第38話
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「はあ……そうですか、あたしは美愛……高1で……こっちはお兄ちゃんで夢幻と言います、高3です。」
今度は美愛が自己紹介をする。
「悪いね……何せ君たちのことは国家機密扱いだからね……後々のことも考えて極力個人情報は明かさないでいてもらいたい。
できればコードネームで呼び合いたいくらいなんだが……流石にここではそこまでの徹底が難しくてね……。」
あとから入ってきた、夢双よりもさらに大柄なスーツ姿の男性が付け足す……神大寺だ。
「あなたがあの……熊さんパジャマで寝ているときに宙に浮かび上がる、お兄さんですね……。
うちのおにぃは、消えるんすよ……。」
美由が夢幻がいるベッドに近づいてきて、興味津々の目つきで夢幻のことをじろじろと見まわす。
だいぶ回復したとはいえ未だ治療中の夢幻は、パジャマ姿でベッドから上半身を起こしているが、左腕には点滴の針が刺さっている。
「おいおい……初対面の人に……しかも病人やで……失礼やないか……どうもすいませんね……ガサツな妹でして……。」
すぐに夢双がやって来て、妹の美由の手を後ろから引っ張って連れ戻そうとする。
「えー……だってぇー……空中浮遊のお兄さんだが?
どえりゃあ有名人やない……サインしてくれへんかしら……。」
美由は夢双が引っ張る手を振りほどいて再度ベッドに近づき、今度は満面の笑顔で夢幻の顔をじっと見つめる。
「さっ……サイン……いやあ、まだ練習していないんだけどね……。」
夢幻がだらしない笑みをこぼしながら後頭部を掻く……なにせ美由は、大きな目に星が入っていそうな美少女なのだ。
「消えるって言う事は……あのロボット戦隊もののパジャマを着たお兄さんですか?」
鼻の下を伸ばす夢幻を睨みつけながら、美愛は夢双の方へ向き直る。
「いやあ……あの日はたまたま戦隊もののパジャマを着とっただけで……ふっ、普段はチェック柄かストライプ柄のパジャマを着ているんですがね……。」
夢双が、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら答える。
「嘘やんー……おにぃが、あのパジャマ着んで寝られるわけあらすか……。
いい年して、恥ずかしいですよねー……。」
すると美由が口もとに左手を当てながら、夢幻たちだけに聞こえるくらいの声量で囁くように付け足した。
「ぷっ……」
これには思わず美愛が吹き出した……。
「美由……おみゃーなあ……まーたお兄ちゃんの悪口を……。」
夢双が美由のもとへと、つかつかと近づいて行く。
「きゃー……、おにぃが怒っとるでー……。」
美由はすかさず夢幻が寝ているベッドの頭側に開けられたわずかな壁との隙間から、反対側へとするりと回った。
「まあまあまあ……落ち着いてくれたまえ……ここは夢幻君の病室を兼ねているのでね……。
彼はまだ安静が必要なんだ……。」
すぐに神大寺が兄妹げんかを止めに入る。
「ああ……どうもすんません……夢双ですよろしく。」
夢双はベッド上の夢幻に右手を差し出す。
「夢幻です……よろしく。」
夢幻はベッドから上半身を起きあがらせたままの姿勢で、右手を差し出して握手した。
「うっ……。」”ピーピーピー”
するとすぐに夢幻が苦しそうにうめき声をあげ、夢幻の容態を監視しているモニターの数字が大きく上下変動し、アラームが鳴り始める……“バチッ!”その後突然火花が散ったような音がして、2人は弾かれたかのように手を離した。
「ど……どうしたんだい?」
「分かりません……なんだか力が抜けていくような感じがして……。」
「いやいや……俺はよーけ力が湧いてきたような感じがしとったのですが、突然弾かれたように……。」
そのままベッドに力なくあおむけに倒れこんだ夢幻に対し、夢双は元気いっぱいに答える。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
すぐに美愛が心配そうに夢幻の顔を覗き込む。
「一瞬だけですが容体が変化したようですね……今はもう、安定しているので心配はないでしょう。
お二人が握手した途端にですからね……ううむ……2人とも寝ているときに能力を発揮すると思っていましたが、起きている時にも何か微弱な力を発しているのかもしれませんね。
面白くなってきましたね……じゃあ、夢双君はこちらの部屋で睡眠実験に入りましょう……。」
