第54話
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「俺たちが目標空域に近づいていることは既に連絡が入っているはずだから、誤爆を防ぐためにこれ以上爆炎が上がることはないだろう。
後は、自分で位置を確認して行くしかないね。」
サイキックAはそう言いながら右手を大きく振りかぶり、勢いよく振り下ろした。
すると真っ白い光の玉が勢いよく発射され、何もない空間をひたすらまっすぐ海へ向かって落ちて行った。
「あれあれ……?さっき煙が上がった辺りを狙ったつもりなんだがな……。」
サイキックAは中空で停止し、腕を組み首をひねる。
「敵円盤はステルス状態のままゆっくりと移動していると聞きました、私がやってみます。」
サイキックBはそう言うと両手を高く掲げ、目をつぶった。
“バリバリバリッ……ガッガーンッ……バリバリバリッ……ドーンッ”いくつものかぎ状に鋭く折れては曲がり位置を変えて落下していく稲光が、サイキックBの足元の海面上に広範囲にわたって降り注ぐ……そのうちの一部分だけが、途中の空間に吸い込まれるように消えて行くのが見えた。
「どうやら、こっちの方向のようですね。」
彼らはサイキックBを先頭に、急いで降りていった。
“バシュ……”サイキックCの発する炎の玉が、数メートル下の空間で音もなく消え去る。
「このすぐ真下に、巨大円盤の透明保護膜があるのでしょう。見た目は雲の切れ間から遥か下に海原があるだけですがね。」
サイキックCがサイキックAに振り返る。
「ようし……じゃあ行くぞ。念のために寄り添って、手を握り合おう。」
サイキックAの両側にサイキックBとCがそれぞれ寄り添い手をつなぐ……サイキックAが目を閉じると、その瞬間3人の姿はいずこともなく消え去った。
「おお……うまく行ったようだな。透明保護膜の中は光のささない真っ暗闇と、日本の救出レポートにあったから間違いないだろう。」
サイキックAが握りしめていた手を離しヘルメットのライトを点灯させると、足の下に巨大な銀色の金属光沢のある壁が見えた……巨大円盤だ。
「さあて……ジャパニーズボーイたちが潜入時に利用しているという、小型円盤の発着口を探さねばならんな。」
サイキックAが、眼下の巨大円盤を見下ろしながら呟く。
「こちらのようですね……。」
サイキックBが先頭に立って進み始める……この時の為に膨大な写真や映像資料から、巨大円盤の外装構造を頭に叩き込んだのだった。
「この……巨大なラグビーフットボールグラウンドのような平面が、小型円盤の発着口ですね。」
サイキックBが、足元の大きな平面を指し示した。
「おおそうか……さてこれからどうするんだったかな?」
上から押し付けられる作戦には、あまり興味のないサイキックAがサイキックBに尋ねる。
「はい……ここで我々が巨大円盤に攻撃を仕掛け、我々を処理する為に小型円盤を放出しようとする際に、開いた発着口から潜入します。ルートは分かっているので中央制御室まで出向き、攫われた人々を救出する……以上です。」
サイキックBの答え方は、あくまでも事務的だ。
「おいおい……確かに円盤内部まで潜入できれば、外の空間をイメージして透明保護膜の外までだって瞬間移動することは可能だろう。だがしかし……一度に救出できるのは手を繋ぎ合ったとしても恐らく十人ほどだ。これ以上の人数となると自信がないし、第一君たち含めた飛行能力にも限界があるだろう?」
サイキックAがいつものように、渋い表情を見せる。
「そうですね……サイキックAの瞬間移動能力は、以前に近辺を飛行していた戦闘機をも巻き込んで行えたため、大量の人々の移動も可能と目されておりますが、移動した後の飛行能力には確かに限界があります。
その為、この海域には漁船にカムフラージュした船を配置させており、救出し終えるまで何度も巨大円盤への潜入と脱出を繰り返すという作戦となっております。」
作戦指示書を何度も読み返して丸暗記しているサイキックBが、文章を読み上げるかのように事務的に答えた。
「やれやれ……人使いの荒い……まあ仕方がないな。ジャパニーズボーイたちばかりに、活躍させるわけにはいかないということだ。じゃあ陽動作戦を行うとするか、発着口が開いたらすぐに突入することを忘れないようにね。」
“ボワッ……ドーンッ、ボワッ……ドーンッ”サイキックAは幾つもの光の玉を発して巨大円盤を攻撃し始め、サイキックBとCもそれに続いた。
