第30話
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“プルルル……プルルル”美愛たちが、睡眠時透明症候群らしき映像を確認している時、電話の呼び出し音が……、
「はい……神大寺ですが……えッ……テレビ……ですか……?
おいちょっとテレビをつけてくれ……ニュースチャンネルだそうだ……。」
携帯で応対していた神大寺が、テレビをつけるよう白衣の研究員に指示をする。
研究員が応接のテレビをつけると……そこには信じられない映像が……。
「ワーワー……」「きゃーきゃー……」
逃げ惑う群衆を追いかけるかのように大きな黒く丸い影が……休日のショッピングモールの駐車場に円盤が突如出現したとテロップに表示される……外国のショッピングモール駐車場の定点監視カメラの映像のようだ。
次の瞬間、そのうちの何人かが光の輪に包まれ、重力がなくなったかのように反転しながら上空へ上っていく。
しばらくすると、駐車場に写っていた真っ黒い影が一瞬で消えた……。
報道のアナウンサーが、何もなかった空間に突如出現した大きな円盤から光が照らされ、その光に照らされた人々を連れ去ったのち、再び円盤はその場所から消失したと告げているテロップが、翻訳されて画面に映し出されている。
先日出現して大西洋上に居座っていた超巨大円盤は、実は飛び去ってなどいなかったのだと、ショッキングなテロップまで続けて流れた。
「えー……だって……あの円盤は、別な太陽系の恒星に突っ込ませたはずじゃあ……。」
幸平が青ざめる……。
「考えていることに反応するって言っていたけど……向こうの言語もわからずチンプンカンプンだったっていうのに、適当にボタンを触りまくって……行先を別の太陽系へセットしたつもりが、実は透明モードに変更しただけだったんじゃあないの?
本当はずっとあの場所に円盤はいたんだとしたら……。」
あまりにもとんとん拍子に事が進んでいったことに、美愛も少しは疑問を感じていたのだが、それでも幸平が言っていることと、その結果が十分に相関していたため、疑う気持ちを封じていたのだ。
ところが再度の円盤出現には、幸平の手順を疑わざるを得ない……。
「いや……恐らくそれはないだろう……自分が円盤を脱出したときに、かねてからの予想通りに惑星間飛行用のエンジンに切り替える際一瞬だけバリアーが切れた……そのおかげで脱出できたわけだからね。
あのままあそこに留まっているだけだったなら、何も一旦バリアーを切る必要性はなかったはずだ。
更に、円盤が飛び立つ際の猛烈な風圧による乱気流でパラシュートが開かずに、危うく死にかけたわけだ。
間違いなくあの円盤は地球を離れて飛び去っていったはずだ。」
神大寺ははっきりと美愛の考えを否定する。
「じゃあ、何だっていうのよ……まさかまた、新たな円盤が現れたとでもいうの?」
「恐らくそのまさかだろう……以前説明した通り、地球上の大規模な気候変動の少し前に、刈り取りとでもいうように地上生物の収穫に来ていたわけだが、いかな巨大円盤と言えど、たった1隻ばかりの規模では少なすぎる。
なにせその直前まで地上を闊歩していたはずの大量の生物たちが忽然と消えていたわけだからね……恐らくあのくらいの巨大円盤が世界各地に……つまり何十何百隻と飛来していたと想定されていたわけだ。
あの時の1隻は恐らく偵察隊ともいえる……いわゆる先兵と言った方が良いのだろう。
本隊は別にいると考えていたわけだが……ただ、その先兵自体の中身がなかった……つまり肝心の宇宙人たちが死滅してしまっていたので、もしかすると本隊の襲来も発生しないのではないかと、淡い希望を持っていた。
だからこそ祝賀会なども開催されたのだが……ちょっと困ったことになったね……。」
神大寺が腕を組んで考え込む……はるか太古より地球の生物をさらっていたと考えられていた宇宙人たちは、すでに死滅したと喜んでいたのもつかの間、後続部隊がやってきたのだから、これは大変だ。
「どうするの……?」
恐ろしい地球規模の侵略行為を想像したのか、美愛の体が小刻みに震えだした。
「前回と異なるのは、最初に超巨大円盤が現れていないという事だ……小型円盤だけが、しかも収穫のほんの一瞬だけ確認されている……本体の巨大円盤を探し出して、もう1度夢幻君の能力を使って潜入するしかない。
そうして今度の円盤も恒星へ突っ込ませてしまうわけだ……上手いこと乗員の宇宙人が全滅していてくれればの話だがね……。」
神大寺が、今後の作戦を説明する。
「だって……お兄ちゃんはもうあまり重いものをあげることはできないはずよ……何せ1ケ月もかけて負荷を軽減していって、ようやくあと1週間ほどでおうちに帰れるって研究員さんが……。」
「そうですね……ですが、夢幻君の浮遊能力は、潜在的に拡大可能な状態が継続しているはずです。
一度10トン以上まで上げていますから、恐らく数日もあれば元のレベルにまで復活させることは可能です。
