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第51話

「あーあ……結局今回の作戦も、政府からは感謝状の1枚もなかったわねー。それどころかNJからの感謝状すらなかったわよねー。」

 事務所の応接のソファーに深く腰掛け体を反らせて、天井をみつめながら美愛がこぼす。


「ああ……神大寺さんからの感謝状は、いちいちそんな面倒な事をしなくてもいいと、俺が断っておいた。

 その代わりに副賞のカレーはくださいってお願いしておいたら、今度は種類が増えたぞ。」

 パジャマ姿で応接のソファーに腰かける夢幻が、笑顔で答える。


 1時期能力が消失した影響もあるのか、浮遊能力が格段に向上して復活したため、負荷を減らして日常生活に戻れるようになるには、2ヶ月以上の滞在が必要と言われ、夏休みが終わった後もNJ事務所から学校へ通っているのだ。


「だってぇー……カレーなのよカレー……流石にカレーばかり毎日食べるわけにはいかないから、仕方がないからご近所さんにもおすそ分けしたんだけど、何の表示もないただのラミネート包装は抵抗があるみたいで、あまり喜ばれなかったわ。


 事情を話すわけにもいかないし……でも……まだ前回貰った分だって残っているし、どうやって消費して行くか悩んでいるくらいなのよ。」

 美愛が憂鬱そうに小さく首を振る。


「美愛は前回貰った分ばかり食べているからだよ……今回は同じカレーでも肉や味が変わっているぞ。

 しかも同じビーフカレーでも何種類かの違った味が……。」

 このところ毎日カレーを食べている夢幻は、舌舐めずりをしながら笑みを浮かべた。


「あれは……各地の海軍カレーだ。当初は一つの基地……いや機関のみで販売されていたのだが、その評判を聞き付けた各地の基地……いや、出張所……だな……も、こぞってご当地カレーを作って販売し始めた。


 どの地域でも大評判で、口コミで広まっているだけなんだが、今ではネット販売もやっている地域もあるくらいだ。その試作品をまたもや流用させてもらった訳だ。4つの地域のご当地海軍カレーのレトルトパックだ。

 夢双君たちにも持たそうとしたのだが荷物になると思い、こちらは自宅宛に宅配便で送った。


 かなり喜んでくれたようで、お礼状まで送られてきたよ。」

 いつの間にか応接にやって来ていた神大寺が、1通の封書を見せる。


「へえ……いまどきメールじゃなくて、手紙なんて珍しいわね……なんて書いてあったの?」

 美愛がソファーから前のめりになりながら問いかける。


「ああ……美由君からの手紙なんだが……夢双君はどんな状況でもすぐに寝られるような能力をつけるべく、特訓と称して色々と試行錯誤しているらしい。


 おかげでたまの休みの日なのに寝てばっかりで、どこにも連れて行ってくれなくなったと、ぼやいているようだ。」

 神大寺が封筒から数枚の便箋を取り出して見せる。


「結局、睡眠時透明化症候群の治療はあきらめて、その能力を持ったまま帰って行ったのよね。

 でも美由ちゃん達のおかげで、本当に助かったわよねー。」

 美愛が納得したように大きく頷いた。


「夢双の能力は夢幻と違って天井を壊してしまう心配がなく、特段能力をセーブしなくてもいいからすぐに帰れたよね。しかも、その能力で人類に貢献できると知って、誇らしげにしていたからね。また透明円盤が出現したら、応援に来てくれるんですよね?」

 幸平が神大寺から手紙を受け取り、目を通す。


「ああ……彼らの地元にはうちの研究員を派遣して、常駐するように手配済みだ。敵円盤出現時には、最寄りの自衛隊基地から作戦地域へ向かうことになっている。夢双君の能力は、敵円盤が透明になっていない場合でも敵円盤内での作戦行動に役立つから、常にサポートをお願いすることになるね。」

 神大寺が夢双たちへの対応状況を説明する。


「そうですか……美由ちゃんもカレーは本当においしいって書いてきていますね。でらうみゃーでかんわーって書いてあります。」

 幸平が、最終ページの便箋を読みながら笑顔を見せる。


「あたしだって……カレーはおいしいと思っているわよ。でも……食べてなくなってしまうようなものじゃなくて、何か形が残るものが欲しいの。


 常に危険と背中合わせの作戦なんだもの……万一失敗した場合に、あたしたちが人類の為に戦ったって分るような記録と言うか……記念碑のようなものが欲しいの。」

 美愛は自分たちが命がけで戦ったことが公にできないでいることを、面白く感じていない様子だ。


「我々の作戦行動中の映像の一部……夢幻君や夢双君の能力など、トップシークレットに関わる部分は除いてなのですが……は、世界各国の軍事部門に送付されて評価されています。


