第45話
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「ううむ……前回の潜入時の報告書を読む限り、航行プログラムにアクセスして書き換えたりするような、特異な出来事に対して警戒している様子は全くありませんでした。
ところが今回の円盤では、そのようなイレギュラーな作業に対して対策が施されている様子です……そもそも、透明化してその姿を直接見られないように警戒していることからも、バージョンは上であろうと認識せざるを得ませんね。
後続の円盤ではプログラムの改変が行われているということなのでしょうが……プログラム上の不具合に途中で気づいて変更が行われたのであれば、他の円盤にも連絡して同じ対策を施してもよかったように感じますがね……先の円盤の宇宙人たちが全滅してしまった後に、対策されたのでしょうかね……。
ちょっと、私に操作させてください。」
白衣の研究員が、幸平に代わってテーブル正面に立つ。
「では、この円盤の制御システムが改変されたのはいつでしょうか?」
研究員がそう呟きながらテーブル上に手をかざすと、幾何学文字の羅列が表示される。
「まあ、宇宙人の言語が理解できませんから、なんと記載されているかわかりませんが、おそらく変更があった時期が表示されているのでしょうね。
では……この変更が行われたきっかけを、その事実に基づいた映像もしくはCGで表現してみてください。」
研究員がそう呟きながら手をかざす……。
「あれ?これって……。」
そこに映し出されたのは、驚くべき映像だった……。
「A国の超能力者たちが中心になって、巨大円盤の一部に向けてバリアーの上から思い切り攻撃を仕掛けている場面のようですね……前回飛来した円盤との戦闘シーンですね。
映像はバリアーの内側から……つまり円盤からの撮影ですから、間違いなく前回の円盤が撮影したもののようです。
そうですよね……あまりに激しい攻撃の爆炎で、視界の一部が失われてしまったがために、バリアーを解いて攻撃を仕掛けようとしたのでしたね……そうですか……あのようなことを2度と起こさないために、透明化して飛来したというわけですね。
大きな成果を上げましたよね……前回の襲来の時よりもはるかに大規模だった米国艦隊の攻撃をも、簡単に撃破してしまいましたからね……。」
研究員がホログラム映像を覗き込みながら、納得とばかりにうなずく。
「これってあたしたちなんじゃ……。」
さらにその後画面が切り替わり、屋内の映像に……そこには大勢の人々が映し出され、そのうちの3人が部屋中を動き回っている。
「そのようですね……皆さんが中央操作室……前回の円盤を恒星に突っ込ませるようプログラムを書き換えた場面なのでしょうね……。
恐らく収穫の際の出来事は映像収録されて、何か不具合が生じた場合には、他の円盤へ報告されるようプログラムされているのでしょう。
でもおかしいですよね……先ほど、中間地点の居住区で確認しましたが、この円盤内には我々とさらわれてきた人たち以外に生物といえば細菌類以外はいないはずですよね……だれがプログラムの対策を行ったのでしょうか……???」
研究員が首をひねる。
「多分、大昔のこの円盤を作り上げたころの宇宙人たちは、あらゆる事態を想定して、その対処を自動で行えるようプログラム化していたのだろうと思います。
そのために一度に全機で襲来せずに円盤が順送りでやってきて、1台目の円盤の不具合点を2台目以降で修正……といったことを行うのではないでしょうか。
だからこそ、その持ち主である宇宙人たちが死に絶えた後でも、そのプログラムをもとに各星を渡り歩いて収穫を続けていられるのでしょう……恐ろしいシステムといえますね。」
幸平が厳しい表情で推論を披露する。
「恐らくその推測は正しいのでしょうね……あまりにも完璧なシステムを作り上げてしまったがために、それを利用する子孫たちは、何もすることがなくなり知能が退化していってしまい、細菌たちの反乱ともいえる株の変化に対処できなかったのでしょう。」
「でも……この円盤のバリアーは電波を通さないはずじゃあ……前回円盤に潜入したときだって、バリアー内の飛行編隊には通信できたけど、外との通信はできなかったですよね……。」
美愛が首をひねる。
「まあ、そうですね……もしかするとバリアーを解いた出発1分前くらいにまとめて報告通信を行っているのかもしれません。
