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第42話

16

 それから2日後の昼過ぎ、美愛たちは革製スーツに身を包んで、自衛隊輸送機の中の作戦室にいた。


「美由ちゃんのつなぎも間に合ってよかったですねえ……すごく似合っていますよ。」

 背はそれほど高くはないのだが胸が大きめの美由は、体の線がはっきりと表れる皮つなぎを着ると、その抜群のプロポーションがあらわとなり、白衣の研究員が目を細める。


「ま……まさか、美由ちゃんのつなぎ待ちで2日も待ったわけじゃないでしょうね!」

 こちらもスタイル抜群の美少女美愛が、研究員に食って掛かる。


「と……とんでもありません……2日も待ったのは夢双君の能力確認と、もちろん夢幻君の能力の回復度合いの確認……こちらに関しては、喪失前よりも浮遊能力が向上していることが分かり、ほっとした次第です。


 それでも予備車体に夢双君の睡眠用カプセルを設置する必要がありましたし……夢幻君のカプセルと異なり、操作レバーで動かく必要性はありませんが、通常時は車体にしっかりと固定されていて、それでも緊急時には車体から分離できなければなりません……前回の失敗で緊急時の対策の重要性が再認識されましたからね。


 さらに前回の失敗時に太平洋の藻屑となったドローンの再調達……何せ数が数ですから、AI用のプログラムはインストールだけで済むのですが、数をそろえるのが大変でした……軍用で特殊仕様ですからね。


 2日でそろったのは奇跡ともいえるのですよ……それに私はロリコンではありません……家には学生時代から付き合っていた最愛の妻が待っておりますし、生まれて間もない娘もおりますからね……。」

 白衣の研究員はそう言いながら、ずり落ち気味の黒縁眼鏡を右手中指で持ち上げた。


「ああそうなの……大変失礼しました。

 それにしても失敗、失敗って……なんか引っかかるわね……前回の失敗は、完全な作戦ミスでしょ!


 透明保護膜だか何だか知らないけど、お兄ちゃんのバリアー機能があれば簡単に超えられるなんて、確かめもしないで簡単に計画をたてて……おかげでみんな死にかけたし、お兄ちゃんなんか入院したんだからね……。」

 どうにも前回の作戦ミスから、美愛は白衣の研究員に対して不信感を持っている様子だ。


「そっ……そうでしたね……前回の作戦は完全な早とちりというか……正確な状況判断ができておりませんでしたね。


 巨大円盤が出現したら、ドローンを駆使して内部破壊もしくは追い返すといった作戦を立てていたようですが、ところが今回の円盤は透明化しており、その存在位置を確認するまでにあまりにも多くの人々が連れさらわれすぎました。


 仕方がないので、前回同様円盤内部に潜入してさらわれた人々を開放することができるチーム……つまり夢幻君を中心としたエヌジェイチームに作戦指令が発せられたわけです。

 もうそうなると前回同様すべてお任せといった感じで、碌な解析もしないで安易に透明保護膜の通過可能といった、まことしやかなレポートを作成して作戦を組み立ててきたわけです。


 結果的に作戦失敗となってしまい、手痛い損害や負傷者も出ましたが、仕方がない面もあるのです……なぜなら、夢幻君以外で円盤のバリアーを安全に通過できる能力は、未だに見いだせていないからです。


 A国の超能力者たちが透明保護膜に取り込まれかけた時に、内部の巨大円盤が視認できたことを透明保護膜の通過と認識したとしても、やむを得ません……。


 その後、米軍主体の艦隊で総攻撃をかけたのですが、大きな犠牲が出てしまいました。

 戦闘後に沈没した艦隊の乗組員救出のために非武装の輸送機を飛ばしたのですが、海上には生存者どころか、遺体すら発見できなかったようです。


 彼らの犠牲を追悼するとともに、その遺志を受け継いで、我々は戦わなければならないのです。」


「そっ……そうだったの……。」

 白衣の研究員の言葉に、場がしんみりとした雰囲気に包まれた。


「まあでも……夢双君の睡眠時透明症候群が確認できたんだし、今回こそは巨大円盤の透明保護膜を安全に超えられるわけでしょう?