 それによって前回、使用にまでは至りませんでしたが、円盤内部破壊用のドローンの自動プログラムが制作されたり、新たな対応策が練られたりしています。


 トップシークレットとはいえ、一部は世界中の国々へ配信されていますし、いずれ近いうちに全ての部分が公にされると考えております。その暁には、晴れて公式に皆さんが表彰されるということになるでしょうね。」

 白衣の研究員もやってきたようだ。


「ふうん……だったらいいんだけど……あー早くあたしたちの活躍が認められて、感謝状や勲章に報奨金……なんて事にならないかしら……報奨金は過去の分も合わせて積み立ててあるんでしょうね!」

 美愛が、語尾を強調して神大寺らに詰め寄る。


「さあなあ……報奨金は難しいかもしれんぞ。なにせ米軍から日本政府あてに軍事協力費の要請が来ているようだしな。」

 神大寺が、言いづらそうに打ち明ける。


「軍事協力費って……何よ……。」

 美愛が少し頬を膨らませながら問いかける。


「巨大円盤対策費さ……前回の透明円盤の撃退作戦は失敗したのだが、世界的な評価では痛み分け……つまり巨大円盤も海の藻屑と消えたことになっている。米軍側は第7、第9艦隊と多くの爆撃機や戦闘機を失い犠牲者も多く出しただろ?


 その損害分の補てんを世界各国から募るということで、各国宛に金額を指定して要求してきている……日本政府あてには1000億円の要求が来ているようだ。」

 神大寺がとんでもないことを言い出した。


「おかしいじゃない?巨大円盤を追い返したのはあたしたちで、米国艦隊は巨大円盤の攻撃で撃沈されただけじゃない……それなのにどうしてその軍事費とやらを日本が負担しなくちゃならないのよ。あたしたちへの報奨金を、米軍からも徴収してほしいくらいよ!」

 神大寺の言葉に、美愛が立ち上がって叫び始めた。


「まあまあ……落ち着いてくれ。だがまあ……実際に大きな損害を出したのは米国軍であることは間違いがない訳だ。しかもその相手は、地球の生命を食料にしようとしている宇宙からの言わば侵略者だ。

 勿論、夢幻君や夢双君や美愛君たちの活躍によって円盤は追い返せたし、多くの人々を救出できた。


 しかし今後も常に君たちが全ての円盤の対処に向かえるとは限らないだろ?なにせ残り百機以上の円盤が地球に向かってきているはずなんだ。当たり前の話だが、この星の全ての能力を結集して対処しなければならないわけだ。勿論その中には夢幻君たちが含まれるが、米軍だって貴重な戦力なのだ。


 地球規模の脅威に対して戦って散って行った犠牲者たちに対してもそうだが、その戦費の補てんは世界各国が負担し合わなければならないだろう。前回作戦で多くの人を救出できたが、それ以上に犠牲者もまた多い事も知っていてほしい。」

 神大寺が、真剣な表情で美愛を説得にかかる。


「そりゃあ……確かにあたしたちだけが戦っているっていうつもりはないわよ。A国の超能力者さんたちだってそうだし……各国の軍人さんたちだって戦っているのは認めるわよ。でも……その人たちは戦果を挙げれば表彰されたり称えられたりするでしょ?


 でもあたしたちはどうなの?命がけの作戦で人々を救出して来ても、そのこと自体すらも公表されない。前回なんて神大寺さんたちが釣りしている時に、たまたま漂流していた人たちを見つけたなんて事になっていたんだからね。きっとあたしたちの作戦が失敗して全滅したとしても、あたしたちの事は報道すらされないのよ!」

 美愛が涙目で訴える。


「いや……確かに君たちにばかり頼りきっていたこれまでの状況を打開しようと、世界中で活発な動きがでている。まずは君たちへのアシスト体勢を整え、近いうちに君たちに頼らなくても円盤に対抗できる術を見いだせるはずだ。」

 神大寺が、手にこぶしをにぎりしめて力説する。


「近いうちっていつよ……あたしたちの作戦が失敗して、全滅してからってことはないわよね!」

 真顔の神大寺を、美愛がきつい目つきで睨みつける。


「まあまあ……落ち着いてください。今回含めて2回も敵円盤を追い返しましたが、様々な観測データから敵円盤の襲来をいち早く探知するシステムなど、現在開発中です。


 敵円盤は海洋上空に停泊する場合が多いようですから、世界中の海洋にドローンを飛ばして、常に監視するような体制が整いつつあります。


 後でわかったのですが、透明円盤が滞在中の該当海域では、渡り鳥が蛇行しながら飛んでいたことが記録されております。またマグロやカツオなどの回遊魚や、クジラなども該当海域を避けていた形跡もあるようです。

 つまり鳥たちなど野生生物には、透明円盤もある程度検知できていたものと推察されております。


 恐らく遥か太古の時代、人類が地上を占有する前までは、野生動物たちが敵円盤の標的となっていたでしょうから、彼らも種の絶滅を避けるために何らかの感知能力を取得したものと想定しております。