白衣の研究員は夢幻の脈や心音を確認したのち、問題ないことがわかると部屋の横のドアを開け、夢双たちを連れていった。
「いやあ……こんな状態で寝られるかなあ……なんだか力がめちゃんこ湧いて来て……。」
夢双は右腕をブンブンと振り回しながら、元気いっぱいをアピールする。
「眠るときに違和感を感じないよう、夢幻君同様に夢双君の部屋も再現してあります。
といっても棚などは、それらしく見えるよう、壁に絵をかいてあるだけですけどね。」
夢幻が寝ていた部屋の隣は、夢双の部屋と同じ見た目に仕立て上げられていた。
少し違うのは、見慣れない黒い箱やモニターなどが何台もベッドの周りに置かれていて、数名の白衣姿の男性や女性がその機械を触っていることだ。
さらにベッドの周り4方向と、ベッドの足元の天井にもビデオカメラが設置されている。
「へえ……うまいことできとりますね……」
夢双は機械装置やカメラには目もくれずに、感心したように壁に描かれた本棚の図を触る。
「夢幻君の投稿の後は、睡眠時浮遊や振動に瞬間移動など、凝った動画の投稿が増えたから、夢双君たちの投稿動画に対して、それを否定する動画を作成する必要性は感じませんでしたが、やはり見た目だけでも実家同様なほうが寝つきがいいでしょうからね。
では……実験開始と行きましょう……着替えてください。」
白衣の研究員が、夢双にいつものパジャマに着替えるよう促す……。
「いえ別に……このパジャマでなくても眠れるんですよ……ただ今はちょこっと興奮しとるせいか、落ち着かないもんだで……。」
見栄を張って答えた夢双は、少し恥ずかしそうにしながらも、ロボットがプリントされたパジャマに着替えはじめた。
「ここは空調が効いていますが、掛け布団なども消えるかどうかの確認のため、おなか周りは露出させて布団と接触させてください……。」
「えー……めんどくさいですねぇー……。」
夢双はぶつぶつと文句を言いながらも、指示に従ってパジャマのボタンを外し始めた。
環境が変わったせいか夢双は自身でも呼吸が荒くなっているように感じたが、家のものと全く同じベッドと布団、同じ枕に安心したのか、そのままベッドにもぐりこむと目をつぶった。
「おお……これはすごい……本当に消えるんですね……ちょっと触ったくらいでは、目を覚ましませんかね?」
研究員が、ベッドの上から消失した夢双の体を触ろうとして、美由に振り替える。
「おにぃは眠りが深きゃーでねえ、ちょこっとゆすったぐらいでは目を覚まさにゃーでしょうから、大丈夫ですよ。」
美由が自信満々に答える。
「では……遠慮なく……あれ?透明になると、体の感触までもがなくなってしまいますか?」
研究員が怪訝そうに首をかしげながら美由のほうへと振り返る……確かに彼の手は、そのままベッドのマッドを触っているように見える。
「エー……そんなことあらーすか……あたしがいつもエルボードロップをかますと、ぐにゃっとした微妙な感触が……あれ?本当だがや……念のためにエイッ……。」
美由の両手もベッドのマットに直接届いたため、意を決してそのままベッド中央に向けてエルボードロップを炸裂させるが、その体はベッドのスプリングの弾力に押し戻された。
「どうですか……サーモグラフで存在は確認できますか?」
研究員が、装置モニターを眺めていた女性に確認するが、彼女は申し訳なさそうに首を大きく振った。
「本当に消えてしまったということでしょうかね……?彼が目を覚ますまで、消えたままということでしょうか?」
研究員が不思議そうにベッド周りを両手両足を使い、まさに手さぐりで捜索して回るが、ベッド周囲には見えるもの以外の存在はなさそうだ。
「どこにおりゃーすか……はっ……そこだっ!」
エルボードロップをかましてベッドに仰向けになった格好のままの美由は、スカートをはいていることも忘れ、そのままベッド上方の空間を両足で思い切り蹴り上げた。
「うげー……こっ腰が……背中が……どえりゃあ痛い……。」
”ドサッ”手ごたえを感じた美由が、そのまま体をかわし、両足の上に突如現れた夢双の体をベッドの上に置いた。
「ぐぅぉっ……だから……お兄ちゃんは……サンドバッグじゃにゃーといつも……。」
夢双がベッドの上でのたうち回っている。
「どっ……どういうことだ……?浮いていた?」
研究員がその状況に目をむく。
「どしたんでしょう……こんなこと初めてですわ……寝とるときに空中浮遊するお兄さんにおうたおかげですかね?」
ベッドから離れた美由が、目を大きく開けながら首を振る。
「そうかもしれませんね……すいませんが、もう一度寝てみていただけませんかね?