“ボワッ……ドーンッ、ボワッ……ドーンッ”「ようし……そろそろ発着口上空で待機するとしよう。小型円盤が発艦してしまって、発着口が閉じてしまったらどうしようもないからね。」
数分間、巨大円盤上部を飛び回って光の玉や炎の玉及び雷でそれぞれ攻撃した後、サイキックAが集合を命じる。
「了解いたしました……バリアーに向けてではなく、巨大円盤本体への直接攻撃でありますから、敵は堪えているはずです……すぐに小型円盤が飛んできますよ。」
サイキックCがサイキックAに、ゆっくりと近づいてきた。
「そうですね……小型円盤の上昇時の風圧に流されない様、少し距離を保っておいた方がいいと考えます。発着口の真上ではなく、横方向へ移動して待ちましょう。」
サイキックBがやってきて、少し移動するよう指摘する。
ところがそれから数分待っても、発着口が開くことはなかった。
(まだなのか?)サイキックAが焦れ始めた時、まばゆくきらめく光に辺りが包まれようとした……次の瞬間……自分たちがまぶしいくらいに照りつける太陽の下にいることに気が付く……。
「どっどうしました?ここは天国でしょうか?我々は、敵の攻撃を受けて……。」
サイキックCは見渡す限り青一色の風景の中で、ひたすらパニックに陥る。
「いや……天国なんていいところじゃないさ、残念ながらここは現世のようだ。どうやら、また巨大円盤に攻撃されたようだな。危ういところで、火事場の馬鹿力……かな……またもや瞬間移動が発動したようだ。
作戦は失敗の様だな……残念だが帰投しよう。」
サイキックAたちは無線連絡で失敗を告げると、そのまま東へと飛んで行った。
「巨大円盤はステルスモードのまま移動している可能性があるという事だったが、現在位置はつかめているのか?」
輸送機の会議室で神大寺が、白衣の研究員に尋ねる。
「はい、ドローンが破壊された位置座標と日時を地図上に並べますと、直径2百キロメートルほどの円周上を時計回りに移動しているものと推察されます。破壊されるパターンの計算から、移動速度はおよそ時速十キロほどと見ています。
あまりに速いスピードだと、戻ってきた小型円盤が母船位置を見失ってしまうからですかね……もしくは燃料の節約かと考えられます。
現状の推定位置は、もっと南方なのですが、最西端……日本に最も近い位置で待ち伏せする予定でいます。輸送機の現場到達時刻は12時間後で、それから1時間ほど待てば、向こうから近づいてくるはずです。
兎も角、いままで1ヶ所に滞在していた超巨大円盤も移動しながら待機しているようですし、警戒モードはかなり上がっているようです……なにせステルスモードのまま人々をさらっているだけでも、大きな進歩と言えます。
当初からこのような方法を取られていたら、いくら夢幻君や夢双君がいたとしても、敵の状況が全く掴めませんから、手も足も出ずに収穫を継続されていたことでしょう。
そう考えると我々人類が、あの宇宙の略奪者に対して初めて抵抗を試みて、成功した種族と言えるのではないでしょうか。」
白衣の研究員が、世界地図上に大きくゆがんだ円を描きながら説明する。
「まぁたきよったんですか……性懲りもなく……。
まあ問題なくちゃっと解決できりゃーすよ。俺もあれから師匠を見習ってすぐ寝つけるよう、特訓を続けとりゃーすからね……いつでも寝れりゃーすよ……。」
身長180を超える巨体が、笑顔を見せる。
「そうなんすよー……おにいはあれから毎晩、特訓だって言って、横になってから寝つくまでの時間をあたしに計らせりゃーすが、今までの記録では最短が50秒で、最長でも5分で寝りゃーすようなりましたわー。
ばっちりですよー……あっこれ……お土産のういろうです……パパもママもよろしゅう言っとりゃーした。
あと……カレーもおいしかったと伝えとくれ言っとりゃーした。」
そう言いながら、小柄な美由が菓子折りを紙袋から取り出す。
「いやいやその……お土産等は、規則で受け取れないことになっているんですよ。残念なのですが……。」
差し出された神大寺が戸惑っているのを見かねて、白衣の研究員が丁寧に頭を下げて謝る。
「ええっ……でも……名物ですがね……。」
彼らの事情を知らない美由が、きょとんとしてあたりを見回した。
「ああっと……あたしたちは民間……と言うか学生だし……頂いても構わないわよね?