 さらに米軍が所持していた、円盤内破壊プログラムを仕込んだドローンを使えばいいわけだから、我々は透明保護膜の中に入ってドローンを放出して、それだけで帰ってこられるわけだ。

 楽勝な任務じゃないですか……。」

 湿った空気を解消しようとしたのか、幸平が明るい話題に切り替えようとする。


「それなんですが……夢幻君と夢双君の能力を融合させれば巨大円盤の透明保護膜を越えられるとレポートした途端に、さらわれた人々の救出作戦の指令が返ってきました。


 内部破壊のドローンは米軍の機密の塊であり提供できないと……さらに人々の救出が最優先だなどと、もっともらしい理屈をつけて、ドローン用のプログラムの供出を拒否されてしまいました。」

 白衣の研究員が、悲しい顔でうなだれる。


「ええっ……だって……そのプログラムだって、僕たちが円盤内部に潜入したときの内部情報を組み込んで作られたものでしょ?僕たちにだって利用できる権利はあるはずですよ!」

 幸平が立ち上がって力を込めて叫ぶ。


「まあそういうな……ドローンのプログラムが国家機密だなんていうのは、おそらく言い訳でしかない。

 さらわれた人々を救出してもらいたいわけだ……わかるだろ?


 もしかすると艦隊の乗組員たちも、小型円盤で回収されて巨大円盤内にとらわれている可能性もあるわけだ……そうでなければ一人の遺体も見つからないなんてことにはならないだろうからね。」

 神大寺が、諭すように幸平の目を見つめる。


「ああ……そうですか……でも、そんなに多くの人々を助け出せるのですか?

 夢幻の浮遊能力だって限界があるでしょうし、それに前回だって車体を変形させても積みきれない人たちを、何とかプローブで結び付けて脱出したんですよ。


 そうでなくたって透明化していることからも、今回は宇宙人が生きている可能性が高いといわれているのに……。」

 幸平は不安を隠せないでいるようだ……円盤を送り返すだけではなく、さらにさらわれた人々の救出までもが、彼らの作戦目的にすでに組み込まれているのだから。


「そうだね……宇宙人の存在もそうだが、さらわれた人々がどれくらい円盤内で生存しているのかすら、はっきりしていない中で、今回の救出作戦を果たすのは非常に難しい面がある。


 前回からもそうなんだが、新型の車体はそのままで巨大円盤の中央制御室前の微生物がいた窯の橋渡しができる寸法になっている。

 そのまま窯の中に落ちていく人たちを、中央制御室に導けるよう広げておいたから、夢双君のための睡眠カプセルを増設するのも楽だったしね。


 さらに側板を広げれば、前回の1.5倍の面積にまで広がるしプローブもかなり長くしてある。


 だがまあ……やってみるしかないわけだ……ここで色々と議論していたところで、これ以上の情報も入ってくる当てもないわけだし、今わかっている事柄からできるだけの準備をして、実際に向こうへ行ってから後は考えればいいさ。


 現地時間ではそろそろ夜時間だから、夕食をとって仮眠をしておこう。

 明日の朝には作戦決行だから、各自十分な睡眠をとっておくようにね。」


 神大寺が作戦会議の終了を告げる……作戦会議といっても、具体的な作戦行動の指示は一切なかった。

 それくらい、行き当たりばったりの作戦というわけだ……なにせ、向こうの円盤内の宇宙人の様子は全く把握できていないわけだから……そんな中で多くの人々を救い出さなければならないのだ。


 しかも有効に戦える武器など一切ない……そういえば前回の神大寺は拳銃すら携行していなかったことを、美愛も幸平も思い出していた。

 円盤の中で銃撃戦になることを想定していなかったのか……あるいは美愛たち一般人に被害が及ばないよう、そういった危険を避けるべく作戦が練られていたのか……どうにも後者とは想定できなかった。


