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第50話

「あんちゃん、どうだった?」

 翌日の夕方、兄が帰宅すると、玄関前に待ちかねたように妹が立っていた。


「ああ……思春期にはよくある症状だって……試験勉強とかで夜更かしを続けるとくせになって寝つきにくくなることもあるそうだ。受験勉強も含めてあまり無理するなって叱られたさー。


 ずっと起き続けるなんて事は出来ないから、どこかで少しずつでも寝てるはずだけど、それが大事な授業や試験の最中だったら困るだろうからって、先生が睡眠導入剤っちゅうのを出してくれたべさ。


 毎日飲むと、これも癖になって、今度は薬なしじゃあ寝つけなくなっちまう場合もあるそだから、本当に寝つけない時だけにしろって言われたさー。試しに今晩飲んでみるべかな。」

 夢三が小さな紙袋を掲げて見せる。


「ふうん……いかったぁ……あんちゃんそのまま入院するんじゃないかと、心配だったんだ……。

 だってぇー……全然眠くならないんだべ?」

 妹がほっとしたように笑顔を見せる。授業中も、兄の病気の事が気がかりでならなかったのだろう。


「いや、だから……眠くならないんじゃなくて……眠なって寝ようとしても、そっからは目が冴えて眠れないんさー。ベッドに横になるまでは、なまら眠いんだけどなぁ……。」

 兄が自信なさげに首をかしげる。


「ふうん……やっぱりあのベッドでないかぃ?

 だったら……今日ベッド交換してみる?試験終ったんだから、早く寝ちゃっても大丈夫だべ?」

 妹が思わぬことを提案する。


「おお……それもいいかもしれんなー。でもまあ……まずは処方してもらった薬を試してみるわ。

 それでも駄目なら……違うベッドで寝てみるのもいいかもしれないべ。だけんどもいいのか?あのベッドじゃあ一睡もできんべさ。」


「うん……大丈夫。うちの学校は来週月曜から試験だから、丁度いいべさー。」

 兄の言葉に、妹は右手に力こぶを作ってみせる。


「じゃあ、そん時は頼むわぁ……さっ家に入るか。」

 兄妹仲良く家に入って行った。



「おはよう……あれ?あんちゃん……もう起きてるってことは、貰ってきた薬がバッチリ効いて、ゆんべは熟睡だったんよねー?すっきりしたお目覚めと言ったところでないかい?」


 翌朝、着替えて階下へ降りてきた妹が、いつもと違い食卓にすでに腰かけている兄の姿を認め、嬉しそうに笑顔を見せた。


「いや、その逆さー。試験勉強も終ったから、ゆんべははよ寝ようとして12時前に薬飲んで横になったんだぁ……ところがやっぱり1分も経たずに起きちまって、仕方がないからずっと深夜放送のラジオ聞いてた。


 このところ寝つけなくても明け方になるともう一度睡魔に襲われてたんだが、それすらもなくてずっと起きてたわ。睡眠導入剤どころか、覚醒剤じゃないかと思ったぐらいさー。」

 ところが兄は浮かぬ顔で答える。


「覚醒剤って……麻薬じゃん……。」


「あっいや……そんなやばげな薬じゃなくって、眠り過ぎを防止するような眠気を覚ますような薬……だな、興奮剤とかいうもんかな?兎も角、飲んでからは、ぴくっとも眠くならんべさ。」

 兄は少し驚いたような表情で、小さく首を振る。


「ふうん……大丈夫なの?」


「ああ……体はだいじょぶさぁ。夜食作ってもらわなかったから腹が減り過ぎて、母ちゃん起こして早飯作ってもらってたところさー。頭だってすっきりしてるし、寝れん以外は何の問題もないべさー。」

 兄は自分の胸の辺りを、右手で作った拳固で軽く叩きながら笑顔を見せた。


「その……寝れんのが大問題なんじゃろが……5時だよ5時……まんだ暗いのにたたき起こされて……母ちゃん腹減ったから飯作れだって……ほんにはんかくさい……。


 しかも……2食分も作らされて……父ちゃんが知ったら雷が落ちるべ……。」

 母が息子の食器を片付けながら、苦々しく語る。


「悪い悪い……でも薬を貰ってきたから、ゆんべはぐっすりと思ってたんだから仕方がないべさ。今日からはまた夜食をお願いするさ。食べなきゃ次の日の朝飯にするからさー。」

