第24話
第24話
「やはりねえ……直接アクセスする可能性が高い、通常モードの制御プログラムに関しては、編集不可のプロテクトを掛けるけど、基幹プログラムに関してはプロテクトがかかっていない場合があるのです。
ネットワーク管理などしている場合でも、基幹プログラムは最初から管理者権限でなければアクセスできないよう制御するのですが、運用して行く時にアクセス権限違反でしょっちゅうフリーズしてしまうなんてことが、発生するわけですよ。
あまり知識のない人たちが使いだすと、適当にいろいろな所を触ったりするから、アクセス権限違反を避けるために、制御プログラムは管理者権限でアクセスさせるなんてことが結構ありうるわけです。
実行プログラムは細かくアクセス制御をプログラム単位で施してあるから、大丈夫と考えてしまう訳です。
そうして、そんな深いところまでアクセスしてくるとは考えないで基幹プログラムの保護を忘れている場合がある訳です……運がいいですよ……では、このまま上書きして、プログラム再起動。」
幸平がそう念じて画面をタッチすると、画面が一瞬消えてなくなり、再び元の円盤の断面図の画面に切り替わった。
「次の目標を表示。」
幸平がそう念じて画面にタッチすると、先ほどの星系が表示された。
「次の目標を変更。」
幸平が点滅している惑星をタッチしてから、星系の中心にある恒星をタッチすると、今度はこの恒星が点滅表示されるようになった。
「これで、完了。」
ようやく幸平は人心地ついたと言うように、ほっと胸をなでおろした。
画面の右上の幾何学文字が、カウントをするようにめまぐるしく切り替わって行く。
「それで、円盤はあとどれくらいで出発するんだ?」
神大寺が大切な質問をする。
「どれくらいって……多分、すぐですよ……。」
「すぐってどれくらいよ。」
「判らないよ……自動プログラムがやっていることだし。
大体、地球時間の……しかも日本時間の何時何分なんて、この円盤に通用しないだろう?」
幸平は当然なこととばかりに、平然と答える。
「それでは皆が脱出する時間があるかどうかも、予測できないではないか……このままでは円盤と一緒に銀河を離れて外宇宙の旅をするまでは良いが、恒星とやらに突っ込んで灰となってしまうぞ。」
神大寺は少しでも冷静になるように、なんとか息を整えながら幸平を制する。
「うーん、そうかあ……じゃあ1時間くらいでいいですか?」
「ああ、1時間もあれば……って、時間の設定できるのか?」
「判りませんが……えーと、光の速さは秒速30万キロメートルで、これは宇宙中変わらないはずだから……1キロメートルはこの地球と言う惑星の赤道面の直径が12……キロメートルで……1秒の60倍が分で……。」
「なによ、中学校の理科の時間みたいなこと呟き始めて……・。」
この緊急事態に一体何をやっているのかと、不思議そうに美愛が尋ねる。
「いや……だから……地球で使っている時間の単位なんか通用しないはずだから、まずは1時間と言う長さを定義して、円盤のコンピューターに判って貰おうと……。」
「だったら、そんな学術的で時間のかかる設定をしなくても、円盤が到着して1日以上経っているのだから、地球が自転で1回転する時間の24分の1でいいんじゃない?……その方がずっと簡単よ。」
美愛が呆れたように、ダメ出しをしてアドバイスした。
「うーん……地球の直径の長さと光速から出した時間の方が誤差は少ないはずだが……実際にその分を修正しておけばいいか……じゃあ、この惑星の自転周期に4分ほど足した値の24分の1が1時間……。
1時間は60分だから、そこから逆算……で、今から1時間後に出発と設定。」
幸平はそう言いながら画面にタッチしようと構えた。
「えっ?1日の長さは24時間じゃないの?」
美愛が不思議そうに尋ねた。
「どうも、そうじゃないらしい……地球は自転しながら太陽の周りを1年かけて回っているだろう?
公転軌道を毎日少しずつ先に進んでいるのさ。
その為、同じ位置で太陽を見ようとすると、余計に時間がかかってしまうようだ……空に目標点を置いて、一旦通り過ぎた太陽が、再び同じ位置に達するまでの時間を24時間と定義しているので、実際の自転周期は4分ほど短いという訳……今、その正確な時間を確認して……。」
幸平は念のためタブレットパソコンの辞典で、数値を確認しながら答えている様子だ。
「じゃあ、まずはタイミングを合わせて、1時間の設定をしましょう。」
幸平は神大寺に目で合図をしてから画面にタッチすると、画面右上の幾何学文字が一瞬消え、再表示されてカウントを開始した。
「1時間……1時間だな……よし、緊急連絡!緊急連絡!