それは夢幻君の能力を評価しているときに確認済みなので、大丈夫でしょう。
後は本体の超巨大円盤が見つかるまでに、間に合えばいいのですがね……。」
白衣姿の研究員が自信満々に答える……余計なことを……と美愛は研究員のことを睨みつけたほどだ。
「じゃあ、そういう事だから……夢幻君……申し訳ないが、またお願いできるかい?」
神大寺は意外に軽く夢幻に依頼する。
「ああ……はい……俺はいいですよ……前回、陰では決死の作戦などと囁かれていたと聞いていますが、それでもうまくいったようなので……俺も自信がつきました。
でも、妹の美愛は勘弁してやってください……妹は危険な任務につかせたくはない。」
そうして夢幻も同様に、命がけの任務を軽く引き受ける……無理もない、夢幻の場合は作戦行動中のほとんど寝ていただけだし、起きている時にも周りの状況を見てしまうと緊張するからと、睡眠カプセルから出ようともしていなかったのだ。
美愛たちがどれほど恐ろしい思いをして、そうして本当に九死に一生を得たような気持ちで脱出してきたか、分かっていないのだろう……と、美愛はなぜかやる気満々の兄も睨みつけた。
「だめよ……お兄ちゃんはどれだけ危険な任務かわかっていないんだから……幸平さんも言ってあげて……今度こそ本当に命を落とすかもしれないから、やめた方がいいって……。」
そうして幸平にも兄の説得に加担するよう、援護射撃をお願いする。
「いや……僕も参加するよ……夢幻が参加するなら、僕も行かないとね……僕だって敵円盤の操作に関しては、結構役に立ったつもりだからね……。
だがまあ……美愛ちゃんはやめておいた方がいいよ……女の子だからね……なにせ前回は本当に運が良かったとしか思えないことが、いくつもあったから……お陰で僕たちは生きて帰れたといった感じもするからね。
また今度も……といったことは、期待しない方がいいだろう……。」
ところが美愛の予想を裏切り、幸平までもが参加を口にする。
彼の場合は前回の作戦のいうなれば実務者であり、いかに危険な任務であったか熟知しているはずというのに……そうして兄と同様、美愛の参加はやめた方がいいと勧めてくる。
「二人とも何を言っているの……?あたしがおじけづいたから、あたしだけは置いて2人だけで行けばいいとでも思っているわけ?
あたしは……自分一人だけ生き残ればいいと思って言っているんじゃないのよ……本当に危険な任務だから……だからあたしたちが行かなくたって……。」
美愛には、彼らが気軽に巨大円盤への潜入作戦参加を引き受けたことが、どうしても信じられなかった。
ちょっと近くで催し物があるのだが、人手が足りないようなので自分たちが協力しますと言ってボランティアで駆け付けるといった乗りなのだが、そんなものではない……まさに命がけの作戦への参加なのだ。
「じゃあ、誰が行くんだい?俺は直接見たわけじゃあないけど、A国とかの超能力者軍団かい?
彼らで十分に作戦が立てられるというのかい?別に人のことを馬鹿にするわけじゃあないけど、前回の作戦の詳細を聞いた限りでは、俺が行かないとかなり成功する見込みは低い作戦だったはずだ。
恐らく今回もそれは変わらないだろう……だったら俺が行くしかないだろ?ほかに代わりが居ないのだから……。」
「そうだよ……美愛ちゃん……君も見ただろ?あの超巨大円盤の中で、さらわれてきた人たちが巨大な釜の中に飛び込まされて微生物に分解されそうになっていたのを……あんな恐ろしいことがまた起こっているわけだ……早く行って救ってあげないと……。」
いつもは何かにつけて美愛に迫ろうとしてくる、ふざけてばかりの幸平が、至極まじめな顔をして答える。
兄の言葉も心に響いたが、幸平の言葉はずいぶんと堪えた……。
「俺だってそりゃ怖いさ……何せ俺自身はずっと寝ているわけだからね。
潜入した円盤の中で敵宇宙人たちに捕まりそうになったときとか、みんなは何とか散り散りに逃げられるかもしれないが、カプセルの中にいる俺は何もできないからどうするんだろう……とか、目が覚めたら俺一人ぼっちで宇宙人たちに囲まれていたらどうすればいいんだなんて……あれから考えたさ。
なにせ、まだ終わったわけではないとも聞いていたからね。
だけど……特段これといったとりえのない、ただの高校生の俺が、何かこの星のために役立つことが出来るんだったら、俺は間違いなく参加すると決めていたわけだ……幸平とあれからずっと話し合って決めたことだ。」
夢幻はいつになく、真顔で決意の表情を見せる。
「作戦に参加しないという事も選択肢の一つではあるのだが……それでも宇宙人たちの収穫というか人々の誘拐は続けられるわけだ……それを逃げまどって隠れているのもいいかもしれないが、僕たちだって円盤にさらわれてしまう可能性だってないとは言えない……高校の体育の授業中とかね。
