第4話
第4話
「こ……、こんな何でもないところに、隠しアイテムが?」
春巻幸平は、雫志多夢幻に示されたポータブルゲーム機の画面を見つめて絶句した。
その画面は、人気のロールプレイングゲームの序盤で訪れる町の酒場シーンであった。
「そう、この酒場のマスターに声を掛けた後で、カウンターで飲んでいる女性客に声をかけると、何の返事もない。
だから普通はあきらめて別の人に話を聞こうとするのだが、ここで、もう一度マスターに声をかけるんだ。
すると、女性客に何か奢りますか?と聞かれるので、ここでカクテルを奢る。
それから、長々と女性客と会話が続くのだが、酔っ払った女性客が仕草の中で、星の剣と言う序盤では最強のアイテムを落とすことがある。
俺がこれを見つけた時は既にラスボスを攻略して、アイテム探しをしている時だったから意味はなかったけど、リセットして最初から始めてもアイテムをゲットできるようだ。
うまいことやれば、序盤はかなり有利にゲームを進めることが出来るという訳さ。
早速、ブログにアップしておいたよ。」
夢幻は、幸平に自慢げに胸を張って見せた。
所属している部活動は生物部、しかも学校の方針で生徒は必ずどこかの部活動に参加しなければならない為、仕方なく席を置いているというのが現状の帰宅部候補生だ。
おとなしい性格の為、どちらかというとクラスの中でも目立たない存在だった。
対する幸平はやせ形の体形で、いかにも文化系の体格なのだが、オタクともいえるパソコンマニアであり、スマホアプリを製作してサイトに投稿するという事を中学校の時から行っており、ついにはアプリの制作販売会社を起業してしまったほどだ。
若き企業家という事もあり、特例として部活動に参加することを免除されていて、学生たちは元より、先生たちからも一目も二目も置かれる存在なのである。
立ち上げた会社は小さいながらも十数名の社員を抱えるまでに成長しており、その社長業をしている幸平は、高校生たちの間ではいわばあこがれの存在なのであった。
2年の冬に転校してきて、席が隣同士となった夢幻とはすぐに気が合い仲良くなり、ネットゲームを通じて気が合うのか、休み時間などは常にゲーム談義に花が咲いている。
休み時間でも教室の片隅でおとなしくしていた夢幻が、幸平との議論に熱くなる場面がしばしばみられ、次第にクラスメイト達も夢幻たちの周りに集まるようになってきた。
幸平に勧められてゲームソフトの解析を夢幻がブログで発表するようにしてからというもの、口コミで広まり今では同級生たちばかりか下級生たちまでもが攻略手順を教わりに夢幻のクラスまでやってくるようになった。
根に持たない性格なのか、突然親しげに話しかけてくるような輩に対しても、分け隔てなく攻略法をアドバイスしているようだ。
夢幻が話しているゲームは、既に半年前に販売されたもので、幸平もとっくにゲームを攻略してしまっているのだが、それでも取りそびれたアイテム情報などは興味を惹かれるのである。
そもそもスマホゲームが主流の時代であり、携帯ゲーム機の、しかも半年も前のゲームの隠しアイテムなどどうでも良いように感じるのだが、夢幻のゲーム情報満載のブログは数万のフォロアーを抱える、結構な人気コンテンツのようだ。フォロアーたちから夢幻は神扱いされることも、しばしばあるようなのだ。
このように人気が出ると、ゲーム誌に連載を持ってマル秘テクニックとして披露する場合が多いようだが、情報は全ての人に公平に分け与えると言って、あくまでも無料のブログページで発表を続けているのだ。
結構な小遣い稼ぎになるだろうに、彼の場合はその様な事はお構いなしなのである。
「おーい、雫志多。俺はお前と同級生で、高校へ入ってからだが2年以上の付き合いだ。
部活は違うけど、友達だよな?」
ゲーム談義からパソコンに話題が移ったころ、大柄な同級生が声を掛けてきた。
野球部のキャプテンでレギュラー、4番でピッチャーの奴だ。
公立高校という、特にスポーツ振興のために力を注いでいる体制ではない為、甲子園への常連校という訳ではないが、地区大会では常に準々決勝くらいまでは勝ち抜く強豪チームのキャプテンだ。
(また来たか……。)
普段から話をするような、親しい間柄ではない……と言うより、入学してから3年間クラスは同じだが、向こうから話しかけられる用事と言えば、ごく最近になってから、しかもゲームの攻略法だけだ。それも、場面ごとに行き詰ると先へ進む方法を聞きに来るだけで、それ以外の付き合いは全くと言っていいほど皆無な関係だ。
勿論、夢幻を無視していた訳ではない……どちらかと言うと、夢幻の存在に気づかなかったといった方が良いのだろう。
なぜかこのところ、夢幻の知り合いが突然増えだしたというか、友達としての間柄を確認に来る輩が増えたのである。夢幻のクラスでの地位が突然向上した、ゲーム攻略に加えてもう一つの要因があるのだ。
「あ……ああ、君とはずっと同じクラスだし友達だよ。それで、用件はなんだい?」
「判っているだろう?美愛ちゃんだよ。友達のよしみで紹介してくれんか?」
やはり、いつもの事である。
