表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/91

第35話

「はぁはぁはぁ……お兄ちゃんは無事ですか?」

 救命ボートに引き上げられた美愛は、いの一番にカプセル内の夢幻の様子を見に行こうとする。


「いや……先ほど声をかけてみたんだが……眠ったままだ……。」

 神大寺は、今度は幸平を引き揚げながら答える。


「おっ……お兄ちゃん……いやぁっ……。」

 すると突然美愛が悲鳴を上げる……。


「なんだどうした?」

 すぐに神大寺が、足場の悪いゴムボート内を慌てて駆け寄っていく。


「お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……息をしていない……。」

 美愛は真っ青な顔をしながら、夢幻の入ったカプセルの開けたフードの中を指さす。


「うん?ううむ……いや、かすかに息はしているが、確かにすごく弱いね……脈も弱いしゆっくりだ……恐らく意識を失っているのだろう……。」

 神大寺が夢幻の呼吸の様子や、手首や首筋を触って脈の状態を確認する。


「変ですよね……夢幻の意識がないのであれば、寝ているのと同じことだから浮くはずです。

 少なくてもあおむけの状態でいれば上に浮くか下に下がろうとするはずですが、柔らかいゴムボートの上だというのに、とてもそのような力が加わっているようには見受けられません。


 先ほど透明保護膜を越えようとして断念したときには、異常に呼吸も脈も速く大きく乱れていましたが、もしかすると生きるか死ぬかの危篤状態なのかもしれません……急いでお医者さんに見せないと……。」


「えー……お兄ちゃん!お兄ちゃん大丈夫?返事をして!」

 幸平の言葉に動転した美愛は、夢幻の体にすがりついて揺り起こそうとする。


「美愛ちゃん……あまり刺激を与えない方がいい……安静にさせてくれ。


 ちょっと待ってくれ……俺の無線機は着水の時に海に浸かってしまったが……夢幻君のカプセルにも無線機を仕込んであるはずだ……ヘルメットのトランシーバーでは、1キロくらいしか電波は飛ばないからな。」

 神大寺はそういいながら、カプセルの頭の部分を探る。


「メーデーメーデーこちら神大寺だ……エヌジェイ本部へ伝えてくれ、M作戦は失敗した……担当者が苦しみだして中断……そのまま落下して車体は空中分解……現在救命ボート上にいる。


 全員無事だが担当者の様子がおかしいんだ……心拍も呼吸も異常に弱い……船を待っているわけにはいかないから、至急ヘリを飛ばして救助して欲しい。

 こちらの位置は、カプセルの発信機の電波で確認願う。」


 神大寺はカプセル側面のつまみねじを外し扉をあけると、そこからコードのついたマイクを引き出し、マイクに向かって早口でまくし立てる。


<こちら哨戒艇せせらぎ……政府からの要請を受けて指定海域へ航行中です。

 現在エヌジェイに詳細確認中です……予定時刻より随分と早いようですが、急病人の発生という事でしょうか?すぐにヘリを向かわせます。


 発信機のGPS位置情報は、すでに把握済みです……1時間ほどで到着予定となります。>

 すぐに無線機から、ゆっくりとした口調で通信が流れてきた。


「とりあえず救助のヘリを待つしかないな……確かカプセル内に毛布なども積んであったはずだから、掛けてやろう。」

 神大寺がカプセルの脇のパネルを外し、そこから薄手のブランケットを取り出して夢幻にかけてやる。


「このカプセルには救急セットとAEDも入れてあるのだが……医療知識のない俺にはちょっと対処の仕方が分からない……素人が下手に触らない方がいいだろう。

 どこか怪我をしたとか骨を折ったとかなら、応急処置はできるのだがね……。


 夢幻君は浮きそうもないから、カプセル内ベッドの留め具を外しておこう……こうすると、夢幻君を乗せたままで、簡易担架としても使えるはずだ。」

 神大寺は心配そうに夢幻の様子を見ながら、カプセル底のボートとの固定金具を外し始めた。



 1時間も経たずに自衛隊のヘリが到着し、ホバリング状態からロープでベッドに固定された夢幻を吊り上げ、美愛たちは自衛隊員が降りてきて抱きかかえるように、ヘリまで連れて行ってくれた。

 一旦哨戒艇へ着船し、燃料を補給した後再度飛び立ち、そのまま翌朝、都内の大きな救急病院へと夢幻は搬送された。



「どうですか?お兄ちゃんの容態は……。」

 搬送先の救急病棟の受付で、美愛が心配そうな顔で医者に尋ねる。


「今のところ命に別状はないと申し上げておきますが、予断を許さない状態と言えますね……肝機能がかなり低下しております……心臓や肺にも負担がかかっているようですし、体を酷使しすぎ……いわゆる過労という状態です。

 何日間も徹夜して無理をしたような……見たところ学生さんのようですが、過度な受験勉強は、おやめになった方がよろしいでしょうね。


 今点滴を施して容体は落ち着いてきたようですが、下手をすると命にかかわることもあるのです。

 若いからと言って無茶な行動は慎まれた方が、よろしいかと存じます。

 今日明日の容態変化にもよりますが、1週間は絶対安静が必要です。」


 白衣姿の初老の医者は、厳しい顔をして美愛に告げる。

 一般の救急病院に搬送されたため、円盤への潜入作戦は当然医者が知るはずもないのだ。


「過労……ですか……何か電磁波などで攻撃されたとか、そんな形跡はありませんでしたか?」


「電磁波……攻撃……?ですか……?

