第36話
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<臨時ニュースです。
アメリカのメディアが、連日行われている円盤での人々の拉致誘拐事件が、1ケ月半前に飛び去って行った超巨大円盤に関係することを、アメリカ政府が公表したと報じております。
超巨大円盤襲来時に誘拐された方たちを救出したアメリカ海軍に対し、今回はどうして敵円盤のなすがままなのかという、批判が生じているようです。
アメリカ国内では誘拐された人々の救出に、国軍を導入して対処しろといったデモが、各地で催されている様子です。
これから、この事件に関してアメリカ合衆国大統領から重大な発表がある模様です。
報道局……アメリカの様子はどうでしょうか?
はい……アメリカ各地で人々を解放しろとか、救出に向かえと書かれたプラカードを掲げた人々による、デモが繰り広げられております。
ただし前回もそうですが、人が多く集まる屋外での活動は、逆に自分たちが犠牲になる確率をあげることになるため、今回は数人規模の集団が寄り集まり、巨大ショッピングモールの中で……つまり屋内で行進しているといった状況です。
外出を控えざるを得ない状況下で、買いだめをする人々で溢れかえったモール内はさらなる大混雑となっております。
更に現状を悲観視した人々が暴徒と化して、商業施設を襲うといったことも報道され始めているようです。
こう言った事態を重く見たアメリカでは、国民へ落ち着いて行動するよう……また、なるべく多くの人が集まるような場所へは行かないよう繰り返し警告が出されております。
また、大統領からアメリカ国民へメッセージが発せられるようです……この後10分ほどで、大統領のスピーチが始まる模様です……引き続き報道いたします。
了解いたしました……あと10分ほどでアメリカ大統領からのスピーチを報道いたします……チャンネルはそのままで……>
「ふうん……いよいよ宇宙からの侵略だって認めるわけよね……そんなことしたら、世界中の人たちはどうなってしまうかしら……人類の歴史も最後だなんて……パニックに陥るような人たちも出たりして……。」
3人は、なるべく他の患者や見舞客に話を聞かれないよう、テレビの音声が聞こえるぎりぎりの端へと移動することにした。
「どうなるだろうね……宇宙人という事はとりあえず隠しておくんじゃないかな……前回の巨大円盤の時だって、円盤が突然消えてしまったという事もあったけど、どこから来たとか誰だったとかいった正体は全て不明で済まされてしまったからね。
とりあえずは大きな脅威……といった扱いで、テレビなどのメディアでは連日、地球外生命体からの侵略行為だったって報道がなされていたけど、どこの政府もそれを認めようとはしなかった。
恐らく今回も、そうなるんじゃないかな……上手く追い返せればの話だけど……。」
幸平が冷静に答える。
「まあ……地球外生命体の存在を、簡単に認めることはしないだろうね。
なにせ前回我々が送り返した超巨大円盤だって、中にいた生命体と言えば細菌かバクテリアの類の微生物だけで、本来の持ち主である地球外生命体は死に絶えていたわけだからね。
もしかすると何千年も前にすでに絶滅していた種の円盤が、自動操縦で動き続けているだけといった推定だって成り立つわけだ。
車体についていた分析装置の内容詳細を調べたところ、あの円盤内には消化用の微生物以外に、細菌やバクテリア、ウィルスといった病気や腐敗をもたらすような微生物は一切存在しなかったらしい。
そうであれば、あの宇宙人たちのミイラだって、腐敗もせずに何千年だってあのままだってことも考えられるわけだ。
地球上のものではないから、放射性同位元素による年代の推定もできないし、あの宇宙船が一体どれほど前から存在していたのかも、未だにわかっていないのが現状だ。」
神大寺も幸平の言葉に同調する。
「でも……宇宙人はいる事が証明されたわけだし、そりゃあ生きている宇宙人にはまだあったことはないけど……あの透明円盤内には生きている宇宙人がいる可能性は大きいわけでしょ。
だったら実際にあの小さな宇宙人たちが円盤から出てきた時に戸惑わないよう、今のうちから宇宙人はこんな形をしています……へその緒を通じて栄養補給していますよって、宇宙人のミイラから予想した姿なんかも流しておいた方がいいのじゃないかしら。」
美愛はあくまでも、公表派の様子だ。
「まあ、本当に宇宙人たちがその姿を現してしまえば隠し立てはできなくなるだろうが、彼らが我々人類の前に、その姿を現す確率は非常に低いと考えている。
