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第28話

「おにぃー……まぁだ寝とるのー……?いい加減起きぃー!」

 翌朝、目覚めの悪い兄を起こしに、またもや制服姿の美由が階段を上がってきた。


 昨日は兄と遊園地で1日過ごしたため部活は無断欠席となってしまい、今日は顔を出さないわけにはいかなくなってしまった……なぜなら、これといった予定のない美由は、夏休み中全日出席予定にしてあるのだ。


「おにぃー……はいるでぇー……。」

 美由が部屋に入ると、そこはむっとするほどの湿気と暑さに包まれていた……美由に言いつけられて、就寝中のエアコン使用を禁じられたために、夏の朝の熱気が部屋中に充満していた。


「こんな中で、よぅも寝られるにゃー……。」

 どんな環境でも寝ていられる兄のことを、美由は少しうらやましく感じていた。


「はっ……おにぃが居ない……おにぃー……!どこや?どこ隠れとる?

 あんまり暑すぎやで……どこか避難しとるんか?かけ布団までもっていって……。」


 部屋に入った美由がふと見ると、ベッドの上はもぬけの殻どころか、かけ布団さえもなくなっていた。

 ただ単に、シーツをかけられたベッドのマットがあるだけであった。


「ううむ……いったいどこに……。」

 美由はきょろきょろと辺りを見回すが、所詮6畳ほどの子供部屋である、隠れるところなどどこにもない。


「ほんにー……どこ行ってもうた?」

 美由はあり得ないとは思いながらも、クローゼットなども開けて確認をしてみるが、こんな狭い中にこもっていたとしたら、かえって部屋の中より暑苦しいので、いるはずもなかった。


「うーん……窓から出て屋根の上なんちゅうこともなさそうやしにゃー……ええい……悔しいでねぇーの、フライングボディアタック……。」


 窓を開けて1階の屋根の上を簡単に確認した後、1人こっそりと抜け出した兄のことを悔しく思い、その怒りの矛先を空のベッドへと向けた。


「ぐぼっ……ごほごほごほっ……なんだなんだ?……はっ……またかやー……どえりゃーひでぇーでねぇーの……。

 中等部では寝とる人起こすとき、プロレス技かけるんが流行っとるんか?


 部活の影響だっちゅーて誤魔化そうったって……美由が入っとるのはレスリング部やでねぇー……プロレス部ちゃうやんか?

 たいがいにしいや……お兄ちゃんはタックルマシーンじゃにゃーから、少しはやさしゅう扱ってくれにゃーこわけてまうで……。」


 思い切り飛び上がって、全身を使ってボディプレス……と思っていたのだが、その後の感触はベッドのマットのスプリングではなく、薄いかけ布団にくるまれた人を踏みつけたものであった。


 熟睡しているところに強烈な一発をかまされた兄は、ハッとして辺りを見回すが、自分の上に華奢な体付きの女の子を認めると、苦しそうに腹のあたりをさするが、あきらめたように体を起こした。


 3つ違いではあるが、身長185センチの兄に比べて妹の美由は147センチと小柄な方だ。

 レスリング部に入って鍛えているとはいえ、力も強い兄にはとてもかなわないため、やんちゃな妹の多少の乱暴には普段から大目に見てやる心遣いがあった。


 それでも寝ているときの不意打ちには、流石の妹想いの兄も半分切れかかっていた。


「わっ……悪かったにゃー……おにぃがいないと思とったもんだで……つい……。」


「そんなことあらーすか……お兄ちゃんはきんのうの晩からずっとベッドで寝とったでにゃーか……。」

 またもや昨日の朝と同じようなことが起きてしまった……デジャブーではないのかとも思いながら、美由は信じられないといった表情で、目を丸くしながらベッドの上の様子を見回す。


 暑くてよほど寝苦しかったのだろう、パジャマを着てはいるがおなかを半分以上だらしなく出した格好で、お腹回りにだけ冷えないようにかけ布団をくるみ、ぼさぼさの髪の兄はベッドの上に座っていた。


「まさか今日も遊園地に連れて行ってほしゅーて、攻撃を仕掛けて来たんじゃにゃーだろうな……お兄ちゃん今日バイトだもんで無理やで……。」

 乱れた髪を両手でかきむしりながら、怒りの矛先をどこに向けようか悩んでいるかのように、ぶっきらぼうに話す……。


「わるかったでねぇ……もうやらんでねぇ……許して……ねっ……ちゅ……。」

 美由は両手を顔の前で合わせ、ウインクしながら謝ると、兄の頬にキスをした。


「あっ……ああ……今度からは加減してちょーよ……じゃにゃーと母さんに言いつけるでねぇ……。

 美由の奴はレスリング部入って、ますます狂暴なって来よったって……。」


 夢双は、この小さな妹のことが大好きであった……小さなころから保護者替わりの兄の後をずっとくっついてきて、人前でもキスなど普通にしていたのだが、やがて近親相姦だなどと友人たちから責め立てられ、流石にそれからは気を付けるようにしていたのだが、妹の方はそんなこと気にもせずに、頬にキスなら普通にしてくるのだ。