 恐らく海洋上空の空気の乱れや地磁気の乱れなどを感知しているのでしょうが、それに対応するセンサーの開発も進んでおります。敵円盤を探知可能となり、更にドローンなどの自動プログラムが完全に機能するようになれば、恐らく各国政府は敵円盤が宇宙からの侵略であることを公表するでしょう。


 そうなれば夢幻君や夢双君の能力は公にしないまでも、皆さんの活躍が何らかの形で報じられると考えております。その日が来るのは、そう遠くないでしょう。」

 イラつく美愛を諭すように、白衣の研究員はやさしい笑顔を浮かべながら説明する。


「それはそうと……新たな能力者かもしれない映像が、投稿されました。」

 白衣の研究員が、タブレットパソコンの画面を皆に見せる。どうやら、これを見せるためにやってきた様子だ。


「えー……うちのあんちゃんは、もう10日も寝ていませんっていうやつ?

 不眠症のお兄さんがどうしたっていうのよ。確かに寝ないでずっと起きていられるなら、夜の勤務なんかいいかもしれないけど……別に交代ですればいいんだから、とりわけ能力って言うものじゃないでしょ?


 第一……寝ないのは健康に悪いのよ。若いからって無理するのは、良くないわ。」

 立ち上がってタブレットを覗き込んだ美愛が、すぐにソファーに腰かけ直した。


「ああ……kitakitunemiki@……って人の投稿でしょ?僕も最初の動画を見た時は驚いたけど、あれはあまりにも画質を落としすぎていて、小さな画面でしか見ることができなかったから、試しに僕の前の会社宛に正式画像を送ってもらって見てみたら、これがひどいんですよ。


 定点カメラの映像で30時間分あるんですが、確かに動画に出てくるお兄さんと称する人物……正式画像では顔部分の加工もされていなかったので、30時間トイレ以外はずっと映り続けていました。


 食事は運んできてもらって映ったまま食べています。全く寝ないわけではなくて、夜に2度眠くなったと言ってベッドで横になるシーンがありまます。横になった途端に目が覚めたといって起き上がるのですが……そのシーンを拡大すると、その前後で寝ている姿が重なりません。ずれているのが丸分りです。


 つまり合成ですよ。うまく加工されてはいますが、寝ているシーンを削除して繋げているだけです。

 全くの不正動画で……何のためにこんな面倒なことをしたのか疑いたくなりますよ。なにせ画像サイズが大きすぎて、ダウンロードだけでも30分以上かかってしまいましたからね。


 さらに画像の解析に多くの時間をとられて……なにせ30時間分だから……以降も毎日撮りだめてあるので、必要なら送付しますってメールが添付されていたけど、さすがにお断りしました。


 それでも画像の加工技術は大したものですよ。定点カメラの映像とはいえ、机の上に置いてある目覚まし時計の針の動きまでもが非常になめらかで、結合した痕跡は見出せませんでした。惜しむらくは寝ている時の兄と称する人物の状態だけですよね……こっちは人だけに全く同じ状態を再現するなんて事は、無理でしょうからね。」


 幸平が苦虫をかみつぶしたような、厳しい表情を見せる。つまらない事に時間をとられたことが相当悔しいのだろう。


「そうですね……我々も当初は同様に考えておりました。ですが……どうしてこのような映像を撮影しようと考えたのか……その動機……ですね……そちらの方に考えが行きましたもので……。


 なにせ兄と称する人物の寝姿……と申しましょうか、その状態は、正常な画像の解像度であれば拡大しなくても明らかに前後でずれておりますからね……それこそ瞬間移動のように、横になってから十数秒後に人物の体が十数センチ横へずれています……これは2回ともほぼ同様でした。


 そうして十秒ほどして目覚めたといって起き上がるのですが、その間の動きはスムーズで違和感ありません。

 つまり画像を合成したと思しき部分は、兄と称する人物が眠くなってベッドに横になった時から、十数秒後の場面以外にはないのです。


 延々と30時間も長い時間撮影を続け、その動画をアップした理由はなんでしょうか?さらに継続して撮影しているのですよ?

 30時間のうちのたったの2フレームだけの合成であれば、見つからないだろうと考えたからでしょうか?


 それにしては兄と称する人物の寝姿部分の映像は、異常と感じざるを得ません。素晴らしい画像の加工技術を持っているにもかかわらず、なぜわざわざ正常な画質で見たら一目瞭然の動画を投稿したのか……それは真実の映像だからではないのだろうかと……。


 そこで我々は、この映像を肯定することにしてみました。つまりこの映像は加工などされてはいないと考えることにしたわけです……そうなるとどうでしょう……兄と称する人物が、たったの1フレーム間にそれまで不自然な動きを感じさせなかったのが、十数センチ移動しています……それはどうやってなしえたのでしょうか?」

 白衣の研究員が、皆の顔を見回す。


「そ……それは……瞬間移動?」

 美愛が、少し考えながら答える。


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