第43話
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”カチッ”「輸送機は上昇しながら反転して日本へ帰るはずだから、このまま180度車体を反転させて円盤方向へ向かってくれ。」
「はい、わかりました。」
神大寺が手探りでスイッチを押すと、車体前面のパネルのバックライトが点灯し、美愛は先ほど説明を受けたジャイロの向きが180度回転するまで操作レバーを傾け、以降は直進させた。
「恐らく、夢幻君の飛行能力で1時間程度かかるはずです、その間に車体の新しい機能を説明しておきましょう。」
車体後方席から声がしたので美愛が振り向くと、眼鏡をかけた白衣の研究員が座っていた。
「あれ?いつの間に乗り込んだのですか……?
それに……珍しいですよね……一緒に行動するなんて……。」
美愛が首をかしげる……無理もない、夢幻の能力を推し量るための屋外飛行実験では、一度も同乗したことのない研究員がいるのだ。
「はあ……最初から乗っていますよ……影が薄いのですかね……。
前回までの車体は設計上4人乗りでしたから、私は同乗を許されませんでした……。
ですが夢双君の睡眠カプセルの追加が必要となり、車体を大型化したわけですよね……前回失敗したときの車体は大型化した分をすべてドローン搭載に使用してしまいましたが、今回はさらに大きくしたうえで3席追加いたしました。
1席は美由ちゃん用で、もう1席はもちろんソナー担当用ですが、残りの1席は私の分として確保したのですよ。
なにせ未知の生命体との遭遇体験ですからね……こんなわくわくすることを、逃す手はあり得ません。
任務を終えたらうちに帰って、ぜひともわが愛娘に……って……この作戦は国家機密なのでしょうが、娘はまだ1歳にもなっていないので、話してあげても構わないでしょ?」
白衣の研究員は自分の存在感がないことを憂えたのか、少し寂しそうな笑みを浮かべる。
「ああ、そうですか……だったら、この余計な奴の代わりに、いつでも同乗くださってよかったのに……。」
美愛は後部座席の美由の隣に座る、幸平を流し目で見ながら研究員に目を合わせた。
「そうですよね……美愛さんは夢幻さんの妹さんで、夢幻さんが安心して眠られるように必要ですし、さらにこの車体を操縦もされとります。
それなのに、この人はどうしていつも夢幻さんと美愛さんと一緒にいるのか不思議に感じとりました。
なんか、すけべな感じがするし……あまり一緒にいたくないです。」
美由も同感とばかりに大きくうなずく。
どうやら隣に座っていても、美由の胸部分ばかりをチラ見している幸平に、いい印象を持っていないのだろう。
「いっ……いやだなあ……夢幻の親友の僕は……この作戦に欠かせないはずだよ?
前回だって僕のハッキング技術で円盤の中央制御を乗っ取って、それでようやく円盤を送り返せたんだからね。」
「ハッキング技術って……たまたま円盤のコンピューターが、人の思考を読み取ってそれに応えるシステムだったからうまくいっただけで、別に何をしたわけでもないじゃない。」
美愛があきれ顔で首を振る。
「そっ……そんなことはないと思うよ……僕がいたからこそ、いろいろと解析しようとして確かめたからこそ、イメージを取得するタイプと分かったので、何も触ろうとしていなければ、それすら分からなかったはずだからね。」
幸平は自信満々に笑みを浮かべる。
「まあそうだね……円盤を追い返すまでの時間を1時間に調整してくれたのだって、ずいぶんと助かったし、何より恒星に突っ込ませたのは名案だった。
彼は十分に前回作戦成功に寄与したと思っているよ。」
美愛たちに厳しい評価を受けている幸平に対して、神大寺がフォローに入る。
「ほらほらほら……そうですよね?役に立っていますよね?」
幸平は嬉しそうに後部座席から身を乗り出して、何度も神大寺の顔を覗き込んだ。
「ふうん……そうでしょうかね……。」
神大寺の言葉に、美愛は不満そうに首をかしげる。
「まあまあまあ……時間的にそろそろ巨大円盤に近づくタイミングだから、静粛にお願いします。
では……ソナー探査お願いします。」
幸平の奥の席から声がかかる……そのさらに後方、夢幻たちの睡眠カプセルがあるすぐわきでは、迷彩服姿の軍人が、ヘッドフォンを装着して待機していた。
