第55話
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「では、続いて後部ハッチを通って外へ出てください。」
「はい。」
美愛がレバーを操作して、車体を輸送機の下部に開いた空間目がけて外へと導いていく。
「では、夢双君も寝ていただけますか。」
「では、寝りゃーすよ。ねむなっとったから……丁度ええわー。」
夢双がそう言いながらカプセル内に横になる……と、1分程で周囲が真っ暗闇になった。
「夢双君も言っていた通り、すぐに寝つくことが出きるようになったようだね。
今回の作戦はスムーズに進みそうだな。」
“カチッ”その様子を見て、フロントパネルのバックライトを点けながら神大寺が嬉しそうにほくそ笑む。
「寝起きもようなったんですよー、期待しとってください。」
後部座席で美由が笑顔を見せる。誰もが新しいプロレス技を考え付いたのだろうと言うことを、すぐに頭に思い浮かべた。
「では美愛さん、そのまま180度車体を反転させてください。」
「はい、分りました。」
美愛がジャイロの表示を確認しながら、指示通り車体を反転させる。
「敵円盤は少しずつ位置を変えているのだろ?しかもステルスのままで……どうやってその位置を把握するのだ?
まさか行き当たりばったりで透明保護膜も稼働させたまま、その移動ルートをずっと飛び回っているという訳ではあるまい?」
いくら巨大円盤相手とはいえ遥か広い海原上を一体どこへ向かおうとしているのか、神大寺が焦って問いかける。
「はい……とりあえず我々が向かうのは、破壊されたドローンの位置関係から推測された移動先へ向かいます。しかし当然ながら誤差が見込まれますので、その周囲をやみくもに飛び回る訳には行きません。
その為ステルス円盤を追尾して、その位置座標を連絡してくるはずなのですが……しばらくすれば分るはずです。ちょっと私としても、信じられない様な作戦なもので……。」
白衣の研究員が少し動揺したように、汗をハンカチでぬぐいながら答える。
“ドーンッ”1時間ほど飛行していると、突然爆発音が遠くの方から聞こえてきた。
「あっ……恐らくあれがそうですね……。」
白衣の研究員が、頷きながら何も見えない前方を指さす。
「あれは一体……。」
「はあ……爆弾を積んだドローンを巨大円盤の周回予想座標近辺を飛行させ、衝突させて爆発することにより、その位置を我々に確認させるためのものです。なにせ無双君の透明膜は電波を通しませんので、通信できませんからね。
まさか本当にこんな事が実現可能とは……私も想定外でした……。」
白衣の研究員も信じられないといった表情で、数分間隔で近づいてくる爆発音に耳を澄ませているようだ。
「へえ……こんな短時間に、この海域を自動で飛行するようなプログラムを作成して、ドローンを運んできて飛ばしたのですか……すごい優秀なチームですね。」
幸平も両耳の後ろに両手を添えて、爆発音を聞き逃さないようにしているようだ。
「いえ……そうではなくて、無人の飛行船を世界中の空に飛ばせているようです。飛行船にドローンを積んでおいて、衛星と飛行船を中継してドローンを無線でコントロールしているのです。
飛行船のバルーン部分には太陽光発電パネルが貼りつけてあって、その電力でエンジンを動かしているため、無給油で半永久的に飛行可能と言われています。
本来は日本沿岸部分を監視するための飛行船でしたが、急遽この作戦に参加させることにしたようです。
飛行船とドローンとの通信距離は上空ですと10キロ以上ありますので、敵円盤からなるべく離れた地点から操作しているはずです……。
索敵活動は本来であればA国の超能力者たちが担当する役割とも言えますが、さすがに3人だけでは世界中の洋上をサポートできず、彼らは大西洋上を分散して対応しているようです。
他の海洋上はドローンと飛行船が、担当となっているようですね。」
白衣の研究員が、資料を確認しながら説明する。
「へえ……先日言っていた、世界中に及ぶ監視体制と言うのが出来上がって来ているという事ですね?
