第40話
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「復活しました……お兄ちゃんの浮遊能力……。
昨日、寝入りっぱなはダメでしたけど、夜中に音がするので目を覚ましてみたら、お兄ちゃんが部屋の天井に張り付いていました。」
美愛が嬉しそうに笑顔で早朝の事務所へと下りて来た。
浮遊能力などないほうが良いと口ではいっていたのだが、それでも兄の気持ちを考えると、超能力が失われてしまったことを憂いていたのだろう。
「ふあー……そうか……じゃあ、いよいよ米軍の敵討ちというわけだな……。」
応接のソファで寝ていた幸平が、起き上がって大きく伸びをする。
「そうか……だったら夢双君との接続の相性を確認する必要性があるな……昨日握手した時のように、お互いに弾かれてしまっては都合が悪い。
透明膜とバリアーの共存が必要になるはずだからね……すまないが確認しておいてくれ……私は夢幻君の能力の復活を報告してくるよ……。」
そういい残して神大寺は急いで事務所を出て行き、車でどこかへ行ってしまった。
「はいはい……じゃあ、夢双君たちも起こしてきましょうね。
今日は忙しくなりそうですよ……。」
すでに事務所で仕事を始めていた白衣の研究員が、嬉しそうに笑顔で階段を昇って行った。
「では、お二人とも、このプローブをおなかの周りの素肌に、直接巻きつけてください。」
朝食後、エヌジェイビルの4,5階をぶち抜いて作られた風洞実験室に夢幻たちが集合して、実験が開始された。
以前と違うのは、分厚い鉄板で作られた装置の上にカプセルが今回は2つ置かれていることだ……これからは、夢幻と夢双2人が寝るための用具が必要となってくるのだ……それから見慣れない装置が積み上げられているのと、軍服姿のいかつい男性も実験に参加するようだ。
夢双はためらうこともなく細いひも状のプローブを腹に巻き付けたが、夢幻はしばし悩んでいる様子だ。
「このプローブは生体反応を伝えるためのものですが、あくまでも体温や心臓の鼓動などの生体反応の様子を伝搬するだけで、エネルギー波などが流れるわけではありません。
そのため握手した時のように、夢幻君の浮遊能力が夢双君へ流れていくようなことはないと考えております。」
白衣の研究員が言葉を付け足して、ようやく夢幻はプローブを巻き付け始めた。
能力を吸い取られた時のことが、よほど堪えているのだろう。
「では……我々もプローブを腰に巻き付けてください……その後、お二人に眠りについていただきます。
よろしいですか?さっき起きたばかりなので、また眠るのは難しいかもしれませんが……。」
研究員の指示に従い、美愛と幸平は自分用のプローブを腰に装着する……そうして慣れない美由には、美愛が手ほどきしてあげた。
「このところ寝てばかりだったけど、かえっていつも寝る癖がついたからね……朝食後すぐでも寝られるさ……」
「今朝も美由からきついエルボードロップを食らって起こされたもんだで……寝るのがでら怖えーでね……やさしゅう起こしてくれりゃあ、ちゃっと寝られるんだろうがねぇ……。」
余裕たっぷりでカプセルに収まる夢幻に対して、夢双はびくつきながらカプセルに横たわる。
それでもお気に入りのパジャマを着ている者同士……どのような環境下でもすぐに寝入るのが取り柄といえるような2人だ……すぐにみんなの体が浮き始める……。
「やったあ……やっぱりお兄ちゃんの浮遊能力は、完全回復しているわ……。」
美愛が嬉しそうに笑顔を見せる。
「でも……おにぃは消えとりませんが……これを付けると、何か変わりますか?」
美由が腰に巻き付けたプローブを持ちながら、怪訝そうに周りを見回す。
「いえ……お兄さんの姿は、我々には見えていていいのですが、まだ消えてはいませんね……なぜなら、周りの状況が見えていますからね。」
研究員が答えた途端に、周囲が真っ暗となる。
「消えましたー。」
同時に、外から叫び声が聞こえる……風洞実験室内で待機している所員の声だろう。
「ええっ……なに?景色がのーなりましたけど?」
美由が慌てふためいて、落ち着きなく周囲を見回す。
風洞実験室の照明に衝突して破壊してしまったのだろうか……しかしまだ上昇し始めたばかりで、天井まで到達はしていないはずだ。
「いやあっ……恐いっ……。」”ドゴッ”「ぐぼっ……」
「懲りない人ね……どうしてあなたは……。」
”パチッ”「落ち着いてください……夢幻君が目を覚ます恐れがあります。