”コーン”……”コーン”……”コーン”全員が押し黙った静寂の中、甲高い金属音だけが1分おきに発せられていく。
「巨大障壁まで……約300メートル…………」
「どうやら、巨大円盤に近づけたようですね……念のためにシートベルを締めなおしてくださいね。」
ソナー担当の軍人が円盤の障壁に近づいたことを告げ、研究員が万一の事態に備えるよう指示を出す。
やがて、車体内部を青白い光の筋が前方から後方へと抜けていった。
「おそらく、巨大円盤の透明保護膜を通過したと思われます。
もう一度ソナー確認をお願いします。」
”コーン”「巨大障壁まで……約80メートル。」
軍人がゆっくりと答える。
「では、美愛さん一旦停止してください。
美由ちゃんは夢双君を起こしてください……夢幻君は起こさないよう気を付けてくださいね。
それから……あまり過激なおこしかたは、やめてあげてくださいね。」
白衣の研究員が美愛と美由に指示を出し、美由が後部へと移っていく。
美愛は空中でホバリングさせて待機だ……といっても、夢幻の体をゆっくりと回転させて、小さく円を描くように浮いているだけだ。
「おにい、起きぃ!起きんと…………」
美由が、夢双のカプセルの耳元で声をかける。
もちろん夢幻のカプセル同様、酸素濃度調整機能が働いているので、少し息苦しく感じて目を覚ましかけているはずだ……そこへカプセルに仕込まれた拡声器から、美由の声が増幅されて耳元に届く。
「うっうーん……。」
夢双が目を覚ました途端に、すぐ目の間が灰色で金属光沢がある巨大な壁になっているのを認識する。
巨大円盤の透明保護膜内にも光が差し込まないため真っ暗なのだが、車体のヘッドライトに照らされ、巨大円盤の外壁が確認されたのだ。
やはり夢双の透明機能の効果か、今回は無事に巨大円盤の透明保護膜を越えることができたようだ。
「では……前回同様、巨大円盤上部にある小型円盤発着口わきに着艦してください。」
余りにも簡単に透明保護膜を越えられたことに、白衣の研究員はしてやったりとばかりに、ほくそ笑んだ。
「はい、わかりました。」
美由が夢幻のカプセルの回転をやめ、車体を上昇させ円盤上部を越えてからは水平飛行に移る。
車体の下方からもライトが照らされ遠目から見ると、なだらかな曲面に見える巨大円盤も、すぐ間近で見るとごつごつと凹凸があるのが視認できる。
美愛は、サッカーグラウンドくらいはありそうな、巨大な平面のすぐわきへと車体を着艦させた。
「では、夢幻君を起こしてください……それからドローンの放出です。」
白衣の研究員が指示を出す。
「わかりました……」
すぐに美愛はシートベルトを外して、車体後部へと移っていく。
「お兄ちゃん、起きて……お兄ちゃん……。」
「うん?……もう朝か……?」
夢幻が、目をこすりながらカプセル内で上半身を起こし、あたりを見回す。
「では……ドローンを放出します……。」
”ブーン””ブーン””ブーン”その光景は壮大だった……四方に小さなプロペラを付けたドローンたちがライトを灯しながら一斉に上昇し、前後左右あらゆる方向へと散っていく……。
巨大円盤上では一つ一つは小さな粒でしかないのだが、後から後から絶え間なく続くその光景は、あたかも下から光の雨粒が吹き上がっていくかのように思わせた。
「では……目覚めたばかりで申し訳ないのですが、夢幻君……もう一度眠ってください。
小型円盤が出てきたら、すぐに発着口の中に入らなければなりませんので、お願いいたします。
中に入ったら、すぐに夢双君も寝てください……宇宙人が生存している可能性大ですから、できるだけ見つかりたくありませんのでね……お願いいたします。」
研究員とソナー担当軍人、神大寺と幸平との4人がかりで、広げてあった車体を素早く折りたたむと、夢幻に眠るよう指示がでる。
”ドーンッ”……”ドーンッ”すぐに遠くから爆発音が聞こえ始めた……ドローンによる巨大円盤攻撃の陽動作戦が始まったのだ。
「はいはい……大丈夫ですよ……すぐに眠れますよ……。」
夢幻はそう言うとカプセル内に再び横になり、目をつぶると、まもなく車体は浮かび始めた。