宇宙人の円盤が到着と同時に発見さえできれば攫われる人の被害も最小限にできるでしょうし、夢幻が参加すれば全員救出することも可能となりますね。それは喜ばしい……。」
幸平が感心したように、遥か遠くから聞こえてくる爆発音を確認しては頷いている。
「そうですね。更に円盤到着と同時に攻撃を仕掛けることが可能となれば、そうなれば破壊も選択肢の一つとなりえます。安全対策は別途研究が必要となるでしょうが……。その様な体制が調えば、夢幻君や夢双君の手を煩わせなくても、各国の軍事部門で対応可能となるでしょう。
まあ……まだまだ時間がかかるでしょうがね。」
白衣の研究員が、宙を見上げるようにして呟く。
何にしても、ようやく円盤に対抗する世界レベルの体制ができつつあることに、美愛も幸平も少し希望が見えてきた気になった。
「では……音のする方に向かってください。恐らく攻撃はあと少しで停止されるはずです。我々が向かっていることは、輸送機から連絡が入っているはずですからね。
我々を誤って攻撃しないように、ランデブーポイントに到達した後は、引き上げるような作戦となっております。」
白衣の研究員が美愛に指示を出す。
「はい。」
美愛が右方向にかじを取る……“ドーンッ”すると真正面から爆音が聞こえるようになった。
「爆圧音の強度から推測して、敵円盤まで3200m……角度は左に1度修正……。」
大きなヘッドフォンを装着した、迷彩柄の軍服を着た隊員が告げる。前回同様ソナー担当の自衛隊員だ。
「恐らくこれが最後でしょう……では美愛さん、方向修正と距離計のセットをお願いします。ジャイロの向きに注意してください。大まかな進んだ距離は飛行計で分りますから、1200mを切ったら言ってください。後はソナーで正確な巨大円盤からの距離を割り出しながら進みましょう。」
すぐに白衣の研究員が続けざまに指示を出す。
「分りました……左に1度修正して、残り距離を2000mにセット。これが0mになったら知らせます。」
美愛が操作パネルをタッチして、距離計をセットする。
「残り1200mを切りました……。」
美愛が距離計を見て告げる。
“コーンッ……コーンッ……”すぐに甲高い金属音が、車内に響き渡る。
「敵円盤保護膜まで……100m……」
ソナー担当者が、円盤との距離を読み上げる。
「えっ、まだ1キロ以上あるのではないですか?」
その結果にすぐに幸平が反応した。やはり目隠し状態での推測なので、距離感を間違っていたのだろうか。
「いえ……向こうも動いてこちらに寄って来ていますからね。これくらいでいいのです。
あまり離れていると、風のある上空ではソナーも聞こえにくいですから、なるべくギリギリまでの時間を計算しました。まあ接触したところで、透明化しておけば害はないですからね。」
白衣の研究員が頷く。
「残り……50m……30m……。」
ソナー担当者が残り距離を読み上げて行く……やがて青白い光の帯が、車体前方から後方へと抜けて行く。
“コーンッ……コーンッ”「敵円盤まで……距離およそ100m……」
更にソナー担当者が、円盤までの距離を読み上げる。
「やりましたね!円盤の透明保護膜内に潜入成功です。
では……寝たばかりで申し訳ありませんが、夢双君には起きていただく必要があります。
なるべく過激な起こし方は、しないであげてくださいね。」
白衣の研究員が夢双の体を気づかう。
「大丈夫ですって……ちゃっと起こしゃーすから。」
そう言いながら美由がシートから立ち上がり、後部のカプセルへと近づいて行く。
「おにぃ……おきぃやー……起きいひんと……フライング……エルボー……ドロップ……!」
カプセル脇から、美由が夢双の耳元で大声で叫ぶ。
「うげっ!……」
その瞬間、夢双が腹部を抑えながら飛び起きた。
「ねえー……起きよったでしょー。最近は技を繰り出す必要ものうなって、楽ですわ……。」
美由が自慢げに胸を張る。
「まさに、パブロフの犬状態だ……すごい……。」
幸平が唖然としながら、その様子を見つめていた。
「じゃあ美愛君、ヘッドライトを点灯してくれ。着艦場所は、いつもの小型円盤の発着口脇だ。」