宇宙のどこかに通信基地のようなものがあって、そこにメッセージを蓄えておいて、他の円盤のバリアーが解かれたときに取り出したりするのでしょうかね。
もしくは……銀河間航行をするときには超空間を使うのでしょうが、電波はそのようなことはできません。
そうなると光速と同じ速さで電波は移動しますから、何光年も離れていれば、電波が届くまでに何年もかかってしまいます。
我々が所有している電波による通信以外の、超長距離通信なるものが存在していて、その方法であるならば円盤のバリアーも、超空間飛行時ですらも問題なく通信可能なのかもしれません……まあ、そう考えるほうが自然なのでしょうね。
そうだとしても困りましたね……地球の収穫は終了したとして追い返すことはできても、他の星へ向かって収穫されては、迷惑を後ろに押し付けているだけになってしまいますからね……。
さらにまた、この円盤が収穫に地球へやってくることになってしまいますからね……さてどうしましょうか……。」
研究員が腕を組んで考え込む。
「大きな爆弾を積んで来ればよかったですよね……宇宙空間に行った時点で爆発するように仕掛けておけば……。」
幸平が、残念そうに悔しがる。
「爆弾は積んであるぞ……核弾頭とはいかんが、高性能爆弾を大量にな……ドローンの円盤内部破壊用のプログラムは無理でも、爆薬だけなら調達可能だからね。
宇宙人との戦闘となって、どうしようもなくなった場合は、中央制御室で爆発させるつもりだった。
もちろん、夢幻君のバリアー機能頼みだったがね。
ここで爆発させれば、おそらく中央制御室どころか、この外の大きな空間が釜ごと吹き飛ぶだろう……円盤の外壁にまで達するような、大きな穴をあけられるはずだ。」
神大寺が突然口を開く。
「じゃあ、それを仕掛けておいて時限爆弾とすれば……。」
「まあ、それも一つの選択肢ではありますが……このような巨大な円盤が高速飛行しているときに爆発させて、それが他の惑星系に影響を与えないものかどうか……ちょっと不安要素があります。
ましてや銀河間飛行のような超空間を飛行しているときに大爆発をしてしまうと、この次元空間自体に裂け目が生じてしまう恐れがあるわけです。
ですので地球上で停止しているときに爆発させるのであればともかく、宇宙空間で爆発させるというわけには、倫理上……そのため、恒星に突っ込ませるのが最善の策だったわけです。」
研究員が残念そうに首を振る。
「仕方がないですね……では次の目標の恒星系の、別の惑星を目標に変更しましょうか……恐らく生物が大量に生息する惑星が目標でしょうから、そこをずらすだけでも効果が……。」
幸平が提案する。
「そうですね……やってみましょうか……次の目標は、現状目標のずっと内側のこの惑星に変更。」
研究員がつぶやきながら手をかざすと、画面が白く反転し、いつもの幾何学表示に切り替わる。
「エラー画面のようですね……恐らく生物が生息していないから、次の目標として適さないと判定されてしまうのでしょう……航行プログラムの制約を解除しない限り、変更は難しそうですね。」
研究員が残念そうにため息をつく。
「だったら、収穫数量を常にゼロに設定するようにしたらどうなの?
それだと、これ以上犠牲者は出ないんじゃない?」
そこで美愛が口を挟む。
「ああ……その手がありましたか……この円盤の最低収穫目標値はいくつでしょうか?」
研究員がそう呟きながら手をかざすと、幾何学文字の羅列が浮かび上がった。
「では、この数値から最低収穫目標値を差し引いた値を最低収穫目標値にセット。」
研究員がそう呟くと、表示される幾何学文字の表示が切り替わった。
「今度は、この円盤の最高収穫目標値を表示してください。」
研究員がそう呟いて手をかざすと、またまた幾何学文字の羅列が浮かび上がる。
「では、またこの数値から最高収穫目標値を差し引いた値を最高収穫目標値にセットしてください。」
研究員がそう呟くと、表示される幾何学文字の羅列が切り替わる。
「では引き続き、この円盤の最高収穫目標値と最低収穫目標値を2段表示してください。」
研究員がそう呟きテーブル上に手をかざすと、幾何学文字が2段に表示される。
「文字の意味は理解できませんが……見た目は上下段ともに同じ文字列に見えます。
つまり最高目標値と最低目標値が同一になっているはずです……恐らくその値はゼロであると期待できます。
では、この最高収穫目標値と最低収穫目標値をもとに、今後の収穫計画の数値を見直ししてください。
それから他の円盤にも連絡して、今後の収穫目標値は、今回の値を参考にすべて見直したほうがいいでしょう。