それなりに高さはありますから、コンクリートの床の上に落されるとケガをしてしまうかもしれません。
平静を保って静かにしてください……真っ暗になってしまったのは、それこそ我々が透明化した証拠です……実験室内で待機している所員の視線からも消滅したと、声をかけられましたしね。」
研究員がヘルメットのライトを点けて、美由に冷静になるよう促す。
「真っ暗になって周囲が見えないことと、透明とは何の関係もないじゃないですか……こんな状態じゃ、外に出るとかえって周りから目立ってしまいますよ……馬鹿な考えを起こす変態まででるし……。」
そんな研究員のコメントに、美愛が突っ込みを入れる……床には幸平がうずくまっていた。
「いえ、この状態でいいのです……といっても、風洞実験室内に設置した追尾型カメラの映像すら受信できないため、中からは確認のしようがないのですがね……。
透明化するということはどういったことかといいますと、皆さんの体を光が突き抜けて相手に届くということです……実際に体を光が突き抜けることはあり得ませんから、今の状態のように周囲を囲んだ膜状の物質が空間をゆがめて、背面から到達した光を前面側に……前面側から到達した光を背面側に……とそれぞれ歪なく送っているから透明化して見えるわけです。
そのため透明膜の内側には光は一切届きません……ここで光の一部でも消費してしまいますと、我々がいる部分だけ少し暗くなってしまい、周囲から目立ってしまいます。
夢双君の能力も巨大円盤同様完全なる透明化ですから、光などは一切この中には入ってきません。
さらに熱線や電磁波なども素通しというか空間をまげて裏側へと送ってしまうため、レーダーなどで周囲状況を確認することもままなりません。
そんな中でも夢幻君の能力同様夢双君の能力でも、空気だけは平常通りに通しますから……通さなければ夢双君本人が死んでしまいますのでね……空気の振動……いわゆる音波の反射で周囲の状況を把握できないものかと考え、潜水艦などで使うソナーを持ってきてみました……。」
倒れ伏した幸平の様子を無視して、研究員はそう言いながら四角い箱を軍服姿のいかつい男性とともに周囲4方向に向けて設置し始めた。
「最初から4方を囲んでしまうと万一の時に逃げ出せないので、安定するまで待っていたのですが、おそらくもう天井にまで達したことでしょう。
ここにいる人は潜水艦乗りでソナーの担当者ですから、彼に周囲状況を探ることができるか試して頂きます。」
白衣の研究員がそういうと、いかつい体をした男性は、大きなヘッドフォンを耳に当て、中央におかれたデスク付きの椅子に腰かけた。
”コーンッ”突然甲高い音がする。
”コーンッ……コーンッ……コーンッ”最初は耳をつんざくように大きな音だったが、だんだんと音が小さくなっていき、ついには聞こえるか聞こえないかまでの小さな音まで連続して数段階に発せられた。
「ピンを打ちました……当初、数キロ先を見越して大音量で発しましたが、バリアーに阻まれて音が返ってくることはありませんでした。
超音波などと同様、大きな音も有害とみなされて、この不思議なバリアーを通過することはできない模様です。
それでも会話から騒音レベルの60dBから80dBであれば通過可能なようです。
上方1m先入り組んだ形状……恐らく建屋天井……下方7m先フラット平面……床……12時方向14m先壁……6時方向……」
ヘッドフォンをつけた男性兵士が、計器の数値をメモしながら叫び始める。
「ううん……いいですね……恐らく今の状況は、風洞実験室の天井に張り付いている状態でしょうから、ソナーにて位置の把握は可能ということのようです。
といっても会話から騒音程度の音量に限られるのであれば、空気中では恐らく数十メートル先までを見通すことが限度でしょうね……。」
白衣の研究員が、実験結果に満足しながらも、その制約を悔しがる。
「それでは操作レバーを動かして前進後進の状態を確認しましょう……といっても何も見えませんから、ソナーでの確認だのみですけどね……。
今回2つ目のカプセルが必要となったため、新車体への組付けは間に合いませんでしたが、以前同様夢幻君が眠るカプセルには、操作レバーで縦横無尽に様々な方向へ向けられる機構が備わっています。
透明状態でも変わらずに行動可能かどうか、試してみてください。」
白衣の研究員が、美愛席の前の操作レバーを試してみるよう促す。
「は……はい……。」
