第44話
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「ここは最初に潜入したときに立ち寄った、居住区の中の一室のはずです。
前回通った軌跡を忠実にトレースし、立ち寄る部屋の座標を推測して、この部屋まで到達できたようですね。
これで中央操作室まで目隠し状態でも到達可能ということが、ほぼ実証されました。」
白衣の研究員は、自慢げに胸を張る。
美愛が車体を降りた時には、すでに幸平や神大寺たちは部屋中央にあるテーブルの前で、3Dホログラムを見ていた。
「この円盤の中央操作室はどこかな?」
幸平がそう呟きながらテーブルの上のホログラムに手をかざすと、画面が一瞬で巨大円盤の断面図に切り替わる。
「おお……どうやら前回同様、この円盤も中心部に中央操作室があるようだぞ……しかも無数の赤い点が、中央操作室手前でうごめいているのも同じだ……。
さらに中央操作室手前の部屋に大きな赤い点が多数ある……これはおそらく、さらわれた人々だろう。
順に送り出されて、操作室前の窯の中に落とされて行っているようだ……すぐに行って救出せねば……。」
幸平の隣でホログラムを見ていた神大寺が、焦って戻ろうとする。
「ちょっと待ってください……うーん……やはりこの円盤内にも、ほかの場所に赤い点は確認されません。
この様子だと……恐らくこの円盤内も宇宙人たちは死滅しているものと……。」
幸平は、円盤の断面図を隅々まで眺めながらつぶやく。
「そうだとするとなおさらだ……細菌なんかのために地球の人々が犠牲にされてたまるか!……いや……細菌じゃなくて相手が高等生物であってもなのだが……。
悪いが、入り口のドアを開けて止め板をかませておいてくれ……すぐに出発しよう。」
「わかりました。」
神大寺にせかされて白衣の研究員とソナー担当の軍人が、部屋の扉を開けて止め板をかませる。
「じゃあ悪いけど、お兄ちゃんはもう一度眠ってね……すぐにまた起こされることになるだろうけど、我慢してね。
どうやら宇宙人は死滅しているみたいだから夢双さんは眠らなくても大丈夫だけど……危険を感じたら透明になる必要性があるから、眠る準備だけはお願いね。」
「ハイハイ……わかりましたよ……。」
夢幻はそのままカプセル内で横になり、目をつぶる。
「よーし……俺は……いつでも寝付けるよう、呼吸を整えておくとしゃーすか……。」
夢双はカプセル内で上半身だけ体を起こすと、大きく深呼吸をする。
美愛が操縦席につくと同時に、車体はゆっくりと浮かび上がった。
「じゃあ視界は確保されているが、オートのほうがおそらく早いだろうから、美愛君……青いボタンを押してくれ……しばらくは自動操縦に任せよう。
何かあったら、すぐにまた青いボタンを押せば、自動操縦は解除されるからね。」
神大寺が美愛に指示を出す。
「ハイ……わかりました。」
美愛はそう言いながら青く光るボタンを押す……すると車体はゆっくりと動き始めた。
前回進んだ時のように車体はジグザグの軌跡をたどりながら、どんどんと進んでいく……やがて広い空間に出ると、そのまま下降を始めた。
「大変……さらわれた人たちが、釜の中に……。」
神大寺の予想通り、人々は橋のような通路をひたすら歩いていき、通路の切れ間から下の窯の中へと順に落ちて行っていた。
「ようし……そのまま車体をあの橋の切れ間にもっていってください……拡張された車体であれば、橋の切れた部分を埋めることができるはずです。
やはり米国艦隊の軍人たちも回収されてきているようですね……軍服姿の人たちも多数見受けられます。」
研究員の指示通り、美愛が自動操縦を切ってから手動で車体を橋の切れ間にもっていくと、人々はその上を伝ってどんどんと先の中央操作室へ入っていった。
「おお……予想通り寸法ぴったりだ……。」
研究員が歓喜の叫び声をあげる。
「ご……ごほん……若い女の人が通っても、上を見上げないでよ……いやらしいんだから……。」
美愛が、厳しい目つきで幸平に振り返る。
「い……いやあ……つい……反射的に……。」
幸平が顔を赤らめながら後頭部を掻く。
夢幻のバリアーは無色透明であり、車体の屋根はなくバリアーの上を人々は歩いて行っているため、下から見上げると、女性のスカートの中が丸見えなのだ。
「ほんとに、やらしいんですね……。」
その様子を見て、美由が幸平の隣から少し離れようとする。