今この円盤は、他の星系へ向けて出発する様プログラムされた。
操作プログラムの文字も解読できない状態での、都合のいい解釈ではあるが、残り時間は1時間ほどのはずだ。
他に頼るべき指標もないので、とりあえずこれを目標に行動してくれ……時計を合わせるので、タイマーを57分にして待機。」
モニターの様子を見ていた神大寺は、インカムに向かって大声で叫んだ。
「10、9、……5、4、3、2、1 残り57分ジャストだ。
バリアー内の編隊は、この時間より数分から数秒前にバリアーが一旦切れるはずだから、その時に間違いなく脱出してくれ……くれぐれも円盤の出発する衝撃に巻き込まれないよう注意するように。
我々も、誘拐された人々を連れて脱出する。」
神大寺はそういうと、車体に戻って床に手を添え引き延ばした。
スルスルと鋼板が引き出されて、瞬く間に十メートル四方の広さに変形した。
「幸平君は誘拐された皆を集めてくれ……何百人いるかわからんが、恐らくはこれでも乗り切れんだろう。
それでも見捨てるわけには行かない……彼ら全員にプローブを渡してくれ……そうすれば、バリアー内で一緒に連れて行けるだろう……時間がない、すぐにやってくれ。」
神大寺に言われて、幸平はすぐに人々を集めた。
皆、意識がないため勝手に動くこともなく、かえってやり易いくらいであった。
先ほど意識を取り戻した男性と協力して、広がった車体の周りに円形に皆を整列させて、長いプローブを一人ずつの体に1周させて行った。
「お兄ちゃん、大丈夫?出発するけど寝られる?」
美愛は車体の後部に回って、カプセルの中の夢幻に確認する。
周りには誘拐された人々や、宇宙人のミイラがあったりするのに、夢幻はそういったものを全く見ようともしないで、車体の中に缶詰め状態だ。
「いやあ、さっき寝入ったところをすぐに起こされて、目が冴えてきてしまったよ……こりゃ当分無理……。」
「駄目!すぐに寝るの。いい?」
美愛がすかさず強い口調で兄の目を睨みつけて叫ぶ。
「は……、はい。」
夢幻はそう小さく答え、カプセルに横になろうとする。
「ちょっと待っていてね……準備は良い?」
美愛は、誘拐された人々をまとめている幸平に向かって尋ねた。
「ああ、こっちは準備完了……神大寺さんが乗り込んだらOKだ。」
幸平が叫ぶ。
「俺の事は良いから……そのまま浮き上がってくれ。」
神大寺は大きなリュックを抱えて、車体の外で叫んでいる。
「じゃあ、お兄ちゃんお願い。」
「はいはい……寝るしか役に立たない私は、寝させていただきますよ……。」
夢幻がそう言って目をつぶると、すぐに車体は浮かび始めた。
しかし、その時操縦席に付いた美愛には進路が分らないでいた。
先ほど入って来た大きな窯のある巨大な空間への出口は、誘拐された人々を連れた今では大きすぎてとても通ることは出来そうもない。拡張された車台は、その幅の何倍も今はあるのだ。
「ようし、今度は床面へ圧力をかけてくれ。」
車体の下の方で、ごそごそと動いていた神大寺が叫んできた。
その意味は分からなかったが、美愛がカプセルを下に向け床面へ進もうと圧を掛ける。
“ゴン”という大きな音と共に床が砕け散ったようで、大きな穴が開いたのが車体の窓からでも確認できた。
床に爆薬を仕掛けて、爆発させたようである。
「よーし、このまま下へ向かってくれ……先ほどの断面図だと、ここは下から数えて5階だから残り4枚の床を破れば円盤の外に出ることが出来る。
残り時間42分だから1枚当たり10分しか猶予はない、急ぐぞ。」
神大寺はそういうと、長いロープを垂らし、それを伝ってスルスルと降りていく。
美愛もその動きに従い車体を降下させていくと、その先には既に神大寺が蜘蛛の巣のように、中心から広がった幾何学模様を作り始めていた。
恐らく糸のように見えるのは導火線で、その先には爆薬がセットされているのであろう。
神大寺の準備が終わるのを待って、美愛がその蜘蛛の巣の上から車体を押し付ける。
夢幻のバリアーは物理攻撃を弾き飛ばすので、爆風は全て床面に影響し威力は倍増だ。
次々と床を爆破し、ついに最後の床を破壊することに成功した。
大きく開いた穴からは、遥か下の海面が遠くに見える。
既に神大寺が背負っていたリュックの中の爆薬も、尽きようとしていたところであった。
「じゃあ、神大寺さん乗ってください。」
美愛が車体を、まだ残っている床に向けて進めようとした。
「いや、君たちはこのまま脱出してくれ……残り時間は5分もない。
今夢幻君を起こして、もう一度眠らせる余裕はないだろう……俺に構わず行ってくれ。」
神大寺はそのまま降下を続けるよう、下を指さして指示する。
「じゃあ、この上に乗ってください。バリアーの外でも一緒に降りられます。」
美愛が大きな声で叫ぶ。
「いいから行け……時間はないぞ。」
尚も神大寺は手を振って、美愛たちに進むよう指示をする。
それでも美愛は神大寺の方を見つめて動こうとしない。
「無理だよ……バリアーの外に居たんじゃ、円盤のバリアーを越えられない。」
美愛の隣の席に座っている幸平が、神妙な面持ちで首を横に振る。
全てを承知の上で神大寺は、一人車体の外で床面の爆破を続けていたのだ。
美愛は目に涙を浮かべながら神大寺に向かって頭を下げ、レバーを引いて降下を開始した。
ゆっくりと神大寺がいる階を過ぎて、外の開けた空間へと視界が変わって行く。
やがて、足元の空間が青白い半透明の球体に包まれ、段々と頭上へ切り替わって行く。
暫くすると眼下には広大な大西洋の海面がはっきりと見えてきた。バリアーを抜けたのである。




