第53話
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「いましたよ……北太平洋上で、ここ数日で数個のドローンが破壊されています。
毎回座標が異なるためバードストライクと考えておりましたが、今回の小型円盤出現を考慮すると透明の巨大円盤が位置を変えながら存在しているものと推察され、確認に向かっているそうです。
ドローンの監視システムプログラムも一考の余地がありそうですね。後手に回ってしまいました。」
暫くして白衣の研究員が、息をきらせながら降りてきた。
「そうか……夢幻君……悪いが負荷を上げて寝てくれるかい?数日中には出発となりそうだ。」
その報告を聞いて、神大寺が立ち上がって夢幻に振り返る。
「すぐにでも行けますよ。いちいち負荷を落として能力を軽減させていると出動までに時間がかかってしまうと思って、負荷を落とさずにキープしていますから、このままで大丈夫です。」
ところが夢幻は、すぐに行けると笑顔で答えた。
「えっ……お兄ちゃん……負荷を減らして家に帰るための治療を続けていたんじゃなかったの?」
これには美愛も驚いた表情を見せる。
「いやあ……前回も1ヶ月ほどで次の円盤が来ただろ?
家に帰れるような状態になるには、もっと時間がかかってしまうだろうから、どうせまた戻すのならそのままでいいやと考えて、ずっと15トンの負荷をかけたまま寝ている。
寝る時の負荷をいきなり変えるのは、やっぱり寝つきが悪くなるから、そのままの方が快適に寝られるしね。
敵円盤はまだ百機以上いる訳だろ?それらを片付けるまでは、このままで行くのさ。」
夢幻は簡単に答えた。
「げっ……じゃあ、ずっとここで寝泊まりするつもり?」
「ああ、円盤襲来が長く続くなら、ここに就職……も視野に入れているよ。お前たちもここに就職予定なんだろ?
父さんに聞いたよ……まあ、それもいいなと思っているさ。普段はここの賄の食事を作っていればいいからな。
皆に言うと……そこまでしなくてもいいんだなんて気を使われそうだから、黙っていた。」
夢幻が笑みを浮かべる。
「ほうそうですか……負荷を変えずにそのまま寝ていたのですか。それは助かります、すぐに出動できますね。
夢双君たちは、最寄りの自衛隊基地から出発するよう至急手配をかけます。では、お願いいたします。」
白衣の研究員は、またすぐに事務所奥のドアから階段を上がって行ってしまった。
「そうか……皆には内緒で……本当にありがとう。君の功績は、必ず公にできる日が来ると信じている。
じゃあ悪いが、このまま出発だ。とりあえずユニフォームのつなぎに着替えるとするか。
夢幻君は……パジャマのままで問題ないね。では、十分後に応接に集合してくれ。」
『はいっ!』美愛も幸平も元気に返事をして、ロッカールームへ駆け込んで行った。
その後一行は車で最寄りの基地まで向かい、そこからヘリで港近くの大きな自衛隊基地へ到着した。
そこで夢双たちの到着を待ち、合流後は輸送機に乗り込んで、一路北太平洋上の巨大円盤を目指して出発した。
「では、サイキックAお願いいたします。」
「OK……しっかり見ていてくれよ。」
“バリバリバリバリッ”“ブーン”“ブーンッ”上空には数機のヘリコプターや無数のドローンが飛び交う中、ヘルメットのスピーカーから流れる無線通信にサイキックAは自信満々に答え、澄み切った青空をバックに中空に浮いたまま神経を集中させて目をつぶる……すると次の瞬間彼の姿は、その場から消え去った。
「こちらヘリ1号機……サイキックAの姿を見失いました。」
「こちらヘリ2号機……同様にサイキックAの姿を見失いました。」
「こちらドローンの監視システム……どのドローンもサイキックAの姿を捕えておりません。」
すぐに本部に、無線連絡が次々と入ってくる。
「こちらドーム球場内監視システム……いました。ちょうど2塁ベース上、10m位の高さに人影を確認、サイキックAと考えます。」
続いて屋内の監視システムから無線が入って来た。
「おお……実験は成功のようですね。、サイキックA……ドーム球場内で貴殿を確認した。
どうやら瞬間移動実験は成功のようだが、体調に変化はないですか?」
「ああ……すこぶる好調だよ。動悸もないし呼吸も乱れてはいない。ただし、少し興奮気味ではあるがね。前から言っていたように俺の瞬間移動能力は、壁なども通過して全く別の場所へも移動可能な訳だ。
しかし、その移動先をきちんとイメージできなければ、全然違う場所に出現してしまう。