「はーい……反省しております……。

 あっ……パパもママもとっくに仕事に出かけたから、朝ごはん食べたら洗って片付けとってって……。


 この時期やで洗い物そのままにしとくとバイ菌が繁殖するからだめやって……あたしはもう部活で出かけるでねぇー、鍵かっていってやぁ……。」

 そう言い残して妹は兄の部屋を出ていくと、バタバタと勢いよく階段を駆け下り、そのまま外へ出て行ったようだ。


「ふあーあ……バイトまではまだ時間があるでねぇーの……しゃーない……起きるきゃー……。」

 そう言いながら夢双は、のそのそとベッドから降りてゆっくりと着替え始めた。


 体が大きいせいではないのだろうが、のんびり屋の夢双は動きがスローモーだ。

 特段プロレス好きという訳ではないのだが、ついたあだ名は“マッ○ル”で、成長期に入ってクラスの中でも大きな方になってくると、完全にその呼び名が定着していった。


 もともと書道部に所属していた妹が、中2になった途端にレスリング部という、真逆の部活に入った理由は、自分のあだ名に起因しているのではないかと、当初はずいぶんと気にしていた。


 運動神経抜群の妹はすぐに団体戦のメンバーに入り、全国大会出場に貢献したため、もともとあった才能が適正な所属部が見つかって開花したのだと、自分の考えが杞憂であったことを喜んでいたのだ。


 炒めた野菜とウインナーソーセージにトーストの朝食を平らげると、夢双は律義にも食器を洗って洗い物籠に並べると、そのまま居間でテレビをつけた。



(うーん……おにぃはいったいどこから……)


「危なっ……薄井っ……練習中にボケっとしとったらあかんじゃにゃーか……ケガするで!」


 体育館での練習中、ダッシュとターンの繰り返しトレーニングで順番を待っていた美由が、今朝のことをずっと考え込んでいると、男性コーチから雷が落ちてきた。

 美由の番になったのにスタートしなかったため、折り返しダッシュして戻ってきた部員と接触しそうになってしまったのだ。


「すっ……すまんですぅー……ちぃと考え事を……もう大丈夫ですから……。」

 すぐに反省し、今は練習に集中しようと頭を切り替えて、この日はトレーニングに励んだ。


「どしたん?美由……朝からちぃとおかしかったでにゃーか?。

 きんのうは突然休むし……何かした?」

 帰り際、美由の親友の明菜が心配そうに話しかけてきた。


 彼女も同じレスリング部の所属で、団体戦の全国メンバーの一人だ。

 彼女は幼いころからレスリングをやっていて、オリンピックを目指しているらしく、夏休みも休まずに練習に参加している一人だ。


 美由が突然レスリング部に入ったのは、彼女が影響していると言えるだろう。


「ううん……何でもにゃーで……きんのうは久しぶりにおにぃとデートやったでねぇー……。」

 美由は友人に余計な心配をかけさせまいと、笑顔を見せる。


「ふうん……おのろけでしたか……美由は本当にお兄ちゃんが大好きやもんね……。

 確かに背は高いし格好悪くはにゃーけど……ううん……なんかちょこっと美由のお兄ちゃん、とっつきにくそうで苦手だがや……。」


「そっ……そんなことにゃーで……おにぃはすっごく優しいし……明るいし……物知りだし……。」

 美由には優しくて太陽のような存在の兄ではあるのだが、人見知りするらしく、よほど親しい関係でなければ打ち解けられないのか、家族以外の異性と兄が話している所など確かに見たことはない。


 人見知りな性格は美由も同様であり、似た者兄妹ではあるのだが、体格から言っても目立つ存在であるだけに、そういったイメージはついて回るようだ。


「はいはい……美由のブラコンには慣れとるでねぇー……そんでも、ますます重症になっとるで……。

 そんなんじゃあ彼氏なんか一生できやせんでね。」


 明るい性格で、誰とでもすぐに仲良くなれる性格の明菜は、部活の影響からか女友達よりも男友達の方がはるかに多いといつも自慢している。

 中には美由に興味を抱いて明菜に紹介を頼んでくる輩もいるようなのだが、肝心の美由がブラコンから覚めないので、叶えられないでいるのだ。


「ええんよー……あたしにはおにぃがおれば……いずれおにぃに彼女が出来りゃぁ、あたしにはお姉ちゃんになるんでねー……そしたら料理とか色々教えてもらうでねぇー……。」