「じゃあ美由ちゃん……軽めに食事をして、シャワーを浴びて寝ようか……こっちに食事スペースやシャワールームとかがあるんだよ……。」

 美愛が美由に、勝手知ったる輸送機の中を案内してあげる。


 前回はがちがちに緊張してしまい、睡眠をとるどころか、何かを口にすることすらできなかった。

 今回の美由も恐らくそうであろう……経験者として自分のようなつらい思いはさせてはいけないと、極力彼女をリラックスさせてあげるよう、努めて平静を装って接しようとしていた。



「お兄ちゃん、まだ食べているの?

 いくら何でも食べすぎなんじゃあ……あたしたちだって朝食は軽めにしようって……。」


 仮眠後の出発間際になっても、依然として箸が止まることはない夢幻に対して、美愛がたしなめる。

 なにせ大盛牛丼を、すでに3杯平らげているのに、4杯目をしかも山盛りによそおうとしているのだ。


「おにぃもよ……これで3杯目だがや?腹も身の内っていうもんだで、ええ加減にせんと……。」

 美由も緊張感を全く感じさせない夢双に対して小言が始まった。


「そうは言うがな……お前たちはいいよ、この輸送機に乗り込んだとたんに食事をして、さらにその後晩飯食って仮眠だ……そうして目が覚めたらまた朝食としての牛丼が待っていたわけだ……。

 ところが俺の場合は寝てはいけないっていうから、また今回も何も食べられないまま、10時間もすきっ腹抱えてひたすらコーヒーをがぶ飲みして耐えていたんだぞ。


 あまりに腹が減りすぎて眠気もおきなかったくらいだ……目的地が近づいてようやく食事が与えられたんだ……食べられるだけ食べて何が悪い……どうせ前回同様、作戦行動中は食事もできずにひたすら寝るだけだろ?2日分は食いだめしておかなければならん……。」


 夢幻はどんぶりに山盛りによそったご飯の上に、零れ落ちるぐらいの牛丼の具を乗せていく。

 さすが料理上手だけあって、こぼさずに超大盛牛丼が完成した。


「そういうことだで、お兄ちゃんは食うで……何せお師匠の言う通り、俺たちは作戦中は寝とくしかないわけだかんな……途中で腹が減らんよう、せいぜい食いだめしておくわけだ……。」

 夢双も大盛の牛丼を急いでかきこんだ。


「お師匠って……夢幻さんのこと……?いつから弟子入りしたんよ!」

 夢双の態度に美由が首をひねる。


「そりゃそうさ……睡眠時空中浮遊能力だ……寝とるときの怪現象じゃあ、俺のずっとずっと前からの先輩だがね……。


 さらに前回の円盤を追い返した、いわばヒーロー様だがや……俺もそんなヒーローになりとうて、弟子入りしたわけや……。」

 夢双は、牛丼をかきこむ合間に答える。


「はあー……確かに夢幻さんたちは地球を救ったヒーローだからあこがれるのはわかるけど……何も食欲まで真似しなくたって……大体……おにぃの能力は円盤の透明保護膜を越えるたんびに必要なわけだげな?


 夢幻さんに付き合ってずっと起きていたのは偉い思うけど、夢幻さんの能力は円盤の中に潜入してからでもずっと必要になるけど……なにせ推進力とバリアーだもんだで……でもおにぃは円盤の中では起きとりゃあええんじゃにゃーか?