今度は掛布団は消えないように、肌を接触させないようおなかは出さずに……念のために両手に手袋をして、足には靴下も履いてください。」
研究員が、再度夢双に眠るよう指示を出す。
「はあ……せっかく寝付いたところをたたき起こされたので眠いことは眠いのですが……こんなことされとったら体がワヤなります……。」
夢双が涙目で訴える。
「ああ、そうですか……次からはもう少し優しく起こせませんかね?」
白衣の研究員が美由の顔をうかがう。
「エー……おにぃを起こすのはどえりゃあ手間かかるんすよ……特に寝入りっぱは……」
美由は不満そうに、ほほを膨らませる。
「まあ、今みたいにその存在を見失ってしまった場合はともかく、今度はかけ布団は消さない予定ですから、宙に浮いたとしてもかけ布団の位置から、夢双君の存在は確認できます。
ですからすぐに起こさなくても、自然と目覚めるまで待っても構いませんよ……。」
仕方なく、なるべく夢双を安心させるよう、白衣の研究員がやさしく答える。
「わかりました……じゃあ寝てみます。」
夢双はしぶしぶ、再度ベッドに横たわり目をつぶった。
「おお……今度はかけ布団だけ残って、夢双君の体は消えましたね……それでもうしばらく経つと、浮き始めるのかな……?」
白衣の研究員はワクワクしながら状況を見守った……が、5分待っても10分待っても掛け布団が浮かび上がることはなかった。
「うーん……掛け布団越しに夢双君の体に触ることはできますから、ここに夢双君が存在することは確かなようですが……どうして今回は浮かないのでしょうかね……。」
研究員が不思議そうに首をかしげる。
「でも……うちでは、おにぃの体が浮くようなことはなかったですから、これが普通やと思いますよ。」
美由は自信満々に答える。
「そうですか……夢幻君の空中浮遊に影響はされたが、その影響は短時間で消えたということでしょうかね……いいでしょう……この状態で、夢双君の顔部分の分析を行いましょう。
手荒に起こしてはかわいそうですから、夢双君が自然と目覚めるまでそっとしておきましょう。
では、こちらの部屋へ……。」
夢幻が存在すると思われるベッド上を様々な分析装置で解析した後、白衣の研究員は美由を連れて隣の夢幻の部屋へ戻ってきた。
「確かに夢双君の体は眠ると完全に見えなくなるようです。
サーモでもその存在を確認できないところを見ると、熱線含めてあらゆるものが体を突き抜けてしまうということでしょうかね……今は夢双君の消えている頭部分をスペクトル解析させています。
それよりも、ちょっとおもしろいことが……。」
白衣の研究員は、嬉しそうに神大寺に先ほどの件を報告する。
「ふうむ……透明化だけの能力ではないかもしれないというのだね……引き続き解析を進めてくれ。」
報告を聞いて、神大寺も満足そうにうなずいた。
「そういえば……そろそろ米軍の巨大円盤の攻撃時刻ではないのかな?
下に言って、テレビをここまで持ってこさせるとするか……。」
夢幻の部屋を模写したために、この部屋にはテレビは備え付けられていない、病気療養中の夢幻に気を使って、ここへテレビを運び込ませようという計らいだ。
神大寺は胸ポケットから携帯を取り出すと、電話を掛けた。
「いやあ……俺は戦争シーンなんか見たくないので……皆さん下に行ってみていただいたほうがいいです。
下手に怖い場面とか見てしまうと、もう作戦に参加するのが嫌になってしまいそうですからね……何せこっちは作戦行動中は寝ていて、何もできないわけですから……その時に夢に戦闘シーンなんか出てきたら困ります。
敵の円盤とかも何もかも、知らないほうが無難です。」
ところが夢幻は、米軍と巨大円盤との戦闘中継を見ることを拒否する。
「そうか……確かに夢幻君はまだもう少し安静が必要だから、過激な戦闘シーンは見ないほうがいいか……分かった、じゃあ申し訳ないが、夢幻君はこの場において、下の応接のテレビを見るとしよう。」
神大寺は通話を早々に取り止め、夢幻を残して全員が階段を下りて行った。