視野内であれば、すでに自由自在に瞬間移動できるまでになって来たのだが、そんな事は急いで動けば実現することだから、大した意味は持たない。
物質を通過して別の場所まで行きたかったのだが、ビルの中の一室とかへ瞬間移動しようとすると、イメージがうまくいかないと壁の中に出現しそうで怖くて、とても試す気にもなれなかった。
屋内でもだだっ広い場所を探してもらうようお願いしていたのだが、せいぜいコンサートホールや体育館しか紹介してもらえなかった。
今回ようやく、こんな広い屋内施設を使わせてもらえることになって、俺様の主張が正しい事が証明できたという訳だ……これにより、あの巨大円盤のバリアーや透明保護膜とやらも、越えられそうだと証明できただろ?」
サイキックAは大きく胸を張る。
「そう言われましても……このドーム球場を借り切るだけではなく、半径5キロ以内は立ち入り禁止としました。
サイキックAたちの能力を表に出すわけにはいかないのでね。映画撮影ということで申請をしたのですが、その許可が下りるまでに1ヶ月以上かかってしまったのですから、遅くなったのは仕方がありません。
では引き続き、他の人や物までも一緒に移動できるか確認していただきます。よろしいですね?」
ヘルメットのスピーカーから、担当者の言い訳が聞こえてくる。世界規模というか、人類存亡の危機への対処だというのに、やれ機密を守らなければならないとか、許可を得なければできないなどと常に言い訳じみたことを言われるのに、彼は辟易していた。
小型円盤が出現して人がさらわれていくたびに、すぐに対処しなければいけないと尻を叩かれるのに、ジャパニーズボーイたちが円盤を追い返して脅威が去ってしまうと、今度は規則規則で縛り付けられてしまうのだ。
それでも、それまでの自分の人生を思えば、今の待遇は破格のものであるため、この環境を失うつもりはさらさらなかった……何とか折り合いをつけて、うまくやって行くつもりでいた。
「OK。サイキックB,Cを連れだって……更に30キロの重りを持って瞬間移動可能だ。これ以上の重さは、俺の体力から地上でも持ったまま動くのはきつい……だからやめておくよ。腰を痛めては大変だ。」
集団での瞬間移動実験を成功させ、サイキックAは更に鼻高々だ。
「サー……流石です。恐らくあなたは、この星で一番の能力者と言えるでしょう。」
ヘルメットからその長い髪の毛が出ているサイキックBが、嬉しそうにフードを上げて笑顔で称える。彼女にとっては人生2度目の瞬間移動となったのだ。
「本当にすごい能力です、サイキックA……この能力があれば、敵円盤内にも潜入可能ですね。
これで、ジャパニーズボーイたちに頼らなくても……。」
サイキックAが抱えていた30キロの重りを、軽々と受け取って元の場所に収納しながら、サイキックCが笑顔で話しかけてくる。
「いやいや……なかなか簡単にはいかないさ。敵円盤内部へ直接瞬間移動するのはまず無理だ。地球上のものではないから断面図からではイメージしにくいし、いくら内部スペースが広いといってもバカでかいわけだから、目的の場所へ出現できなければ中で迷ってしまいかねない。ビルの1室に瞬間移動するよりもさらに難しいだろうね。
このドームだって、1時間以上も中を飛行させてもらって隅々まで観察し、内部状態をしっかりと把握したうえで移動先をイメージした訳だ……それでも誤差がありそうだから、狭い空間へ移動するのはよした方がいい。
瞬間移動できる距離の限界は分らないが、行ったことのない場所へは当然のことながらいけないだろうし、行き先を強くイメージできなければ、どこかまったく別の場所へ飛んでいきかねないわけだ……あまり便利な能力とは言えないね。
だがまあ……前々回の円盤襲来時に、バリアーを外した円盤直近まで使づくことができたから、巨大円盤上部の印象は強く残っている。
ヘルメットカメラで撮影した映像も繰り返し見てイメージを固めているから、今なら透明保護膜の中に瞬間移動できると考えているさ……円盤が出現さえすれば……なのだがね……。」
サイキックAは、自信満々の様子だ。
「緊急連絡……緊急連絡……どうやら小型円盤が出現したようです。ステルスモードのまま一瞬で大勢の人々をさらって行っているように推測されます。
現在母船の位置を確認中ですが、太平洋上と推定されております……サイキックA、サイキックB、サイキックCは至急現場へ急行願います。米軍が協力していただけるようです。」
すると突然、ヘルメットのスピーカーから緊急連絡が入って来た。
「おやおや……噂をすれば……と言ったところかな。太平洋上という事だったね。我々がアメリカの西海岸でトライしていたのも、何か運命的なものを感じるね。