とりあえず返事はしてみたが、目の前は真っ暗闇状態で、研究員のヘルメットのライトがあるからかろうじて中にいる人の顔くらいは判定できるのだが、周囲がどうなっているのか全く想像もできない。
下手に動いて、周りの人にぶつかってしまってもまずいし、さすがに風洞実験室の壁に激突してビルを破壊しても困るのだ。
前進すべきか後進すべきか、はたまた右へ行くか左へ行くか、考えあぐねていた。
「とっ……とりあえずは、12時方向に14m空いているといっていたから、そっちへ行ってみましょう。
少し下降して、まっすぐ前へ行けばいいんだと思いますよ。」
その様子を見て、白衣の研究員がとりあえずの指示をする。
「分かりました……。」
美愛は決心したように、レバーを操作し始めた。
「ゆっくり進んでくださいね……夢幻君の飛行速度は意外と早いですからね……。」
研究員の指示に従い、ゆっくりと前方へ進み始める……といっても、夢幻の浮遊能力には加速や減速などのコントロールはできないため、直線的に進むのではなく、上下動を繰り返しながら斜めに進めることで、前進スピードを調整するのだ。
”コーンッ……コーンッ……コーンッ……”「ハイストップ!」
何度か音圧を変えながら甲高い音が鳴り響いた後、男性兵士が停止を命じる。
”コーンッ”「この位置で壁まで約1メートルくらいでしょう……今度は後進してみてください。」
男性兵士が、美愛のほうに向きなおって指示を出す。
「はい……。」
美愛はその言葉に従い、今度は反対方向へ進ませる……といっても周囲は依然として真っ暗で何も見えない状況だ……先ほど同様上下動を繰り返しながら前進スピードを調整しているつもりではあるのだが、実際にはどのようになっているのか、美愛には全く動きがわかっていない。
なにせ夢幻のバリアー機能があるので、たとえ壁や天井にぶつかったとしても、こちらには何の衝撃も感じないのだ。
”コーンッ……コーンッ……コーンッ……コーンッ”「ハイストップ!」
またもや男性兵士が停止を命じる。
「じゃあ、今度は右方向へ……。」
「ハイ……わかりました。」
周囲の状況が全く見えない中、右も左もないのだが、美愛は指示通りに操作レバーを操った。
前後左右に動いた後は、円を描くように周回を命じられ、それを数十分続けた後、床に降り、夢幻たちを起床させることになった。
「ふぁー……どうだい……?俺の浮遊能力は復活していたかい?
それとも……やっぱり能力は消滅してしまったのかい?」
目を覚ました夢幻は、心配そうに周りの人々の顔色を窺うように見回した。
「うーん……多分……多分復活していたと思うわよ……お兄ちゃんが寝入ったすぐ後に、みんなを乗せたこの簡易装置が浮き始めたから……でもそのすぐ後に真っ暗になって……周りが見えなくなったから……実際のところどうなのかは……わからない。」
美愛は自信なさそうに首をかしげながら答える。
「ええっ……真っ暗になったって……停電か?そんな馬鹿な……今日日停電なんてめったには起こらない……はっ……そうか……俺と彼の能力が競合して、変な電磁波でも出したのか?」
美愛の言葉を聞いて、夢幻は驚いたようにあたりを見回す。
いつもは物事にあまり動じることはない夢幻だが、どうやら睡眠時浮遊能力に関しては、並々ならぬ思い入れがあるようだ。
「いえいえいえ……そんなことはありませんでしたよ……実験は成功です。
夢幻君の浮遊能力も回復していることが確認できましたし、夢双君の透明化能力との併用が可能ということも、確認されました。」
するとそこへ、ソナー担当者に実験結果を確認していた白衣の研究員がやってきて、笑顔で夢幻を励ます。
「ああ、そうですか……よかったぁ……。」
夢幻はほっと胸をなでおろす。
「美由に聞いたら、なんかよーけやっとった様ですが、俺の透明化現象の研究はどうなっとりますか?
俺が寝ている最中に透明になって消えてしまわんよう、病状を回復させるための研究なんですよね?
ソナーだとか前進後進とか……どうしてそんなことする必要があったのでしょうかね?」
夢幻は実験結果に満足して喜んでいるのだが、夢双は実験自体に不満を持っているようだ。
無理もない……彼らは何の事情も聞かされずに、ただ単に睡眠時の透明化現象について研究するといわれて、夏休みを使ってエヌジェイにやってきただけなのだ。
「おおう、そうだったな……君たちにも地球規模の脅威という事柄を、説明しておかなければならんな……。」
ちょうどそこへ神大寺が帰ってきた。