高度な科学文明を持っていることは間違いがないが、なにせ生物の強奪……しかも我々人類のような知的生命体をも何でも構わずに取り込んで食料としてしまおうと考えているわけだ。
科学文明は発展しているにしても、その倫理観には問題があると考えざるを得ない。
知的生命体であっても自分たちに比べてその文明が劣っている場合は、食料とみなしてしまうような輩は、その姿をいちいち現さずに、収穫作業だけを自動ロボットにさせるだろうというのが大方の予想だ。
だから各国政府は、知らぬ存ぜぬで押し通すつもりだろう……おっと、始まりそうだな……。」
待合のテレビ画面に合衆国大統領スピーチのテロップが流れる。
<現在、世界各地にて発生している組織的な誘拐行為ですが、その行為者に関して依然として確たる情報は入ってきておりません。
ですが……現状を鑑みますと、人類は有史以来未曽有の窮地に立っているといっても過言ではないと考えております。
その行為者の正体は明らかにはなっておりませんが、先般飛来した巨大円盤と関わりがあることは明確です。
国連からの情報によりますと、現在太平洋上に前回飛来した巨大円盤と同型の円盤が、不可視……ステルスモードにて浮いていると判明しております。
前回の円盤飛来時には、日本のエージェントたちの活躍により、迅速に円盤を追い返すことに成功いたしました。
我が米軍も円盤のバリアー解除を誘導する一斉攻撃や、誘拐された一部の人々の開放に一役買いましたが、主に彼らの活躍により、地球の危機は脱したと言えるのです。
今回も同様円盤の飛来という事で、真っ先に日本のエージェントたちが名乗りを上げ、自分たちだけでの解決を主張し国連もそれを認めましたが、彼らの作戦ミスにより巨大円盤を追い返すことも、誘拐された人々を開放することも一切かないませんでした……。
エージェントの中には負傷者も出ており、現在治療中との報告も上がってきております。
功を焦ったのか、単独での作戦行動は無謀であったと評価しております。
おかげで事態は一層深刻な状況に陥ってきております。
ですが、ご安心ください。わが国軍独自の作戦が展開中であります。
空母を旗艦とした第7艦隊と第9艦隊を、円盤が滞在していると目されている海域に現在派遣中です。
到着次第、艦隊と空母搭載の戦闘機及び爆撃機による一斉攻撃を仕掛けます。
前回の円盤飛来時にも、我々の激しい攻撃にバリアー強度を不安視したのか、一旦バリアーを解いて攻撃を仕掛けてくる場面がございました。
当時は、この場面で戦闘機数機がバリアー内に留まることしかできませんでしたが、今回はAIを組み込んだドローンをバリアー内部に送り込みます。
そのドローンによりバリアー内で一斉攻撃を開始し、小型円盤をその対処に向かわせようとした瞬間がチャンスです。
特別なプログラムを施されたAIを持つドローンたちが円盤内部に深く潜入し、各所で破壊工作を行う予定です。
地球上で円盤が海の藻屑と化し消え去るか、若しくは堪らず宇宙へ逃げ帰るか分かりませんが、わが軍の作戦により、脅威は必ず去ってくれるはずです。
作戦決行は、ニューヨーク時の明後日未明を予定しております。
国民の皆様は、くれぐれも落ち着いて良識ある行動をとっていただくようお願いいたします。>
大統領のスピーチが終わり、CMに画面が切り替わる。
「なによこれー……まるであたしたちが手をあげて、自分たちだけで作戦を実行するって言いだして、失敗したようなことになっているじゃない。
国連からの指示だって言っていたわよねぇ……自分たちの失敗を責任転嫁するなんて、どこまで図々しいのかしら。」
美愛が立ち上がり、地団太ふんで悔しがる。
「まあでも……ああでも言っておかないと、暴徒と化した人たちは収まらないだろうから、仕方がないね。
それよりも、もう円盤内部を破壊するAIを組み込んだドローンが、アメリカの艦隊に積まれて出港しているようですね……僕たちが円盤のところに向かってから5日間経過していますが、この短期間で完成したという事は考えにくいですよね。
恐らく僕たちが出発する時点では、もうAIプログラムは完成していたはずですよね……試運転が間に合っていたかどうかは別として……実際にはそこまで行けなかったけど、円盤内部潜入なんて危険な作戦はしなくても済んでいたはずでは……。」
幸平がアメリカ軍の作戦内容から、自分たちの行った作戦に対し疑問符をつける。