まだ休憩も取ってはいないんだが……そんな事許してくれるはずもないな……では参りましょうか。」
サイキックAはため息交じりに愚痴ると、そのままドーム出口へ向かった。
「大丈夫ですよ……太平洋上まで急いで向かうのなら恐らく飛行機でしょ、中でゆっくりくつろげますよ。」
サイキックCが寄って来て、笑顔で慰める。
「ああそうだな……旅客機じゃないだろうから美人の客室乗務員とまでは望まないが、十分満足できる食事と、せめてシャワー位完備していてくれるとありがたいね。」
サイキックAも笑顔に戻り、ドーム外へ迎えに来た軍用ジープに乗り込んだ。
「おいおい……豪華なステーキディナーの機内食はどうなったんだ?シャワールームどころか、こんな狭いコックピットに押し込められちまって……。」
耳が痛くなるような轟音と風切音の中、サイキックAの愚痴がヘルメットスピーカーから流れてくる。
「仕方がないですよ……攫われて行った人たちは、そのまま細菌が入ったツボに落とされて、消化されて行っているそうですから、至急助けに行かなければならないのです。だから我々は米軍のジェット戦闘機の後部座席を借りて、猛スピードで現場へ向かっているという訳です。」
すぐにサイキックCが、いつものようにサイキックAを慰める。本当なら自分が愚痴りたいところなのだが、最近はサイキックAに常に先を越されてしまうため、自分が慰め役に回るしかなくなっているのだ。
「ジェット戦闘機ならば、巨大円盤が潜伏していると推定される空域まで、およそ8時間ほどで到着可能と言っておりました……それまでは食事も可能です。」
更にサイキックBも加わってくる。
「食事っていったって……こんな息苦しい中でヘルメットの風防の隙間から、ビーフジャーキーやポテトチップスを、ストローを使ってフレッシュジュースで流し込むくらいしか出来ない。
とても味わっているような状態ではないぞ。度々すごい加速度Gを感じて腹を圧迫されているし、下手すると逆流してきそうで、怖い……。」
「申し訳ありませんが、我慢してください。緊急事態なのですから。」
至極真面目な性格のサイキックBは、サイキックAの愚痴にも事務的に返した。
「ジャパニーズボーイたちも向かっていると聞いたぞ。恐らく彼らに先を越されない為に急いでいるだけだろ?
急いては事をし損じるというじゃないか……もっと余裕をもってゆったりとした計画を……だな……。
そもそも……このジェット戦闘機は、現場空域に到着したらそこで停車してくれるのか?さっきから嫌な予感しかしていないのだが……。」
サイキックAの愚痴は尽きることなく、流れ続ける。
「指定空域に到着しました……後席のエージェントは、両手を掲げて頭部背面のレバーを掴み、両膝をお腹に付けた緊急保護姿勢をとってください……。」
暫く飛びつづけた後、前席のパイロットから指示がヘルメットスピーカーを通じて流れてきた。
「はあ……やっぱりだ……いやな予感が当たっちまった……。」
そう言いながらサイキックAは、言われた通りヘッドレスト脇のバーを掴み身を屈める。
“ジュッパーンッ”すぐに頭上の風防が弾け飛び、同時に自分の体が強いGを感じながら持ち上がった……射出座席で高速飛行するジェット戦闘機外へ放り出されたのだ。
3メンバーを放出した3機の戦闘機はバランスを建て直し、そのままUターンして基地へ戻って行った。
“バサッ”すぐにシートに取り付けられたパラシュートが開き、落下速度が緩む。
「さあて……じゃあ、透明円盤を探すとしようか……。」
サイキックAはそう言うとすぐに腹にある大きな丸い留金を回しシートベルトを外すと、シートごとパラシュートは投げ捨てて、中空に浮かんだ。
「円盤は、どのあたりに潜んでいるのでしょうかね……手当たり次第に炎の玉を飛ばして見ましょうか?」
すぐにシートを捨てて身軽になったサイキックCが飛んできた。
「すぐに判るさ……。」
“ドーンッ”するとすぐに、自分たちの足の遥か下の方で黒煙が上がる。
「どうやら俺たちは、ずいぶんと上空に降ろされちまったようだな……。」
サイキックAはため息をつきながら、煙の方へ移動を開始した。
「ジェット戦闘機はステルス状態の巨大円盤の透明保護膜に接触することを避けるため、高高度飛行を行っていたものと考えます……仕方がありませんね。」
サイキックBは、あくまでも事務的に説明しながらついてきた。
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