 それはまた、どういったご事情でしょうか?何か特殊な訓練などを行っていたとかなのでしょうか?

 あるいは運送業のアルバイトか何かでしょうかね……それでも電磁波となると……。


 ううむ……状況によっては公的機関に報告もしなければなりませんので、詳しい事情をお聞かせ願えませんか?」

 事情を知らない初老の医者は、恰幅のいい体つきに革製つなぎを着ている神大寺の姿に気づいたのか、怪訝そうな表情を見せる。


 幸平も美愛も同じつなぎを着ているのだ……どこかの宅配業者とでも想像し始めたのだろう。

 

「いっいえ……夢幻君はわが社のアルバイトでありまして……妹の美愛君も一緒に働いてもらっています。

 ですが……わが社は決してブラック……とかいった企業ではございません。


 堅実な企業であり、社員の健康には気を付けております……ですが、夢幻君は受験生ですから無理をしたのか……そうだよね美愛君?」

 エヌジェイ活動を公にはできない神大寺が、焦って取り繕おうとする。


「えっ……ええ……エヌジェイのアルバイトは学生向けで休憩時間も長いですし……お兄ちゃんは受験生ではありますが……その……げっ……ゲームとかマニアですし……ちょっとやりすぎてしまったのでしょうかね……ねっ、幸平さん?」

 美愛もあせって取り繕い、バトンを幸平に渡す。


「あっああ……実は……ですね……新作のネットゲームが出ておりまして……いわゆるスペースバトル物なのですが、その攻略に……。」

 幸平も一生懸命、確たる事情をでっちあげようとする。


「はあ……ネットゲーム……ですか……宇宙もの……それで電磁波攻撃という事でしょうか……。

 意識が戻り次第、本人から事情を聞くとして、とりあえず報告はやめておきます。


 まあそのようなゲームの中のことが身体に直接影響を与える要素は少ないでしょうが、何にしても気を付けてください……若いからと言って、なにをしても大丈夫という事ではありませんのでね。」

 医者はある程度の事情が判明して満足したのか、そのまま事務所へ入っていった。


「ふうっ……なんにしても夢幻君が無事なようでよかった……。」

 神大寺がほっと息を吐く。


「なにが無事なもんですか……1週間は絶対安静って……すごい重症ってことでしょ?

 一体何が起きたって言うの?透明保護膜を抜けて円盤上部へ行って、そこからドローンを放出してって……何の問題も発生しないって言っていたじゃない。


 それが透明保護膜を越えようとしたらお兄ちゃんが苦しみだして……あのまま無理に進んでいたら、お兄ちゃんは死んでいたかもしれないのよ!

 どうしてそんな危険な所に、お兄ちゃんを行かせようとしたの?」

 美愛が涙目で訴える。先ほどまでは夢幻の容態の方が気がかりで、他のことを考えている余裕がなかったのだ。


「ああ……A国超能力者の報告から、能力さえあれば透明保護膜は超えられそうだと確信していたのだが、彼らも透明保護膜に取り込まれ様として、辛くも脱出したと言えるのかもしれんな。

 一旦は膜の内側に入り込んだように考えていたのだが、透明保護膜の中に取り込まれていただけなのかもしれない……彼らだって、あのまま膜を越えようとしたなら、命にかかわっていた可能性が高い。


 そうなると安易に構築した作戦計画の失敗という事になってしまうな……国連側は認めようとはしないだろうがね。


 まあ何にしても、夢幻君の意識が少しでも早く戻るよう祈るくらいだね……先ほどエヌジェイ本部に電話して、夢幻君のご両親に迎えの車を手配しておいた。

 まもなくこちらに到着されるだろう、本当に申し訳なかった。」

 神大寺が美愛に対し深々と頭を下げる。


「えっ……いえ……あたしは……神大寺さんを責めているわけじゃあ……。」

 美愛もかしこまって一緒に頭を下げた。



<臨時ニュースをお知らせいたします。

 連日発生している突然出現する円盤による誘拐事件ですが、本日も多くの人たちが災難に巻き込まれています。


 アメリカの西海岸に端を発した誘拐事件ですが、その被害範囲は拡大の一方で、東側はアメリカ東海岸を越え、西側はハワイ諸島に続きニュージーランドやオーストラリアにまで被害報告が発生してきております。