 美由は、今は想像上でしかない兄の恋人に妄想を走らせていく……。


「そんなこと言っとっても……もし彼女さんが出来たら、お兄さんは彼女さんオンリーなって、美由なんかの相手はしてくれんと思うよ……いい加減、兄離れせにゃー……。」

 あまりにも深い兄愛に、明菜がため息を漏らす。


「構わんで……おにぃはずっとあたしのおにぃだからねぇ……。」

 美由は兄と別れて暮らすことなど、到底考えられないと思っていた。


 仮に、兄が就職して上京したとしても、自分もすぐに近くの会社へ就職して兄と同じ部屋に住むつもりでいるし、結婚したとしても兄の住まいの近くに住んで、行き来しようと考えているくらいだ。



「おにぃ……まだ起きんの?……おにぃ!」

 翌朝、毎度のことながら、美由が兄の部屋の外から大声で呼びかけるが、中からは何の反応もない。


「おにぃ……入るで……。」

 美由がドアを開けて兄の部屋に入っていく……ここまではいつもの光景だ。


「ウーン……やはりどこにもおにぃの姿はにゃーわな……ようし……。」

 美由はつぶやきながら、ベッドわきの勉強机の上に自分のスマホを録画モードにセットして立てかけた。

 そうしておもむろに深呼吸する……。


「……どうやって、おにぃが出現するのか……そのトリックを今日こそ暴いてやるでねぇ……観念しぃや……ええいっ……。」

 決心したように美由は真剣な表情で、肘を立てて空のベッドへダイブした……。


「ぐほっ……ゴホゴホゴホッ……なっ……何ごとだ……はっ……また……こうも毎日毎日見事に腹に一撃を入れられとったら……流石のお兄ちゃんも体がワヤなるで……ゼイゼイ……。」

 兄はそういいながらベッドの上で体を反転させうつぶせになり、自分の腹を両手で何度もさすった。


「やっぱり……おにぃ……どこおったん?」


「どこおったて……お兄ちゃんはずっとこのベッドで寝とったでにゃーか……きんのうの晩から……。

 一歩もこの部屋から出て行っとらんし、今もここにおったでねぇ……一体何の恨みがあって毎朝毎朝……。」

 いくらかわいい妹とはいえ、流石にこうも連日では切れ気味で表情が険しい。


「いや……おにぃはベッドの上にはおらんかったで……布団ごとどこか隠れとって、あたしがダイブしようとした途端に、どこかから現れたでねぇーの?

 一体どうやったら、そんなことが出来るん?」


 美由としては、上手い奇術の種を思いついた兄が、妹を驚かせようと毎朝毎朝隠れているのだと考えている。

 ところが美由が毎回過激な起こし方を試みるものだから、兄の方が逆に驚かされてしまい、思惑が外れて不機嫌なのだと思い込んでいるのだ。


「だ・か・ら……お兄ちゃんはどこへも行っとらんし、隠れようともしとりゃあせん!

 ずっとベッドの上で寝とった!」

 ところが兄はきっぱりと否定して、痛そうに腹をさすりながらベッドから起きて立ち上がる。


「そんなはずないでね……見てちょこれ……。」

 そういいながら美由は、机に立てかけてあったスマホを持ち上げ、再生モードにして兄の目の前に差し出す。


「なっ……なんじゃこりゃ……。」

 そこには空のベッドが映されていた……そうして小柄な妹が、何もないベッドめがけて飛び上がってダイブする……その瞬間、思いもかけない映像が……。


「どうなっとるんや……?」

 撮影した美由も絶句する……なんとベッドのマットにダイブしたはずの美由は、ベッドよりも数十センチ上方の何もない空間でいったん受け止められ、次の瞬間その空間に掛布団を抱きしめた兄の体が出現したのだ。


 つまり美由がベッドにダイブした後に隠れていた兄が飛び出してきたのではなく、ベッドの上に目に見えない空間があって、その空間が美由の体を受けとめた後、そのスペースに兄の体が出現するという、到底、物理的に信じがたい映像が残っていた。


 早朝の自宅で何が起こっていたのか、兄も妹も現実のものとは思えない映像に、背筋が寒くなってきていた。


「わっ悪い……今日、お兄ちゃんはバイト休むで……朝飯もいらん……。

 夜寝とる時でなく昼間だからエアコン効かせとってええわけやろ?お兄ちゃんはもちっとこのまま寝ておく……なんだかちょっと気分が……。」


 そう言いながら夢双はエアコンのリモコンで冷房運転させると、そのまま掛布団を頭からかぶってベッドに横になってしまった。


「あ……あたしも……部活休もうかにゃ……。」

 美由もそう呟きながら、兄の部屋を後にする……。


 そうして考えあぐねた美由がネット上にこの映像をアップして、このような経験をした人がいないか、コメント付きで返信を募った……。



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