 それに……あたしなんて緊張してきんのうの晩から何も食べとらんでねぇ……仮眠だってちいっとうとうとしたくりゃーで……。」

 美由は、不健康そうにカサカサになった唇をかみしめる。


「いや……前回は透明になる手立てがなかったからそのまま円盤内でも行動をしたわけだが……まあ前回の円盤では宇宙人は死滅していたしね。

 だが今回の円盤では宇宙人は生きている可能性は高い……何せ前回と異なり透明化しているから、そう考えるのが自然だ。


 だから、透明化できるのであれば透明化したままで円盤内でも行動しようと考えている。

 もちろん中央制御室に到着すれば夢幻君や夢双君を起こして外に出る必要性はあるのだが、それまでは敵にみつからない夢双君の透明膜にも期待しているよ。」

 神大寺が笑顔で説明する。


「ほれ見ぃ……やっぱりお兄ちゃんは必要とされとるんやって……だから……もうちいと食べておかな……。」

 夢双はそう言いながら4杯目の牛丼を盛りつけにかかった。


「ああっ……もう……こぼさんでや……。」

 意外と不器用な夢双に代わって美由が大盛牛丼を盛りつけてあげる。


「ふあー……くったくった……じゃあちょっと……。」

 そう言い残して夢幻はトイレへと向かった……。


「あっ……師匠……ちいっと待ってくれ……。」

 焦った夢双は、ものすごい勢いで箸を動かしはじめた。


「相変わらずお気楽よね……本当に緊張感のない……まあ、あたしも今回は一杯だけだったけど牛丼を食べることができたからよかったわ……。


 美由ちゃんも、無理してでも食べておいたほうがいいわよ……携帯食は一応積んであるけど、おそらく食べている暇はないわ……ねっ、ちょっとだけでも……。」

 そういって、美由の手にバナナやミカンなどをもたせてあげる。


 美愛は、兄ほどではないがそれでも作戦前に食事ができたことに満足していたが、やはり今回が初出動の美由は緊張のあまり食欲がなさそうだ……無理もないと考え色々と気を使っていたのだが、美由の緊張が解けることはなかったようだ。


「はあ……ではちょこっとだけでも……。」

 美由はそう言いながらバナナを一本ほおばると、美愛が注いでくれたコップ一杯の牛乳で無理やり流し込んだ。



「じゃあ、出発するぞ……前回同様、透明円盤の正確な位置は把握しきれていないから、あまり近づけない。


 夢幻君の飛行能力で円盤まで向かうしかないのだが、米国艦隊が攻撃を仕掛けた時のように、バリアー機能だけ解除して攻撃されても困るので、円盤へ接近する際にも透明なまま向かう……といっても輸送機から出発する際は周囲確認をしなければ危険だから夢双君には起きていてもらうがね。


 円盤に接近する際は何も見えないはずだが、どのみち太平洋のど真ん中で目標物があるわけでもないため、さほど変わりはないだろう。

 そうはいっても太陽の位置すら確認できないため、操縦席の前にジャイロメーターを据え付けてある。


 夢幻君のバリアーは電磁波などは通さないが、それでも地球の重力の影響は受けているから、慣性力を計測して車体の動きを把握することにより、当初位置からどれだけ回転したかと傾いたのかが分かるようになっている。


 出発するときは、輸送機の後方ゲートから円盤と逆方向へ向かって出発するため、180度反転して、あとは直進すればいいわけだ。」


 神大寺が、美愛が座る操縦席前の計器について説明してくれる。

 透明な半球の中に、放射線状にいくつもの線が引かれ、ところどころに数字が記載されているようだ。


「わかりました……では出発します……」


<では、車体を固定している留め具を外します……後部ハッチが開いたら出発してください。>


”ガッシャン”金属音とともに、軽い浮遊感を感じ車体が浮き上がり、引き続き前方の床がゆっくりと下がっていき光が差し込んできた……美愛は、操作レバーを動かしてゆっくりと車体を前進させる。

 上空のため強風が吹き込んできて、格納庫の壁に吊られたゴム製の保護ネットが激しく揺れる。


「じゃあ……夢双君……寝てくれるかな……。」

 神大寺が車体後方に向かって声をかける。


「お兄ちゃん……寝てだって……。」


「ハイハイ……ではでは……」

 ゲートを進んでいくにつれて車体をまぶしい光が包んでいくが、すぐに真っ暗になった……夢双が眠ったのだ。



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