すぐに美愛は前方の操縦席について、その位置でホバリングを始める。
「さ……さすが……眠りのプロやな……。」
夢幻の姿を、一人夢双だけは敬意のまなざしで見つめている。
すぐに眼下のサッカーグラウンド並みの大きさの平面が真ん中から割れ、そこから小型円盤が飛び出してきた。
小型円盤といっても直径百メートルを超える、車体の大きさに比べたらはるか見上げるくらいの大きさだ。
次々と飛び出し四方へと散っていく様子をしばし眺めていると、小型円盤の排出が終わった。
「では……中に入ってください。」
「はい……。」
白衣の研究員の指示に従い、美愛が操作レバーを前に倒して、巨大な地下空間へと車体を滑り込ませる。
やがて天板が閉じて一瞬闇に包まれ、その後内部照明が点灯すると、周囲の見通しがきくようになり、その縦穴はサッカーグラウンド並みの広さで、はるか下まで延々と続いているようだ。
「そう言えば……小型円盤はステルスモードではなかったようですね……。」
ふと思い出したように幸平が呟く。
「小型円盤がステルスモードで放出されることも想定はしておりました……ですが、ドローンを視認して攻撃するには、ステルスモードを解除しなければなりませんので、いずれ視認可能と想定しておりましたが、放出完了確認の為に、爆薬の代わりに発煙筒をとり付けたドローンを放出口横に待機させて、その煙の状態で確認予定でした。
杞憂に終わりましたがね……では……そのまま下降してください。」
白衣の研究員の指示通り、美愛は車体を下降させていく。
「ハイ!……ストップ……。」
どこまでも続いていく縦穴の壁に、横方向へと続く通路が見えたところで白衣の研究員が停止を命じる。
「ここは……。」
美愛の記憶では、確か前回円盤内に潜入したとき神大寺の指示で入っていった横穴のようだ。
「では、夢双君……眠れますか?」
白衣の研究員が、後方へ振り向いて問いかける。
「ハイハイ……じゃあ俺も、師匠を見習って……。」
そういって夢双はカプセル内に横になって目を閉じる。
「…………………………」
しばし沈黙の時間が流れるが、依然として視界は良好……というわけでもないが、暗闇と化さない。
「おにぃ……眠れへんの?」
「う・・うん……ちょこっと待っとくれ……深呼吸して……えーと……楽しい事を……。」
「…………やったぁ……」
やがて周囲が暗闇に包まれ、美由が小さく歓声を上げる。
”カチッ”「では、美愛さん、操縦レバーの左についている、青く光っているボタンを押してください。」
神大寺が車体パネルの照明スイッチを入れると、すぐに研究員が指示を出す。
「はい……あれっ?」
美愛がボタンを押すと、なんと操縦レバーが勝手に動き始めた。
「いっ……いいんですか?」
驚いた美愛は、腰をひねって後方へ振り返った。
「はい、大丈夫です……ジャイロに連動させたオートパイロットです。
前回美愛さんが操作した内容を記憶していて、忠実に再現しています。
これにより視界の利かない状況でも、中央操作室まで前回軌跡を辿って到達することができます。
まあ……この円盤が前回円盤とまったく同一レイアウトであることが前提ではありますがね……まあ大丈夫でしょう……個々の細かな施設の違いはあっても、機関部分や制御機構など共通の可能性が高いですからね。」
白衣の研究員は自信満々の笑みを見せる。
そうこうしている最中にも、操作レバーは前後左右に動き続け、やがて停止した。
”チンコンチンコン”「到着しましたね……では周囲状況をソナーで確認お願いいたします。」
”コーンッ”「前方3メートル壁……後方4メートル壁……左……。」
迷彩服の軍人が、ヘッドフォンをしたまま周囲状況を報告する。
「この空間内に動く物体はなし。」
「では……一旦夢幻君たちに起きていただきましょう。」
「ハイ……。」
美愛と美由がそれぞれ後方のカプセルへと向かう。
「お兄ちゃん……おきて……。」
「うっ……うーん……終わったか?」
「うーん……ようやく寝付いたと思ったらすぐ起こされるのかよ……。」
相変わらずの夢幻に比べて、夢双は少し不機嫌そうだ。
「あれ?ここは……中央操作室じゃない……。」
美愛が車体の窓を通して見えたその空間は、20畳ほどの部屋の中のようだった。