 それでも息子は悪びれずに笑顔を見せる。


「ああ、そうさせてもらうよ。毎朝夜明け前に起こされては堪らんからさー。」

 母は母なりに息子の体を心配しているのだが、それでも息子が元気そうなのでそれ以上追及することは止めた。


「あんちゃん……母ちゃん仕事だから……次からはあたしを起こしなー。インランぐらいだったら作ってあげるから。」


 妹が小声で兄に耳打ちする。中学に入り家事も少しは手伝うようになってきた妹だが、さすがに料理は勉強中で包丁さばきも危なっかしい。せいぜいインスタントのラーメンを作るぐらいであろうが、それでもありがたいお言葉である。


「悪いな……次からは頼むわ。そんでもまあ……今晩からベッド交換してくれ。」

「そだねー……じゃあ、今日からあたしはあんちゃんの部屋で勉強しますか。」


「おお……部屋ごと交換だな。」

 とりあえず妹と部屋を交換して、寝てみることになった。



「じゃあ……試験勉強頑張ってくれ。無理して起きようとしなくても大丈夫さー、眠くなったら寝るのが一番。そんでも、すぐに目が覚めちまうんさー。


 一晩でも勉強はかどるぞー……夜食は俺の分も食べても構わんからな……。」

 その日の晩、兄と妹で勉強部屋の交換が行われた。


「うん……眠くならんのなら勉強バッチリだね。楽しみー……。」

 兄にとっては迷惑でしかないことでも、試験間近な妹にとっては非常にありがたい事である。

 妹は教科書や参考書を手に兄の部屋へと入って行った。


「ふう……狭いベッドだな……。」

 変わって妹の部屋に入ってきた兄は、ぬいぐるみに埋もれた妹のベッドを見てため息をつく。


「このところ寝てないとは言っても、さすがにすぐには寝つけんから、まあラジオでも聞いて……っとその前に、ベッドの上だけでも片づけるか。」


 夢三はベッドの両脇を囲むように配置されたぬいぐるみの数々を、妹の勉強机の上に積み上げて行った。

 既に試験が終っているので本日は勉強の予定もなく、ベッドの上で横になりながらラジオでも聞こうと思っているようだ。


「これでよし……と……。」

 ベッドの上を片付けてから持ってきたラジオのスイッチを入れ、ベッドの上に横たわる。


 既にパジャマに着替えて歯も磨いているため、早い時間ではあるのだが、このまま寝てしまってもいいつもりで本人はいる。眠れなくなってから4日も経過しようとしているので、今日くらいは早くに寝ついてしまうのではないかという期待もあった。


 だが、その期待も裏腹に、一向に眠けはやってこなかった。


「くあー……参ったな、もう12時か。勉強してるのと変わらんなぁ……仕方がない……効かないのは分ってるけど、昨日貰ってきた薬をもう一度飲むか……。」

 ぼやきながらペットボトルの水で睡眠導入剤を飲み、明かりも消して目をつぶる。



(ふあー……流石にベッドを変えると寝つきが悪くなったようだが、それでも眠れたぞ。でもまだ暗いな……何時だ?)

“カチッ”夢三が部屋の照明を点ける。


(あれ……まだ30分どころか、10分ちょっとしか経ってないべ。いつもと違ってすぐには寝つけなくって、ベッドの上で何度も寝返りを打っていたかんな……実質1分も寝てないべさ……。

 やれやれ……また眠れんのか?そういや美樹はどうなっとるかな?)