「これだったら……夢双さんに寝てもらって、透明状態のままだったほうがよかったですよね……こちらからも向こう側が見えなくなりますから。」
美愛が苦言を呈する。
「いやあ、さすがに自動操縦だけでこの通路間に橋渡しをするのは難しかったと思いますよ。
前回と車体の大きさが異なりますし、通路に接触してしまうとそのショックで通路上の人たちがそのまま落下なんてことに……まあその部分はプログラム上補正できてはいますが、それでも全ての人たちが通過し終わったかどうか、判断することが難しいですからね。
ソナー担当者に、上方の動きを聞いてもらうことになりますが、車体の上に人がいないことはわかっても、その手前側にどれだけの人が待っているのかまでは、把握しきれませんからね。
やはり目視で状況確認しながら行うのが一番確実です……ちょうど人の流れが止まったようですので、ちょっと車体を浮かせていただけますか?」
白衣の研究員の指示に従い、美愛が車体を上昇させる。
「手前側の部屋には、残っている人はいないようですね……では、このまま中央制御室に入りましょう。
車体幅はおそらく入り口ギリギリでしょうから、慎重にお願いしますね。」
研究員の指示通りに美愛はゆっくりと車体を前進させ、中央操作室へと入っていった。
「では、お兄ちゃんを起こしますね……。」
美愛はそう言うと、後方の夢幻のカプセルへと移動する。
「お兄ちゃん……起きて……お兄ちゃん……。」
「ふあー……どうだ、終わったか?」
夢幻はカプセル内で上半身を起こし、伸びをした。
「ううん……でも、もう少しだと思う……中央操作室まで来たから……。
ほら、周りにはさらわれてきた人たちがいっぱいいるわよ……。」
美愛が夢幻に作戦は順調と説明する。
「おおそうか……それはよかった……前回もこんな部屋の中で人がいっぱいいた場面では少し起きていられたな……それでも突然寝ることを強要されたから……油断はできない……いつでも寝られるようにしておかなければいけないわけだな……。」
夢幻が前回円盤に潜入した時を振り返るが、車体の外の様子を少し伺っただけで目をそらす……興味がないのだろう。
「さっすが師匠……いつでも緊張感を忘れんがな……うーん……メモしとかな……。」
夢双はそう言うと、パジャマのポケットに隠し持っていたスマホに打ち込み始めた。
「じゃあ、お兄ちゃんは、今回も降りないのね?
夢双さんはどうします?宇宙人のミイラとか見られると思いますけど……。」
美愛は、とりあえず夢双を誘ってみた。
「いやあ……俺も師匠同様、宇宙人とかには興味がないもんで……変なもの見てまうと、かえって興奮して眠れんようなるかもしれへんって、師匠にあんばぃよう眠れるテクニックというのを伝授してもらっとるし……。」
夢双も夢幻同様、降りるつもりはなさそうだ。
「じゃあ、美由ちゃん一緒に行こう……とりわけ楽しいものではないけど、なにせ地球外生物だから……。」
そういって傍らの美由に手を差し伸べる。
「いえ……あたしも……ここに残ります……あんまおそがいもの見ると……心臓に悪いから……。」
おそらく先ほど釜の中へさらわれてきた人たちが落ちていく光景を、目の当たりにしたのだろう。
青白い顔をした美由も、美愛の誘いを断った。
「大変……気分が悪いのね……言ってくれればよかったのに……。」
美愛はそう言うと、操縦席のシートの下から救急箱を持ってきた。
「はい、これを舐めて……精神安定剤だって……あたしも前回の潜入の時にはお世話になったから……。」
美愛は、前回の作戦時に白衣の研究員から処方された精神安定剤のことを覚えていて、美由にすすめた。
「ありがとうございます……あっ……少し甘……。」
美由が久しぶりに笑顔を見せる。
「じゃあ、あたしは作戦の進捗が気になるから様子を見に行くけど、3人はここで休んでいてね。」
美愛はそう言い残して、車体後方から降りて行った。
「どう……?宇宙人たちのミイラは見つかった?」
「いえ……この中央操作室には、宇宙人のミイラはない様子ですね。」
部屋の奥のテーブルを調べている研究員が答える。
「ふうん……じゃあ、ここでの収穫は終わったって数値を変更できた?」
「ああ……それはばっちりだ……だがしかし……ちょっと問題が……。」
美愛が振り返ると、部屋中央のテーブル上で3Dホログラムに手をかざしている幸平が困った顔をする。
「ちょっと問題て何よ……ここでの収穫が終わったって変更できたんじゃなかったの?