 現状までは赤道付近の緯度での被害報告が主ですが、いずれは北上して日本でも同様の被害が予想されます。


 不要不急な外出は避け、また人が多く集まるような場所を避けるよう、政府から勧告が出されております。

 なお、この円盤がどこの国のものなのか、未だに判明しておりません……現在国連軍は紛争当事国の関与を疑って、確認中とのコメントを発表しております。


 更に2ケ月前に突然出現した超巨大円盤との関係を、現在調査中と日本政府はコメントを発表しております。


 また、太平洋上で頻発していた航空機の遭難事件ですが、ついに国際線の旅客機にまで被害が及んでいる模様です……指定空域の高度1万メートル未満を飛行禁止としていましたが、高度によらず飛行禁止となる模様です。

 この事件と、超巨大円盤との関連も疑われているようです。


 繰り返します……>


「あーあ……あたしたちの作戦が失敗しちゃったから、円盤の被害は拡大する一方ね……。

 それにしても、どうして政府は隠すのかしら……素直にはるかに進んだ文明を持った宇宙人が、地球の生物を食料にするために、誘拐しに来ているんですよって言ってしまえばいいのに……。」


 病院の待合のテレビのニュースを見ながら、美愛が不思議そうに首をかしげる。


「そんなこと言ったなら、世界中が大パニックになってしまうよ……なにせ自分たちが食べられちゃうかもしれないんだからね。

 しかも、どこにも逃げ場がないというか……安全な場所はないわけだ。」


 美愛の隣の席に腰かける幸平が、口元を右手で隠すように、なるべく小声で話す。

 とにかく大きな病院の待合室のため、回りには多くの患者さんでごった返しているのだ、誰にこの話を聞かれるかわからない。


「でも……だからと言って、何もわからないかのような報道はよくないわよ……しかもどこかの国が陰謀を企てているような報道までなされて……。」


 美愛は連日の報道に失望していた……当初はすぐに解決すると認識していたのか、誘拐報道に関しても被害者数を累積公表していたのだが、このところ被害者多数といった報道しかされなくなった。


 実質被害者数が全く分からなくなっているのだ……これは、ある意味被害が相当数にまで及んでいるという事を暗示しており、それだけの人数が、あの巨大円盤内の釜の中に次々と入れられて行っているのかと思うと、美愛は背筋が寒くなって来た。


「そうだね……どこの国でも、戒厳令下のような非常事態と認識していることだろう。

 日本でも国会は中断されて、政府要人たちはすでに核シェルターへ避難済みのようだ。


 それは、どこの国でも同様のようだ……まもなく合衆国大統領からのコメントが発せられるとの情報が入ってきた。

 恐らく、このニュース番組でも取り上げられるんじゃないかな……。」

 今日は少し遅れて到着した神大寺が、2人に缶ジュースを持ってきて小声で告げる。


「あっ神大寺さん……お兄ちゃんは未だに意識は戻りませんが、それでも容体としては安定して来たようです。

 明日か明後日にはICUから出られて、一般病棟に入れられるようです。

 そうなれば……ようやく会いに行けるんだけど……でも……意識が戻らないと……。」

 美愛が、少し涙目で夢幻の病状を告げる。


「ああ、先ほど俺も直接夢幻君の担当医から容態を聞いてきた。

 夢幻君は今では時折目をあけるようなしぐさを見せるようだが、依然としてはっきりと意識を取りもどしてはいないようだ。


 とりあえず夢幻君お気に入りのパジャマと枕に交換してからは、容態が落ち着くことが分かったからね……替えのパジャマと枕をICUに持ち込んで、定期交換することにした。


 それでも夢幻君の飛行能力が回復しないのは不思議だね……気になったので、A国に問い合わせてみたのだが、透明保護膜から超能力者たちが脱出した直後は、超常能力が失われていたと報告が上がっていたようだ……翌日には回復したらしいがね。


 そう考えると、夢幻君の飛行能力も1時的に失われているだけかもしれないと考えていたのだが……まあ彼の場合は睡眠時浮遊だから、意識不明といった状態では能力が発揮されないという事もあるのかもしれないからね。

 まずは意識が戻って、それから睡眠をとってもらってからという事になるかな……。」


 救急搬送されてICUに移す時点で、夢幻のパジャマや枕は外されて、病院のものと交換されていたのだが、夢幻の容態が非常に不安定で、搬入時よりも重症となり、1時は危篤とまで診断されていた。


 美愛がICUの窓から夢幻の様子を確認し、パジャマと枕を戻すよう提案してから回復へ向かうようになった。

 1週間は絶対安静という診断だったのが、3日に短縮されたのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