スポーツ万能の上、成績も優秀であり、スポーツ特待生としても、あるいは学業の特待生としても、進学できる私立校は山ほどあったはずなのに、なぜか兄の通う普通の公立校に進学してきたのである。
運動神経は抜群で、容姿もアイドル並みの目立つ存在であり、中学時代からも近所では評判であったが、高校生になってからは同級生などから毎日のように告白されているようだ。
ところが、勇気を振り絞って告白してくる彼らへの答えはいつも同じであった。
彼女が大好きな兄である夢幻の友人であることが第1条件であり、それがクリアーしていない人は告白すら叶わないのである。
その為、高校生活3年になってから、夢幻の友人数は急激に増加した。
夢幻はクラスで半ば孤立していた時も、自宅では普通に振る舞っていたのだが、そんな状況を知ってか知らずか、美愛は夢幻の友人と言うことを、自分の彼氏候補の条件にしてしまったのだ。
夢幻にとっては、ある意味ありがた迷惑な事ではあるのだが、美愛はお構いなしだ。
「わ……判った。じゃあ今日の放課後に屋上に行くように伝えておくよ。
告白ゾーンだから、邪魔も入らずにい……いいだろう?
念のため断っておくけど、あくまでも美愛の自由意思だから、俺も立ち会うけど応援などの干渉は一切しないよ。
いいよね?」
「ああ、もちろんだ。お前が話に入ってくると、かえってややこしくなるという噂もあるくらいだし、会わせてくれるだけで結構。後は、俺の男の魅力で……。」
さほど仲が良いわけでもない、只の同級生である野球部のエースに関して、夢幻が色々と知っている訳はない。
その為、当然のことながら人物紹介など出来るはずもないので、後からクレームが来ないようにあらかじめ断っておくのだ。
夢幻はおとなしい性格で争い事を好まないために、高飛車に詰め寄ってくる相手に対してどちらかというと卑屈になりがちだが、幸平にいつも注意されていることに気を付けて、極力毅然とした態度を取ろうと胸を張った。
この手のやり取りは、この春に妹が入学してからほぼ毎日繰り返されることなので、すっかり慣れっこになってしまっていた。
夢幻は、妹への交際申し込みの際に自分の感情は一切含めずに、全て紹介することにしていた。
それには彼なりの理屈があるようで、断わることにより自分のクラスでの立場が悪くなることを恐れての事ではない……どんな男が妹の好みであるか、妹にしかわからないという理由からだ。
告白ゾーンと言うのは、ほぼ毎日のように行われる美愛への告白に際して、元は共用スペースであったのだが、使用頻度のそれほど高くない校舎の屋上が使われるようになり、告白ゾーンとして指定場所となったものである。
彼女への告白に際しては、なぜか不可侵であり、皆ルールを守って行儀よく順番に告白に来るのであった。
その日の放課後、指定場所の屋上に野球部のエースを連れてきた夢幻たちの前に、美愛がたった一人で現れた。
女友達などを連れてくるのは相手に失礼だという事で、美愛は誰にも知らせずに屋上へ来ることにしているのだ。
「お……俺は君が悪い奴だとは決して思ってはいない……だが答えるのは妹だ。
どんな結果でも堪忍してくれよ……じゃあ、告白してくれ。」
夢幻はそういうと、一歩下がって野球部のエースを美愛の前に押し出した。
高校球児らしく丸刈り頭が精悍な若者は、後頭部を軽く掻きながら照れくさそうに話しを切り出した。
「草分高校3年、野球部キャプテンの香野洋平だ。
夏の大会はまだこれからであり、また、大学へ行っても野球は続けたいと考えている。
厳しい練習が続くけど、その合間の憩いのひと時を僕と過ごしてくれないだろうか……美愛さん、お付き合いお願いいたします。」
野球部のキャプテンでエースの洋平は、男らしく堂々と告白すると、右手を前に差し出して深々と頭を下げた。
美愛にOKの握手を貰おうと待っているのだ。
「野球部キャプテンの、香野洋平さんですね。
お兄ちゃんとの会話で、この3年間であなたの事が出たのは、昨年夏に野球部が地区大会の準決勝まで進んだ時の1回だけでした。
しかも、香野洋平さんと言う名前は出ずに、野球部のエースの好投が報われずに負けてしまった、と言う事を夕食時に言っていただけです。
知らない間柄ではなさそうだけど、まだまだお兄ちゃんの友人としては親しさが足りないようですね。
もう少しお兄ちゃんと親しくなってから、再度告白してください……お願いいたします。」
美愛はそういうと、両手を両ひざに着け、深々とお辞儀をした。
「いやあ、ブラコンとは聞いていたけど、ここまでとはねえ。
君との交際に関しては、兄貴の雫志多は関係ないだろう?僕と君との気持ちだけで十分なはずだ……どうしてそこに兄貴が出てくるんだい?」
納得できない洋平は、直接不満を口に出した……いつもの事だ。
「うちは、家族が非常に仲いいのです。だから、どこか出かける時は、いつも家族で出かけます。
デートだって、お兄ちゃんに彼女が出来れば、ダブルデートで一緒に行きたいくらい。
それに、もしこのまま付き合い続けて結婚なんてことになれば、お兄ちゃんの弟になる人でしょ?