「ああ……そのようだね……まあでも、円盤内部破壊用のドローンが出来ていたとしても、恐らく夢幻君がいる我々は、ドローンによる円盤破壊は選択しなかっただろう。
前回の作戦時に幸平君が言った通り、いくら海洋上とはいえ、あんな巨大円盤を動かしているエンジンを破壊してしまったら、それこそ大大爆発を引き起こす恐れがある。
更に、あの胃袋の中の胃液ともいえる微生物が、大気中にばらまかれてしまう恐れもある。
その上、誘拐されてしまった人々を救い出すことも、ままならないわけだ。
そうならないように恐らく今回も円盤内部に潜入して、もしかすると宇宙人とも対決しなければならなかったかもしれないが、それでも円盤の中央制御室を乗っ取って、追い返すような作戦を取ろうとしたことだろう。
円盤の内部破壊を仕掛けるという事は、そのような比較的安全な作戦がつぶれてしまった現在出来うる、唯一の作戦ともいえるわけだ……多少の犠牲はやむを得んという事だね……。」
神大寺が冷静に分析する。
「ということは、それだけ人類は追い込まれているという事ですね……。」
幸平が腕を組んで、うなり始める。
「ニューヨーク時の明後日未明というと……日本時間では明後日の夕方くらいだろう。
少しでも被害が少なくて済むよう、祈るしかないね……。」
神大寺が神妙な顔をして告げる。
「夢幻君がICUから出られるのは、早くても明日以降のようだから、今日のところはこれで帰ろう。
夢幻君の容態によっては、エヌジェイで治療した方が良い場合も考えられるから、明日にはエヌジェイの医学療法士もつれてくるよ。」
神大寺は夢幻の浮遊能力が復活してしまい、病院内がパニックになることを恐れているのだろう。
夢幻の意識が回復することはうれしいことなのだが、彼の能力を極秘にしておかなければならないために、複雑な心境であった。
「分かりました……明日には両親……少なくともお父さんも一緒に、来るようにします。
お父さんはお兄ちゃんの意識が回復したら、有給休暇を取るって言っていたから、大丈夫だと思います。」
美愛もそう言って、この日はそのまま解散となった。
「お兄ちゃん……よかったぁー……意識は戻ったんだね……。」
翌日、父と一緒に病院へ向かった美愛は、一般病棟へと案内され、ようやく夢幻と再会できた。
朝の検診の最中なのか、医師一人と看護師2名が夢幻の胸に聴診器を当てたり、心電計などの計器の様子を確認している。
「ああ……美愛か……父さんも……一体どうなったんだ?確か楽勝な作戦で、往復の時間を含めても3日あれば帰ってこられるはずだったんだが……どうして俺は病院のベッドで寝ているわけ?
なんだか途中ですごく苦しい思いをしたようだが……あれは夢見が悪かったんじゃあなくて、実際に円盤の中で何かされて、俺の体がおかしくなったのか?
なんだかどうも……目が覚めてからも体調がすぐれないんだ……なにせ昨晩に意識を回復してから、この一般病棟に移されたんだが……寝ても体が浮かない……。」
夢幻は最後の言葉は口元に手を添えて、回りに聞こえないように話す。
夢幻には、ここが一般の救急病院であることはまだ説明していないのだが、流石に睡眠時浮遊の症状は、人前で大きな声で話すことはためらわれるのであろう。
「うっうん……ここは普通の病院だから、円盤とか作戦とかの話はまずいよ……。
お兄ちゃんは、ゲームのやりすぎで過労ってことで入院……。」
美愛が、焦って夢幻の耳元で囁くように夢幻に注意をする。
「ああ……そうか……ネットゲームに出てくる円盤の攻略に夢中になってしまって夜更かしが続いたからなあ……楽勝だって思っていた作戦が、上手くいかなかったのが響いた……。」
こう言ったことには勘の鋭い夢幻が、焦って言いつくろう。
「本当にそうだよ……若いからって何日も徹夜できるなんて、考えない方がいい。
体を壊してしまうと、ネットゲームどころか受験にも差し支えるかもしれないわけだからね。」
その言葉を聞いて確信したのか、白衣姿の初老の医者は優しく夢幻を諭そうとする。
「はい、分かりました……以後気を付けます。」
夢幻はベッドで上半身を起こしたまま、深く頭を下げる。
「では……面会時間は17時までですので、以降は玄関が施錠される場合がありますので、ご注意ください。」
医者が引き上げるときに、看護師が面会時間を案内してから病室を出て行った。
病院へは3日前に夢幻が運び込まれてから毎日来ていたのだが、ICUに入っている夢幻に面会することもできず、夢幻の回復具合だけ確認すると帰っていたので、面会時間など気にも留めていなかったことに気が付いた。




