただきまして、ありがとうございます。」
NJ事務所の4,5階をぶち抜いて作られた風洞実験室に入り、すぐに白衣の研究員が部屋中央で待っていた学生風の若者たちに大声で声をかける。
「あっ、こりゃどうも、おはようございます。こちらこそ……なんかわけわからんことで、世間様お騒がせして申し訳ありません。
私の兄の時任 夢三といいます。あたしは妹の美樹です。」
白衣を着た研究員たちに囲まれた、学生服姿の大柄の若者を隣の少女が紹介し、兄はその言葉に従い恥ずかしそうに小さく頭を下げる。
肩までの髪をツインテールにしたセーラー服姿の美少女は、自ら深々と頭を下げた。
「おおっと、君たちの事は国家機密なので、出身地や苗字などは伏せておいてもらいたいのですが……。」
すぐに白衣の研究員がたしなめる……が時すでに遅しだ。
「あたしは美愛です。あたしも、お兄ちゃんの付き添いできているの、よろしくね。」
すぐに美愛が美樹の所へ駆け寄って行く。
「僕は幸平。コンピューター関係の手伝いをしている。」
幸平は夢三の方へ近寄って行った。
「どうですか……彼の状況は?」
白衣の研究員が、他の研究員たちに現状確認を行う。
「はい……昨日到着後、既に20時間以上経過しておりますが、彼が睡眠する姿は確認されておりません。
眠くなったというたびに簡易ベッドで横になってもらっていますが、ベッドに横たわったかと思ったら、すぐに起き上がってしまいます。
どうやらお気に入りのパジャマを着ないと寝つけないようで……当初はためらっていたようですが、家にいる時と同じようにしてくださいとしつこくお願いしたことにより、着替えてからベッドに入っています。
ですが……起き上がるとすぐに学生服に着替えてしまいますね。几帳面な性格と言えるでしょう。
脳波測定を行っておりますが、ベッドに入る直前は半覚醒状態ですが、一瞬で覚醒状態に変化するようです。
状態変化から、睡眠を行ったとしか考えられないのですが……高速カメラで寝ている姿を撮影したりもしましたが、1フレームに伸びた体の画像が認められただけで、何も捉えることができておりません。」
タブレット型パソコンを手にした研究員が、画面を見せながら白衣の研究員に説明する。