折角持ってきてもらったのに、受け取らないのも悪いじゃない……ありがたく頂くわ。
へえ……見た目は羊羹みたいね……後でお茶を入れてみんなで食べましょう。
それより、えらいわね……夢双さんはすぐに寝られる特訓をしていたなんて……。」
代わりに美愛が前に出て来て、お土産の菓子折りを受け取り中身を確認する。
「いやあ……皆さんにご迷惑をかけないで済むように……と言うより、美由のやつに絞め技掛けられにゃーですむようにですわ……。」
夢双が最後の方は小声で、美愛に耳打ちした。
「じゃあ……いつものように美愛君たちは、軽く食事をとってから仮眠してもらう。
夢幻君は悪いが食事も控えて、起きていてもらうことになる……夢双君はどうするかね?」
神大寺が、まずは食事と仮眠を皆に促す。
「俺は師匠と一緒に起きとりゃーす……今寝てまうと、大事な場面で寝りゃーせんようなってまう恐れがありゃーすからね。師匠……こうなると思うて、持ってきたでー。」
そう言いながら夢双は手の平サイズの木製の箱をバッグから取り出して、中身を会議室のテーブルの上に開けた。
「おや……将棋の駒だね。盤は紙か……夢幻も結構やる方だが、僕もそこそこ強いつもりだよ……。
もっとも、このところはずっとネットゲームばかりに興じていたから……腕も落ちたかな……。
仮眠から起きたら、僕も参加させてくれないか?」
その様子を見て幸平もうらやましそうに眺める。
「おお……ええで……起きたら一局やな……。」
夢双も笑顔で答えた。
「王手!」
“パチリ”幸平が、玉の頭に成り歩を進ませる。
「参った……うーん詰みゃーしたな……。
師匠とは8勝8敗の5分やったが……幸平とは0勝2敗か……うーん悔しい……もう一局……。」
夢双が悔しそうに下唇を噛みながら、駒を並べ始める。
手には山盛りの親子丼を持ち、食べながらの対戦だったようだ。
「残念ですが、もうそろそろ予定海域です。後10分ほどで出発となりますので、準備を急いでください。
夢幻君は既に丼4杯平らげて、歯を磨きに行きました。」
するとそこへ、白衣の研究員が呼びに来た。
「ありゃりゃ……しょもにゃーすにゃー……じゃあ今はおあづけだ、帰ってきたら勝負やで。」
「勿論さ……でも準備は大丈夫なのかい?」
夢双のリクエストに、幸平は気持ちよく応じる。
「ああ……師匠と幸平が対戦しとりゃーした時に、俺も既に丼3杯平らげといたでな。
これを食べりゃー腹一杯や……さてと、俺も歯磨きしときゃーな……。」
そう言いながら、どんぶり飯を掻きこむと、そのまま洗面所へ駆け込んで行った。
「うーん、大変な食欲だなあ……俺も丼1杯食べたけど、もう少し食べておくかな。」
夢幻と夢双の食欲につられて、幸平もどんぶりに半分ほどご飯を盛り始めた。
「まだ食べるの?男性陣はすごいわね……あたしも美由ちゃんも、ようやく1杯食べたというのに……緊張感のかけらもないわね。」
その様子を見て美愛が呆れたように呟く……いつもの光景だ。
「でも……流石に2回目となると……ちっとは気持ちも楽なって、食事も何とかなりました。
前回はずいぶん辛かったけど、慣れるもんですね……。」
美由は先程からずっと膝の屈伸や上体を伸ばしたりと、柔軟運動を繰り返しているようだ。少しでも体をほぐそうとしているのだろう。
「そうね……皆がいるから……たぶん大丈夫だから気を楽にね、頑張りましょう。」
美愛が美由を励ますように笑顔を見せる。
「では……そろそろ乗車してください。予定空域に入りました。」
白衣の研究員が、皆に指示を出す。
「じゃあ、行こう。」
会議室のドアをでて、格納庫の車体へ乗り込む。
「後部ゲートが開きました。では、夢幻君は寝てください。夢双君は寝ずにそのまま起きているようお願いします。
美愛さん……車体の留め具を外してください。」
「はい。」
“ガチャッ”白衣の研究員に指示され、美愛が車体の留め具を外すレバーを操作すると、暫くして斜体が浮き始めた……夢幻が寝ついたのだ。