そうなる確率は、今のところこの星の人口比率から言ったら、かなり低いかもしれないけど、だからおとなしくしていればいいとは言えないと思うんだ。
よその国のことだからと、そのまま傍観していてはいけないだろう……何もなす術がないのであれば仕方がないけど、対抗手段が一応あるわけだからね……実行しないという選択肢はあり得ない。」
幸平も一緒に何度も小さくうなずき、美愛は目を大きく見開いて、2人の顔を交互に見まわした。
普段は冗談ばかり言ってふざけあっている2人が、自分には内緒でそんなことを相談していたなんて、美愛は気づいていなかった。
確かに神大寺も研究員も、前回円盤を地球から追い出すことに成功した後で、これで最後とは言えないと言ってはいたが、そんなことは起こりえる可能性をただ単に口にしているだけで、現実となるとはだれも考えてはいないだろうと美愛は思っていた。
しかし神大寺たちばかりか兄とその友人までが、しっかりとその言葉を受けとめ、決意を固めていたのだ。
一度は行方不明になった兄が戻ってきて、一緒に地球の危機を救うという重大な役目を果たし、その後は平和な兄との日々を、ただ享受していただけの自分が恥ずかしくなってきた。
「分かったわ……だったら、あたしも一緒に行く……。」
美愛は今更ながらだが、決心したように大きく頷いた。
「いや、だから……お前はいかない方がいい……万一の時にお前まで道連れにしてしまっては、後で父さんたちに何と言われるかわかったもんじゃないからな……。」
ところが兄は大きく首を横に振った。
「だめよ、あたしが一緒じゃなきゃ……ただでさえ緊張しいのお兄ちゃんなんか、重大な場面に寝られないでしょ?
寝られないと、円盤のバリアーを超えることも、円盤内を探索することも……さらにはさらわれた人たちを救い出すこともできないのよ。
だったらあたしが行って、お兄ちゃんが安心して眠れるようついていてあげる。
それに……万一の時……なんて言わないで……そんなことになったら……お父さんもお母さんもひどく悲しむわ……絶対に無事で帰ってくるのよ!」
美愛は目に涙を貯めながら、きっぱりと答える。
「まあそうだね……前回の作戦の時にも、美愛君の機転に助けられた場面もあったし、何より夢幻君が安心して寝られるには、家族の存在が欠かせないことは痛感している。
美愛君が同行してくれるのはありがたいね……それに、確かに危険な任務ではあるのだが……必ず生きて帰ってくるつもりで俺も参加するし、君たちを無事で帰すよう目いっぱいの努力をするから、よろしくお願いする。」
突然、神大寺がソファから立ち上がって、夢幻たちに深々と頭を下げた。
「いえいえいえ……そんな頭を下げなくても大丈夫ですよ……地球の危機という事は僕たちにとっても危機なわけですから……神大寺さんたちだけが、戦う必要性はないわけです。
僕たちの方こそ、サポートしてくれることを感謝しますよ……なあ皆……。」
幸平はそういって立ち上がると、夢幻と美愛も続いた。
「ありがとう……ありがとう……よし……じゃあいい機会だから、あれを出すか……。
なにせ前回は間に合わなくて出しそびれていたからな……おい……ちょっとあれを持ってきてくれ……。」
すると神大寺は、傍らの研究員に目配せをした。
「あっ……ああ、そうですね……ただ今……。」
そう言って、パタパタと研究員が奥のドアを開け中に入って行ってしまった。
「はいどうぞ……新作のユニフォームです……。」
暫くすると、大きな段ボール箱を乗せた手押しの台車を押して、研究員が戻ってきた。
「ユニフォーム?」
美愛たちが首をかしげる。
「ああ……A国の超能力者軍団が、お揃いのヘルメットとジャケットを着用していたじゃないか……こっちもそれなりのものを準備しようと発注をかけていたんだが……いかんせん作戦までの期間があまりにも短すぎて、間に合わなかった……お蔵入りになっていたものだが、ちょうどいい……。」
神大寺が笑顔で段ボール箱を開けて中を見せる。
そこにはヘルメットとともに、革製のつなぎが入っていた。
「サイズは君たちに合わせてあるから、ちょうどいいはずだ……お揃いのブーツもあるぞ。」
「へえ……黒の皮つなぎに皮のブーツですか……ライダースーツみたいですね……。」
「ああ……もっと派手なものがいいかもと考えたんだが、目立ってはいけないと上からの指示でね……それでも牛の本革……鹿が良かったんだが……予算の都合上でね……まあ我慢してくれ。」
神大寺が少し寂しそうな笑みを見せる……。
「あれ?俺の分は……?」
神大寺と美愛と幸平の3着分だけで、他には出てきそうもない……。
「ああ……夢幻君は……パジャマがユニフォームだからね……それでもお気に入りのパジャマの色違いの緑バージョンを見つけておいた……セットの枕カバーもあるぞ……。」
神大寺は段ボール箱の底から、薄いビニール袋を取り出した。
「ああっ……超レアものの限定版だ……やったあ……。」
これには夢幻が飛び上がって喜んだ。