 夢三はあきらめたようにベッドから起き上がると、廊下の向かい側の自分の部屋へと向かった。


「美樹ー……起きてるかー?入るぞー……。」

“カチャッ”廊下から声をかけてから、ドアを開ける。


「ありゃりゃ……どうも……ベッドのせいじゃなさそうだな……。」

 兄のベッドでは、妹がスヤスヤと寝息を立てていた。



「はっ……あれ?あんちゃん……???」

 ベッドの上で眠そうに目を擦りながら、妹が呟く。


 外は明るくなりかけているのだが、明かりもつけずに薄暗い中で兄は勉強机の椅子に腰かけていた。


「おお起きたか……やっぱり眠れんもんだで、ずっと起きとったわ。夜食食うのに机が必要でさー、明るくなるまで我慢して、戻ってきた。」

 そういいながら兄は、げんこつサイズの大きなおにぎりを、大口を開けて頬張った。


「ひえー寝ちゃったんかー、起こしてくれればよかったのにさー。今何時?」

 妹は寝みだれた髪を手で直しながら、時計を探す。


「おお……まだ5時だから、ちょっとは勉強できるさねー。」

 そう言いながら机の上の目覚まし時計を見せてやる。


「あっ……じゃあ、勉強しよっと……あんちゃん、一寸どいて。」

 そう言いながら椅子に座る兄を立ち上がらせて、妹が代わりに腰かける。


「えへへ……今日は数学の試験さー、丁度いいから教えて。」

 そう言いながら妹は、教科書の出題範囲のページを開いて示す。


「うーん……この辺りで重要なのはだな……。」

 仕方なく、兄は妹の背後に回って勉強を見てやることになった。



「あんちゃん、まだ眠れないの?あたしの試験中は、いつ行ってもあんちゃんが起きていたから便利でありがたかったけど、流石にまずいっしょ。もう1週間ぐらい寝てないべさ?」

 週末の食卓で、妹がハンバーグを頬張りながら兄の様子を気づかう。


「おお……俺の試験の時からだから、もう10日にもなるわ。さすがにまずいと思って今日の昼にもう一度市民病院行ってみたんだけど、今の薬よりも強い薬は高校生には出せないってさー。


 寝てなけりゃ目が充血してたり、心拍や血圧上がったりするらしいんだけどどれも正常値で、多分授業中にでも寝てるんだろうって一言で片づけられた。まあ、俺の場合は日中部屋で寝ているって事だろうな。


 昼間に寝てるから、夜寝れんのだろうって言われちまった。そんなはずないんだけどなぁ……そりゃ眠くて仕方がないときは、ベッドに横になるときもあるけども……1分もしないですぐに目が覚めて起きるんだからさー。睡眠時間1分でいいんだったら、便利な体だべさ……。


 学校行ってる皆に遅れないよう、昼間時間は毎日ちゃんと勉強してるつもりさね。」


 夢三が首をかしげる。普段引きこもりで外に出ることはめったにないのだが、さすがに家族全員が心配しているため、病院へ行くことにしたようだ。


「だったらー……動画上げてみる?


 クラスの友達に聞いたんだけど……あんちゃんの様子が変だっていう動画……最近多いらしいんだ……。

 うまくいくと、どこかの機関が原因究明して治療してくれる場合があるんだって……。」

 すると妹が、とんでもないことを言い出した。


「ああ……俺も見たことあるぞ……寝ているあんちゃんが宙に浮いたり、何もないところから突然あんちゃんが出現するっていう動画だべ?

 一時期ネットでも評判になっていた……投稿者が高校生や中学生がほとんどらしいべさ。


 どうにも怪しげな動画ばっかで、話題に上るのも一時期だけで、すぐ立ち消えてしまうようだべ。それに宙に浮いたり消えたりするならまだいいけんど、寝ないっていうのはどう撮影するんだべ?

 ずっと起きてますって……ただひたすら起きてるところを映すのか?やりようがないべさ?」


 確かに、眠らないという事を証明する画像と言うのは難しそうだ。


「そだねー……あんちゃんが起きたまま勉強やご飯食べている所をひたすら撮影して、それを送ることになるかなー……あたしがカメラマンしてあんちゃんに密着するさー。」


「学校はどうする?美樹は朝練もあるだろうし、日中は?他にトイレやふろだって……流石に撮影しても流せんべさ……。」

 兄は至極当たり前に否定する。


「うーん……だったらこういうのはどうだべさ?


 あんちゃんの部屋に固定カメラを設置して、毎日を撮影するの……それこそ朝から次の日の朝までずっと……勉強しているところを映すのさね。一緒に机の上の目覚まし時計も映せば、時間経過も分かるべさ?


 ご飯はあたしが運ぶから机で食べるとして……トイレやお風呂は……その間だけ空けてもお兄ちゃんは烏の行水だから風呂も何分も入ってないっしょ。その時に断わって行けば、だったら大丈夫だべさ……。


 定点カメラの画像で連続していれば、一日起きてる証拠にはなると思うさー。」

 妹は自信満々で答える。


「うーん……そううまくいくかなー……したっけ……お医者さんに説明するにしても、俺の様子を撮影した映像があった方がいいんだろなあ……仕方がない……一発やってみるか……。」

 兄は渋々承知した。


 そうしてまずは週中の水曜から木曜に掛けて30時間分の連続映像を撮影し、それを動画サイトに投稿した。

 と言ってもファイルサイズが大きいため画質を極端に落とす必要があり、コメント欄にこの症状に興味があって治療のための研究をしていただける機関には、正常画質のファイルを送付すると記載した。


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