お兄ちゃんと仲良く出来なければ困るじゃないですか……違いますか?」
美愛の答えもいつもと同じものだ……ここで、何を言い返しても暖簾に腕押しである。
なにせ、告白の場所に兄貴を同席させるという条件を飲んでまで告白に来ているのだ。
そのキーマンである兄貴の存在を無にしようとしても、無駄なあがきでしかないのだ……洋平はがっくりと肩を落として、力なく俯いた。
「でも、これからもお兄ちゃんとは、もっともっと仲良くしてください……そうして家族ぐるみでお付き合いしていければ最高ですよね……よろしくお願いします。」
そんな洋平の気持ちを知ってか知らずか、美愛は彼に向けて満面の笑みを浮かべて見せた。
一瞬にして周りが明るくなるような、何ともかわいい笑顔である。
「は……はい。勿論です。」
先ほどとは打って変わって明るい表情を見せた洋平は、そのまま屋上入口のドアを開けると、走るように階段を勢いよく駆け降りて行った。
その姿を見送って、足を踏み外して怪我をしなければいいがと、夢幻はいらぬ心配をしていた。
この光景もいつもの事である……なぜか妹の告白を断るだしに使われているきらいはあるのだが、夢幻としては取りわけ、この方法を止めようとは考えてはいなかった。
なにせ、この方法以外では、家族以外の異性とは一切近づこうとしないのである。
いつか、彼女の気に入る相手が告白に現れることを信じて、夢幻は仲介を続けているのであった。
「また駄目かい?お前の男の好みは、一体どうなっているのだろうなあ。
結構格好良かったと思うし、それに野球部のエースで4番だぞ。」
夢幻は残念そうに美愛を見つめた。
「えーっ?お兄ちゃんは、あんな人が好み?あたしは嫌よ、あんなに自分が何でも一番って、自信満々な人。
自分が言えば何でもOKと常に考えているでしょ?
自分に自信を持つことは悪い事ではないけど、余りに強すぎるとねえ。
大体、お兄ちゃんの評価でも自信過剰の面あり、だったじゃない。
エースで4番と言う立場からもある程度はやむを得ないなんて言っていたけど、会って見ると本当にその通りの人だったわ。」
夢幻は、クラスメイトなどの話題を出す時には、その相手の性格や趣味などを織り交ぜて話すことが多い。
多くは夢幻が感じている印象であるが、夢幻はあまり他人を批判することはしないし、周りの評価も参考にはしない……あまり親しくない相手に対して、囁かれている噂で評価することの危険性を感じているからだ。
だから、夢幻はその噂が良い評価であっても悪い評価であっても、実際に自分が確かめられない部分に関しては無視することにしている。
対する美愛の男性評は、いつも厳しい……確かに、奴の評判で良い噂はあまり聞いたことが無い。
特に女性関係では、あのルックスでもあり、学校内だけではなく他校の女子生徒との噂も良く聞こえていたが、それは相手にされなかった女生徒たちからの誹謗中傷なのではないかとも囁かれている。
内実は古風な性格であり、異性との交際も野球に明け暮れる高校生活では無理として、付き合いを断り続けていたとも聞いている。
そんな彼が、高校生活最後の大会を控えて告白しようと考えたのが、妹の美愛なのであった。
真相は定かではないが、もう少し検討してくれてもよさそうなものだと、夢幻は残念そうにため息を付いた。