移動せずに、また新たな収穫プログラムが起動したの?」
美愛が不思議そうに、幸平の目の前のホログラムを横から覗き込む。
表示されているのは、まったく意味不明の幾何学文字の羅列であり、その意味を幸平が理解しているとは到底考えられない。
「やはり予想通りこのテーブルは、宇宙人たちが栄養分をへその緒を通じて取得するための、いわば食卓のようですね……へその緒を接続するための配管口がありました。
ですが、これまた予想通り、かなり長期間にわたって栄養素は供給されていなかったようですね……配管内も乾ききっていまして、内部にスポンジを挿入してふき取り、ようやくサンプルを取得した次第です。
この円盤内は雑菌など繁殖できないクリーンな環境ですから、長い期間でも状態を保たれたのだと推測されますが、逆に言うと、この状態がいつごろから続いていたのかといった年代測定が困難ですね。
まあこれにより宇宙人の主食と申しますか、取得していた栄養素などは推定可能でしょう。
この研究で宇宙人が再度襲来したときに栄養分を供与することにより、人的被害を最小限に抑えることが可能となるかもしれません……大いに役立つ資料となりえます。」
白衣の研究員は来たかいがあったとばかりに満面の笑みを見せながら、金属製のケースを手にして中央の操作テーブルに近づいてきた。
「厄介なことになったぞ……ここでの収穫は終了と認識させることはできたが、恒星に突っ込ませるようにプログラムの書き換えを試みているのだが、うまくいかないようだ。」
神大寺が表情をこわばらせながら、白衣の研究員に振り返る。
「プログラムの書き換えがうまくいかないというのは……恒星など、不適切な目標に誤って変更されないよう設定されている、保護機能いわゆるポカヨケですね……それが解除できないということでしょうか?」
白衣の研究員が早足でやってきて、操作テーブル上のホログラムを覗き込む。
「はい、そうです……次の目標を示せ。」
幸平がそう呟きながらテーブル上に手をかざすと、そこには恒星を中心とする星系が映し出され、その中の惑星が点滅する。
2連星や同じ公転軌道上に2つの惑星があるなど、明らかに太陽系とは異なる星系だ。
「どうやら、この星系は前回の円盤が示した目標と同じもののようです……つまり、円盤は異なっても同じ順で各星系を収穫して回っているのでしょうかね……。
では、次の目標をこの星系中心部の恒星に変更。」
幸平が念じて手をかざすと、すぐに画面が白く反転表示して、幾何学文字で埋め尽くされてしまう。
「やはり保護機能を解除しなければならないようですが……ではこの円盤の航行を管理するプログラムはどこかな?」
幸平がそう念じてテーブル上に手をかざすと、先ほどとは異なる幾何学文字の羅列に切り替わる。
「では、恒星など不適切な目標に変更されないよう、管理している部分はどこかな?」
幸平がそう念じながらテーブル上に手をかざしても、画面は全く変化がない。
「おやおや、そうですね……保護機能部分は非表示に切り替えたということでしょうかね。
航行途中で航行用のプログラムのアクセス権限を変更してしまうと、予期せぬ不具合が発生する恐れがありますからね……参照権限違反でエラー発生なんてことが光速を越えた航行中に起こったら、いかなこのクラスの円盤でも空中分解してしまうかもしれません……。
どこか安全なドッグか何かでプログラムを書き換えて、航行シミュレーションで繰り返し動作確認が必要となるでしょう。
かといって簡単に書き換えられてしまっては困るということで、重要な部分は非表示にしたのでしょう……前回と航行プログラムの表示が異なっているのでしょうが……いかんせん理解できない幾何学文字の羅列ですから、想像でしかありませんがね。」
研究員が、ホログラムとして映し出される幾何学文字の羅列をじっと眺めながらうなずく。
「僕もそう考えて、非表示でもいいから削除しようとしたのです。
恒星など不適切な目標に変更されないよう、管理している部分を削除。」
幸平がそう唱えながらテーブル上に手をかざす。
それでも画面は全く変化がない。
「ほお……反応がありませんね……削除されたのかどうか……。」
「削除されていないのだと思います……このまま保存……次の目標を表示……目標をこの星系の恒星に変更。」
幸平はテーブル上に手をかざしながら、指示を出していく。
テーブル上に星系が映し出され、そのうちの一つの惑星が点滅するが、そのすぐ後に白く反転表示され、幾何学文字の羅列に切り替わる。
「ほお……エラー画面のようですね……保護機能は削除されていないということですか……。
非表示部分の書き換え禁止とかしてあるのでしょうね……。」
「さきほどから何度も言葉尻を変えながら試していますが、ダメなようですね……とりあえず、設定完了まで次の命令に移行するのは待機としています。」
幸平がほとほと疲れ果てたとばかりに、ため息を漏らす。