それが今後も安全に航行を続けるための改善策となりえますよ、守ってくださいね……これで完了……と。」
研究員の言葉に呼応するように、3Dホログラムの幾何学文字が切り替わり、カウンターのように順送りされていく。
「うーん……どうやら、次の目標へ移動開始準備に入った模様ですね。
前回同様、移動開始までの時間を設定しましたか?」
研究員が幸平の顔を覗き込む。
「それはもちろん……前回は1時間に設定して時間が足りなくて、神大寺さんを置き去りにしなければならなくなってしまったため、今回は2時間に設定しました。
1時間余裕があれば夢幻を起こしてからでも、再度眠らせられるから……。」
幸平が笑顔で答える。
「そうですか……少し余裕がありますから、いろいろと情報をいただいておきましょうかね。
まずは……そうですね……あなたたちが生息する星を教えてください。」
研究員がそう呟きながらテーブル上に手をかざすと、画面が白く反転して幾何学文字の羅列が表示される。
「あれ?おかしいですね……。」
研究員が首をひねる。
「いろいろな星系にまで勢力圏を広げているから、一つの星として表示できないということではないでしょうか?」
「この円盤の中の宇宙人は死に絶えてしまっているから、あなたたちというのが伝わっていないのじゃあないの?細菌のことと考えているかも……。」
「まあ、それもありえますね……では、この円盤を作った種族……我々から見れば宇宙人という表現になりますが、その種族の起源となる星を、この地球という星が存在する星系……太陽系との位置関係をCGで表現してください。」
研究員がそう呟きながら手をかざすと、画面が真っ暗となった後にいくつもの光の点が現れ始め、その点が小さくなっていき渦巻き状の光の点の集合体に切り替わる。
次にいくつもの幾何学文字の羅列が表示された後に、別の渦巻き状の光の点の集団が表示されると、その端に近い部分がズームアップされ、大きな光の点の周りにいくつもの小さな薄暗い点が周回しているうちの一つの点が点滅表示された。
「ふうむ……どうやら光の点の集合体は星雲……どこかの銀河を指しているのでしょうね。
そうしてもう一つの星雲が天の川銀河でしょう……その中の太陽系の地球が点滅表示されているということではないでしょうかね。
銀河間の位置関係に関しては、おそらく超空間飛行を行っているため、その航法の説明を記載したのでしょう。
星系間の相対座標でも記載されていたのかもしれません……まったく理解できませんでしたがね。
そうなると、宇宙人たちの起源となる星が真っ暗な空間として表現されたことになります。
一体どういうことでしょうかね……この円盤を作った種族の起源となる星を、真っ暗な空間として表現した理由をCGなどで表現してください。」
研究員がそう呟きながら手をかざすと、中央に明るい光を放つ2つの点が表示され、その点の周囲を薄暗い点が周回している。
相対する光の点との中間点を中心に周回している2連星のうちの一つが突然赤くなり巨大化し、もう一つの光の点をも飲み込んでしまった。
同時にまばゆいばかりの光を放ちながら大爆発を起こし、周回する薄暗い点をも巻き込んだ巨大な爆風は、やがて周囲に何もない空間を作り上げた。
「はあ……恒星が2連星だったようですね……そのうちの一つが赤色巨星と化すときにもう一つの恒星を飲み込んで、その衝撃で大爆発を起こした……それによりその星系は跡形もなく吹き飛んでしまったということのようですね。
では……この円盤を作った種族が、現在暮らしている星系はどこでしょうか?いくつかあればそのうちの3点ほどをサンプル表示してください。」
研究員がそう呟きながら手をかざすと、画面が白く反転表示された。
「ふうむ……エラー画面ですね……質問に対して正しい答えがないときにエラー画面を表示すれば、我々が理解することが分かってきた様子ですね。
宇宙人は今現在生息していない……つまり絶滅したということでしょうかね……今現在、このような円盤はいくつ存在していますか?数値で表現されても理解できないので、円盤一つを〇で表現してください。」
研究員がそう呟きながら手をかざすと、3Dホログラム画面いっぱいに小さな球が羅列された。
「はやや……これはすごい数ですね……表示されているだけで十列×十行ですから百機。
もしかするとどんどん下から順送りされているのかもしれませんし……参りましたね……。」
研究員がショックを受けたようにうなだれる。