神大寺は少し苦笑いを浮かべながらも、美愛に指示を出して着艦を促す。
「はい、分りました。」
美愛はヘッドライトを点灯させると、超巨大円盤のサッカーグラウンドほどの大きさの長方形の平坦な部分脇に車体を降ろした。
「では……夢幻君を起こしてくれ。起きたらすぐにドローンを飛ばすぞ。」
『はいっ!』
神大寺の掛け声で、各人が定位置へと散って行く。
「お兄ちゃん……起きて……お兄ちゃん……。」
美愛は急いで後部のカプセルへと向かい、夢幻を起こそうとする。
既にカプセル内の酸素濃度は低めに調節されているため、寝苦しくなっているはずだ。
「うっ……うーん……どうだ?終わったか?」
すぐにカプセルのフードを上げ、夢幻が目覚める。
「ううん……まだよ。これからドローンを飛ばすから、お兄ちゃんはすぐにまた寝ついてもらわなければならないけど、大丈夫?」
「ふあーあ……そうか……まだ円盤の外だな。まあ大丈夫だ……すぐに寝られるさ……。」
夢幻は生あくびを繰り返しながら、眠そうに瞼を擦る。
「ドローンを飛ばし終わった……これから車体を組み上げるから、夢幻君はそろそろ眠る準備をしておいてくれ。」
5分ほどして夢幻のカプセルに仕込まれたスピーカーから、神大寺の指示が聞こえてきた。
「はいはい……じゃあ、横になるか……。」
夢幻はそう言いながら、ゆっくりとカプセルに横たわった。
「まだ寝ないでね。皆が乗ってからよ、いいわね。」
美愛が夢幻に告げる。
「大丈夫だって。眼さえ開けていれば、簡単には寝ないさ。」
そう言いながら夢幻は、横たわったまま遥か上方を見つめる。ドローンも発射し終わり車体の天井はないのだが、透明幕の内側なので真っ暗で何も見えない。
「ようし、全員乗車した。夢幻君……寝てくれていいぞ。」
暫くして神大寺からの指示が、カプセルのスピーカーではなく車体前方から聞こえてきた。
「じゃあ、寝るぞ。」
カプセルのフードを閉じると、夢幻はすぐに目をつぶる。
急いで美愛が車体前方の操縦席へと戻ってきた。
すぐに斜体が浮き始めたので、美愛がレバー操作で数十メートル上方をキープしながらホバリングさせる。
「このまま小型円盤が放出されるまで待機だ。」
「はい……。」
前回同様の手順なので、とりわけ細かな指示がなくてもスムーズに進んだ……誰もが、今後の敵円盤との戦いも、この繰り返しで手順通りに進んで行くのだろうと安気に考えていた。
“ドーンッ……ドーンッ”遥か遠くで、いくつもの爆発音が聞こえてきた……放出したドローンが、巨大円盤に体当たりして爆発して行っているのだ。
“ドガガガガガッ”“ドドドドドンッ”暫くして、遥か遠くの爆音が連続して激しくなってきたようだ……。
「うーん、遅いな……。」
神大寺が時計を気にしながら呟く。既に10分も経過しているのに、一向に小型円盤が放出される気配すらないのだ。
「最初の潜入時は、既に各国の戦闘機が保護膜内に入り込んでいたからはっきりとは言えませんが、前回はドローン放出してから数分で小型円盤が放出されたはずです。
今回のドローンは前回よりも破壊力が小さいとか、あるいは攻撃目標設定のプログラムを変更などしましたか?」
さらに5分経過して、幸平が白衣の研究員に前回から変更点がなかったか確認する。
「確かに……攻撃目標選定のプログラムは、より効果を上げるために日々改善されているとは聞いております。
ドローンが目標設定した地点の画像と、他のドローン映像からその破壊状況画像を車体で記録していて、解析を行っていましたからね。
爆薬の量などの変更はありませんし、効果が向上した可能性はあっても劣ることはないと考えているのですが……ちょっと予想外です。もしかすると、ドローンによる攻撃などの陽動作戦から円盤内へ潜入される事を察知して、この程度の破壊工作には対応しないとプログラム改善がなされたのでしょうかね……。」
白衣の研究員ががっくりと肩を落とす。円盤内部に潜入できなければ、追い返すような設定も不可能なのだ。
「あれ?」
不意に美愛が小さく叫ぶ。
「どうした?美愛君?」
“ピカーッ”“ピカーッ”“ドーン”“ドーンッ”次の瞬間、車体が眩いばかりの閃光と衝撃音に包まれた。




